10話
更衣室で着替えてから受付に行くと、亜樹が迷宮管理局の職員であることを示す身分証を見せて、受付の職員と何か話している。しばらく待っていると、職員の案内で奥にある部屋に通された。
「同じ失敗を繰り返したくないから、用心のためよ。春斗、今日の成果を見せてあげて」
鞄から出すフリをして『収納庫』から大量のドロップアイテムとコインを出すと職員が唖然とする。
「先に言っておくけど、私は春斗に同行しただけで何もしていないわ。信じられないかも知れないけど、春斗は実質ソロで箱根ダンジョンをボスを倒したの」
亜樹がドロップアイテムの中から、ダンジョンボス討伐の証拠になる、大粒のルビーが埋め込まれたメダリオンを取り出す。
「ソロで倒したんですか……さすがに信じられませんが、二人で倒しただけでも凄いことですよ」
「迷宮管理局の職員の私が、自分に何のメリットもない嘘をつく筈がないでしょう。何か勘違いしているみたいだけど、春斗がソロで倒したのはダンジョンボスだけじゃないわ。
ダンジョンに入ってから、私は何もしていない。春斗は今日初めて箱根ダンジョンに来て、たった一日で最下層まで踏破したのよ」
ダンジョンには、訪れたことがある階層まで転移できる転移ポイントがある。普通は一日でダンジョンを攻略することはできないから、転移ポイントを使って攻略を進めていく。
「えっ……ちょっと待って下さい。確認のために、お二人の探索者証を見せて貰えますか?」
俺たちが探索者証を渡すと、職員はタブレットで入館記録を確認する。
「本当に今日初めて来たんですね……それに、まだ入館してから六時間しか経っていないじゃないですか。六時間で四〇階層まで辿り着いて、ダンジョンボスまで倒すなんて……え? 鳴海さんって九日前に探索者になったばかりで、もうC級で……C級探索者がB級ダンジョンのボスを倒したんですか?」
「信じられない気持ちは解るけど、全部本当のことよ。春斗は一週間前にD級の木更津ダンジョンをソロで攻略しているわ。記録を見れば直ぐに解る筈よ。わざわざ私が説明している理由は、後になって職員の誰かが気づいて、不用意に情報を漏らさないように釘を刺すためよ」
亜樹が俺の方を向く。
「迷宮管理局の職員には守秘義務があるから、これで情報が漏れることはないわ。B級ダンジョンのボスを倒したら、確実にA級探索者に昇格するけど、できれば探索者ギルドには報告しない方が良いわね。春斗が一人で討伐報告したら、ソロで攻略したことがバレて、とんでもない騒ぎになるわよ」
また騒ぎなると面倒だけど、俺がこの世界に来た理由を知るためには、むしろ目立った方か良いかも知れない。
「変な奴らに纏わりつかれるのは嫌だけど、俺はそこまで隠したいとは思っていないよ。逆に訊きたいんだけど、ソロで箱根ダンジョンを攻略したことがバレると、どうなるんだ?」
「警察と自衛隊、あとは大手の探索者クランから勧誘が殺到することになるわね。探索者ギルドは警察の下部組織だから、まず春斗の情報は直ぐに警察に伝わるわ。安全保障の観点から自衛隊にも報告する義務があるから、そこまでは仕方ないけど、大手のクランには警察や自衛隊のOBがいるから、知られるのは時間の問題よ」
OBに情報を漏らすとか、法令順守って何だよって話だけど、公務員の天下りのことを考えると、ズブズブの関係なのは予想できる。
警察と自衛隊が探索者を勧誘する理由は、この二つの組織に探索者だけで構成された特殊部隊があるから。そしてA級以上のダンジョンに入るには、警察か自衛隊に所属することが半ば必須条件だ。
この世界のA級以上のダンジョンは、国が独占的に管理運営していて、国に所属する探索者以外は、立ち入りを禁止されている。名目上の理由は危険だから。万が一にも『迷宮暴走』が起きないように、国が厳重に管理しているって話だ。
だけど本当の理由は、貴重なドロップアイテムを国が独占することと、優秀な探索者を抱え込むため。トップクラスのダンジョンを攻略したいなら、警察か自衛隊に入れってことだ。OBがいる大手クランは民間協力って名目で、例外的にA級以上のダンジョンに入れるって話だけど。
