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7話


「お兄ちゃん! 相良先輩とデートって、どういうこと?」


 次の日の昼休み。体育館に行くと、いきなり静奈(しずな)に詰め寄られる。周りの部員たちが注目しているんだけど。今朝は何も言っていなかったから、今日の練習中に相良先輩から聞いたってことか。


「デートってな……探索者(シーカー)ギルドに練習に行くだけだよ」


「練習って言っても、二人きりで行くんでしょう? 立派なデートじゃない!」


「探索者ギルドには他の人もいるし、職員の人とも練習するから、全然二人きりじゃないだろう」


 なんか俺が言い訳しているみたいだな。


「鳴海君、済まない。どうやら私が余計なことを言ったみたいだな」


 相良(さがら)先輩が申し訳なさそうな顔をする。


「いや、静奈が勝手に勘違いしているだけだから、気にしないで良いよ。静奈、あまり変なことを言うと、本当に弁当を作らないからな」


「だから、それは困るよ!」


「静奈、お兄さんが誤解だって言っているんだから信じなよ! ところでお兄さん、今日も私の分のお弁当ってあります?」


 藤枝さんは学習したようで、もう俺を揶揄(からか)ったりしない。完全に餌付けしたな。


「ああ、食べると思ったから作って来たよ」


「やったー! お兄さん、ありがとうございます!」


 俺たちが三人で弁当を食べていると、他の部員たちがいつもより注目している。相良先輩とのことがあった影響だろう。こっちを見ながらヒソヒソ話しているから、俺と相良先輩の関係を疑っているのか。


 そんな部員たちの様子を見かねたのか、相良先輩が立ち上がる。


「みんな、誤解しているようだからハッキリ言っておく。私と鳴海君――静奈のお兄さんは、同じ探索者として一緒に練習に行くだけだ。私の方からお願いして練習に付き合って貰うんだから、変な誤解をして、鳴海君に迷惑を掛けないでくれ!」


 相良先輩の男前な台詞に、部員たちの目がハートマークになっている。それでも食い下がる部員がいた。見た目からして、同じ三年生だろう。


「だけど……(ゆい)、鳴海って二年生だよね? どうして後輩がタメ口で話しているの? 特別な関係じゃなかったら、そんなことしないでしょう」


「それは私の方が教わる立場だから、敬語は止めてくれと頼んだんだ」


「だからって……他の部員に示しがつかないじゃない!」


 文句を言う三年生の気持ちも解らなくはないけど、そこまで気にすることか?


「先輩、俺の言葉遣いが問題なら謝ります。相良先輩が俺を気にして言ってくれたことを、言葉通りに受け取った俺が変な誤解をさせたみたいですね」


「鳴海君、君が気にすることじゃ……」


「いいえ、相良先輩。俺のせいで変な誤解をさせたのは事実ですから、これからは他の部員がいるときは、敬語を使うようにします。渋谷先輩もそれで構わないですよね?」


 俺が名前を知っていることに、三年生が驚いているけど『鑑定(アプレイズ)』しただけだ。示しだけの問題なら、話はこれで終わりだろう。


「鳴海、あんたと唯は本当に特別な関係じゃないの?」


 渋谷先輩がストレートに訊く。やっぱり、そっちが気になるのか。


「相良先輩は確かに美人ですけど、俺は先輩と知り合ったばかりですよ? そんな筈がないじゃないですか。そもそも俺みたいな陰キャじゃ、先輩と釣り合いません」


 相良先輩は男前な性格で、中性的な顔立ちだから、特に女子に人気がある。

 パッと出の俺が親しそうにしているから、気に食わないってのが本音だろう。だから俺が引くことで、全て丸く収まると思っていたんだけど――


「そ、そんなこと……鳴海君は全然陰キャじゃないし、私と釣り合わないなんて……」


 何故か相良先輩が真っ赤になる。


「美人だなんて……男の子から初めて言われた……」


 ボソボソ言っているけど、全部聞こえているんだが。実は相良先輩は男に免疫がないのか? 静奈と藤枝さんがジト目で、他の部員たちが怖い顔をしているけど、俺のせいじゃないからな。


※ ※ ※ ※


 変な空気になったけど、約束は約束だ。相良先輩は練習を早めに切り上げて、俺と一緒に探索者ギルドに向かう。

 女子バレー部はまだ練習中だから、部員が追い掛けて来るなんてことはなかった。


「鳴海君……さっきは舞い上がってしまって、済まなかったね」


 相良先輩が真っ赤になったのは、美人なんて言ったせいで、俺のことをどうこう思っている訳じゃないだろう。これくらいで勘違いするほど俺は子供じゃない。見た目は高校二年でも、感覚的には二五歳だからな。


