副会長と私。
初投稿です。よろしくお願いします。
「…1−C、中原美耶子だな。一緒に来てもらおう。」
「…………はい。」
放課後、生徒会室に呼び出された。私に拒否権なんてない。
なぜってこの魔力を持った子供たちが集う学園内で絶大な人気と権力を誇る生徒会の、さらに会長と人気を二分する生徒会副会長、星陵斎様の呼び出しだからだ。
私のような家柄、学力、魔力、容姿全てが普通な一般生徒が、全てにおいて比較にもならない別次元の権力者の前で、拒否の姿勢とかそんな真似ができるわけがない。
生徒会室の隣の本棚と机と椅子が置いてあるだけの小さな部屋に通された。
よかった。生徒会室で他の役員たちとも顔を合わせるような事態にはならなかったようだ。
美形集団に囲まれるなんてぞっとする。
副会長に続いて入室した私がドアを閉めると、ずっと私の前を歩いていた副会長がくるりと私に向き直った。
私と副会長の距離は2メートルもない。
美形は遠くから見るに限る派の私は、すかさず俯いて副会長の足元を全力で見つめ続ける。その靴、結構履いてる感じなのになんで汚れてないんだろう。
「さて、お前が呼び出された要件だが…。お前は最近の昼休み、西館の中庭で使役獣に餌をやり手懐けていた。間違いないな?」
どれのことだろうか?私は自分で使役獣を作り出せないので、他の人の使役獣を見つけるとかまってしまうのだ。そして私がお昼をよく食べている中庭は、自然が多いせいなのか、使役獣やら野生の猫や鳥などが多くいて、私はすべてにまんべんなくかまっている。なので心当たりが多すぎる。
そう思っていると、私の思考を察したのか副会長が右手で魔力を練り上げて召喚魔法を発動させる。
そして子猫にしてはやや大きな身体の豹柄の使役獣が現れ、私を見て、にゃおんと鳴いた。見覚えがある。
あまりにも可愛いので、いそいそとお弁当と私の魔力を少しあげていた。今日もお弁当の餃子を一緒に食べた仲だ。
手懐けていたつもりはないのだが、餌をやって可愛がっていたのは間違いないので、こくんとうなずく。
「見ての通り、これは俺の使い魔だ。それが最近は昼にどこかに消えてたと思ったら、またふらりと帰って来るようになった。
それだけならば構わないのだが、どうやらお前の魔力を気に入ったらしく、俺の魔力を食べようとしなくなった。知ってるだろうが使役獣は魔力が尽きたら消滅してしまう。
そこで不本意だがお前の魔力をこいつの与えてもらうことにした。」
え?決定事項なのですか?私の都合は聞いてないみたいだ。別にさほど不都合もないのがくやしい。忙しいんで無理です、とか言いたい。言う勇気もないし、実際忙しくもないから駄目だけど。
というかその子猫副会長の子だったんですね。言っておいてください。そしたらどんなに可愛くても絶対に近づかなかったのに。
遠くから愛でるだけだったのに…。
「具体的には一週間ほど。昼と放課後に魔力を少し与えてもらう。お前は魔力が少ないからこいつの魔力を満たす必要はない。今まで通り、適度に腹が膨れるおやつ程度の魔力で構わない。お前に倒れられる方が迷惑なのでな。用件は以上だ。」
私のあげてた魔力量はおやつか…。私としてはあれでもかなりの魔力を渡してお腹を満たしてあげてるつもりだったのだが、全然満たされていなかったようだ。
使役獣は作った主の実力に応じて、強さや貯め込める魔力の量も変わると聞く。つまり私と副会長に使役獣で分かるほどの明確な魔力量の違いがあるのだろう。
けどひとつだけ言いたい。私の魔力が少ないのではなく、副会長の魔力が多すぎるんだ。あなたの周りの生徒会メンバーと比べないでほしい。あなた達が規格外なのであって、私は学生としては平均な魔力量の持ち主だと思う。
「…おい、聞いているのか。」
「は、はい。聞いています!」
俯いたままだんまりな私を不審に思った副会長の足が一歩こちらに動いたので、一歩後ずさりつつあわてて返事をする。
いや、内心ではいろいろ考えてたんだけど、一言として言葉にできてなかったからね。
「顔を上げろ。」
「………はい。」
だんまりで俯いたままの私の態度に、やや気分を害した様子の副会長の声に促されて、そろりと副会長と視線を合わせる。
知的な印象の端正な美形だ。紺青の髪の下に薄い金の瞳が覗いている。涼やかな目元と合わさって、やや皮肉気に歪められた唇が他者を寄せ付けない冷たい空気を放っているのに、どきりとするような、年齢にそぐわない色気をたたえていて目が離せなくなる。
副会長といえば眼鏡だろ!という偏見のある私としては、何故こんなにも眼鏡をクイッとやる仕草が抜群にはまりそうなこの副会長が眼鏡をかけていないのかということを、小一時間問い詰めたい気持ちでいっぱいになる。
はじめてこんな近くで見たけどすごい美形だな…。観賞用にならしたいがこんな近くで向き合いたいと思わない。
この人に振り向いてほしいと願っているファンの女子の心境が理解できない。
だってこんな美形の隣に並んだら、自分の容姿に自信が持てなくなりそうだ。
いや別に、今だって自信があるわけじゃないけどさ。普通は普通なりに、女としての手入れを怠っているつもりはないのだ。なのに目の前の、私の手入れをきちんとした鼠色の髪よりも、おそらく手入れなど意識したこともなさそうな副会長の髪が艶やかな光を放つのを見てると、女として自信がなくなってくる…。
「…………女の敵め。」
「誰が何の敵だ。」
やばい、妬みのあまり本音が口に出てた!?そして聞かれた!!
