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夏と冬の百合  作者: m8eht
3/6

3 片想い

 お姉ちゃんたちが高校生になると、私とお姉ちゃんたちとの接点がぐんと少なくなってしまった。お姉ちゃんは文芸部に入って、家に帰るのが遅くなるようになった。お姉ちゃんの話では、秋穂さんは陸上部に入って、夏夜さんは生徒会の書記になったらしかった。時々、私はお姉ちゃんから二人の話を聞いた。二人ともとても忙しそうで、でもとても楽しそうだった。

 私は、夏夜さんに会いたいと思った。でも、自分から会いに行くのは、なんとなく気が引けた。高校生と中学生、もともと住んでる世界が違うということを目の当たりにしてしまったら、きっとどうしていいか分からなくなると思ったから。そして、あの日々はこのまま思い出になって、そうしてあこがれだけが残るのかなって、そんなふうに思っていた。


 ある土曜日。梅雨が明けて夏はもうすぐそこまで来ていた。晴れ渡る空、風はまだ少し涼しかった。私は一人で街の本屋さんに出かけた。参考書を買うつもりだった。私も陽光台を目指してみようって思っていた。私が入学するころには、お姉ちゃんたちはもう卒業してしまっているけれど、それでもなんとなく、私はそうしたいって思っていた。

 本屋さんに入って、参考書のコーナーで適当に手にとってパラパラとめくってみる。立ち読みをしていると、ふいに私の名前を呼ぶ声がした。声のする方を見ると、陽光台の制服を着た夏夜さんがいた。気の強そうな整った顔立ち、大人っぽい落ち着いた笑顔。私の会いたかった人。

「久しぶりだね、冬華ちゃん」

「はい」

 私は顔が火照るのを感じた。なんとか夏夜さんの顔を見ようとしたけれど、私の視線は夏夜さんのスカートのすその辺りをさまよっていた。

「……参考書?」

「あ、はい……」

「お勉強、がんばってるんだ」

「えと……」

 私はあいまいにうなずいた。「はい」って答えるのは恥ずかしかったし、「陽光台に行きたくて」って言ったら、自分の気持ちを見透かされてしまいそうな気がした。

「そっか」

 夏夜さんの明るい声が降ってくる。まだ話していたい。まだ一緒にいたい。でも、どんなに考えても、彼女を引き止めることが出来そうな話題を見つけることができなかった。そんな私に、彼女は言った。

「ねえ、冬華ちゃん。今、時間あるかしら?」

「えっ?」

「久しぶりだし、ちょっとお話しましょうよ」

「あ……は、はい!」

「それじゃ、私の知ってるとこに行きましょうか」

 私は夏夜さんの後ろから彼女についていった。途中、彼女は私の方を振り返って微笑んだ。そして私の横に並んで、私と手をつないでくれた。夏夜さんにとって、私はまだ子供みたいだった。でも、カフェに着くまでの時間は、まるで夢のようだった。


 カフェに入って、二人用の席に向かい合って座った。テーブルに両ひじをついて、顔の前で細い指を絡ませる、そのしぐさ。夏夜さんは相変わらず綺麗だった。

「なんでも好きなの頼んでね。おごるから」

「え、でも……」

「いいのよ。私が付き合せてるんだから。ね?」

「あ、はい……」

 私は冷たいココアを、夏夜さんはアイスコーヒーのブラックを注文した。注文を終えると、彼女は絡めた指の上にあごを乗せて、私のことをじっと見た。

「元気にしてた?」

「は、はい」

「ふふっ、そうだよね」

 私を見つめるその目が優しい。ああ、私の大好きな夏夜さんだって思った。

「中学校はどう? 私たちと同じところよね?」

「あ、はい。あの……ふつー、です」

「そっか」

 私の、一歩間違えると無愛想にとられかねない短い返事にも、夏夜さんは優しく微笑んでくれる。夏夜さんは、私に優しい。でもそれは、私がまだ子供だから。もっとお姉ちゃんや秋穂さんといるときみたいに話してほしいって思った。でも、そのためにどうすればいいのかは分からなかった。

 私がそんなことを考えていると、冷たいココアとアイスコーヒーが運ばれて来た。夏夜さんがアイスコーヒーにストローを差し込んでくるくる回すと、氷がカラカラと涼しそうな音をたてた。

