壱章・巻四「鯱が総べるは電脳と暗闇の海・前」
「さて、では僕のターゲットは如何程かな?」
「あ、はい……この書類のとおりに」
白雨から渡された書類にざっと東郷は目を通す。
その眼鏡から、すでに捕らえるような視線が光る。
「………期限はあるかな?」
「え?…い、いえまったくありませんが」
「期限」を聞いてきた事に豆鉄砲を受けたような表情を見せたが
すぐ元に戻し答える。
そして、ないという答えを聞き東郷がニヤリと笑みを浮かべた。
「5時間でいい」
「なっ!?」
東郷の答えが白雨の肝を潰しかねなかった。
それもそのはずだろう。
盗む対象、ハッキング対象ともども
東郷の足元にも及ばぬほどになってしまっているが
それでも業界ナンバー2の大企業なのだ。
それに大してハッキングに加え、地下金庫からの盗難をわずか5時間ですますなど
白雨の思考では考えることすらできなかった
「5時間か……遅くねぇか?」
「まぁね、さすがに僕の足元にも及ばないとはいえ相手は企業だ。
さすがに時間を喰わざるを得ないね」
「えぇ、ええぇ!?」
「まぁ驚くのも無理はないわね……」
煉侍と東郷の会話に驚きを見せる白雨に
ため息混じりに朽葉が口をはさむ
「兎に角、5時間後……あぁ、晩の時間かな?
穂影さん、用意の方お願いします」
「あぁ、いつものじゃな。
帰ってくるころにゃできとるわい」
穂影の返答と同時に扉を開け、一目散に駆け足で進む。
白雨はもう大口をあけ驚くしかなかった。
(さて、本社ビルの地下3階、監視カメラのみで警備人員0
にしても「両親の形見の指輪」か……どういうルートでわたったんだ?
いや、そこはハックの時に確認すればいいか。
ハックの概要にしても随分と軽い部類だな。まだ試しだしね……
とりあえず情報はゴシップ誌なりにぶち撒ければいいかな?
いや、書いてなかったし回収後に聞くか)
表通りを走る東郷の頭の中ではすでに作戦概要の計算が行われている。
このあまりに緻密な知能が彼の会社を
ほんの短い間で圧倒的な大企業に育て上げた。
ただ、その反動として彼だけが船頭。
つまり、彼なしでは動く事もままならない船なのだ。
故に自社の先を危惧し、そしてその先を組み立ててしまう。
彼が長い努力の果てに身に付けた知能の証が、今の彼の立場だろう。