暴け、真相!?
「坂下は置いてきたわ。この戦いについてこれそうにないから」
「小鞠ちゃん、なんか今日は気合入ってるね……」
鼻息も荒い友人を見て、勇太はちょっと引き気味だ。
小鞠が友達のネットワークから、怪文書事件の犯人と思しき男子生徒を特定したのである。
本日は彼の登校を待ち、真実を聞き出すことが目的だった。
そのために、そうそうたるメンバーが集まっている。
一番のちびにして鼻息も荒きリーダー、板澤小鞠。
ブレーキ役にして女房役の竹松利理と、相変わらずぽやんとしている張井洋子。
そして、生徒会長和泉京一郎。
二名ほど外部の生徒。というか、彼らは高校生ですらない。
洋子の弟である、張井辰馬。一見するとひょろっとした小柄な男の子で、睫毛が長い。
勇太的には、好感を持てる可愛い系男子だが、どこか掴みどころがない印象だ。
そして辰馬の彼女だという、新田亜美。好奇心旺盛な子らしく、今回の捕り物の話を辰馬から耳にして、首を突っ込んできたのだと言う。
背丈は勇太より少し低いくらいだが、今から将来が楽しみになるような、ぼん、きゅ、ぼんっというプロポーションである。
「うむむ……金城さんまでいるのか」
ちょっと嬉しそうながらも複雑な心境の和泉。
昨年度、勇太に告白して振られているのだ。だが、今回の件は学園の風紀を守る使命を持つ生徒会長として見過ごしては置けない。
洋子からの応援要請を受け、和泉も参加となったわけだ。
ちなみに勇太の彼氏である郁己は、リーダーである小鞠の個人的な理由で今回は呼ばれていない。
だが、きっとどこかで様子を伺っていると確信する勇太である。
「ふんふん、この超有名校たる城聖学園でもそんなゴシップがあるっすねえ! むふー! あっしはなんかたぎってきたっすよ!」
亜美が小鞠とは別のモチベーションで鼻息を荒くする。
彼女はちょっと早口で癖のある発音をするから、あたし、があっしに聞こえる。語尾も~です、と言っているそうなのだが、どう聞いても~っす、に聞こえるのだ。
ちなみに、これは勇太的になかなかツボである。
小動物的な可愛らしさを持つこの女子中学生。
たまらずに近寄ってむぎゅっと抱きしめた。
「むぎゃー!? い、いきなりの拘束ーっ!」
「うひゃー、この子かわいいー! 抱きしめるとふわふわだよー!」
「落ち着け勇、落ち着けーっ!」
血気にはやっていた小鞠が正気に返り、思わず勇太を引き剥がす。
「新田さんは人格的にはアレだけど本当にその辺は最高だよね!」
「なにぃ!」
辰馬がうかつな事を元気よく言い、激昂した亜美が彼をどつく。
小鞠と洋子に言わせるといつもの光景らしい。
「すっかり賑やかになっちゃったねえ。しっかしみんな、日曜日だってのにどうしてテンション高いのさ」
そう、本日は学園の休日である日曜日。
かの男子生徒はサッカー部であり、日曜でも登校してくるのだ。
だが、この学校のサッカー部、あまり練習熱心とはいえないようで、朝連などはない。
彼はそんな状況にあって、最近練習開始よりも随分早くやってくるのだとか。
そこを捕まえて尋問しようと言う計画なのである。
「僕たちは高校とか、学園祭とかないと来ないですから。あと、綺麗なお姉さんがたくさんいてテンション上がります!」
「将来が心配になる弟さんだな、張井さん……」
「うふふ」
そんなやり取りをしつつ、ロータリー脇の繁みに身を隠す一同である。
ちなみに守衛さんには話を通してあり、「いやあ、何かあると私の責任になっちゃうから、なるべく穏便にやってね」と全面的了承を取り付けてある。
やがて、バスが止まり、一人の男子生徒が下りてくる。
実に真面目そうな顔をしている。
「随分熱心ね。今日は朝連だったかしら?」
突然声を掛けられて、男子生徒はギョッとした顔で振り返った。
そして、クラスメイトの小鞠の顔を見てあからさまにホッとした。
「あ、ああそうなんだ。僕だけ自主練だよ」
「ほう」
小鞠が低い声を出して目を細めると、彼はビクッとした。
この小柄な女子生徒が凄まじい迫力なのである。
「な、なんだ? ぼ、僕を疑ってるのか?」
「疑う?」
思わずポロッと言ったところに、すかさず小鞠が食いついた。
「………………。 ……やばっ!?」
男子生徒は一瞬放心し、すぐにゾロゾロと小鞠の背後から、見知った顔が現れるのを見て悟った。
嵌められた!
中には、あの金城勇までいるではないか。それに、生徒会長と……あの二人の男女は誰だろう?
彼らは、男子生徒をクロと見て待ち伏せしていたのだ。
「くっ!」
慌てて逃げようとする。
常に予選落ちのサッカー部とは言え、それなりに鍛えられている彼は足が速い。
全力で走れば、女子の脚力では追いつけないはずだった。
「もがー!」
女子らしからぬ咆哮をあげて襲い掛かる小鞠を、華麗に回避!
