2話
この世界に来てから一週間、俺は情報収集を続けた。魔王アレクの身体は眠る必要がないから、二四時間フル稼働で、この世界の常識とか大よそのことを把握した。
一つ気になるのが、この世界に俺が来たのと殆んど同じタイミングで、世界中に新たなダンジョンが出現したことだ。しかも最高難易度のS級ダンジョンばかり――偶然にしては出来過ぎている。神か悪魔か知らないけど、この世界に俺を連れて来た奴の意図を感じる。
だけど何の手掛かりも無しに、そんなところに行くのは、自分から罠に飛び込むようなモノだろう。すでに各国の探索者が対応しているって話だし、しばらくは様子見だ。
「お兄ちゃん、部活に行って来るね」
「静奈、車には気をつけろよ」
妹の静奈との生活にも慣れた。静奈は夏休みの間も毎日部活に行っている。
俺がこの世界に来た日、昼間なのに静奈が家にいたのは、たまたま部活が午前中で終わる日だったからだ。
両親は相変わらず仕事が忙しいらしく、ときどきメッセージアプリで連絡が来るけど、まだ顔を見たことがない。
静雄を見送ってから、俺が向かったのは探索者ギルドだ。
とりあえず、この世界でも俺の力が通用するか、確かめるためにダンジョンに行くことにした。ダンジョンに正規の方法で入るには、探索者資格を取る必要がある。
探索者ギルドの建物はハローワークみたいな感じだ。
一階は探索者に仕事を斡旋する場所。ダンジョンを攻略する以外にも、護衛や採集依頼など、探索者には様々な仕事がある。
二階と三階は各種手続きを行う場所だ。探索者試験の受付は二階にあって、事前にネットで予約してから、必要書類を持参して手続きをする。
「鳴海春斗さん、書類に問題はありませんね。今から試験を受けることもできますが、どうしますか?」
受付の女の人は如何にも役所の職員って感じで、対応が事務的だ。
探索者の受験資格は一六歳以上ってだけだから、書類に必要事項を記入して、年齢が確認できる身分証があれば問題ない。
「はい、お願いします」
試験の内容は簡単な筆記試験と、ステータス測定に実技試験だ。筆記試験は性格テストのようなもので、普通に回答すれば誰でも合格する。
問題はステータス測定と実技試験だ。探索者になるには魔力に覚醒して、各ステータスが探索者としての基準を満たしている必要がある。
今から五○年ほど前に、この世界にダンジョンが出現してから、魔力に覚醒する者が現れるようになったらしい。覚醒するタイミングは人によって違うけど、一○代前半が圧倒的に多いそうだ。
俺が調べた限り、この世界のレベルとステータスは『エボファン』と同じ仕様だ。魔法やスキルも『エボファン』と同じだけど、実際に試してみないと本当のところは解らない。
一時間ほどで筆記試験が終わると、職員の案内で地下に移動する。まずは魔導具の測定器でステータスを測る。
「レベルは五、なかなか優秀ですね。え……この異常なステータス……貴方、イレギュラーなの?」
レベルやステータスは鍛錬することでも上がるから、受験者が全員一レベルって訳じゃない。職員が驚いているのは、俺のステータスが五レベルどころの数値じゃないからだ。
魔力に覚醒した者の中には、普通じゃ考えられないほどステータスの高い者が稀にいる。そいつらはイレギュラーと呼ばれて、例外なく上位の探索者になる。S級探索者の八割はイレギュラーって話だ。
俺の場合は『偽りの指輪』で設定したステータスだけど、勿論、こんなことをしたのは理由がある。
次は実技試験。模擬戦用の部屋に移動して、ギルドが用意した武器と防具を選ぶ。
俺が選んだのは片手用の剣と防護服。防具は金属鎧や革鎧もあったけど、動きやすい防護服を選んだ。
実技試験の相手も探索者ギルドの職員だ。探索者が引退して職員になるケースは多く、そういう人が実技試験を担当する。
俺の相手は四○代の男。落ち着いた中年という感じだ。他にも二人の職員がいて、三人で試験の採点をする。
「試験官の後藤だ。君はイレギュラーという話したが、遠慮しないで魔法でもスキルでも好きに使って構わない」
試験官を『鑑定』する。『鑑定』は相手のステータス画面を見ることができる魔法だ。『鑑定』のレベルによって、見ることができる情報に制限があって、最大までレベルを上げると、相手が使える魔法やスキルまで解るようになる。
勝手に『鑑定』すると敵対行為だと見做す奴もいるけど、俺に言わせれば、戦う前に相手の実力を測るのは当然のことだ。
