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3話


 翌朝、電車で行くのは面倒だから、『透明化(インビジブル)』を発動して外に出ると、空を飛んでダンジョンに向かう。


 姿を消したのは、実力を隠したいからじゃない。探索者ギルドの特定の施設やダンジョン以外の場所で、魔法を使うと違法だからだ。


 人を傷つけた訳じゃないから重罪にはならないけど、魔法を使ったことがバレると、目をつけられて行動が制約されるだろう。


 向かった先は、俺が住んでいる千葉県にあるD級ダンジョン『木更津ダンジョン』。日本のダンジョンの名前は捻りが無くて、地名そのままの場合がほとんどだ。

 ダンジョンの近くに着くと、人目につかない場所を探して『透明化』を解除する。


 この世界のダンジョンの入口は建物の中にある。一階にある受付の列に並ぶ。

 ここで迷宮管理局の職員に探索者証を見せて、武器を入れたケースの電子ロックを解除して貰う。ダンジョンを出るときは、同じようにケースに電子ロックを施して貰う必要がある。


 俺の番が来て、探索者証を提示する。迷宮管理局の職員は元探索者が多いって話だけど、受付のウルフカットの女の人はまだ二○代で、現役の探索者って感じだ。


「E級探索者(シーカー)鳴海春斗(なるみはると)君ね……え、昨日探索者になったばかりなの?」


 探索者証に資格取得日が書いてあるからモロバレだ。


「いきなりE級探索者って、それなりに優秀みたいだけど、一人でダンジョンに潜るつもり? これは忠告だけど、自殺行為だから止めた方が良いわ」


 普通、探索者はパーティーを組んでダンジョンに挑む。だから、この人が言っていることは間違っていないし、親切心で言っているのは解っている。


「忠告はありがたいんですが、俺ってボッチで、知らない人をパーティーに誘うコミュ力がないんです」


「……だったら、せめて最初のうちはF級ダンジョンにしなさい」


 今の俺はボサボサの髪に黒ブチ眼鏡。前世の高校時代の陰キャの姿だけど、初対面なのに、ボッチでコミュ力がないことを否定しないんだな……今度、髪型くらいは変えるか。


「大丈夫です。実は俺、イレギュラーですから」


「え、本当にイレギュラーなの? ……解ったわ。だけどヤバいと思ったら、直ぐに引き返しなさいよ」


 それでも俺のことを心配してくれるのか、職員が複雑な顔で差し出す入館カードにサインして、ケースの電子ロックをカードキーで外して貰う。


「俺も馬鹿じゃないから、死ぬつもりはないですよ」


「その言葉、絶対に忘れないでね」


 更衣室で防護服に着替えて、建物の中央にあるダンジョンの入口に向かう。

 入口の前には二人の職員が立っている。武装しているのは非常時に対処するためだ。


「見ない顔だが、ソロで潜るのか? せいぜい気をつけろよ」


 職員が気さくに話し掛けて来る。フレンドリーなのは、いつも探索者と間近で接しているからだろう。


 これもネットで調べた情報だけど、F級ダンジョンの場合、コボルトやスライム、ゴブリンやスケルトンなどの魔物が、一つのダンジョンに一種類だけ出現する。

 階層が深くなると魔物の数が増えて、アーチャーやメイジなどの上位種が出現するようになる。だけど魔物の種類自体は変わらない。


 これがD級ダンジョンになると、一階層から多種多様な魔物が出現するようになる。魔物の強さもオーガーやハイオーク、グールといった中級クラスだ。


 俺が最初に遭遇したのは四体のグール。『鑑定(アブレイズ)』してから、レベルとステータスと実際の強さに齟齬がないか検証しながら戦う。うん、想定通りの弱さだな。


 ダンジョンの魔物を倒すと消滅して、金とドロップアイテムだけが残る。この辺も『エボファン』と同じ仕様だ。わざわざ拾わなくても、俺には『収納庫(ストレージ)』があるから、金とアイテムが自動的に回収される。


 探索者になったばかりの俺が『収納庫』を使えるのは不自然だけど、同じような機能を持つマジックバッグってアイテムがあるから問題ないだろう。


 手加減するコツが掴めたから、魔物のレベルとステータスに合わせて、ギリギリで倒せるように加減しながら廻廊を突き進む。魔法を使う魔物もいたけど、俺の反応速度なら魔法を躱すのは簡単だ。


 ドロップアイテムの中に剣と盾があったから、途中で装備を交換する。鎧もドロップしたけど、ダンジョンの中で着替えるのは変だろう。二階層、三階層、四階層と進みながら検証を続ける。


「あいつ、誰だよ? ソロで余裕で戦って、しかも魔法を躱しているぞ」


 俺の戦いぶりを見て、周りの探索者が騒いでいるけど、『ダンジョン配信者(ストリーマー)』の動画じゃ、もっと派手なことをする奴はたくさんいるだろう。


 それなりの数の魔物と戦ってみたけど、どの魔物もレベルとステータス通りの強さだった。これくらい検証すれば、この世界と『エボファン』の数値の尺度は同じだと判断して問題ないだろう。


 それにしても、D級ダンジョンの魔物は手ごたえが無さ過ぎる。検証も済んだことだし、ここから最下層まで一気に駆け抜けて、ダンジョンボスを倒しに行くか?

 ちょっと本気を出せば、大した時間は掛からないだろう。そんなことを考えていると――


「あれ……もしかして、鳴海(なるみ)君?」


 声に振り向くと、白い鎧を着た女子がいた。ベルトに二本の剣を刺しているし、戦士系クラスか。年齢は俺と同じくらいで、黒い髪を長く伸ばした今どきめずらしい清楚な感じ。客観的に見て美少女だ。


 話しぶりからして、知り合いみたいだけど――こいつ、誰だっけ?