地獄耳め、かなり小声でつぶやいたはずだぞ!
「いえ、何も言っていません。ごめんなさい!」
全力で後ずさる。下がりすぎた。背中にドアがぶつかった。このドアは内開きなので、私がもたれかかっていると開くことができない。
に、逃げられない…。
「言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ。」
「滅相もございません!副会長の美しさに嫉妬を覚えただけですごめんなさい!!」
本当のことを言ったのに、まだじりじりと副会長が近づいてくる。
それ以上来ないでください!私の後ろにはドアという名の壁しかないんです!!
足の先と足の先がぶつかる距離まで詰められてしまった。これからダンスでも始めるのかというような距離だが、これ以上は近づいてこれない。
ゼロ距離の近さだが、女子としては平均身長の私と、男子としてはかなり高身長な副会長との身長差のおかげで目の前に副会長の胸元があるが息苦しいほどのことではない。
ほっとしていると、視界が陰ったので、少し見上げる。
驚くほどの至近距離に副会長のご尊顔があった。ドアに手をつきそのまま肘を曲げ、身体を傾けてさらに距離を詰めてくる。
美形が近い!美形が近い!!
「もう一度言う。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」
あぁ、副会長は私が使役獣の世話係に任命されたことに不満があって、悪態をついたと思っているんだな。
別にお世話は嫌じゃないんだ。可愛い動物は好きだし。しいて言えば副会長と関わり合いになるのが嫌なんだけど…。さっきのはどっちかといえば、不満からの悪態じゃなくてキューティクルですら負けてることに対するやつあたりです、なんて失礼すぎて言えるわけがない。
いえ本当に何もないんです。と言い募ろうとして顔をあげて副会長を見つめ…―――。
そしてここでふと思い出す。
私の今日のお弁当に昨日の晩の残りの餃子が入っていたことに…。
気付いた瞬間。思いっきり自分の口を両手で押さえる。
匂う!!軽くうがいをした程度のケアではこの距離だと絶対、匂う。
こんな美形男子に餃子の匂いを漂わせるなんて、女子として発狂ものの羞恥プレイだ。
半泣き状態で子供のようにイヤイヤと必死に首を振ったのだが、今までは俯いておとなしくしていた私の、明確な慌て様に楽しくなってきたのか、副会長はにやにやした表情でさらに顔を寄せてきた。なんか副会長からいい匂いまでする…!!
私は完全に副会長が両腕で作った檻の中に閉じ込められている。
女子あこがれの壁ドンですね、なんてのんきな場合ではない!餃子が!餃子のにおいが…っ!!
そこでふと、副会長が何かに気づいたようにぴたりと顔を近づけるのをやめた。怪訝な顔をしている。
そして何か得心の言った顔をした後。フッと馬鹿にしたように小さく笑った。
「人に嫉妬する前に、女として餃子のにおいをなんとかしたらどうなんだ?」
終わった。
女子として終わった……。
鏡を見なくたってわかる。今、私の顔は耳まで赤いだろう。
もう一刻も早くこの場から去りたい。
「わ、悪かったですね!ほっといてください!明日からちゃんとこの子に魔力を渡します。話は以上ですよね!失礼します!!」
勢いのまま副会長をつきとばす。
そのままドアを開けて逃げる。渾身の力で逃げる。
絶対、餃子女と認識された!泣きたい!!なんで今日に限って餃子だったんだよ!
もうやだ…。
「明日からどんな顔して会えばいいんだろう…。」
手でぱたぱたと煽いだ顔はまだ熱を持っている。しばらく人前に出られないな…。
私は憂鬱な気分のまま生徒会の長い廊下を走りぬけた。
「やっと捕まえた。使役獣が主の許可なく、ふらふらしたり簡単に懐いたりするわけないだろう。
お前の方から罠にかかったんだ。逃がすつもりはないからな…。」
部屋のドアの前で一人、楽しそうに笑う副会長の独り言は私の耳には届かなかった。