1話
異世界転移した奴が元の世界に戻ったら、たぶん喜ぶだろう。じゃあ、異世界転生した奴は?
「え……マジかよ?」
ロフトベッドに学習机、壁には備え付けのクローゼット。懐かしい光景が目の前に広がる。間違いない……ここは俺の部屋だ。
俺、鳴海春斗は王道系RPG『エボリューション・ファンタジー』、通称『エボファン』の世界に、ラスボスである魔王アレク・クロネンワースとして転生した。
だけど気がつくと、何故か前世で住んでいた部屋にいた――魔王の姿のままで。
スタンドミラーに映るのは、羊のような二本の角と、背中には黒い翼。金色の瞳の決して人ではあり得ないイケメン――魔王アレクそのものだ。
これって……どういうことだよ? まずは状況を整理してみるか。
俺は『エボファン』の世界に転生して、前世の記憶に目覚めたことで、最悪な状況だと気づいた――ラスボスの俺は、いつかプレイヤーキャラたちに殺される!
だったら、誰も倒せないほど強くなれば良いだろう。俺はゲーム知識と裏技を使って、レベルを上げまくった。
だけどレベルを上げているうちに、魔王の城を抜け出すために用意した影武者が暗殺された。魔王の命を狙っている奴は、魔族の中にもいるってことだ。
プレイヤーキャラにも、同じ魔族にも命を狙われることが馬鹿らしくなって、俺は魔王を辞めた――もしかして、最初から魔王を辞めれば済んだ話じゃね? まあ、レベルが上がったから良しとしよう。
自由になった俺は、人間のフリをしてプレイヤーキャラたちの仲間になった。
別にトチ狂った訳じゃない。せっかくゲームの世界に転生したんだから、リアル『エボファン』の世界を楽しむことにしたんだよ。
結局、仲間たちには元魔王だってバレた。だけど俺が世界を滅ぼすつもりがないことを理解してくれて、俺の代わりに新たな魔王になった奴を倒すために、一緒に冒険を続けることにした。
あとは『エボファン』の物語に沿ってイベントをこなして、ハッピーエンドを迎える筈だったのに――気がつくと、この部屋にいた。
改めて状況を整理してみると……魔王アレクがプレイヤーキャラたちの仲間になるって、『エボファン』の世界観を壊しまくってないか? 完全に今さらの話だけど。
試しにステータス画面を開くと、俺の記憶通りのレベルとステータスが表示される。魔法やスキルもそのままで、『収納庫』には大量のマジックアイテムと所持金が入っている。
魔法とスキルを幾つか発動してみると、普通に使えた。ここまでは、魔王の姿であること以外は何の問題もない――それが一番の問題だけど。
あとは幾つか違和感がある。まずは、気がつくとこの部屋にいたことだ。魔王アレクの身体は眠る必要がないし、俺は意識を失った記憶がない。
次に、前世の記憶に目覚めてから数えても、俺は『エボファン』の世界で五年近く過ごした筈なのに、この部屋に長期間放置された形跡はない。
もしかして、こっちの世界では大して時間が経過していないのか?
机の上にスマホがあるから、日付を確認してみる……ところで俺のスマホって、こんなに古い機種だっけ?
カレンダーアプリを開くと、日付は七月二五日。だけど問題はそこじゃない……今は前世の俺が死ぬ三年前。念のためにネットで検索したけど間違いない。
そう言えば、部屋の様子にも違和感がある。大学に入ったときにゲーミングPCを買った筈なのに、机の上にあるのは高校時代に使っていた古いノートPCだ。
クローゼットを開けてみると、懐かしい高校のブレザーの制服と、昔着ていた服が入っている。机のわきに置いてあるカバンの中には学生証があって、写真は高校生の頃の俺のモノだ。
俺は高校時代に戻って来たのか……いや、ちょっと待てよ! ネットを検索したときに、引っ掛かるモノがあった。その正体を確かめるために、再びブラウザアプリを開く。
やっぱり、そうだ……検索サイトのニュース蘭に『ダンジョン』や『魔物』って文字が書かれている。ニュースになるようなゲームの話題ってことか?
