7.水仙の華妃
その場の全員が脇に寄り、膝をついて頭を下げた。
皇帝陛下……まさかこんな場で姿をお見かけするなんて。
いや、華妃が消えたとなれば当然か。
「話が聞きたい。水仙の華妃の侍女頭を」
「はっ!」
冷静な声で従者に指示を出す。
こんな事態でなければ、皆陛下の麗しいお姿に放蕩したことだろうに。
「おお、四叶か」
陛下がこちらを見やる。
こんなことなら早々に退散しておくんだった。
「奇遇だな」
「はい。陛下の目に留まれたこと、このような騒ぎの中でなければ喜ばしい思いをしたことでしょう。路端に慎ましく咲くことで、水仙の華妃の身を案じるものとさせていただきたく」
「うむ。形式ばった挨拶はよい。面を上げよ」
うぅ、昨夜のことが思い出される。
月の下に在った陛下も美しかったけれど、日の下に在る陛下は特段の美人だ。
傾国という言葉がよく似合う。
「華妃が失踪とはな。四叶、そなた何か思い当たる節はあるか?」
「恐れながら、水仙の華妃様とはそれほど親しい仲ではなかったので」
「そうか」
「お力になれず申し訳ありません」
「いやよい。華妃同士の繋がりが希薄なことはこちらも把握しておる。少しでも手掛かりがあればと思っただけだ」
藁にも縋る……いや白詰草にも縋る思いというわけだ。
陛下も冷静に見えるけれど、きっと気が気じゃないはず。
少ししてから、陛下の従者が水仙の華妃の侍女頭を連れてきた。
「水仙の華妃白鈴が姿を消した件について話を聞きたい」
「は、はい……!」
「最後に白鈴を見かけたのはいつだ」
「直接お姿を見たのは昨日の昼頃、小物の買い付けに商人を呼び寄せた際に……夕刻前にはお部屋で声を聞いております……」
「声?」
「夕餉のご用意を伝えにお部屋に伺ったのですが、気分が優れないと断られました」
「医官の手配はしたのか」
「いえ、華妃様より余計なことはしないようにと命じられたので……」
華妃の言い分に、侍女は逆らえない。
取り立てて不自然な点は無いように思える。
「その商人にも話を聞こう」
「直ちに手配を」
「では夕刻以降、白鈴の姿は見かけていないというのだな?」
「はい……朝方の起床時間に寝所に伺った際にはもうどこにも……」
更に話を聞くに、日頃白鈴に変わった様子は見られず、昨日の昼までは何事も無かったとのこと。
年配の侍女頭は震えながら思いつく限り言葉を紡いだ。
必死なのは仕方ない。
華妃に何かあれば、まず最初にその咎を負うのは侍従たちだ。
どのように責任を追及されるかなんて考えるのも悍ましい。
「常日頃、白鈴を疎ましく思っている人物に心当たりは?」
陛下がそう訊くと、侍女頭は言葉を詰まらせた。
余程思い当たる節があるらしい。
「構わぬ。申せ」
「そ、それは……」
侍女頭が口を開きかけた瞬間。
「いったい何の騒ぎですの?」
その女性は、派手な身なりで宮の外から戻ってきた。
「人の宮で騒々しい。ここはいつから見世物小屋になったんですの?」
けばけばしい……とはさすがに酷い言い草だけど、化粧に関心の無い私をして、なんとまあ濃い化粧だと思わせる。
それに香の匂いも鼻につく。
誰かが言及してやればそれで済む話だとしても、誰もそれを口にしない。
それは目の前のこの女性が華妃であるために他ならない。
「久しいな白鈴」
「これはこれは皇帝陛下。水仙の華妃、白鈴がご挨拶申し上げます。わざわざこのような場所までご足労いただいたということは、いよいよ私も寵愛をいただけるということですの?」
「そなたが姿を眩ませたと耳にしたものでな。身を案じた」
「勿体ないお言葉でございます。して……」
白鈴の目がこちらを見射る。
なんともこちらを卑下した目だ。
「そちらの華妃は?」
「たまたま居合わせました。白詰草の華妃、四叶と申します」
「ああ、あなたが。フッ」
陛下がいるから口にこそしないが、雑草妃の字に相応しい見窄らしい風貌とでも言いたげな顔。
もしくは、お前如きが陛下の近くに……か。
私だって陛下に呼び止められなければ早々に退散したというのに。
「そなたが宮から消えたと騒ぎになっていたが、今まで何をしていた?」
「何と言われましても、ただの散歩でございます。今朝は妙に寝覚めがよく、宮の周りをぐるりと回っておりましたの」
「従者も付けずにか」
「万人に愛でられるべき華妃にも、一人静かに咲く時間があってもよろしいでしょう?」
それはじつにそのとおりだ。
尤も陛下は納得いかない顔をしているけれども。
「何にせよ一言かけるべきだったな。今後はくれぐれも注意するように」
「心得ました。ご心配をおかけしましたこと、深くお詫びいたします」
白鈴は慎ましく頭を下げた。
陛下は厳重注意を申し付けたが、何はともあれ一件落着。
華妃の失踪は、ただの奔放ということで片が付いた。
のだけど……