 知り合いを忘れるなんて酷いと思うかも知れないが、俺は二〇歳で死んで、『エボファン』の世界で前世の記憶に目覚めてから五年くらい過ごした。

 つまり俺の感覚的には、高校二年の今は八年も前のことだ。その頃の知り合いを思い出せと言われても……こういうときは『鑑定』だろう。


「えっと……綾辻(あやつじ)さんだよね?」


 憶えていなくても、『鑑定』すれば名前と年齢が解る。同じ一七歳だし、もしかして同級生なのか?


「そうそう、やっぱり鳴海君だ! 鳴海君も探索者になったの?」


 親しげに話し掛けて来るけど……全然思い出せない。陰キャでボッチだった俺は、学校で喋ることなんて、ほとんどなかったからな。


姫乃(ひめの)、こんなところで何やってんの?」


 今度はピンクベージュの髪のギャルがやって来る。長い杖を持って、軽装だから魔術士系クラスだろう。『鑑定』すると名前は城ケ崎瑠香(じょうがさきるか)。こいつも俺と同じ一七歳だ。


「ゲッ……うちのクラスの陰キャじゃん!」


瑠香(るか)! そんな言い方、酷いよ!」


 俺も心の中でギャルって呼んでいたから、陰キャと言われても文句を言うつもりはない。だけど、おかげで二人がクラスメイトだと解った。


「おい、二人ともどうしたんだ?」


「何してやがる。早く先に行こうぜ!」


 さらに二人増える。一人は赤いロン毛の今どきめずらしいヤンキーっぽい奴。ガチガチの金属鎧を纏って、大剣を背負った戦士系だ。

 もう一人はアッシュブラウンの髪をツーブロックにした軽薄そうな奴。銀の錫杖を持っているし、こいつらがパーティーなら、バランスを考えると神官(プリースト)系ってところか。


 『鑑定』すると、ヤンキーの方が藤枝淳士(ふじえだあつし)。ツーブロックの方が二宮早瀬(にのみやはやせ)。二人とも一七歳で、職業(クラス)も予想通りだった。


「ねえ、見てよ。こいつ、陰キャの鳴海じゃん!」


「うわ、マジか! 何で陰キャが、こんなところにいるんだ?」


「陰キャが夏休みに探索者デビューとか、ウケる……んで、おまえのパーティーのメンバーはどこにいるんだ? どうせ、みんな陰キャのオタクなんだろう?」


 俺のことを知っているみたいだけど、この二人もクラスメイトなのか? それにしても、言っていることが馬鹿っぽいな。俺が通っている市浜学院は、それなりの進学校の筈なのに、こんな奴らが生徒で大丈夫なのか?


「淳士君も、早瀬君も、酷いことを言わないで!」


 綾辻が止めるけど、他の三人は俺を馬鹿にするのを止めない。これ以上、付き合う必要はないだろう。


「おまえら、うるさいから黙れよ」


 俺が言い返すとは思わなかったのか、ヤンキーの藤枝が一瞬唖然とする。


「あ? てめえ、今何て言った!」


 散々人を馬鹿にしておいて、言い返したらキレるのか。


「黙れって言ったんだよ。聞こえなかったのか?」


「てめえ……俺を舐めてんのか!」


 藤枝が俺の胸ぐらを掴む。


「淳士君、止めて! こんなところを人に見られたら、停学じゃ済まないわ!」


「姫乃は真面目ちゃんだね。ダンジョンの中でボコしても、証拠なんてないじゃん。淳士、やっちゃいなよ!」


 俺がビビって、抵抗できないと思っているみたいだけど――胸倉を掴む藤枝の手首を握ると、軽く力を込める。


「い、痛ってえーーー!」


 藤枝が絶叫しながら、手首を押さえて蹲る。俺が握り潰したからだ。血肉が飛び散らない程度に手加減したけど。


「おい、淳士! どうしたんだよ?」


「こ、こいつが俺の……あれ?」


 唖然としているは、潰れた筈の手首が元に戻っているからだ。

 俺が『治癒(ヒール)』で回復させて、潰れた小手は『修復(リペア)』した。全部一瞬で発動したから、誰も気づいていないだろう。


「何だよ、大袈裟だな」


「てめえ……ふざけるんじゃねえぞ!」


 俺が苦笑すると、藤枝がキレる。こいつ、本当に懲りない奴だな。


「だったら、まだやるか?」


 真顔で言うと、藤枝が顔を青くして目を逸らす。手首が潰れた感触がまだ残っているみたいだな。


「チッ……こんな奴の相手をしている暇はねえ。さっさと行くぞ!」


「おい、淳士! 急にどうしたんだよ?」


「もう何なの! 淳士、もしかして生理?」


 足早に立ち去る藤枝を追って、他の三人も立ち去って行く。綾辻が最後に振り向いて、申し訳なさそうな顔で頭を下げた。

 周りには他の探索者もいるけど、これくらいのことは日常茶飯事らしく無関心だ。探索者なんてそんなモノだろう。


 邪魔者がいなくなったことだし、俺は最下層まで一気に駆け抜けることにした。先を行く綾辻たちに一瞬で追いつくと、壁を走って追い抜く。


「え……もしかして、今の陰キャの鳴海?」


「そ、そんな筈がねえだろう! 瑠香、おまえの見間違いじゃねえか?」


 城ケ崎たちが何か言っているけど興味ない。退屈なD級ダンジョンの攻略を、さっさと終わらせるか。



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