『ダンジョン』と書いてあるページを開くと、『探索者』と呼ばれる者たちが、とあるダンジョンを攻略したって内容だったけど、ゲームのタイトルはどこにも書いていない。
さらに検索すると、他にも『ダンジョン』や『探索者』と書かれた大量の情報がある。しばらく検索を続けて、情報を読み漁って理解したことは――ここは前世に似ているけど、少なくとも俺がいた世界じゃないってことだ。
この世界には『エボファン』と同じように、ダンジョンや魔物が存在する。『探索者』と呼ばれる魔力に覚醒した者たちが、『エボファン』の冒険者のように魔法やスキルでダンジョンの魔物を倒して、金やドロップアイテムを持ち帰る。
情報はネットの書き込みだけじゃなくて、動画配信サイトにダンジョン攻略動画がたくさんアップされていた。
ちなみに動画配信をする『探索者』のことを『ダンジョン配信者』と呼ぶらしい――何の捻りもない、そのまんまの呼び名だな。
益々訳が解らなくなって来た。所詮はネットの情報だから、どこまで信憑性があるか怪しい。だけど、これだけ情報が溢れているなら、全部嘘ってことはないだろう。
「ねえ、お兄ちゃん。物音がするし、いるんでしょう? 帰ったなら、そう言って――」
このとき、俺は完全に油断していた。部屋のドアを開けた相手と目が合う。
明るい色の髪をショートボブした少女は、一歳年下の妹の静奈だ。記憶よりも幼いのは、三年前の静奈だからだろう。まあ、それは大した問題じゃない。
「キャャャャ!」
悲鳴を上げるのは当然だろう。静奈が見たのは、二本の角と黒い翼が生えた魔王アレクそのものだからな。
言い訳をさせてくれ。前世の俺は実家暮らしだったけど、両親は仕事で忙しくて、ほとんど家にいなかった。妹の静奈も関西の大学に進学したから、俺が二○歳で死ぬ頃には、ほとんど一人暮らしみたいな状態だった。だから妹が一緒に住んでいたなんて……完全に忘れていたんだよ。
だけど問題ない。静奈が悲鳴を上げる瞬間、『防音』を発動した。たぶん外には聞こえていないだろう。
続けて『気絶』で静奈の意識を奪う。結果的に、二つの魔法がこの世界でも有効なことが解ったけど、今はそんなことを考えている場合じゃない。
まずは静奈が目を覚ます前に、魔王アレクの姿をどうにかする必要があるな。
俺は『収納庫』から無骨な金属の指輪を出して嵌める。学生証の写真を見ながら意識を集中すると、写真と同じ高校生の頃の俺の姿になった。
この指輪は『変化の指輪』。見た目を誤魔化すんじゃなくて、実際に姿を変えるマジックアイテムだ。
だけど学生証の胸から上の写真を見て姿を変えたから、身体の方は割と適当。他に写真がないのは、陰キャの俺は自分の写真なんて撮らないからだ。
あとは用心のために、もう一つ指輪を嵌めておく。こっちは『偽りの指輪』。名前とレベルにステータス、使える魔法やスキルも含めて、あらゆる情報を任意に改変できるマジックアイテムだ。
この世界に魔法やスキルを使える奴がいるなら、俺が魔王だってバレる可能性がある。そんなことになったら、色々と不味いだろう。
準備は整ったけど、言い訳をするために、気絶したままの静奈を俺のベッドに寝かせる。記憶を操作する魔法も使えるけど、廃人にするつもりがないなら、下手に記憶を操作しない方が良い。
『気絶』を『解除』すると、静奈が目を覚ます。
「うーん……あれ? お兄ちゃん……私、どうしてお兄ちゃんの部屋に? ……あ、そうだ! お兄ちゃんの部屋に化物がいたの!」
「おまえ、寝ぼけているんじゃないか? 俺が帰って来たとき、俺のベッドで爆睡していたぞ」
「え? そんな筈が……だって、私がお兄ちゃんのベッドで寝るなんて……前科はあるけど、今日はそんなつもりじゃ……」
おい、なんか変な発言しているぞ? こいつ……もしかしてブラコン? いやいや、前世の俺はヒョロガリの陰キャだ。そんな筈がないだろう。
「静奈、寝るなら自分の部屋に行けよ。俺は調べたいことがあるんだ」
「うん……なんかイマイチ納得できないけど……あれ? お兄ちゃん、もしかして身長伸びた? それに身体つきも……筋肉ついてない?」
