9話
「皆さんは、亜樹さんの友だちなんですか? 俺は鳴海春斗。今日、亜樹さんと一緒にダンジョンに来ました」
他人の事情に首を突っ込む気はないけど、亜樹の様子がおかしいし、挨拶しないのも変だろう。
「おう、俺は葛城悠真だ。その言い方だと、パーティーを組んでいる訳じゃないんだな? 俺たちは亜樹と二年前まで一緒にパーティーを組んでいたんだ」
「私は小野寺沙織。こっちの金髪モヒカンは夏目朝陽よ」
「鳴海君、よろしく。もしかして、君は高校生なのか?」
「はい、高二です。亜樹さんとは木更津ダンジョンで知り合いになって、俺が初めてB級ダンジョンに行くって言ったら、心配して付いて来たくれたんです」
高校生の俺と亜樹さんが一緒にいるのは違和感があるだろう。問題ない範囲で状況を説明しておく。
「高校生でB級ダンジョンに挑むなんて凄いじゃないか。亜樹はそれを心配して……そういうことか。まだ颯太のことを引き摺っているんだな」
颯太という名前が出た瞬間、亜樹が真っ青になる。
「悠真、よしなさいよ! あんたってデリカシーがないわね」
「うるせえな……俺だって失敗したと思ってるぜ。亜樹、悪かったな」
「……悠真、私の方こそ……ごめんなさい……」
どうして亜樹が謝る必要があるんだって思うけど、俺が口を挟んで良い雰囲気じゃないな。
「だけどよ……亜樹、これだけは言わせてくれ。颯太が死んだのは誰のせいでもねえ、あいつ自身のせいだ。亜樹が責任を感じてパーティーを抜ける必要なんてなかったんだ」
悠真の言葉に亜樹が俯く。
「そんなことない……全部私のせいだわ……
「ちょっと、悠真、何を考えているのよ? こんなところでする話じゃないじゃない!」
「そうだよ、今回ばかりは俺も完全に引いた。亜樹、悠真の馬鹿が言ったことなんて気にすることないからな。ほら、悠真、これ以上馬鹿なこととを言う前にさっさと行くぞ!」
朝陽と沙織に引きずられるように、悠真たちは安全地帯を出ていく。
「亜樹……私たちは桐生荘って旅館に泊っているから、気が向いたら連絡してね」
最後に沙織はそう言って立ち去って行った――この雰囲気、どうしてくれるんだよ?
ここで下手なことを言うほど空気が読めない訳じゃないけど、俺は女の人を慰められるほど器用じゃない。
「さあ、さっさと弁当を食べて、攻略の続きをするか」
「春斗……そうね。早く食べちゃいましょう」
そう言いながら、亜樹の箸は全然進まない。
「ここからは亜樹も俺と一緒に戦ってみる? それとも今日は攻略が結構進んだから、あとは観光でもしようか? 俺、箱根に来るの初めてなんだよね」
「ありがとう……でも春斗に気を遣わせるなんて、大人がやることじゃないわね……」
これはダメだな。もうストレートに言うしかない。
「何かあったか知らないから、俺は何も言えない。だけど亜樹が俺を心配してくれたように、俺も亜樹のことが心配なんだよ。知り合ったばかりなのに、生意気なことを言うなと思うかも知れないけど、それはお互い様だろう」
「春斗……」
亜樹が顔を上げると、瞳が涙で濡れていた。
「話したいことがあるなら聞くけど、話したくないなら何も訊かない。ここにしばらく居たいなら、それでも構わないよ」
「ごめん……春斗、聞いてくれる?」
亜樹はゆっくりと話し始めた。
亜樹には五歳年下の颯太という弟がいた。颯太はイレギュラーで、俺と同じ高校二年のときに探索者になると瞬く間に成果を上げて、亜紀たちB級探索者のパーティーに加わるようになった。
ここまでは全部順調だったが、あまりにも順調居過ぎたことが油断を招くことになる。
あるB級ダンジョンを攻略しているときに、亜樹たちは下層部でドラゴンの群れと遭遇した。普通なら逃げるところだけど、自分の力を過信した颯太はドラゴンの群れに飛び込んで行った。止めようとした亜樹たちも戦闘に巻き込まれる。
ドラゴンに囲まれた颯太はブレスの集中砲火を浴びて死亡、死体も残らなかった。
それでも颯太のところに行こうとする亜樹を、悠真たちが無理矢理止めて、ダンジョンの外にテレポートする『帰還石』で逃げ帰った。
「颯太を止められなかったのも、そのせいでみんなを巻き込んだのも全部私のせいよ……あの子にもっと厳しく言い聞かせていたら、あんなことにはならなかったわ……」
颯太の死後、亜樹は探索者を引退した。しばらく何もしていなかったが、とある知り合いに誘われて迷宮管理局の職員になった。颯太のように無茶をして死ぬ探索者を出さないために。
「私は春斗を颯太と重ねていたの……春斗には迷惑な話よね?」
「そんなことないよ。心配してくれるのは素直に嬉しい。ダンジョンに一緒に行くって言ったときはびっくりしたけど、今の話を聞いて理由が解ったよ」
