8話
週末の土曜日、今日は迷宮管理局の加藤さんと一緒に、B級ダンジョンに行く約束をしている。
俺たちが向かったのは神奈川県足柄下郡箱根町にある『箱根ダンジョン』――やっぱり地名そのまんまで、名前に捻りがないな。
『箱根ダンジョン』を選んだのは、B級ダンジョンの中でも屈指の攻略難易度なことと、ギリギリ日帰りできる距離にあること。
俺は空を飛ぶから問題ないけど、加藤さんは電車か車で移動するし、迷宮管理局の仕事があるから、あまり遠出はできないだろう。
『有休が余っているから問題ないわ』って加藤さんは言っていたけど、あまり俺のために時間を取らせる訳にいかないだろう。たとえ向こうから勝手に来ると言ったとしてもだ。
駅で待ち合わせすると、加藤さんは車で来ていた。赤いスポーツカーで、俺は車に詳しくないけど、あとで聞いたらトヨタのG86って車種らしい。
「加藤さん。済みません、待たせたみたいですね」
「……鳴海君、よね? 見違えたわ。髪型を変えて眼鏡を外すと、随分雰囲気が変わるわね。スッキリして、良い感じじゃない!」
装備を持っている筈なのに、あまり荷物が乗らない車なのは、B級探索者加藤さんもマジックバッグを持っているからだ。
加藤さんの車に乗せて貰って、箱根ダンジョンまで移動する。路線バスもあるけど、探索者は装備があるから、大抵は車で移動するらしい。
俺も言い訳するために、今度バイクの免許くらい取っておくか。
箱根ダンジョンの入口も建物の中にある。さすがにB級ダンジョンだから、攻略に来た探索者たちはそれなりに高レベルだ。『鑑定』するとレベルは低くても三〇台、五〇レベル以上も普通にいる。
受付で入館カードにサインして、剣を入れたケースの電子ロックをカードキーで外して貰う。加藤さんはB級探索者で犯罪歴がないから、ケース無しで武器を持ち運べる。
「着替えたら、ダンジョンの入口で待ち合わせしましょう」
更衣室は当然男女別々で、中に入ると鞄から出すフリをして『収納庫』から装備を取り出す。
俺の装備は剣と盾にハーフプレート。全部木更津ダンジョンのドロップ品で、一番性能の良いモノを残した。それでもB級ダンジョンに挑む探索者の中では、大した装備じゃない。
「鳴海君、結構サマになっているじゃない」
加藤さんの鎧は、ルーン文字が刻まれた赤いブレストプレートに、黒いガントレットとレッグアーマーの組み合わせ。不揃いだけどバランスは悪くなく、使い込まれている感じだ。武器は片手でも両手でも使える金色のバスタードソード。
「加藤さんの装備、使い込まれている感じで格好良いですね」
「ありがとう。色々と試行錯誤した結果、この装備にしたのよ。一応言っておくけど、私のクラスは魔導傭兵。物理も魔法も両方できるから、何かあっても鳴海君のサポートはできるわ。パーティーを組む訳じゃないから、余計なことをするつもりはないけど」
「一緒にダンジョンに来た時点で、あまり細かいことを言うつもりはないですよ。だけど連携するつもりはないですから、そこは期待しないでください」
「解ったわ……一つだけ良い? 一緒にダンジョンに行くなら、その喋り方は止めない? 私のことは亜樹って呼んで、敬語もなしにして。私も春斗っと呼ぶから」
名前呼びで、急に距離が近くなる――なんてことはない。
『エボファン』の世界では、名字で呼ぶ方がむしろ稀で、女子だろうと関係なく名前で呼んでいた。加藤――亜樹さんも探索者だから、まどろっこしいことなんて考えないで、一緒に戦う仲間を名前で呼ぶのが普通だって思っているんだろう。
「解ったよ。亜樹、今日はよろしく」
「意外と照れないのね。じゃあ、春斗のお手並み拝見と行くわよ」
B級ダンジョンになると、一階から強力な魔物が出現する。箱根ダンジョンの場合、ワイバーンにストーンゴーレム、サイクロップスやジャイアントマンティス。
D級ダンジョンの最下層クラスの魔物が、さらに数が増えて、しかも複数の種類が同時に出現することもザラにある――全部ネットで調べた情報だけど。
「全部俺が倒すから、亜樹は手出ししないで」
最初に遭遇したのは八体のワイバーンに、二体のサイクロップス。サイクロップスがワイバーンを使役している設定か?