B級以上の探索者なら一人で戦車と戦えるし、S級探索者は戦略兵器に匹敵すると言われている。最近は探索者による犯罪も増えているし、国防の観点からも、国が優秀な探索者を抱え込みたいと思うのは当然だだろう。だけど俺は警察や自衛隊に入るつもりはない。
「さっき釘を刺したって言っていたけど、探索者ギルドに報告しなくても、迷宮管理局から情報が漏れるんじゃないか? 守秘義務があるのは探索者ギルドも同じだろう」
「迷宮管理局は迷宮省の下部組織だから、警察や自衛隊との繋がりはないわ。それに探索者ギルドは探索者の育成と管理をする組織だけど、迷宮管理局はダンジョンと、ダンジョンからドロップするアイテムを管理する組織よ。
ダンジョンという大きな利権を持っているから、他の省庁に力で対抗できるし、探索者の情報を売るメリットはない。だから、うっかり情報を漏らすことはあっても、意図的に情報を広めることはないわ」
迷宮省はダンジョンを管理することを目的に設立された政府機関だ。縦割り行政の弊害って話もあるし、ライバル関係にある他の省庁のメリットになる情報を、あえて公開するような真似はしないってことか。
「噂が広がれば海外にも情報が伝わるから、世界中から勧誘されることも覚悟しておいて。あとは家族のことも心配した方が良いわ。上位の探索者が儲かることは世間に知られているから、身代金目的で誘拐されることも考えられるわね」
結構面倒臭いことになりそうだけど、家族のことは対処できるから問題ないだろう。
「亜樹、俺のことを心配してくれるのは嬉しいけど、家族のことはボディーガードをつけるとか対処の仕方はあるだろう。俺自身のことは自分でどうにかするから、探索者ギルドには普通に報告するよ」
「春斗は探索者として有名になって、チヤホヤされたいの?」
亜樹が意地の悪い顔をする。
「別にそんなことは考えていないけど、コソコソするのは性に合わないんだ」
本当の目的を言う訳にはいかないけど、コソコソしたくないのも本当のことだ。
「冗談よ。解ったわ。春斗の好きにして構わないわよ」
話が済んだので、今回も一番性能が良い装備を残して、残りのドロップアイテムとコインは売却する。
亜樹も一緒に行ったんだから、アイテムは好きなモノを選んで良し、売却金は等分にしようと言ったけど断られた。
「私は何もしていないんだから、全部春斗のモノに決まっているじゃない」
量が多過ぎて査定が今日中に終わらないという話なので、明日明細をデータで送って貰って、了承後に売却金を振り込んで貰うことにした。
ダンジョンボスの討伐証明書はその場で発行して、亜樹の車で箱根の探索者ギルドに行って、A級昇格の手続きを済ませる。
「これで春斗はA級探索者ね。おめでとうで良いのかしら?」
「そうだな。とりあえずは」
これから勧誘を受けること考えると面倒だけど、自分で決めたことだから後悔していない。俺のことはとりあえず片づいたけど。
亜樹が運転する車の助手席で、バックミラーに映る亜樹を見て言う。
「余計なお世話かも知れないから、一回しか言わない。今日会った葛城さんたちのことだけど、このままで良いのか?」
「そうね、本当に余計なお世話だわ……自分でもどうしたら良いか解らないの。パーティーを抜けたときに、携帯の番号を変えて連絡先も消したから、今日会ったのは本当に偶然で、もう会うことはないって……」
「だったら尚更会っておいた方が良いんじゃないか? さっき泊っている宿の名前を言っていただろう。
決めるは亜樹だけど、俺にも会いたくても会えない相手がいる。二度と会えなくなったときに後悔しないか?」
『エボファン』の世界の仲間たちのことを思い出す。あいつら、今頃どうしているだろう?
「……もう、春斗は意外とお節介なのね。じゃあ、一緒について来てくれる?」
ミラー越しに亜樹と目が合う。
「当然だろう。けしかけた責任は取るよ」
亜樹は車を停めると、カーナビに桐生荘と入力する。沙織が言ったことを亜樹も聞いていたんだな。
時間は午後六時。カーナビの情報だと、桐生荘まで三〇分弱だ。夕飯時に押しかけることになるけど、それくらいは問題ないだろう。




