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月日のたつのも夢のうち

 潮風に髪を靡かせながら、私は今日も浜辺に立つ。

 

 「亀を虐めるのは止めなさい!」


 威厳たっぷりに放った言葉。今日も完璧な見下ろし角度である。

 しかし悪ガキ達は顔をあげると何故か親しげに手をふってきた。


 「よぉ、ユキ! 今日も元気だな」

 「ユキ、さっき蛙を捕まえたんだ! 見るか?」

 「てかお前、髪の毛食ってるぞ」

 「だから、少しは怖がれ!!」


 やはり背が低いのがいけないのだろうか。それともこのたれ眉が原因か?

 なんとも嘆かわしい。

 おかげで私の努力の意味もなく、何度注意しても彼らは気にも留めずに亀いじめを繰り返す。

 これではいつまでたっても気が抜けない。


 私はため息をつきたくなる気持ちを抑えながら本日も亀を救出した。

 どうでもいいが、今日の亀はいつもより大きめだった。

 お見送りをすること数十分。


 「よし! 帰ろう」


 本日も無事にミッションコンプリートである。

 まずは太郎に報告して、その後は何しようかな。2丁目のおばあさんの農作を手伝って、それから6丁目のおじさんのお茶の相手でもして……。


 「おいユキ! ちょっと待てよ!!」

 「……チッ」


 思わず舌打ちしてしまった。

 今日も今日とて、なぜか一緒に亀のお見送りしていたガキたち。知らんぷりをして帰ろうと思ったが、やはり引き止めてきたか。

 だが、私も大人だ。ここで無視してはかなり大人げないので足を止めて振り返る。


 「何?」

 「蛙見ねーのかよ? 結構大きいんだぜ」

 「嫌だ。気持ち悪いもん」

 「んじゃ、この後一緒にメンコしねーか」

 「嫌! 負けるから」

 「んじゃ、お前の好きな遊びでいーから」

 「てか、この後用事あるし。もう行くね!」

 「あ、おい!!」

 「もう亀虐めたらダメだからね!!!」


 最後にそう捨て台詞を吐くと私は早足に浜辺をさった。

 後ろから聞こえる声は無視だ。大人げないとか気にしない。だって今の私は9歳だもの。

 そしていつものように太郎の家に行き報告をした後、今日の出来事を話す。


 「本当さ、何であの子達は亀ばっかり虐めるんだろう。別に亀じゃなくてもいいと思わない? 蛙でも蛇でも何でもいいと思うの。なのに何で亀かな」


 やはりひっくり返せば逃げないところがいいのかな。鈍いから捕まえやすいし。

 蛙はすぐに逃げるものね。蛇は毒があるし……。


 結構真剣に悩んでいるというのに、太郎は私の言葉になぜか笑い声をあげた。

 自分の運命がかかっていることも知らないで……。


 「なんで笑うのよ」

 「いや……気づいてなかったんだと思ってさ」

 「何に?」

 「子供たちが亀を虐める理由」


 虐めやすいからじゃないのか。

 首をかしげると、太郎は余計に笑った。なんなんだ一体。


 「ユキちゃんが亀を虐めてる時だけ話しかけてくるからだよ。他のことをしてる時は一切興味なさげにしてるのにさ」

 「…………馬鹿にしてる?」

 「いやいや、本当に! 皆本当はユキちゃんと仲良くなりたいんだよ。ユキちゃん可愛いから」

 「かわいっ! 何言ってるのよ!! 馬鹿!」

 「うわっ!」


 思わず赤くなった顔を誤魔化すように、太郎の腹を殴ってやる。

 

 「イタタ……本当だって。ユキちゃんは可愛いよ。それにお利口さんだしね。家のお手伝いとか、近所のご老人の相手とかよくしてるの見かけるよ。本当に偉いと思う。でも少し大人びすぎかな」


