バイマイリンビングデッド
「つまり、うたこは悪の組織と戦ってるわけ?」
ゆゆはそう言ってファインティングポーズを取った。僕はちょっと呆れて、
「悪の組織とか、そんな都合のいい設定はないよ。」
と答える。ゆゆはつまらなさそうな顔をして腕を下ろすと、溜息まじりに階段に腰掛けて、紙パックのいちごオレをちうちうと吸った。ゆゆはいつだってこれだ。自分で勝手に喰いついておいて、面白くないと思うとすぐに興味を失う。
僕は地面にブルーシートを広げると、その上にさっき殺した男を横たえた。それから鞄の中の鋸を取り出して、ぎこぎこと男の身体を分け始める。溢れ出した血液がブルーシートから漏れそうになって、僕は慌ててシートの端を持ち上げた。
「手伝おっか?」
「いいよ、鋸ひとつしかないし。」
「血ぃ溢れないようにシート持っとくくらいは出来るじゃん。」
ゆゆはそう言うと、僕の答えを聞く前にてててと歩み寄ってきて、シートの端を手で持った。
「ありがと。」
僕はお礼を言って、また解体作業に戻る。ぎこぎこ、ぎこぎこ。退屈な音が、退屈な夜の町に霧散していった。小指が痛くなったから手を休めて空を見上げると、夜空には無数の星が輝いていた。田舎の町はあまり人に見られない代わりに、たくさんの星に見られてしまう。僕が戦っているところを。星は僕と敵、どちらの味方をするわけでもなく、ただ僕らが命を賭けて殺しあっているところを眺めるだけだ。たまにはちょっと助けてくれてもいいんじゃないかな、と思うんだけれど、そのノリで敵を助けられても困るのでやっぱり今のままが一番いいのかもしれない。
ふとゆゆの方を窺うと、ゆゆも僕の方を見ていた。
「ん?」
首をかしげて見せると、ゆゆは右手の人差し指をぴんと伸ばして僕の鼻頭をつついた。
「何でわざわざ殺し合ってるの?」
「いやだから僕とこいつらとは敵だし。」
僕はゆゆの細くて長い指に寄り目で見とれながら答えた。けれどゆゆは首を振りながら、僕の鼻を顔の中に埋めんとして力を込めてきた。
「仲直りは出来ないまでもさ、休戦とか。すればいいじゃん。」
「うーん……。」
僕はすぐには答えらんなくって、鋸を持っていない左手の人差し指でゆゆの鼻を押した。僕の指にはまだ乾いていない血がべっとりとついていて、それがゆゆの鼻を赤黒く染めた。不快な感触に顔をしかめた彼女の表情が可愛らしくって、僕は少し笑った。それから、真面目な顔をしてゆゆの質問に答える。
「あのさ、僕だって死にたかないし、平和主義者だし、出来れば戦いたくないんだよ。」
「なら、何で?」
「でも、僕はこいつらのことをさぁ、なんつーか、こいつらが僕を押し潰そうとしてることとか、知っちゃったし。そりゃ僕だって諦めて押し潰されてしまおうとかさ、そしたら僕は平和に暮らしていける、なんて思ったこともあったけどさ。そんなに利口じゃないんだよ。僕は僕としていないとどうにかしちゃいそうになるんだ。」
たどたどしく言葉を探しながら告げる。ゆゆは険しい顔をして聞いていたけれど、僕の言葉が途切れると、鼻についた血を僕の服の汚れていないところで拭って、
「分かんない。」
と呟いた。
「何が?」
「その押し潰すとかもいまいち分かんないしさ、っつーか逃げちゃえばいいじゃん。襲ってくるんだったら。」
「逃げようったって、どこにでもいるし。逃げらんないんだよ。」
「わけわかんねー。」
呻き声をあげて、ゆゆは右手で僕の肩を殴った。力のない殴打だった。
「一緒に逃げようよ。」
「だから、逃げても意味ないんだって。それにゆゆはこいつらにまだ気づいてないわけだから、今のまま生きて行けばいいんだ。」
「何だよそれ、むかつく。」
ゆゆは俯いて、ブルーシートから左手も離してしまった。溜まっていた血液が流れ出して、アスファルトの上を這いずり回った。
「あのさぁ、わたしさ、うたこのこと好きだったんだよ。結構。」
「うん。」
「知ってた?」
「まぁ。」
再び頷くと、ゆゆは溜息を吐いて、
「だから、一緒にここから逃げたって別に、やぶさかではない?とかそんな感じなわけ。」
と言った。血液は蛇のように進んで、ゆゆの靴に達した。
「でも、わたし、通報するよ。人殺しですって。」
「うん。」
「そしたらうたこはどっかにいっちゃうわけでしょ。この町に来たときみたいに、急に。」
「うん。」
「やだよ、そんなの、寂しいよ。」
「ごめん。」
ゆゆは声を押し殺してすすり泣いていた。僕は少し申し訳なくなってその頭をぐりぐりと撫でた。ゆゆの綺麗な髪の毛に男の血液がこびりついた。僕はだいぶ申し訳なくなって、ゆゆの頭から手を離した。指についてきた髪の毛が、ふわりと離れて行く。そして僕とゆゆの間には隙間が出来る。
「ごめんな、ゆゆ。」
僕はもう一度謝って、男を分ける作業に戻った。
僕は死ぬように生きていたくはない。
青春小説です。きっと誰もがこの物語を経験してきたと思います。