しまった! 無意識の願望のせいで、高校の頃よりも身長を高くして、細マッチョな体形は、日頃見ている魔王アレクの身体の影響だろう。
「じ、実は……最近プロテインを飲んで、筋トレしているんだ。身長の方は……俺も成長期の高校生だからな!」
「へー……お兄ちゃんも筋トレしているんだ! ちょっと見直したかも」
静奈は何故か嬉しそうな顔で、部屋を出て行く。とりあえず、何とか誤魔化せたみたいだな。だけど静奈に見られたから、身長と細マッチョな身体は、このまま押し通すしかないだろう。
静奈が居なくなった部屋で、俺は状況確認を再開する。何をするにも金が必要だから、机の上にあった財布の中身を確かめる。一万円弱の現金と交通系ICカード、あとはキャッシュカードが入っている。
両親が仕事で忙しいから、俺は高校時代から生活費の管理を任されていた。だから銀行の口座には、それなりに金がある筈で……スマホのアプリで確認すると、当面金に困らないだけの残高があった。
金の心配をする必要はなさそうだ。俺はネットで情報収集を続ける。
さらに二時間ほど検索したけど、まだまだ調べたいことはある。ネットだけだと情報が偏るから、外に出て自分の目で確かめてみるか。
時間は午後六時を少し回ったところだ。
「静奈、ちょっと出掛けて来るよ」
「え、今から? お兄ちゃんが家にいるなら、一緒に夕御飯を食べようと思ったのに」
「だったら、おまえも一緒に来るか? 適当に街をブラついて、飯でも食べようと思っていたんだよ」
両親がほとんど家にいない俺と静奈は、それぞれ勝手に飯を食べていた。自分で料理をしようなんて思わなかったし、静奈も部活で遅く帰ることが多かった。
「うん、行く。当然、お兄ちゃんの奢りだよね?」
静奈と二人で一緒に出掛けるなんて……最後の記憶は静奈が中学の頃だけど、この頃は、まだ距離が近かったんだな。
外から自分の家を見る。二階建ての普通の一軒家で、外観も前世の記憶通りだ。
カバンに入っていた学生証は、前世で俺が通っていた高校のモノだ。この世界でも高校に通っているなら、学校にも行ってみるか。
だけど今日は七月二五日、まだ夏休みが始まったばかりだ。時間のあるうちに、やれることを色々とやっておこう。
高校生活をやり直すのも悪くないけど、『エボファン』の世界に戻りたい気持ちもある。仲間たちのことが気掛かりだし、向こうでやり残したことがあるからな。だけど、まずは状況を正確に把握しないと、手の打ちようがないだろう。
街には普通に人が歩いていて、車やバイクも走っている。特に違和感はない。
しばらく街を散策しながら駅前に向かう。電車も普通に動いているし、駅と繋がったショッピングモールも記憶のままだ。
ふと目に止まったのは、日本で一番有名なバーカーショップ。
『エボファン』の世界は元がゲームだからか、食べ物や飲み物が充実していた。たけど、さすがにバーカーショップはなかったな。
「えー……夕御飯を食べるのに、ここに入るの? もう、中学生じゃないんだから!」
静奈は文句を言いながら、結局承諾した。
俺は一番シンプルなハンバーガーとポテト、コーラのセットを注文する。食べてみると……普通に美味い。安心できる懐かしい味だ。
「お兄ちゃん、その量で足りるの?」
静奈が注文したのは、二段でソースたっぷりのバーガーに、照り焼きバーガーとナゲットとドリンクのセット。さすがは食べ盛りの高校生で、スポ根系バレー部に所属しているだけのことはある。
「足りなかったら、追加注文するよ」
前世の俺は帰宅部で小食だった。魔王アレクは自己回復能力があるから、そもそも食べる必要がない。だけど食べられない訳じゃないから、楽しむために食事をする。
街の様子を見る限り、普通に前世の高校時代に戻ったみたいだけど、この世界にはダンジョンや魔物が存在する。
とりあえず、調べることが山積みだけど、夏休みはまだ一ヶ月以上ある。魔王アレクの身体は眠る必要がないから、時間を有効に使えるだろう。俺は今置かれている状況をじっくり調べることにした。




