4話
回廊を駆け抜けながら、遭遇した魔物を出合い頭に仕留めていく。ドロップした金とアイテムは、自動的に『収納庫』に回収されるから問題ない。
初見だから、ダンジョンの構造を知っている訳じゃない。だけどゲーマーの勘を頼りに突き進みながら、下に行く階段を見つけて次の階層に向かう。
途中で何度も他の探索者を見掛けたけど、壁際や天井付近の空いているスペースを使って素通りする。
「おい……今のは何だ。新手の魔物か?」
「いや……魔物なら襲い掛かって来るだろう?」
探索者が魔物と戦闘中のときは、タイミングを計って邪魔にならないように通過する。戦闘中にに乱入するのはマナー違反だからな。
遭遇した魔物を『鑑定』すると、D級ダンジョンに出現する上限のレベルだから、そろそろ最下層か。
最下層を攻略している探索者も結構いた。金を稼ぐことが目的なら、D級ダンジョンでもそれなりに稼げるから、もっと上を目指さないで、ここに留まる探索者も多いらしい。
廻廊の突き当りに巨大な両開きの扉。ネットで調べた情報とゲーマーの勘から、ここがダンジョンボスの部屋だろう。俺は躊躇うことなく、部屋に飛び込む。
部屋に入ると扉が自動的に閉まる。部屋の中央に出現したのは、体長六メートル超の漆黒の竜だ。全身を金属のような鱗に覆われて、銀色の鋭い鉤爪と牙を持つ。巨大な翼を広げる姿は、まさに魔物の王って感じだけど――
「動画で見たから知っていたが……木更津ダンジョンのラスボスって、マジで只のブラックドラゴンなんだな」
ドラゴンの首を一撃で切り落として溜息をつく。ソロでダンジョンボスを倒したのに、文句を言うと炎上しそうだけど問題ない。俺はSNSや動画配信はしていないし、勝手に扉が閉じたから、誰にも見られていない。
ボスを討伐した証拠になるアイテムがドロップ確定なのも『エボファン』と同じだ。ブラックドラゴン討伐の証拠は、黒いオパールが埋め込まれた銀のメダリオン。
「そろそろ扉が開く頃だし、さっさと退散するか」
ボス戦が終わると一○分後に扉が開くことは、ネットの情報で確認済みだ。
ボスを倒したときに出現した転移ポイントを使って、一階層の階段がある最初の部屋に戻る。
「もしかして、ソロで潜っていたのか? まだ高校生みたいだが、あまり無茶をするなよ」
ダンジョンから出ると、入口を警備している職員に言われる。入ったときとは違う人だけど、俺を心配してくれたみたいだな。
更衣室で着替えて受付に行くと、他にもダンジョンから戻って来た探索者たちが、順番待ちの列を作っている。受付には、さっきのウルフカットの女の人がいる。どうせなら、あの人の列に並ぶか。
「鳴海君……無事に戻って来たのね。遅いから心配したじゃない!」
俺がダンジョンにいたのは六時間くらいけど、ソロだから直ぐに逃げ帰って来るとでも思っていたんだろう。
「心配させて済みません。それにしても、俺の名前を憶えてくれたんですね」
「自分で受付したんだから、当たり前じゃない。それで、初めてのダンジョンはどうだったの?」
「正直、『ダンジョン配信者』の動画で見たより、全然迫力がなかったですね」
「配信をするような探索者は、大抵レベルが高いから当然よ。一度上手くいったくらいで、調子に乗らないで……勘違いしないで欲しいんだけど、私は別に嫌味で言っている訳じゃないわ」
「解っていますよ。俺を心配してくれているんですよね? そう言えば、まだ名前を聞いていなかったですね」
「私は加藤亜樹。今は迷宮管理局の職員をやってるけど、これでも元B級探索者よ」
加藤さんを『鑑定』するとレベルは五二。B級以上の探索者は全体の一五パーセント程って話だから、五〇レベル台で上位の探索者になるって感じか。
「加藤さんって、結構強いんですね」
「煽てても何も出ないわよ。じゃあ、今日の成果を見せてくれる?」
迷宮管理局は、探索者がダンジョンで手に入れたドロップアイテムとコインの査定と買い取りを行う。