まずはワイバーンだ。ここの天井はそこまで高くないから、ジャンプすれば普通に届く。
最初のワイバーンを一撃で仕留めると、死体が消滅する前に踏み台にして、二体目、三体目と倒す。
ワイバーンと戦ってるうちに、サイクロップスが後ろに迫っているが、当然気づいてる。バックステップの要領で、ワイバーン踏み台にして下がりながら宙返り。サイクロップスを縦に真っ二つにすると、もう一体は横に真っ二つ。
サイクロップスの死体を踏み台にして再びジャンプすると、残りのワイバーンを片付ける。
「一階層の魔物だから、そこまで強くないけど……まるで流れるような動きで、全部一撃で倒すなんて……」
亜樹が唖然としている。
「まだ始まったばかりだろう? ついて来れないなら、置いて行くからな」
ストーンゴーレム、ジャイアントマンティス、トレント、サキュバスといった魔物たちを、俺は廻廊を駆け抜けながら瞬く間に殲滅していく。二階層に続く階段に辿り着くまで、掛かった時間は一五分ほどだ。
「一階層はもう十分、次は二階層だ。このペースなら、今日中にダンジョンボスを攻略できそうだな」
「ちょっと待ちなさいよ! 春斗の実力は認めるわ。だけどダンジョンは階層が深くなる度に、魔物が強くなる。こんなペースが、いつまでも続けられる筈がないじゃない」
「だったら、ヤバいと思ったら止めて構わないよ。それまで一気に突き進むから」
二階層、三階層、四階層、五階層と進んでも俺のペースは落ちない。
出合い頭に魔物を殲滅し続ける――この程度の魔物と戦うことに飽きて来たから、むしろペースは上がっている。
箱根ダンジョンは全四〇階層。一五分で一階層だと、攻略するするのに一〇時間掛かる計算だ。攻略を始めたのが一〇時だから、終わるのは二〇時……
「亜樹、もう少しペースを上げるから付いて来て」
「え……ちょっと! 春斗、本気で言っているの?」
それから一〇分に一階層のペースで攻略を進める。おかげで一四時前に二〇階層まで攻略が終わった。
二〇階層の安全地帯で、俺たちは遅めの昼飯として駅で買った弁当を食べる。
ダンジョンの中には魔物が出現しない安全地帯がある。泊まり掛けで攻略するときは安全地帯で眠る。駅弁はコンビニ弁当の方が安くて、値段の割に味は微妙だけど。
「ダンジョンでお昼ご飯を食べるなんて、久しぶりだわ……ねえ、春斗。貴方の実力が解ったから、もうソロで攻略するのを止めるつもりはないわ。だから、こんな無茶な攻略の仕方は止めて」
亜樹が真剣な顔で俺を見る。
「何を言っているんだよ? 俺にとって、これくらいは無茶でも何でもない。むしろ一人なら、もっと攻略のペースを上げている。俺はイレギュラーだから、B級ダンジョンくらい余裕で攻略できるよ」
別にイキっている訳じゃない。魔王アレクにとって、この世界のB級ダンジョンはヌル過ぎるんだよ。
「随分な自信だけど……これまでの春斗の戦いぶりを見れば、疑う余地はないわ。B級ダンジョンのダンジョンボスを倒すとか……もう私がどうこう言えるレベルじゃないわね」
確かに亜樹は強いけど、所詮はB級探索者だ。B級ダンジョンのボスを倒せるなら、A級探索者になっている筈だ。
このとき、他の探索者が安全地帯に入って来る。顎髭を伸ばしたワイルド系の男。年齢は二〇代半ばってところだ。
「何だ、先客がいるのか……って、亜樹じゃねえか! おまえ、探索者を引退したんじゃなかったのか?」
「悠真……」
男を見た瞬間、亜樹の顔色が変わる。これは訳ありって感じだな。
「悠真、どうしたの……亜樹じゃない、久しぶりね!」
「え! 亜樹がいるの? あ、本当だ!」
続いてやって来たのは、ワイルド系男と同じ年くらいの二人。
女の方は青い髪をサイドテールにした綺麗系。男の方は金髪のソフトモヒカンにしているけど顔立ちは大人しい。
三人とも亜樹の知り合いみたいだけど、亜樹の反応は、とても歓迎しているようには見えなかった。




