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夏と冬の百合  作者: m8eht
2/6

2 秘密

 年が明けて1月。お姉ちゃんたちは受験の追い込みをやっていた。秋穂さんもどうにかなりそうなところまで成績を伸ばしたらしかった。そんな時期に、お父さんの出張に合わせて、うちでお泊りの勉強会をすることになった。

 お姉ちゃんたちが勉強している間、私は邪魔にならないよう2階の自分の部屋に引っ込んでいた。ころあいを見計らって下におりてみると、お風呂上りのお姉ちゃんと秋穂さんが、パジャマを着てテレビの前のソファでくつろいでいた。

「おっ、冬華ちゃん! お先、いただきましたぁ~」

 バスタオルで髪の湿り気をとりながら言う秋穂さん。

「冬華もお風呂入る? 今、なっちゃんが入ってるから、ちょっと待ってね」

「夏夜は長風呂だからなー……。そうだ、冬華ちゃん、もう入っちゃいなよ」

「えっ?」

 秋穂さんが急に変なことを言い出した。でもそれはいつものことだった。

「待ってたらいつになるかわかんないよ? 突撃しちゃえ!」

「でも……」

「ここ、冬華ちゃんのうちじゃん! 堂々と入っちゃえ!」

 けしかけるようなことをいう秋穂さん。私は夏夜さんと一緒にお風呂に入れるなら、それはとてもうれしいことだったけれど、でも夏夜さんに嫌われたくなかった。私が迷ってるのを見て、お姉ちゃんが笑いながら言った。

「冬華、入ってきたら? だいじょうぶ、なっちゃんは怒らないと思うよっ!」

「……そう、なの?」

「そうそう!」

 秋穂さんも、にやにやしながらお姉ちゃんの言葉にうなずいている。私は、お姉ちゃんと秋穂さんに背中を押されるようにして脱衣所に入った。浴室からは、時々、チャプチャプと水音が聞こえてくる。私はいつも一人で入るときのように、ぜんぶ脱いで洗濯かごに入れたあと、お風呂の戸を開けた。

「し、しつれいしまーす……」

「ふ、冬華ちゃん……?」

 入ってから、私は自分の失敗に気付いた。夏夜さんは、テレビで見る温泉レポーターの人のように、タオルを体に巻いていた。でも、もう後戻りはできなかった。私はいつもやってるようにかけ湯をして、まず頭を洗った。頭を洗い終えたら、今度は体だった。夏夜さんは、私をどう思ったかな? そう思って、ちょっと夏夜さんの方を見てみたら、夏夜さんは、ちょうど私の胸の辺りを見ていた。私の視線に気付くと、夏夜さんは苦笑いをした。

「冬華ちゃん。いくら同性でも、前くらい隠したほうがいいよ?」

「あ、はい……」

 私はそう答えたけど、夏夜さんの顔はお湯につかってるせいなのか、ほてって上気していた。だから私には、その苦笑いの表情になにか別の意味があるみたいに見えてしまった。私が体を洗ってるあいだ、夏夜さんは口数が少なくて、私は時々、私の体の上に夏夜さんの視線を感じた。私はその視線に気付かないふりをしたけれど、夏夜さんが私のことを見てると思うと、なんだか気分がよかった。

 それでも彼女は、私と一緒にお湯につかってはくれなかった。私が浴そうに入ろうとすると、なんだかあわてたふうにお湯から出てしまい、私に後ろを向かせたあと、急いで体を拭いて浴室から出てしまった。私はちょっとがっかりした。


 夜は、お座敷におふとんを並べて、4人で眠ることになった。夏夜さんはいちばん端っこだった。私は夏夜さんのとなりに行きたかったけど、それはちょっと恥ずかしくて、けっきょく夏夜さんからいちばん遠い反対側の端っこになった。

「よーし、電気消すぞぉ」

 秋穂さんが豆電球を残して灯りを消した。

「豆電球つけとくの? それってあんまり健康によくないのよ?」

「んなこと言ったって、トイレ行くときとか踏んだらやばいじゃん。冬華ちゃんもいるし」

「そっか、それもそうね」

 秋穂さんと夏夜さんがそんなやりとりをしている間に、私はおふとんにもぐりこんで、頭の上半分だけをかけぶとんから出した。今日はお姉ちゃんたちといっしょ。部屋の空気がいつもより温かい気がするし、かすかにシャンプーやボディーソープの匂いがして、いつもと違う感じになんだかドキドキした。

