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むかしむかし浦島は

 私の最近の日課は近所でも有名な悪ガキを注意することである。


 「そこの悪ガキ! また亀虐めてんじゃないわよ」


 腰に手を当てて、仁王立ち。

 長い黒髪を風にはためかせながら注意するその姿。なかなか様になってると思う。

 見下ろす角度もばっちりだ。

 しかし私の姿を確認した悪ガキたちは尻尾を巻いて逃げるどころか大きなため息をついた。


 「また来たのかよユキ。お前も暇人だな」

 「一緒に遊んでほしいのか? だったら素直になれよ」

 「そーだよ。素直に言ったらまぜてやるからさ」


 その瞳には憐れみすら感じる。なぜだ。

 私は威厳たっぷりに注意してるというのに、なんでそんな反応なんだ。少しは怖がれ。


 「誰がアンタたちなんかと……。それよりも亀を虐めるのは止めなさいよね。可哀想でしょ。全く、なんで毎日毎日同じことして飽きないんだか」

 「お前こそ、毎日毎日よく飽きないよな」


 うるさい。私にはアンタたちと違って事情があるんだよ!

 心の中で悪態を吐きながら、私はいつものように悪ガキにひっくり返された哀れな亀を起き上がらせてあげた。


 「ほら、さっさと海にお逃げ」


 亀の甲羅をちょいと押してやると私の言葉に従うように亀はノロノロと歩き出す。

 それから亀が無事海の中に逃げるまで数十分。

 完全にその姿が見えなくなったことを確認すると私は立ち上がった。


 任務完了だ。


 「よし、帰ろう」

 「いや、おい。ちょっと待てよ」


 なんだ……まだいたのか。さっさと帰ればよかったのに。

 なぜか私と一緒に亀のお見送りをしていた悪ガキに引き止められて私は仕方がなく帰ろうとした足を止めた。


 「何? 私は忙しいの」

 「忙しい奴が何十分も亀の見送りするかよ!」

 「うるさい。用がないなら帰る!」

 「いや、用はある! お前、毎日毎日俺たちの邪魔しやがって何様のつもりなんだよ。俺たちを何だと思ってんだ!」

 「何って……近所のガキ」

 「お前のが年下だっつーの! だいたいユキ! お前はいつも……ってちょっと待てよ話聞けよ」


 付き合いきれない。

 用事があるのは本当なのだ。こんなガキの茶番に付き合っていたら日が暮れてしまう。

 まだ後ろでゴチャゴチャ言っているが私は無視して歩みを進めた。


 そしてそのまま民家の方に向かえば沢山の顔見知りが声をかけてくる。


 「おや、ユキちゃん今日も元気だねー」

 「こんにちはおばさん」

 「ユキちゃん! 饅頭食ってかねぇかぁ」

 「ごめんね、この後用事があるの!」

 「おや、7丁目のユキじゃねぇかぁ。ちょっと茶でも飲んできな」

 「ごめんおじさんまた今度ね!」


 適当に会話を進めながら早足に目的地に向かう。


 7丁目のユキ。

 それが私のこの辺での呼び名だ。


 今年で9つになる普通の子供……といいたいところだけど少しだけ人と違うところがある。

 それは前世の記憶を持っているということだ。


 この前世の記憶を思い出した経由だとか、前世の記憶があるせいで近所の子と馴染めてないこととか、一部のご近所さんから不気味がられてることとかその辺はどうでもいい。


 だが、私は前世の記憶があることによりある面倒事に巻き込まれていた。


「太郎! いる!」


 目的の家にたどり着いた私はその立てつけの悪い扉を勢いよく開ける。


 ギシギシと嫌な音を立てて開く扉。

 その扉の向こうは6畳ほどの小さな部屋となっている。

 

 「ユキちゃん……お願いだから扉は丁寧に開けて。僕風通しの良い部屋で眠るのは嫌だよ」


 その部屋の中で囲炉裏に手をかざしていた男は私の姿を確認すると引きつった笑みを見せた。

 この男こそ私の悩みの原因である。


 「だって勢いつけないと私の力では開かないんだもん」

 「一言言ってくれれば僕が開けるからっていつも言ってるのに……あ、扉は閉めなくていいよ! 僕が閉めるから!」


 私が扉を閉めようとすると、彼は大慌てで扉を閉めに来た。

 失礼してしまう。


 「それで、ユキちゃん。今日はどうしたの?」

 

 無事扉を閉め終えて囲炉裏の近くへと戻った彼は改まったように聞いてきた。

 そうだ。この家に来た目的……いつものご報告を忘れていた。

 