試験官のレベルは一五だけど、それ以外のステータスは、俺が『偽りの指輪』で設定した数値よりも低い。それでも余裕なのは、技術と経験に自信があるからだろう。
ちなみに試験官の職業は戦士――『エボファン』はクラス制で、戦士、魔術士、神官、盗賊などの基本クラスの他に、騎士や傭兵などの派生した上級クラスがある。この世界のクラスも、俺が調べた限りは『エボファン』と一緒だ。
「じゃあ、行かせて貰いますね」
俺が横凪ぎに放った一撃を、試験官は余裕で受け止める。これは想定の範囲だ。力と速さを徐々に上げながら、攻撃を繰り返すと、試験官から余裕が消える。
「まるで私を試すような戦い方じゃないか……スキルや魔法は使わないのか?」
「この分だと、たぶん必要ないと思いますよ」
「さすがはイレギュラーってところか……だが探索者を甘く見るな!」
俺の挑発で試験官が本気になる。受験生が相手だから、さすがにスキルは使わないけど、無駄のない素早い動きで、フェイントを入れた攻撃を繰り出す。
それでも押し負けない俺に、試験官の動きがさらに鋭くなる。まだ全力じゃないのか? こっちも力と速さをさらに上げると、試験官の限界が見えた。
これ以上続ける意味はないだろう。俺は一気に加速すると、試験官の剣を叩き落として、喉元に自分の剣を突きつける。
「まさか、これほどとは……私の完敗だ」
「挑発するような真似をしたことは謝りますが、本気の貴方と戦いたかったんです」
嘘じゃないけど、本当の理由は『鑑定』した相手のレベルとステータスが、俺の感覚とズレていないか検証したかったんだ。
この世界のレベルとステータスが『エボファン』と同じ仕様でも、数値の尺度まで同じとは限らない。例えば極端な話、この世界の五レベルが『エボファン』の五〇レベルに相当する可能性もゼロじゃない。だから試験官には悪いけど、『鑑定』した上で実力を測らせて貰った。
実際に戦ってみた結果、俺の感覚にズレはなかった。つまりこの世界と『エボファン』の数値の尺度は、同じか大差ないと考えて問題ないだろう。一度だけで判断するのは危険だから、もっと検証する必要はあるけど。
「あまり褒められたものではないが、君くらい実力があれば、私が格下扱いされても仕方ないだろう。本当に末恐ろしいな……」
こんなことを言われて、調子に乗るつもりはない。俺は魔王アレクだから、強いのは当然だろう。
「試験の結果を教えて貰えますか?」
「勿論、合格だ。おまえたちも異存はないな?」
採点していた二人の職員が頷く。ちょっと悪目立ちしたけど、これくらいなら問題ないだろう。『ダンジョン配信者』の動画じゃ、もっと派手なことをやる探索者が、たくさんいるからな。
別室で写真撮影をして、しばらく待っていると、写真付きの『探索者免許証』、通称『探索者証』が発行される。探索者の等級はFからSまでの七段階。俺は最初からE級だ。
実技試験で試験官を倒す実力を見せれば、初めからE級になることはネットの情報で確認済みだ。探索者の等級によって、入れるダンジョンの等級が決まるから、最初からE級になりたかったんだよ。
探索者ギルドを後にして、併設された武器と防具の店に向かう。俺の『収納庫』には『エボファン』の世界の装備が大量に入っているけど、それを使えば、どこで手に入れたか疑われるだろう。
予算は子供の頃から貯めたお年玉と小遣いだ。『収納庫』には『エボファン』の世界の金も大量に入っている。金貨だから換金することは可能だけど、武器と同じ理由で使えない。生活費に手を付ける訳にもいかないし、前世ではゲーミングPCを買うために貯めた金で装備を整える。
この店の店員も探索者ギルドの職員で、探索者証を見せて装備を購入する。
買ったのは小剣と防護服。値段は税込で一六万五千円。小剣が一一万円で、防護服が五万五千円だ。
探索者が武器をダンジョンの外で使うのは厳禁で、探索者ギルドと迷宮管理局の職員、あとは国に登録した武器商人だけが開けられる電子ロック付きのケースが必須。だから武器はどうしても高くなる。
例外は二つ。犯罪歴のないB級以上の探索者なら、ケース無しで武器を持ち運ぶことが認められる。もう一つは、探索者ギルドが許可した場合。大抵はギルドが依頼した護衛などの仕事を請けたときだ。
明日行く予定のダンジョンもネットで下調べした。探索者は自分の等級よりも一つ上の等級のダンジョンまで入ることができる。E級探索者の俺はD級ダンジョンまで入れるってことだ。




