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状況を整理しよう。
ノックされて出てみたら、いきなり姉を名乗る女が飛び掛ってきた。
まず、僕に姉はいないはずだ。何度か見た住民票にもそうある。
つまり、こいつは僕の姉を名乗る意味不明な女であり、とりあえず警察に連絡をしなければならない。もしくはいい病院を紹介すべきだろうか?
しかし、二つ可能性がある。
たとえば僕の親が離婚して、それを僕が知らない間にどちらか(僕の親権を持っている方)が再婚し、その相手の連れ子がこの女であること。
もしくは、どちらかが僕の生まれる前に結婚したことがあり、相手に子供を連れて行かれた。そして今回その連れて行かれた子供がこの女であること。
『この女は我の考えが正しければ、お前の実の姉だ。もう少し言うならばお前の両親は離婚も再婚もしたことがない』
「どういうことだ……」
これらのことはものの数秒のうちに行われたことだが、その間完全に刈谷は意識を思考に使っていたため、いつの間にかその女に抱きしめられていた。
「混乱しているところ悪いけど、慎吾。あなたの姉です。正真正銘、血のつながった実の姉弟です」
そこでもう一度ノックされる。
そこでいやな感じがさらに強くなる。
しかし、そんな予感も関係なく、扉は開き……。
「慎吾、ちょっと用が……」
雫が参戦。今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られる。
「―――あなた誰?」
背中にいやな汗をかく。
これはまずい、何がまずいとは言いにくいが、確かにこれはまずい。
「誰って、刈谷慎吾の姉、刈野由美よ。藤林雫さん」
さらに空気が凍る。
「放したらどうですか?平地の悪魔」
とりあえず、僕は今逃げ出したい。
「別にいいじゃない。弟なんだし、それともだめな理由でもあるの?支配の魔女」
そこに、ノックの音が響く。
「刈谷、入るぞ。
―――何だ、この状態は!?」
坂本が空気を読まずに参戦(?)。
二人が坂本に気を取られている隙に……!
無詠唱で転移魔法を唱え、発動。すぐに学食に逃げる。
飛ぶ瞬間、坂本も恨めしそうな目は忘れないだろう。
―――君の犠牲は忘れない!
問題の先送りでしかなかった逃げの手段をとり、坂本というとうとう犠牲を払って手に入れたつかの間の平穏。
その平穏はほんのわずかであっても、その時間は刈谷に考える時間を与えた。
『なあ、あれは本当に僕の実の姉なのか?』
『少なくとも、あれとお前に血縁関係はあるだろう。さらにいえば、お前は我が入るまで魔術の才能は皆無だった。おそらくは魔力を持たないものに魔術のことを知られないようにした刈野の家の方針だろう』
『だろうな……。
そういえば、何でお前を入れたからってここまで魔術を使えるんだ?僕の知る限りじゃあ、たとえ精霊が入ってもここまで魔術は使えないはずだが……』
『それは簡単だ。お前に“魔術の才能が皆無だった”といったが、それは魔力についての話。通常、魔術師の才能は魔力を蓄える才能と魔力を動かす才能の大きく二つに分けられる。お前にまったくなかったのは魔力を蓄える才能で、魔力を動かす才能は並程度にはあったのだ。我という魔力の塊が入って魔力を蓄える才能がなくても、魔力を蓄えざるをえなくなり、身体が自らを守るためにその力を与えただけだ。お前が魔力を大気とで出し入れしないといけないのはそもそも魔力を蓄える才能がなかったからだ。一流の魔術師の身体には全世界の魔力を入れても自壊はしない』
少し思考がとまる。
『―――つまり………』
『お前のやっていた技術は普通使わなくても何とかなるもので、我と更新できる今なら正直使うコストがもったいない』
―――なぜだろう。最初の論点からずれているのはいいとして、ここまで心がいたいのはなぜなんだ?
「刈谷、少し来い……!!」
生贄の声が聞こえる。まだ生きていたか。
「どうしたんだ?まだ死んでいなかったか」
ダンッ!と足を踏み込み、握りこぶしを作ってこちらに顔が迫る。
「死ぬかと思ったよ!我ながらよく生きていると思うほどには驚いているよ!でもとりあえず一度殴らせろ!!」
耳が痛い。
「とりあえず落ち着け。耳が痛い」
「―――そう、でもとりあえず人が話している途中で逃げるのはどうかと思うわよ」
「―――そうね、まあとりあえずしっかりとお話しましょうか」
「………………………」
いま、取れる最善の手は何だ?
坂本を盾に…できそうにないな。すでに逃げ出している。
転移は…魔力の揺らぎでばれるし、一度邪魔されると次ができない。これは最終手段だ。
お話し合いをする…僕はとりあえずこれがとてつもない面倒ごとでない可能性を見出せない。
そう考えていると、まず自称姉が口を開き、
「とりあえず、用件だけ言うわ。
―――家に戻りなさい。今すぐに」
その次に雫が口を開き、
「こっちの用件は、今すぐにでもうちに来て、それで……」
それで……の続きが気になるが、どちらもある意味ではわかりやすい要求だ。
家に戻れ―――これが意味するところはおそらく、刈谷の姓を捨て、もともとの刈野に入れということ。
うちに来て―――これもほとんど同じ意味だが、おそらくそれだけではすまないだろう。
いろいろ意味を探っていると、
「―――家からの用件は伝えた。刈谷、とりあえず登校しないと」
「―――そうね、私も家の用件は伝えた。じゃあ、私も出勤しないと……」
そういっては先を歩き、姉はその雫と肩を並べて校舎のほうに……ちょっと待て。
「どういうことだ?なぜあんたが学校に向かう?あんたは教師じゃあないと記憶しているが……」
そういうと不思議そうに振り返り、ああ、と一言、
「今日が学園祭の最終日でしょう。その学園側の企画に私が参加するの」
そういった後、少し頬を膨らませ、
「あと、私は由美。もしくはお姉ちゃん。それかお姉さまって呼んでね、慎吾」
そういうと再び雫と肩を並べて雑談しながら歩いていく。
中であいつがほとんどなんでも知っているくせに人の苦労を知らずに少し笑った気がした。
暇がない。
誰か、オラに時間を分けてくれ!