 「そうそう、今日はもう悪ガキ退治が終わったから海に行っても大丈夫だよ」

 「あぁ……うん。ありがとう」


 本日の任務完了報告を終えるとスッと気分が楽になる。

 私は今日もやるべきことを完璧に果たした。

 しかし、私の気持ちとは反対に彼は微妙な表情である。


 「ねぇ、ユキちゃん。何度も聞くけどどうして僕は亀を助けちゃいけないの?」

 

 そして何度聞かれたかわからない質問を彼は今日もしてくる。

 まったく、何度も同じことを聞いて飽きないのか。


 「いつも言ってるでしょ? 太郎の幸せのためだよ。亀を助けたら太郎は不幸になるの」

 「いやさ……だから何で亀を助けると不幸に」

 「そういう運命なの!」


 これ以上話すつもりはないというように強めに言って顔をそっぽに向けると彼は諦めたようにそっかと呟いた。

 別に嘘はついていない。隠していることはあるが……それを言ったところで彼はどうせ信じないからこれでいい。

 彼は亀を助けたら不幸になる。



 だって彼は浦島太郎だから。



 私が彼と出会ったのは今から2年前。私が7歳のときである。

 私が彼の家の近所に引っ越してきたのがはじまりだ。


 それまでの私はただ他の子よりも大人っぽいだけの子供であった。前世の記憶があるからといってそれを生かせるようなことはほぼない。科学の恩恵を受けまくっていた前世と自足自給の生活を強いられる今。前世の記憶は生かされるどころか正直意味のない産物であった。

 そう、彼に会うまでは。


 引っ越してきた当初から彼の存在は目に付いた。

 漁師をしつつ、子供たちと遊んであげたり老人を助けてあげたり、絵に描いたようないい人。


 それが彼。


 そんな彼が子供たちと馴染めてない私のような子供を放っておくわけがない。

 最初はツンケンとした態度をとっていた私も結局彼にほだされてしまったわけだ。


 しかし彼の名前を聞いた瞬間、私の運命は大きく変わる。


 「浦島太郎だよ」


 そう言われた時の衝撃を今でも忘れられない。


 浦島太郎。

 私の前世の世界ではとても有名な御伽話。


 たまたま同じ名前……ということももちろん考えた。

 もしかしたら本当にただの同姓同名なのかもしれない。


 けれど、漁師という職業、彼の心優しい性格、村に伝わる竜宮の伝説。それらから私は彼が御伽話の浦島太郎であると仮定した。

 浦島太郎の話と言えば、亀を助けたお礼に竜宮城に行き楽しい思いをした後、帰ってみれば村は数百年後の世界。挙句の果てには玉手箱を開けたらお爺さんになってしまうというなんとも報われない話である。


 その時の私は彼を助けたいと思った。

 彼の運命を知りつつも見捨てるほど、私と太郎の関係は浅くはなくなっていたから。

 そしてその日から、私の悪ガキ退治の任務が始まったのである。


 ようは彼が亀を助けなければいいのだ。

 私って頭がいい。


 太郎は私の行動を奇妙に思いながらも、亀が虐められても助けるな! 私を呼べ! という言葉に従ってくれている。

 彼にとっては子供の遊びに付き合ってくれている感覚なんだろうがそれでも構わない。

 彼が不幸にならないならそれでいい。


 「そうだ、ユキちゃん。今日は珍しい魚が釣れたんだ。よかったら少し食べて行くかい?」

 「え! いいの!?」


 太郎は料理上手でもある。

 優しくて料理上手で顔もなかなかのイケメンときた。きっと前世にいたらモテるだろうな。


 「ユキちゃんの好きなアジもあるよ。塩焼きにしようか」

 「わぁ、塩焼き大好き! あ、私手伝うよ」


 太郎にだけ作らせるわけにはいかない。

 私が太郎の後を追うように立ち上がると、太郎は優しい笑みを見せて私の頭を撫でた。


 「ユキちゃんは、お利口さんだね」


 その優しい手つきに、思わず顔が赤くなる。

 私は慌ててその手を振り払った。


 「子供扱いしないで!」

 

 そっぽを向きながら言うと太郎がおかしそうに笑う。


 「ごめん、ごめん。それじゃあ、まずはこの魚を……」


 その後は何事もないように料理作りが始まった。

 まったく、太郎はすぐに私を子供扱いする。

 私の中身はこれでも立派な大人だというのに……。


 優しい太郎。

 温かい太郎。


 「ユキちゃん、どうかした?」

 

 絶対に不幸になんかしない。

 きっと私は太郎を救うために前世の記憶を持って生まれてきたんだ。


 私が必ず太郎を守る。


 「…………ううん、なんでもない」


 私は誓いを胸に、にっこりと笑顔を見せた。

 

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