6話
体育館から教室に戻ろうとすると、知らない女子が追い掛けて来た。
「君、ちょっと待ってくれないか!」
チョコレートブラウンの髪をポニーテールにして、バレー部のユニフォームを着ている。一年生には見えないから、二年? いや、たぶん三年生だろう。
「俺に何か用ですか?」
「私は女子バレー部のキャプテン、三年の相良唯だ」
「俺は鳴海春斗、二年です」
「さっき、藤枝を庇っているところを見たよ。君、もしかして探索者なのか? しかも結構上の等級の」
俺が迂闊だったんだから、探索者だってバレても仕方ないだろう。
「一応、探索者ですが、等級が高い訳じゃありません。俺はC級ですよ」
「高校生でC級なんて十分凄いじゃないか! C級探索者になると、あんなに速く動けるようになるんだな」
C級探索者にできる動きじゃないけど、説明するのが面倒だから否定しない。
「話はそれだけですか? だったら俺は教室に戻ります」
「ごめん、もう少しだけ付き合ってくれ。私も最近探索者資格を取ったんだが、もし良かったから、探索者のノウハウを教えてくれないか? 勿論、お礼はするから」
結構グイグイ来るな。
「こんなことを訊くのも何ですが、魔力に覚醒したら、もう試合には出れないですよね。どうしてバレー部を続けているんですか?」
魔力に覚醒するとステータスが跳ね上がって、もう一般人とは言えないから、スポーツ全般で試合に出場する資格を失う。
中には魔力を隠して試合に出る奴もいるらしいけど、ドーピングと同じように魔力検査があるから、結局バレることになる。
「うん、三年生になって直ぐに魔力に覚醒したから、試合に出ることは諦めたよ。それでもバレー部に残ったのは、私がキャプテンだからだ。試合に出れなくても、みんなを応援したいんだ」
相良先輩って、結構良い人みたいだな。
「俺も受験勉強で忙しいから、そんなに時間は取れませんが、妹の練習を見に来たときに、軽く話をするくらいなら構いませんよ」
「そう言えばさっき話していたし、鳴海ってことは、静奈のお兄さんなのか? ありがとう。ダメ元で頼んだだけで、まさか承知してくれるとは思わなかったから、凄く嬉しいよ!」
「いや、期待されても、本当に大したことはできませんからね」
嬉しそうに手を振る相良先輩と別れて、俺は教室に向かった。
※ ※ ※ ※
午後の講習も終わって、教室を出て家に向かう。
「鳴海君、あの……」
綾辻が何か言いたそうだったけど、絡むと面倒だから気づかないフリをする。木更津ダンジョンのことで、俺に罪悪感があるみたいだけど、もう済んだことだし、今さら話すことはないからな。
校舎を出て校門に向かうと、別の高校の制服を着た奴らがたむろしている。人数は五人で、髪を染めて制服をだらしなく着崩している。こいつら、ガラが悪いな。
「おい、淳士。こいつが例の陰キャか?」
後ろにヤンキーの藤枝淳士がいることには気づいていた。
「ああ。鳴海、ちょっと付き合え」
藤枝が勝ち誇るようにニヤリと笑う。一人じゃ俺に敵わないから、仲間を呼んだってことか。
藤枝たちの後をついて、しばらく歩くと公園に着く。この辺りは見通しが良いから、喧嘩なんかしたら、直ぐに警察に通報されそうだな。
「木更津ダンジョンじゃ、どんな汚え手を使ったか知らねえが、随分と好き勝手にやってくれたな!」
藤枝と仲間たちが『身体強化』を発動する。こいつらも探索者なのか。だけどダンジョンの外で魔力を使うのは犯罪だろう。
「先に手を出したのはおまえだろう。負けたからって文句を言うなよ」
「てめえ……俺はてめえなんかに負けてねえ!」
いきなり殴り掛かって来たから、軽く躱す。木更津ダンジョンで胸倉を掴まれたのは、わざと避けなかったからだ。
それにしても、魔力を発動して殴ったら、下手をすれば怪我じゃ済まないだろう。こいつは後先考えない馬鹿だな。本当に市浜学院に合格したのか?