『エボファン』だとダンジョンで手に入れた金をそのまま使えるけど、この世界ではアイテム扱いで換金する必要がある。
ダンジョンでドロップするコインは、国の中央銀行が発行した訳じゃないから当然だろう。C級以上のダンジョンでは、コインの代わりにインゴットや宝石が、A級ダンジョンになると、レアメタルや魔石がドロップすることもあるらしい。
鞄から出すフリをして、『収納庫』から大量のコインとドロップアイテムを出す。いくらイレギュラーでも、探索者になったばかりの俺が『収納庫』を使えるのは不自然だからな。だけど、これだけの量が普通の鞄に入る筈がない。
「鳴海君……その鞄、マジックバッグなの?」
「はい。探索者になった祝いに、親に買って貰いました」
「……春斗君の家って、お金持ちなのね」
マジックバッグは一番安いモノでも百万じゃ買えない。金持ちのボンボンと思われても仕方ないだろう。
「それにしても、初めてダンジョンに潜ったとは思えない量ね……ちょっと待って! 最下層でしかドロップしないアイテムまであるじゃない! え、嘘……この黒い宝石のメダリオンって……」
「ダンジョンボスのドロップアイテムですよ」
「鳴海君、ソロでダンジョンボスを倒したの!」
思わず大きくなる加藤さんの声に、周りの冒険者たちが集まって来る。
「おい、ダンジョンボスを倒したって言わなかったか?」
「しかもソロって……嘘だろう?」
「だが、あのメダリオンを見ろよ。俺はネットで見たことがあるが、木更津ダンジョンのボスのドロップアイテムに間違いないぜ」
「鳴海君……ゴメン」
自分のせいで注目を集めたことに、加藤さんが申し訳なさそうな顔をする。討伐の成果は自分の実力を示すことになるから、手の内を晒さないために、隠したがる探索者も多い。
「気にしないでください。俺は隠すつもりはないですから」
D級ダンジョンのボスを倒したくらいで、自慢するつもりはないけど、隠すほどのことでもないだろう。
「ほら、他人のことに首を突っ込んでいる暇があるなら、さっさと査定を済ませなさい!」
加藤さんが集まった探索者たちを退散させる。
「列を離れた人は最初から並び直してね。割り込みをしてトラブルを起こすような人は、探索者としての評価を下げるわよ!」
探索者たちが文句を言いながら列に戻る。興味本位でジロジロ見られても俺は気にしないけど、下手に絡まれると面倒だからな。
「加藤さん、助かりました」
「そもそも私のせいなんだから、お礼を言われることじゃないわよ。ここだと周りが煩いから、奥の部屋に行きましょう」
他にも職員がいる執務室のような部屋に通される。とりあえず、一番性能が良い装備一式だけを残して、あとは全部買い取って貰うことにした。
「この量だと査定に二時間以上掛かるわね。預り証を渡すから、明日以降にまた来た方が良いんじゃない?」
「いや、また来るのも面倒ですから、このまま待っていますよ」
さっきの失敗を繰り返さないためか、加藤さんが声を落として言う。
「D級ダンジョンのボスを倒したから、鳴海君はC級に昇格ね。討伐証明を出すから、探索者ギルドに持って行けば、探索者証が更新されるわ。ダンジョンボスを倒したから、もう木更津ダンジョンには来ないつもり?」
「そうですね。次はB級ダンジョンに行こうと思っています」
「また、いきなりB級って……B級ダンジョンもソロで潜るの?」
「俺はボッチで、仲間を誘えるようなコミュ力がありませんから」
「その冗談、全然面白くないわ。これだけ物怖じしない君が、コミュ障の筈がないじゃない」
いや、コミュ障とまでは言っていないけど。
「ねえ、鳴海君。いつ、どこのB級ダンジョンに行くか教えてくれない?」
「別に構いませんけど、何でそんなことを訊くんですか?」
「鳴海君が行くタイミングに合わせて、私もそのダンジョンに行くわ。さっき元って言ったけど、ライセンスを失効した訳じゃないから、私は今でもB級探索者なの。別にパーティーを組めって話じゃないから、構わないわよね?」
え……言っていることが意味不明なんだけど?