「ん?」

「あ、いえ」

 また見とれてしまっていた。何とかごまかそうとあたふたする私を、夏夜さんはおかしそうに見ている。

「な、なんでしょうか?」

「んー、やっぱり姉妹だなーって。冬華ちゃんって、どことなく春香に似てるわよね」

「そ、そんなこと、ないです。お姉ちゃんは明るくて……でも、私は……」

「そうかしら? 私は冬華ちゃんのこと、明るい子って思ってるわよ」

「え?」

「人の悪口とかぜんぜん言わないし。それにね、目を見れば『純粋な子だなぁ』って思うもの」

 私は今までそんなこと一度も言われたことがなかった。だからおどろいたし、同時に恥ずかしくもなった。

「ふふっ、照れなくてもいいのに」

「あ、いえ……」

 本当に久しぶりに、顔がぐんぐん熱くなっていった。私は話題を変えようと、お姉ちゃんから聞いた話をした。

「あ、あの……生徒会に入ったって聞きました。す、すごいですね……」

「んーん。別にすごくはないと思うけど」

 急に話題が変わったのを笑いながら夏夜さんは言った。

「ど、どうして生徒会に入ったんですか?」

「んー……」

 夏夜さんはちょっと考えるように、アイスコーヒーをかきまぜた。

「そうね。頑張ってみたいから、かな?」

「え?」

 夏夜さんはちょっと口をつぐんで、私の方へ顔を近づけた。

「ねえ、これから言うこと、春香や秋穂にはないしょだよ?」

「え、あ、はい」

「私ね……好きな人がいるの」

 熱っぽいまなざしで私を見つめながら、夏夜さんは言った。それは、あのときと同じまなざしだった。夏夜さんの好きな人を私は知っていた。

「そ、そうなんで、すか」

 少し声が震えてしまう。けれど、かえって自然に見えたかもしれない。

「その人はね、明るくて優しくて、誰とでもすぐに仲良くなれちゃう、そんな人。それに、とても頑張り屋さんでいつも一生懸命で……だから、その人のそばにいると『私も何かに打ち込んでみたい』『自分に出来ることってなんだろう』って、そんなことを考えさせられるの」

 夏夜さんの口調は、その人のことを口にするのがうれしくてたまらないみたいな、そんな口調だった。

「それで、ちょうど先生から生徒会を勧められて、ちょっと挑戦してみようかなって。忙しいけど、やりがいあるよ」

 そう言って、夏夜さんはアイスコーヒーをひとくち飲んだ。

「その人って、お姉ちゃんや秋穂さんも知ってる人なんですか?」

「ううん。多分知らないと思う。私もあんまり話したことないの。ずっと遠くからその人のことを見てるだけだったから」

 もし、夏夜さんのこの言葉が嘘なら、このときの夏夜さんの演技は完璧だったと思う。

「あの……その人のこと、もっと教えてください」

「え?」

「私、夏夜さんがどんな人を好きになるのか、興味あります」

「そ、そう?」

 夏夜さんは、はじめは照れながら控えめに、でも途中からは熱っぽくその人のことを話し始めた。その人は、その人がいるだけで場が和んだり、時々こっ恥ずかしいことを平気で言ったり、勉強はできる方だけど運動はまるでダメだったりするらしかった。夏夜さんは、たくみにぼかしたり、遠まわしな言い方をしたりしていたけれど、私の頭の中ではお姉ちゃんで再現されてしまって、しかもそれでまったく違和感がなかった。

 途中、私たちはココアとアイスコーヒーをおかわりして、ついでにクッキーも注文した。クッキーをつまんで食べて、次にどれを食べようか迷って、くちびるに人差し指をあてる夏夜さん。そんな子どもっぽいしぐさが、好きな人の話をするときのしあわせそうな笑顔と相まって、とてもかわいらしかった。

 気が付くと2時間以上たっていた。時計は4時をまわっていた。ずっと話していた夏夜さんの顔は上気して、頬が紅く染まっていた。夏夜さんは自分の腕時計を見た。

「あら、すっかり付き合わせちゃったわね」

「いえ、だいじょうぶです」

「ごめんね。私、そろそろ行かなきゃ」

「……学校ですか?」

「そ。会長のね、段取りが悪くって」

 いたずらっぽい笑顔を浮かべる夏夜さん。そして、テーブルの上の片付けをはじめて、私もそれを手伝った。そのとき、夏夜さんがふと手を止めて私に聞いた。

「ねえ、冬華ちゃん」

「はい?」

「春香のこと、好き?」

 とうとつな質問に夏夜さんの方を見ると、夏夜さんのそのまなざしは、あのときのものだった。

「は、はい」

「そう。私も!」

 彼女はにっこり笑ってそう言った。言いたかった言葉を、やっと口に出せたときのような、うれしそうな笑顔だった。

「じゃあね、バイバイ!」

 夏夜さんが手を振って、私たちはカフェの前で別れた。また会いたいです。そう言おうとして言えなくて、私は夏夜さんの歩いていく後ろ姿を見送るしかなかった。

 そして、夏夜さんの姿が雑踏の中に消えたとき、私は気付いた。夏夜さんは今まで誰とも自分の好きな人の話をすることができなかったことに。そして今日、夏夜さんが私にその話をしたのは、私なら、なにも気付かず、なにも分からないまま、その話を聞いてくれるだろうと思ったからということに。

 夏夜さんにとって、私はまだ子供だった。でも、私はそれでもよかった。夏夜さんとおしゃべりできて、しあわせだったから。


 この日から少しずつ夏夜さんは私にとって遠い存在になっていった。お姉ちゃんの高校の体育祭や文化祭のときには、私は家族と一緒にお姉ちゃんの高校に行ったけれど、そのとき夏夜さんとお話する機会はなかった。生徒会の腕章をつけて忙しそうにしている彼女を遠くから見ていることしかできなかった。

 距離はどんどん遠くなるのに、私はいつまでも夏夜さんのことを忘れられずにいた。そして思った。このまま報われなくてもいいから、夏夜さんのことをずっと好きでいよう、って。

 年が明けて、また春になった。お姉ちゃんたちは高校2年生になり、私は中学2年生になった。お姉ちゃんに彼氏ができたのも、ちょうどこのころだった。


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