 うすぐらい部屋の中で、しばらくはみんな静かだった。やがて秋穂さんがぽつりと言う。

「なぁ……」

「ん?」

 夏夜さんが応える。

「もしさぁ、万が一、だよ? あたしが落ちても、怒らないでよ?」

「なに言ってんの、えんぎでもない」

「そうだよ! きっと大丈夫!」

「ん……」

 秋穂さんは、ちょっと口ごもった。いつもの秋穂さんと違う、ちょっと不安そうな揺れる声音だった。そんな秋穂さんに、夏夜さんは真面目な声で言う。

「……怒らない、わよ。秋穂ががんばってたの、ちゃんと見てたから」

 そして、お姉ちゃんも。

「うん。それにもし、違う高校に行くことになっても、ちゃんと会いに行くよ。また3人でたくさん遊ぼうよ」

「うん……」

 秋穂さんは、今度は安心したように言った。

「そうだよ、だって私たちは……」

 夏夜さんがそこまで言って、少し言いにくそうにした。なんだか恥ずかしいことを言おうとしている雰囲気がした。

「と、友だち……なんだから」

 部屋の中はしんとして、夏夜さんの震える声は、いやにはっきりと聞こえた。

「んー……うおおおおおおおおお!!!」

「えっ? きゃっ!?」

 とつぜん秋穂さんが、がばっとふとんをはねのけて起き上がり、お姉ちゃんを飛び越えて、夏夜さんのふとんの上から夏夜さんに乗っかった。

「お姉さまあああああああああああああ!!」

 秋穂さんはいつもの調子で、ふとんごと夏夜さんを抱きしめようとする。

「ちょっと! 重いでしょ!?」

「うわ~、なっちゃぁ~ん!」

 間の抜けた声を出しながら、お姉ちゃんも秋穂さんの上から夏夜さんに乗っかった。

「ほら、冬華ちゃんも!」

「冬華っ!」

 秋穂さんとお姉ちゃんが私を呼んで、私もお姉ちゃんの上から夏夜さんに乗っかった。

「もう! 重い、ったら!」

 私はすぐにどいて、みんなのおふとんの上を転がって、また自分のおふとんにもぐりこんだ。また頭だけ出してみると、3人で笑いあってるお姉ちゃんたちが見えた。


 いちばんはじめに寝付いたのは秋穂さんだった。かけぶとんを抱きまくらのようにして背中を丸めて眠っていた。すうすうという寝息も聞こえてくる。

「あきちゃん、眠っちゃったね」

「うん」

 秋穂さんの寝息の向こうから、お姉ちゃんと夏夜さんの話す声が聞こえてきた。

「……冬華」

 お姉ちゃんが小さな声で私を呼んだ。私は目を閉じて眠ったふりをした。

「……冬華も寝ちゃったみたい」

「うん」

 秋穂さんの寝息の聞こえる部屋。私は音を立てないよう、おふとんの中でじっとしていた。うすく目を開けると、横になったまま向かい合っているお姉ちゃんたちが見えた。そして、お姉ちゃんと夏夜さんが小さな声で話しているのが聞こえてきた。

「ねえ、なっちゃん、ありがとね……」

「な、なによ急に……」

「えへへ、ごめんね。でもなんとなく言いたくなったの。なっちゃんが頑張ってくれたから、3人でここまで来れた気がするし……」

「べ、べつに私はなにもしてないでしょ?」

「そんなことないよ……」

 お姉ちゃんは時々、ちょっと恥ずかしいせりふを堂々と言うことがあった。夏夜さんはそんなお姉ちゃんにまだ慣れていないのか、声がなんだか恥ずかしそうだった。

「ねえ、なっちゃん。みんなで合格しようね」

「ええ、もちろん」

「うん」

 お姉ちゃんは私に背中を向けていたし、夏夜さんの表情もお姉ちゃんの頭に隠れて見えなかったけれど、ふたりが微笑みを交わしたのがわかった。

「ごめんね、急に変なこと言って。おやすみ……」

「うん、おやすみ……」

 お姉ちゃんはあおむけになって目を閉じて、夏夜さんもそれにならった。そうして私も、目をつむった。


 なにかの気配を感じて、目が覚めた。部屋はうす暗く、空気は生ぬるくなっていた。朝はまだ来ていなかった。そして私は気付いた。

 ほのぐらい橙色の灯りの下、子猫のように丸まって眠る秋穂さんの向こう、眠るお姉ちゃんのかたわらに、夏夜さんは身じろぎもせずに座っていた。お姉ちゃんの手を両手で包み込むようににぎって、切ないような物狂おしいような表情で、じっとお姉ちゃんの寝顔を見守っている。私は彼女のその表情から目が離せなくなった。

 そして夏夜さんは、その体をゆっくりと倒れこませるようにしてお姉ちゃんのほうへ顔を近づけていって……そして彼女のくちびるがお姉ちゃんのくちびるに触れる寸前で固まってしまった。そのとき夏夜さんがどんな顔をしていたのか、ちょうど影になっていて、よく見えなかった。彼女はゆっくりと顔を離して、またじっとお姉ちゃんのかたわらに座っていた。お姉ちゃんの寝顔を見つめるその表情は、今にも泣きそうに見えた。

 しばらくして、彼女はお姉ちゃんの手をおふとんの中に戻した。そして、自分のおふとんに入って、私に背を向けた。

 それは、私だけが知ってしまった夏夜さんの秘密だった。


 その後、お姉ちゃんたちは陽光台高校に合格した。私は中学1年生になった。


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