 太郎のおっきくて優しい手がそっと髪に触れた。


 「もっと大人を頼って甘えていいんだよ。子供らしく遊んだって構わない。むしろ皆それを望んでるよ」

 「私、別に大人びてるつもりは……」


 子供だからと思って結構わがまま言ってるつもりなんだけどなぁ。


 「たまにはさ近所の子供と遊んでみたら? けっこう楽しいかもよ」

 「でも私、蛙とか触れないし。メンコ遊びも下手だし。それに……」

 「大丈夫、大丈夫。何とかなる!」

 「太郎、適当に言ってるでしょ?」

 「えっ、いや。そんなことないって!!」


 太郎は最後にワシャワシャと豪快に頭を撫でまわした後、手を離した。

 消えたぬくもりを少しだけ寂しいと思いつつ、乱れた髪を直す。


 「ね? ユキちゃんが一緒に遊んでくれたら他の子供たちも喜ぶよ」

 「うーん」

 「ついでも僕も嬉しいなー、なんて」


 へらっと笑う太郎の笑顔に何とも言えない気持ちになる。

 なんだかんだといつも一緒に亀の見送をしてくれる子供たちが脳裏に浮かんだ。


 「…………分かった。今日は皆と遊んでみる」

 「本当!?」

 

 瞬間、ものすごく嬉しそうな顔をする太郎。

 まぁ、太郎が喜ぶならいっか。


 「よし! そうと決まれば善は急げ! 行ってきます」

 「うん、行ってらっしゃい」


 始終笑顔な太郎に見送られて私は太郎の家を出た。

 そしてそのまま、あのガキたちいそうなところを歩いて回る。

 遊び場は浜辺か河原か山の入口か……場所は限られている。


 そして予想通り河原で遊ぶ彼らの姿を見つけた。

 一つ深呼吸。ちょっぴり緊張する。


 「何してるの?」


 声をかけるとガキたちはびっくりしたように目を見開いた。


 「ユキ? お前どうしたんだよ」

 「質問に質問で返すなって言われたことない?」

 「ねーよ」

 「あっそ。それで? 何してるの?」

 「今は蛙とってんだ」

 「うっ……蛙か」


 嫌な遊びの時に来てしまった。それならまだメンコの方がよかった。


 「てか、本当にどうしたんだよ。いつもは河原になんて来ないだろ」

 「え……あーうん。一緒に遊ぼうかなと思ってさ」

 「え? ユキが!? 俺たちと!?」

 「何よ、嫌ならいいよ」

 「いっ嫌じゃねーよ! 何して遊ぶ?」

 「ユキは女だからあやとりとか? 俺んちにお手玉もあるぜ」

 「俺たちの秘密基地行くか?」


 嬉しそうにはしゃぐ姿を見て、太郎の言った言葉は間違いなかったんだと気が付く。

 まぁ、うん普通にいい子だし。

 今まで、悪ガキとか言ってごめん。


 「あっ! 私あれやってみたい。川に石投げるやつ! 水切りだっけ?」

 「ユキやったことあんの?」

 「ないからやってみたいの!」

 

 そういって、河原で石探しを始めてみる。

 どういう石がいいんだろ。やっぱり平らなやつ?


 「コレとか?」

 「駄目だな」

 「えー、どこがダメなの?」

 「これじゃ重すぎる。しょうがねぇな。教えてやるよ」


 気合の入ったらしい子供たちはそれから熱心に水切りを教えてくれた。

 これが意外と楽しい。

 最初はそのまま川にポチャンだったけど、子供たちの教え方がいいのか中々に上達し3回くらいなら跳ねるようになったのだ。

 でも子供たちは5回以上を普通に跳ねてる。多い時は10回を超えてる。

 ちょっぴり悔しい。


 「やっぱり角度かな……それとも回転回数とか? ググりたいわ」


 ネット環境の素晴らしさを改めて実感する。

 きっとググれば一発で水切りのコツとか出てくるはずだ。

 これ上手い人はどのくらい跳ねるんだろ。うーん、気になる。


 そんなとてつもなくどうでもいいことを考えていると、子供たちの一人が川のなかに入って行ってるのが目に入った。


 「ちょ! 何してるの!! 危ないよ」


 びっくりして声をあげると、子供はなんてことないように笑顔を見せる。


 「でっかい魚の影が見えたんだ! 大丈夫だって! いつも入ってるからさ」

 「でも!」


 川の流れ結構速いし、それにあの川はいきなり深くなるから危ないって太郎が言ってたことがある。


 「やっぱり危ないから、こっちにっ!」

 「平気、平気。ユキは心配性だなぁ」


 河原にいる残りの子供も普通に笑っていた。

 そんなものだろうか。私の中では子供が一人で川に入ったりしたらものすごく危ない気がするのだが。 


 「あれ、どこ行ったんだ」

 

