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 三日後、6月23日の夜。俺が職場に復帰したのを見て朝霧さんは我が身のことのように喜んだ。少々喧しくもあったが悪い気はしない。

「そうだ、真田くんはまだ知らなかったよね。最近、怪しい男の人がうちの店の周りうろうろしてるみたいなのよ」

「一人なんですか?」と聞くと、朝霧さんは頷いた。

「万引きとか警戒しておいたほうが良いですかね」

「ええ、まだ犯行までは至ってないけど、一応そうした方が良いかもね。店にも入ってくることあるんだけど、商品を買いもせずに出て行くから気味が悪くて……」

 怪しい男というのは、50歳前後の腹の膨れたおっさんらしい。白髪混じりの頭と細目で、あまり綺麗な身なりではないそうだ。なるほど、それは確かに怪しい。

「わかりました、注意して見てます」



 復帰するまでの三日間、俺はノートを片手に明石にある県立図書館に足を運び、今年の新聞を片っ端から引っ張り出して連続変死事件の概要について調べていた。見た限り、舞子公園で俺と、塩見昭仁という男が巻き込まれたものを含めて、変死事件のものと思しき記事は43ほどあった。

 その他に、俺が巻き込まれた後、6月20日に山陽電鉄西舞子駅からほど近い、舞子六神社付近の路上で47歳の男が、続いて22日に同じく山陽電鉄の大蔵谷駅に隣接する歩道で29歳の男が被害に遭い、いずれも亡くなっている。遺体の状態がどうであったかは言うまでもない。

 最初に起こったのは今年、2000年の3月24日。そこから、1~4日の間隔で続いている。

 そして、気になったのは事件の発生場所だ。40件を超えながら、どの事件も鉄道の沿線、さらに言えば駅に近い場所で起きている。発生したと推定される時刻は、23時から26時の間が大半を占めていた。

 どうにも解せない。

 奴らは、一体何故そんな場所を選んでいるのか。周囲からの目撃証言のある例が少ないことから、奴らは姿を見られているいないに関わらず人目を避けて行動に出ていると考えられる。だから時刻も夜遅くなのだろう。とすれば、何故駅の近くなのか。夜遅くで周辺施設の規模によるとは言え、基本的に人が集まる場所だ。

 そして、事件発生場所の最寄り駅も引っかかる。直近15件は、塩屋駅、垂水駅、舞子駅、二つ続いて垂水駅、東垂水駅、滝の茶屋駅、塩屋駅、垂水駅、霞ヶ丘駅、二つ続いて舞子駅、西舞子駅、大蔵谷駅の順に起きていた。

 垂水区内の、JR神戸線と山陽電鉄の駅である。もっとも、大蔵谷駅は明石市に入るし、4月まで遡れば市営地下鉄西神線の妙法寺駅や名谷駅でも事件は起きていた。垂水区内や並走する二つの路線の沿線に限って起こるわけでも無いらしい。

 それと、事件の発生場所にはどうも法則性があるみたいだ。事件現場は必ず前回の事件があった場所の最寄駅と同じか、隣り合わせになっている駅だ。舞子駅を最寄とする場所で事件が起きたとして、法則通りだと次の事件現場は舞子駅、もしくはJRで隣り合わせになっている朝霧駅か垂水駅、そして山陽電鉄舞子公園駅の隣駅である西舞子駅か霞ヶ丘駅となる。

 さっぱり意味がわからん。奴らは電車に乗って移動しているとでも言うのか。それにしたって、移動距離も、乗る意義も不可解である。しかし、わざわざ法則性を作ってくれているのだ、対処方法さえわかりさえすれば、場所を予測して奴らを叩くことは可能なはずだ。

「……まあ、それがわかれば苦労はしないんだが」

 間違いなく、俺以外のほとんどの人間はこの事件の実態をほとんど把握していない。事件現場を予測するのは別段難しい話ではない。おそらく、警察も勘付いているのだろう。だが、一向に解決の糸口は掴めていないと見える。

 姿が見えもせず、存在を認識することもできないのに奴らの撃退方法など思い付くはずもないのだ。必然的に、夜遅くに一人で出歩かないのが一番の対策となる。が、そんな呼びかけをすることで効果があったかどうかは言うまでもない。

「何か無いのか……」

 身の入り切らない業務をこなしながら、そればかりを考えていた。


「真田くん、……真田くん?おいっ!」

 朝霧さんに声をかけられて、反射的に接客に移る。

「あ、はい、申し訳ありません、いらっしゃいませこんばんは」

「お客さん来てないわよ……。それよりどうしたの?すごく怖い顔してたけど」

 我に返ると目の前に客はいなかった。それどころか惣菜パンの棚の前に立っていた。

「ええと、ちょっと考え事を……」

「……ねえ、もしかしてあの事件のこと?」

 訝しげな視線を寄せながら、少し間を置いてそう言った。普段は、あ、小説のネタでも考えてるんでしょ?とか聞いてくるのだが、今日はいやに鋭い。

「そうね、あなたは巻き込まれたものね。気にするのも無理はないわよね」

「………………」

「でも、真田くんはもうあまり考え込まない方が良いんじゃないかしら」

「……そうですか?」

「そうよ、せっかく助かったんだもの。もうこの事件に関わること無いのよ?」

「そうですね……」

 現実的に考えれば、朝霧さんの言うようにするべきなのだろう。だが、他の誰も知らない真相を知ってしまった以上それはできそうもない。

「さ、もう良いでしょ。今はお仕事に集中。真田くんちゃんと働いてなかったって店長に言い付けてお給料減らしてもらうわよ?」

「ちょっと、生活楽じゃないんですって、それは困ります!」

 しかし、朝霧さんのその言葉で、事件の方に向かっていた気持ちは業務に戻ってきた。



 午前3時を過ぎた頃、みすぼらしい格好をした一人の中年男が手ぶらで入店してきた。普段はあまり見ないような顔である。

「真田くん、あの人よ。最近店に来て不審な動きするっていう……」

「わかりました、注意して見ておきます」

 例の男は、聞かされていたとおり商品を買うこともなく、ただ店内をぶらついていた。どうも買い物が目的ではないようだ。時折俺の顔を見てニヤついているようにも見える。気味が悪い。

 そんな状態が20分続いたので、レジ対応を朝霧さんに任せ、商品チェックをするついでを装って男に近づいてみた。なんだか少し異臭がする。近所のホームレスか何かなのだろう。

「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか」

 恐る恐る呼びかけてみると、男はこちらを見てなんとも言えない笑みを浮かべた。

 待て待て待て待てなんだこのおっさん、怖い怖い怖い怖い。

「おいアンちゃん。お前、見えとったやろ?」

「……は?」

 その上わけのわからんことを言い出した。見えたって、一体何が見えたというのだ。

「いやあ、探しとったんやで?あの日、舞子公園んとこでちっこい人形がアンちゃんの周りに集っとったやろ」

「……え、なんでそれを……え?」

「あん時のアンちゃんの反応見とってな。これ、見えとるんちゃうか思ったんや。なかなかそういう奴おらんねんな」

 しばらく、言われたことを理解することが出来なかった。このおっさんが言ったことを、よく思い出して、その意味を読み取る。

 そこから出された結論。それは、このおっさんが俺と同じ、奴らの正体を視認できる存在であることだった。

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