「チッ! おまえら、こいつを押さえつけろ!」
藤枝の仲間たちが俺を取り囲む。ああ、付き合うのが面倒臭くなってきた。奴らの間を擦り抜けざまに、手刀を叩き込んで二人の意識を刈り取る。
「な……」
唖然する残り三人の意識を続けざまに奪う。『エボファン』の世界で、馬鹿に散々絡まれたから、対処の仕方には慣れているんだよ。
「鳴海、てめえ……また汚え手を……」
「自分たちが負けたら、汚い手を使ったって言うのか? ああ、おまえはまだ負けていないんだったな。さっさと掛かって来いよ」
中指一本で手招きして挑発すると、藤枝が飛び掛かって来る。腹に一発入れて、藤枝を身体ごと吹き飛ばす。勿論、手加減したから死んでいない。
腹を抱えて蹲る藤枝に近づいて、髪を掴んで顔を上げさせる。
「こんなところで喧嘩したら通報されるぞ。直ぐに逃げないとヤバいと思うけど、まだ続けるのか?」
「ひぃ……」
こいつ、完全に怯えているな。この程度で止めるなら喧嘩なんか売るなよ。
これで藤枝に絡まれることはないだろう。それでも懲りずに仕掛けて来たら、今度は徹底的に痛めつけてやる。
※ ※ ※ ※
次の日、藤枝は教室で見掛けても、俺と目を合わせなくなった。城ケ崎たちが不思議そうな顔をしているけど、とりあえず、もう仕掛けて来る気はないってことか。
午前中の講習を適当に聞き流して、昼休みになるとバレー部が練習している体育館に向かう。
「お兄ちゃん、今日も来てくれたんだ」
「ああ。どうせ渡した弁当は午前中に食べたんだろう? これは追加の弁当で、藤枝さんの分もあるよ」
「本当ですか? お兄さんのお弁当美味しいから、凄く嬉しいです!」
三人で弁当を食べていると、相良先輩がやって来る。
「鳴海君……いや、静奈じゃなくてお兄さんの方ね。昨日の約束のことは憶えている?」
「はい。弁当を食べてからで構いませんか?」
「勿論だよ。私も昼ご飯を食べているから、あとで声を掛けてくれ」
相良先輩が手を振って離れていくと、静奈と藤枝さんがポカンとした顔をしている。
「お兄ちゃんって……相良先輩と知り合いだったの?」
「昨日知り合ったんだよ。相良先輩は探索者だろう。俺も探索者になったから、その縁で知り合いになったんだ」
「え……お兄ちゃんが探索者? そんな話、聞いていないんだけど!」
そう言えば、静奈には言っていなかったな。
「先週の土曜日、暇だったから探索者試験を受けたんだ」
「暇だから探索者になるって……」
「ああ、昨日の凄い動きができたのは、探索者だからですね!」
藤枝さんが勝手に納得している。
「それにしても……美人で有名な相良先輩と知り合いになるなんて、お兄さんも隅に置けないですね!」
確かに相良先輩は顔立ちが整っていて、中性的な美人だけど。
「え……お兄ちゃん、どういうこと? バレー部に来るようになったのは、相良先輩が目当てなの?」
静奈がジト目になる。
「いや、そうじゃないって。探索者同士として、ちょっと話をしただけだよ。変なことを言うなら、もう弁当を作らないぞ」
「嘘、それは困るよ!」
「お兄さん、私もごめんなさい。もう余計なことは言いませんから!」
弁当を食べ終えて、相良先輩の元に向かう。
「先輩、お待たせしました」
「こっちも丁度食べ終わったところだ。急かしたようで悪かったね。ここじゃ何だから、外に出て話そうか。それと私の方が教わる立場なんだ。先輩だからと敬語を使う必要はないよ」
「じゃあ、そうさせて貰うよ」
俺が口調を変えると、周りの部員たちが驚いている。女子バレー部はスポ根系だから、上下関係に厳しいんだろう。
「探索者のノウハウって言っても、大したことは教えられないと思うけど。相良先輩はパーティーを組んでいるのか?」
「それがまだなんだ。探索者資格は取ったけど部活が忙しくて、ダンジョンに行ったこともないんだ」
「ソロでダンジョンに挑むつもりじゃないんだよな? だったら、まずは自分に合うメンバーを探すところからだ。ネットでメンバーを募集しているパーティーもあるけど、できれば知り合いか、伝手を使って探した方が良い。ナンパ狙いでメンバーを帆募集してるパーティーや、かなり怪しい話もあるから」
俺はソロだけど、この辺のことは最初に情報収集した段階で調べた。常識で考えても、ネットで知り合った相手とパーティーを組むのはリスクがある。
「あとは時間を見つけて練習を続けること。自主トレをするのは当然だけど、事前に予約すれば、探索者ギルドの職員が練習相手になってくれる。探索者同士で練習場を使うこともできるから、その場にいる者同士で練習することも多いらしいよ」
ちなみに、相良先輩のクラスは武闘家。『鑑定』する前に自分から教えてくれた。
「パーティーのことも練習のことも、君の言う通りだな。メンバーのことは三年生の友だちと、高校を卒業したらパーティーを組む約束をしているんだ。練習については自主練はしているが、探索者ギルドに行く発想はなかったな。できるだけ時間を見つけて行くことにするよ」
「相良先輩には妹の静奈が世話になっていることだし、何だったら探索者ギルドの練習くらいなら付き合うよ」
「良いのか? 正直、いきなり一人で行くのは不安だったんだ。静奈のことは特別世話を焼いている訳じゃないけど、才能もあるし頑張っているからね。春高の予選が始まる頃にはレギュラーになるんじゃないかな」
藤枝さんも言っていたけど、静奈も頑張っているんだな。スマホで探索者ギルドのホームページを確認する。
「じゃあ、探索者ギルドに練習に行くのはいつにする? 明日なら職員との予約も取れるみたいだけど」
「鳴海君が問題ないなら、私は明日でも構わないよ」
「だったら決まりだな」
ホームページから予約を入れる。
「俺の方から誘っておいてなんだけど、相良先輩は大学受験の方は大丈夫なのか?」
「こう見えて、成績は悪くないからね。第一志望は総合型選抜試験を受けるから、早ければ一〇月には大学が決まるよ」
かつてはAO入試と呼ばれていた総合型選抜試験で、第一志望の大学を受けられるくらい成績が良いってことか。