 高校から探索者ギルドまで電車で四駅、そこから徒歩で二〇分くらいだ。


「相良先輩の家って、どこにあるの?」


「最寄り駅はここで、駅から一〇分くらいだが、どうしてそんなことを訊くんだ?」


「帰りはそれなりの時間になるから、送って行こうと思って」


 女子一人で夜道を帰す訳にいかないだろう。それくらいの常識はある。


「私を普通に女の子として扱うなんて……君はズルいな……」


 小声で言っているけど、全部聞こえている。この人は本当に男に免疫が無いんだな。


 探索者ギルドに着いて受付を済ませる。予約した職員と練習する時間には少し早いけど、先に練習を始めるために更衣室で着替えて、地下にある練習場に向かう。


 探索者になるための実技試験もここで受けたけど、試験の時間は決まっているし、毎日試験を受ける奴がいる訳じゃない。空いている時間は、申請さえすれば、探索者なら誰でも使うことができる。


 修練場の広さは高校の柔剣道場の二倍くらい。試合形式で二面使うこともできるし、簡単な組み手くらいなら、空いている場所を勝手に使って構わない。


 武器や防具を借りることもできるけど、相良先輩は自前の装備を持ってきた。

 シンプルな白の防護服に、金属製の小手と足当て。クラスが武闘家(モンク)の相良先輩は、小手と足当てが武器を兼ねている。


 俺の方はギルドの装備を借りた。相良先輩が相手だから防護服だけで武器は無しだ。

 収納庫(ストレージ)に木更津ダンジョンで手に入れた装備が入っているけど、マジックバッグを使っていると言い訳するのも面倒だからな。


「とりあえず、軽く組み手をするか。相良先輩、好きに仕掛けて構わないよ」


「じゃあ、言葉に甘えさせて貰うよ」


 相良先輩が繰り出す拳と蹴りを受ける。先輩のレベルは三レベルで、ステータスもレベルの割に高い。バレー部のキャプテンだけあって動きも悪くないし、真面目に練習すれば強くなれるだろう。