「あ、そっち行った! 利理ちゃん、洋子ちゃん!」
「え、ええっ!? あたしらが止めるの!?」
「ひゃあ」
戸惑う利理と洋子に、男子生徒はここが包囲の穴と見て突っ込む。
「きゃっ!?」
「利理ー」
利理が突き飛ばされて尻餅をつく。
洋子が彼女を助け起こす間に、男子生徒は門をくぐっていた。
「おのれ! 女子に向かってなんということを!」
「全くだよ! 私は怒ったぞ!!」
和泉と勇太が怒りを宣言してダッシュする。素晴らしい速度で男子生徒を追う二人。
中学生コンビがその後に続く。
「あ、君たち!?」
「学校見学ですー」
「うへへ、合法的進入チャーンスっす!」
守衛氏が止める暇も無い。
四人は猛烈な速度で男子生徒を追い上げる。
無駄に校舎までの距離がある学校である。山を一つ削っているから、ロータリーから校舎まで上り坂を疾走する羽目になる。
男子の中ではそれなりに俊足である和泉。
かの生徒との距離をじりじり詰めていく。
驚くべきは、彼と並んで速度を落とさない勇太だろう。女性になったとは言え、彼女の身体能力は同年代女子の中では群を抜く。
「やるな、金城さん」
「鍛えてますから!」
ちなみに、背後に中学生コンビもぴったりついてくる。
前を走る二人を風除けに使っているらしいが、彼らもなかなかの健脚だ。
「ひ、ひい!」
距離が詰まっているのを察して、男子生徒は悲鳴をあげた。
体力配分を考えない必死の逃走を図ろうとする。
「させるかあ! せえいっ!!」
勇太の背後から飛び出してきた亜美が、ポケットから自分の財布を取り出し、叫びながら投擲した。
「あいたっ!?」
小銭が詰まっていたようで、投擲物が頭に直撃した男子生徒、一瞬ふらついた。
飛び散る小銭。
「うおわーっ!! あ、あっしのお小遣いーっ!!」
亜美が悲鳴をあげて、飛び散ったお金を拾い集め始める。
後先考えない性格らしい。
「新田さん、君の勇姿は忘れない! あでゅー!」
辰馬も飛び出す。
「金城さん! 僕を投げつけて下さい!」
「分かったよ!」
とんでもない申し出だが、一瞬で承諾するあたりが勇太である。
走りながら、勇太は辰馬の重心を崩し、そのまま足を払って宙に跳ね上げる。そして、何やら玄帝流の奥義っぽい動きをして空中の辰馬に肩から二の腕を密着させて、疾走する足を踏み込む勢いのままぐっと押し出した。
冗談みたいな勢いで辰馬が飛ぶ。
元々小柄で、体重も軽いから可能な芸当ではあろう。だが、彼が空を飛んだ瞬間的速度は、100mの全力疾走に匹敵した。
「とーう!!」
別に何かをしているわけではないのだが、空中で辰馬が叫びながら男子生徒に激突していった。
ようやく体勢を立て直した彼も、これには堪らない。
「ぐわああああああ!?」
辰馬に押しつぶされつつ、もろともに地べた脇の芝生に転がり落ちたのである。
「確保ーっ!!」
即座に駆けつけた和泉が、彼を拘束する。
「あ、ごめん、辰馬くん大丈夫?」
「あ、はい! 慣れてますんで!」
投げつけられた辰馬は元気なものである。
やがて、女子四名が追いついてきた。
亜美を除き、三名はスポーツがさほど得意ではない面々である。肩で息をしている。
「ふう、ひい、で、でかしたわっ!」
汗だくで真っ赤な顔をしながらも、どんと胸を張る小鞠。
背後で利理はしゃがみこんでぜいぜい言ってるし、洋子は芝生にぶっ倒れている。
「さあっ、吐きなさい!」
「なっ、いきなり何を!?」
「吐けったら吐くのよっ!!」
「小鞠ちゃん頭を揺すったらダメ!?」
いきなり力づくな手段にでた小鞠である。
シェイクされた男子生徒の視線がスッと飛びかけたので、慌てて勇太が止めた。
入れ替わりで勇太がしゃがみこみ、男子生徒と目を合わせる。
「君がやったの?」
「ぼ、僕では……っ」
男子生徒が目をそらす。
「誰に頼まれたの?」
「だ、誰とかじゃなく。か、金城さんが、男だって聞いて、それで」
「……本城さん?」
ボソッと名前を呟くと、男子生徒はカッと目を見開いた。
な、なぜその名を……という顔で勇太を見る。
「彼女、私の彼を横取りしようとした事があるのよ。だから今回のも……そういう感じじゃない?」
「そ、そんな……! 彼女は僕の事が好きだったんじゃないのか! 僕じゃないとダメだとか、一目ぼれだとか言ってくれたのに!! それに、金城さんがみんなを騙してるから、それを教えてあげて欲しいとかそんな事を言って……!」
「ハニートラップ!!」
「あー、色気でだまされちゃったのねえ。悲しきは男心ねー」
亜美が興奮し、利理はもてあそばれた純情な少年にちょっと同情した。
「ま、そこは私は知らないけど。でも君、一つだけやらなくちゃいけないことがあるでしょ」
「う、ううう、す、すみませんでした」
「違う違う、私じゃなくて、利理ちゃん突き飛ばしたことを謝らないと」
「え、そっち!?」
「そっちだよ!? 女の子を突き飛ばしておいて謝らないとか、あれだよ。私は絶対に許さないよ?」
勇太の目がマジである。
「真犯人は外部犯だというのか……!」
「本城ってさ、あたしら一回会った事ある?」
「覚えてないわ」
かくして真犯人は炙りだされた。
「直接対決しかないねー」
「ちょっと勇、あんた、なんか怖いわよ。目が据わってる」
色々波乱な四月の終わりが近い。