「加藤さんは何でそこまでするんですか? もしかして、俺のストーカーとか?」
「馬鹿なことを言っているじゃないわよ! 私は鳴海君みたいな若い子が、無茶して死ぬのを見過ごしたくないの。君がイレギュラーなのは解ったけど、ソロでB級ダンジョンに挑む実力があるか見極めさせて」
加藤さんが真剣な顔で言うから、これ以上茶化すつもりはない。
「解りました。だけど次にダンジョンに行くのは、早くても次の週末になると思いますよ。いつ、どこのダンジョンに行くかも、まだ決めていないですし」
とりあえず、この世界でも俺の力が通用することが解ったから、ダンジョンの攻略ばかりしているつもりはない。
「だったら、予定が決まったら連絡して」
加藤さんと連絡先を交換する。俺は家族以外の連絡先を知らないから、他人と連絡先を交換するのは初めてだ。
結局、査定には二時間半掛かった。買い取り価格は……ちょっと税金が怖くなるらいだ。
ドロップ品の剣を入れたケースに電子ロックを施して貰う。店で買った小剣はもう必要ないから、他のモノと一緒に買い取って貰った。中古だから、買い取り価格は買ったときの四分の一だけど仕方ない。
「最後にマジックバッグの中身を確認させて貰うわね」
マジックバッグなら、ケースに入れていない武器を隠して持ち運ぶことができるからな。
マジックバッグは口を開けた状態で逆さにすると、中身が全部落ちる仕様だ。俺のは只の鞄だから、スマホと財布を出すと他には何も入っていない。
「問題ないわね。じゃあ、鳴海君、連絡を待っているわ」
鞄に入れるフリをして、装備を『収納庫』に仕舞う。
執務室から出ると、受付にはまだ結構な人数の探索者が並んでいた。
用は済んだから帰ろうとすると、建物の入口のところで、壁に凭れていた探索者たちがニヤリと笑う。
全員二○代だし、今度こそ知り合いってことはないだろう。
『鑑定』するとレベルは一五から一八。D級ダンジョンを攻略している探索者の中では中堅クラスってところか。
「随分と査定に時間が掛かっな、待ちくくたびれたぜ。なあ、おまえってソロでダンジョンボスを倒したんだってな。詳しい話を聞かせろよ」
本当に倒したと思っていたら、舐めた態度を取らないだろう。俺が金を持っていると解っているから、集るつもりか?
「誰か知らないけど、あんたちと話すつもりはないよ」
「おいおい、先輩探索者の言うことは聞くもんだぜ。ダンジョンじゃ、何があるか解らねえだろう。流れ弾が背中に当たるなんて、めずらしいことじゃねえ」
俺を脅しているつもりか? こんな奴らを野放しにしたら、ロクなことがない。さっさと片づけて帰りたいけど、ここで暴力沙汰は不味いだろう。
「邪魔だから退けよ」
「おい、待てって!」
立ち塞がる五人をガン無視で、強引に突き飛ばしてドアを開ける。
「痛え! てめえ、何しやがる!」
奴らが立ち上がるまで待ってやるつもりはない。俺が走り出すと、追い掛けて来たけど、ステータスが違うから追いつける筈がないだろう。
人目のない場所に差し掛かった瞬間、俺は自分の部屋にいた。
帰りは姿を消して空を飛ぶまでもない。行ったことがある場所なら『転移』で移動できるからだ。
元々その予定だったから、土足で部屋を汚さないように、床には新品のレジャーシートを敷いておいた。
「うーん……あれ? お兄ちゃん、いつの間に帰ったの?」
寝惚けた顔の静奈が、Tシャツ一枚とショートパンツって姿で、何故か俺のベッドから起き上がる。
「おまえ、なんで俺の部屋にいるんだよ?」
「別に良いじゃない。お兄ちゃんの匂いがして、こっちのベッドの方が寝やすいんだもん。それより、いつからいたの? 部屋に入って来たのも、全然気づかなかったよ」
なんかスルーすると不味いことを言った気がするけど、誤魔化す方が先決だな。
静奈が気づかないうちに、靴とレジャーシートを『収納庫』に仕舞う。
「俺は今帰ったばかりだよ。静奈は夕飯を食べたのか?」
「ううん。帰りにコンビニで肉まんを食べただけ」
「だったら、今から一緒に食べに行くか?」
「うん、行く! 勿論、お兄ちゃんの奢りだよね!」
さっきの疑問なんて、完全に忘れているみたいだな。細かいことを気にしない大雑把な妹で助かったよ。