「鳴海君、少し本気を出してくれないか? C級探索者の実力を見てみたいんだ」


「じゃあ、少しだけ。先輩、全力で掛かって来てよ」


 相良先輩の動きが速くなると、今度は受けないで最小限の動きで躱す。


「なるほど。君が少しでも本気を出すと、全然当たらないんだな」


 相良先輩は楽しそうに、全力で拳と蹴りを放つ。戦いを楽しめるなら、本当に強くなりそうだな。

 周りには他の探索者もいて、それぞれ組手や自主練をしている。わざわざ探索者ギルドの練習場に来るくらいだから、みんな真面目に練習している。


「職員との練習を予約している相良唯さんはいるか?」


「はい、私です!」


 職員の声に相良先輩が答える。俺は別に必要ないから、先輩の分だけ予約した。


「君は……鳴海君じゃないか!」


 職員が俺を見て驚いている。そう言えば、俺の実技試験を担当した後藤って人だ。


「後藤さんでしたよね? 今日は先輩の付き合いで来ました」


「そうか……君なら、俺たち職員と練習する必要はないか」


「それって……鳴海君がC級探索者だからってことですか?」


「何だと……もうC級に昇格したのか?」


 後藤さんが驚いている。俺がC級探索者になったことを知らないのは、職員が探索者一人一人の等級を把握している訳じゃないからだ。

 昇格には明確な基準があるから、職員は事務的な手続きを行うだけだ。もっと上の等級ならともかく、C級探索者がそこまで注目される筈がない。


 後藤さんの反応に、周りの探索者たちが違和感を覚える。相良先輩が不思議そうな顔をしているけど、職員には守秘義務があるから、後藤さんはそれ以上何も言わなかった。


相良(さがら)さん、早速練習を始めるとしよう。試合形式で奥の一面を使うから、みんな場所を空けてくれ」


 後藤さんの言葉に文句を言う奴はいない。職員と問題を起こすと、探索者として死活問題になるからだ。


 相良先輩が位置について身構える。


「遠慮しないで魔法でもスキルでも好きに使って構わない。全力で掛かって来くれ」


 相良先輩と後藤さんが練習を始めると、周りの探索者(シーカー)たちが注目する。だけど直ぐに興味を失って、自分たちの練習に戻る。


「何だよ、変な反応するから期待したが……全然素人の動きじゃないか」


 相良先輩はレベルの割にステータスが高いと言っても、所詮は三レベルでF級だから、他の探索者たちが注目するに当たらないのは仕方ないだろう。


「おまえ、一人で暇そうだな」


 探索者の一人が声を掛けて来た。二〇歳くらいで金髪にサングラス、肩に蛇のような入れ墨(タトゥー)を入れている――滅茶苦茶ガラの悪い奴だな。


「さっきC級って言うのが聞こえたが、どう見ても高校生のガキじゃねえか。見栄を張るのもいい加減にしろ」


「人をガキ扱いするなら、高校生に絡むなよ。しつこくするなら、職員にチクるからな」


「何だと、てめえ……俺は練習相手を探しているだけだぜ。C級探索者なら俺の相手くらい余裕でできる筈だろう」


 『鑑定』するとレベルは一二、D級探索者ってところだ。藤枝たちもそうだけど、こういう奴を見ると不思議に思う。『ダンジョン配信者(ストリーマー)』の動画を見ると、一〇代のB級探索者だって普通にいるのに、どうして自分の基準で相手の実力を決めつけるんだ?


「あくまでも練習なら構わないけど、あとで文句を言うなよ」


「ホント、生意気でムカつくぜ……その台詞、そのまま返してやる。てめえの化けの皮を剥がしてやるからな!」


 金髪はサングラスをかけたまま構える。装備はハーフフレートにスピア。D級探索者だから、一応ダンジョンのドロップ品ってところか。


「おいおい、C級探索者がギルドに借りた防護服一枚で戦うのか? マジックバッグくらい持っているだろう。好きに装備して構わないぜ」


「あんたが相手なら必要ないよ」


「何だと……あとで言い訳するんじゃねえぞ! 『疾風槍(ゲイルスピア)』!」


 金髪サングラスがスキルを発動すると、渦巻く風が槍を包む。


 探索者ギルドの練習場でスキルや魔法を使うのは問題ないし、相手を怪我させても、殺さなければ大抵は事故扱いになる。

 それが解っているから、俺を痛めつけるつもりなんだろう。だけど俺に言わせれば、こいつの動きは素人同然だ。


 スピアの一撃を躱すと、下に潜り込んで顎を狙う。拳を振り抜くとサングラスが飛んで、金髪が宙を舞って床に落ちる。勿論手加減したから、顎の骨を砕いただけだ。床に落ちたときに頭を打たないように角度も調整した。


 血塗れで白目を剥く金髪に、周りの探索者たちが唖然としている。


「おい、鳴海君、何をやっているんだ!」


 後藤さんが慌てて駆け寄って来る。


「こいつが先にスキルを使ったから、身を守るために反撃しただけです。練習中に多少(・・)怪我をさせるくらいは問題ないですよね」


 俺は武器を持っていないし、十分言い訳できる範囲だろう。


「確かに君の言う通りかも知れないが……」


「ああ、後藤さんの管理責任を問われると面倒ですね。じゃあ、後始末をしておきます」


 『治癒(ヒール)』を発動すると、金髪の砕けた顎が元に戻る。流れた血はそのままだけど、これくらいなら問題ないだろう。


「君は回復魔法まで使えるのか……」


「魔法は結構得な方なんです」


 『偽りの指輪(フェイクリング)』で設定した俺のクラスは聖騎士(パラディン)だから、回復魔法を使えても不自然じゃない。


「相良先輩、練習の邪魔をしてごめん。もし良かったら、お詫びにもう少し練習に付き合うよ」


 こんなことをしたら、相良先輩は完全に引いているだろう。そう思っていたけど――


「鳴海君、さすがはC級探索者だね! 今の一撃、バッチリ見ていたよ!」


 引くどころか、興奮気味に捲し立てる。女子の方が血に強いって言うけど、相良先輩の性格って、探索者に向いているんじゃないか。


 唖然としている周りの探索者たちを尻目に、しばらく立ち合いをしてから、俺たちは探索者ギルドを後にする。


「身体を動かしたら、お腹が空いたよ。鳴海君、ラーメンでも食べていかないか?」


 これも相良先輩の意外な一面だ。先輩に誘われて向かったのは〇郎系の店。モヤシと脂マシマシのラーメンを先輩は完食した。


 その後は約束通りに、相良先輩を家まで送る。途中で話したのは練習のことと、ダンジョンでの俺の戦いぶりだ。

 別に自慢したい訳じゃないけど、先輩に散々訊かれたんだよ。木更津ダンジョンをソロで一日で攻略したことは、適当に言って誤魔化したけど。


「鳴海君、今日は楽しかったよ。もし良かったらだけど、また練習に付き合ってくれないか?」


「そんなに頻繁には無理だけど、たまになら構わないよ」


「鳴海君、ありがとう! 約束だからね!」


 相良先輩は嬉しそうに大きく手を振って、俺が帰るのを見送った。先輩の家の二階の窓から、父親だと思われる中年の男が睨んでいたけど、気づかないフリをした。


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