 子供は更に川の奥へと進んでいく。

 ハラハラとした気持ちでその様子を見守ってるいると、急に子供の姿が川の中に沈んだ。


 「うわぁ!!!」


 辺りに響く子供の騒ぎ声。


 「……嘘」


 一気に血の気が引く。

 川の中ほどで子供が手を必死に延ばしてこちらに助けを求めていた。


 「たっ助けっ、うぐ」


 本当に? そんな、どうすれば。

 流れが速い。このままじゃ……。


 「ど、どうする?」

 「どうするって言われても……」

 「っ! 大人の男の人呼んできて! できれば泳ぎが上手い人! 早く!」

 「ユキ?」

 「いいから急いで! このままじゃ流されて見失っちゃう」

 「う、うん!」


 かけていく子供たちを横目に私は辺りに何か使えそうなものはないか目を凝らしたが見当たらない。

 考えている間にも子供は流されていく。


 本当はこのまま待っているほうが正しいのかもしれない。けれど……。


 「あぅ、ぐぁ、たすけ!」


 行くしかない。


 私は草履を脱ぎ捨てると川に飛び込んだ。

 思った以上に流れが速い。でも……。


 私は数十年ぶりのクロールで子供に近づいた。なんとか大丈夫そうだ。


 「ユ、ユキっ! 助けてっ!」


 私の姿に気が付いて子供がこちらに一生懸命手を伸ばしていた。

 あと少し。あともう少し。もうちょっとで届く。


 「うぐっ」

 

 掴んだ子供の腕を引っ張ってこちらに引き寄せた。よかったと思って息をつこうと思った瞬間。子供一人分の体重が私にのしかかってきる。

 

 「ユキ! ユキ!」

 「ちょ、落ちついっ……て」


 パニック状態の子供は必死に私にしがみついてきたのだ。

 同じ子供といっても私より体格がいい男の子。そのことをすっかり忘れていた。

 支えきれない。このままじゃ!


 私は片手で子供を支えつつ、もう片方の手で流れの途中で見つけた石にしがみついた。

 だけど子供の力でそんな長く支えらるはずがない。

 どんどん、力が抜けていく。


 誰か。早く……。

 このままじゃ二人とも沈む!


 そう思ったとき、大きな手が私の体を支えた。


 「ユキちゃん!」


 優しくて温かい声。

 知っている。私はこの声の主を。


 「太郎……」

 「ユキちゃん! 大丈夫?」


 ああ、やっぱり太郎だ。

 よかった。来てくれたんだ。

 

 「太郎、ごめん」

 「いいから捕まって!」


 それから太郎は私達二人の子供を抱えて河原へと戻った。


 「ゴホッ、ゴホッ……ぅぅ」

 「ユキ! 大丈夫か! ごめんな遅くなって」

 「平気? ユキ」

 「……平気。ありがとう。それよりあの子は?」

 「ちょっと水飲んじゃったみたいだけど、大丈夫だよ」


 太郎の腕の中でぐったりしつつも、意識のある溺れた子供にホッとした。

 よかった。助けられて……。


 「それよりユキちゃん、どうして川に飛び込んだりしたの?」

 「太郎……?」


 いつもの優しい声とは違う。

 少し怒りを含んだ声。


 「僕が間に合わなかったらどうするつもりだったんだい? 二人とも、溺れてしまったかもしれないんだよ」

 「ごめんなさい」


 何故か助けられると思ってしまった。

 でも所詮私は子供。そんなことできるはずもなかったのに。


 「ごめんなさい」


 泣くつもりなんてなかったのに少し目が潤んでしまう。

 すると太郎がポンポンと頭を撫でてくれる。


 「いや、僕こそごめん。ユキちゃん達が無事でよかったよ」


 抑えきれずに涙が溢れ出た。

 あぁ、情けない。私は大人なのに。


 怖かった。死ぬかと思った。

 太郎が来てくれて本当によかった。


 私が太郎を守るつもりだったのに、これじゃあ守られてるじゃないか。

 本当に、情けない。

 

 でも今だけ、今だけただの9歳の子供のまま。


 太郎は私が泣き止むまでそばにいてくれた。

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