ダンジョンで探索者が死ぬなんて良くあることだ。だけど目の前で弟が死ぬところを見て、止められなかった自分を責める気持ちは解る――なんて、解ったような口を利くつもりはない。亜樹の気持ちは本人にしか解らないからな。
「ホント、こんな重い話を聞かせてごめんなさい……春斗には関係ないことなのにね」
「その言い方は傷つくな。一緒にダンジョンに来た時点で、俺は亜樹の友だちのつもりだけど」
「春斗、ありがとう……なんか高校生と話している気がしないわね」
俺は前世で二〇歳で死んで、魔王アレクに転生して前世の記憶に目覚めてから約五年。精神的には二五歳だからな。
「俺には妹がいるから、そんな感じがするんじゃないか。こう見えて、最近は妹のために弁当とか作っているし」
「春斗って料理するの? 全然そんな風に見えないわね」
「最近始めたばかりだけどね。今度亜樹にも作ってやるよ」
「だったら胃薬を用意しないと」
「あのなあ、妹は美味しいって言っていたけど……まさか、お世辞を言われたとか?」
クスリと亜樹が笑う。
「じゃあ、春斗の料理を食べるのを楽しみにしているわ。私のことは気にしないで良いから、攻略を続けるなら先に進みましょう
「良いのか? このまま帰っても構わないけど」
「問題ないわ。春斗が無茶をしたら私が止めるからね」
亜樹は無理している感じじゃない。この様子なら大丈夫だろう。
「だったら全力で付いて来てくれ。これから少し本気を出すから」
「……解ったわ。春斗の本気を見せて」
亜樹は俺を止めようとしない。亜樹を安心させるためにも、ここは俺の実力を示す必要があるだろう。
加速してダンジョンの回廊を駆け抜ける。亜樹のステータスでギリギリ付いて来れる速度で。
遭遇した魔物は出合い頭に瞬殺。数が多いときは魔法で殲滅する。今までは必要なかったけど、効率を考えればこの方が早い。
「春斗って魔法も使えるんだ。私と同じオールラウンダーね。だけど無詠唱で一瞬で放つなんて……さすがはイレギュラーってところかしら」
「俺の実力はこんなモノじゃないよ」
次の階層への階段を見つけるまで五分弱。ダンジョンを駆け抜けるだけなら、五ニレベルの亜樹なら付いて来れるペースだ。途中で悠真たちに会うことはなかったから、あのまま帰ったのか?
他の探索者が魔物と戦闘中のときは、今回は魔物を倒してドロップアイテムとコインを残す。『収納庫』を制御すれば、これくらいのことはできる。
「横取りして悪いけど、これで勘弁してくれ」
階層が深くなっても俺のペースは落ちない。一時間半ほどで最下層である四〇階層に辿り着く。何度かドラゴンの群れにも遭遇したけど、ドラゴンブレスを吐く前に魔法で瞬殺した。
途中から唖然としている亜樹を余所に、最下層も一気に駆け抜ける。ここまで来ると亜樹には手が余る魔物ばかり出現するけど、俺が一緒にいるから問題ない。
回廊の突き当りにある金属製の巨大な扉。『ダンジョン配信者』の映像で見たことがあるから解る。あれが箱根ダンジョンのボス部屋だ。
「亜樹。俺が絶対に守るから、一緒にボス部屋に入ってくれ」
「解ったわ。春斗を信じる」
俺たちが部屋の中に飛び込むと、扉が自動的に締まる。出現したダンジョンボスは、体長五メートルほどの二本の角と翼を持つ悪魔デーモンロード――なんか魔王アレクに似ている気がするけど、気のせいだろう。
相手に攻撃する時間を与えるつもりはない。俺は床を蹴って、デーモンロードの頭上に跳ぶと、そのまま剣で縦に真っ二つにする。
「デーモンロードを剣で一撃って……これがイレギュラーの本当の実力なの?」
「強いのはイレギュラーだからじゃなくて、俺だからだよ。亜樹、俺は絶対に死なないから。約束するよ」
「春斗……それを言うために、私をここまで連れて来たの?」
「俺の実力を見せないと、亜樹だって納得しないだろう。B級ダンジョンくらい、俺なら全部ソロで攻略できる」
「こんなことをされたら、もう何も言えないわね……解ったわよ。私はもう春斗の心配はしないわ」
「それはそれで寂しいから、これからも心配してくれると嬉しいな」
「馬鹿言っているんじゃないわよ。春斗には付き合いきれないわ」
次の瞬間、亜樹に不意打ちでキスされる。
「え……どういうこと?」
「こんなオバサンがキスしても嬉しくないわよね? 理由は自分で考えなさい」
「いやいや、亜樹は綺麗なお姉さんだろう。嬉しいに決まっている」
「お世辞でも嬉しいわ。やることはやったから、さっさと帰るわよ」
やることはやったって……どういう意味だよ?
なんか最後に負けた気がするけど、デーモンロードを倒して出現した転移ポイントを使って、俺たちはボス部屋を後にした。




