6.失踪
皇帝陛下と私を含めた二十四名の華妃たちが住まう華の宮には、官職や侍女、その他万に近い数の人間が常駐している。
華妃たち一人一人に与えられた宮の他、炊事場や洗濯場、庭園などを合わせると、ちょっとした街ほどの広さになる。
そのため少し離れたところに移動するには馬車を用いなければならないのがこの場所の難点だ。
それに、ちょっと出歩くだけで人が道の端によって頭を下げる。
華妃という立場を考えれば当然だけど、私はこれが重苦しくて好きじゃない。
「やっぱりおとなしく庭園を歩いておくんだったわ」
「華妃が日陰を歩くのを止めない従者がいるわけないでしょうに」
「陰でも美しく咲く花はあるわよ」
「たとえば?」
「……苔」
「……風情はありますからね」
憐れむような目しないでくれる?
華妃が全員花に詳しいと思うな?
「何だかんだと言っても、自分の主が注目されているのは嬉しいことですよ。私の華妃様のご尊顔は眩しかろう?という晴れやかな気持ちになります」
「私は顔だけの人間って言いたいの?」
「おや、何だか向こうが騒がしいですね」
「人の話を聞きなさい」
「ちょっと行ってみましょう」
顔以外も褒めるところある……わよね?
とある宮の門の前に、大勢の人が集まっていた。
やけに騒然としているけど。
「ここは……」
「水仙の華妃様の宮ですね。昨日簪を拾われた」
私を鳥頭とでも思っているのか。
さすがにそのくらいは覚えてる。
この騒がしさはただ事じゃなさそうだけど、もしかして簪の件で何かあったとか……?
「この騒ぎは?」
野次馬の宦官に声をかける。
宦官はハッとしてから礼をした。
「白詰草の華妃様に申し上げます。今朝から水仙の華妃様のお姿がどこにも無いらしく」
「姿が?」
華妃が誰にも言わずに姿を眩ませる。
なるほどそれは大事だ。
「捜索の届け出は?」
「宮の侍女らが詰所に向かったようです」
華妃が、それも華の宮に招かれた華妃が行方不明。
それはつまり、皇帝の庇護の下に在って尚、何かしらの不具合が生じたということになる。
華妃側に問題があるならいざ知らず、華の宮で問題が起きれば後宮そのものの威信が揺らぐことになりかねない。
それ故に私たちは何物よりも尊ばれる。
たとえ私のような木っ端の華妃であろうと。
「大変ね」
「他人事ですね四叶様」
「他人事だもの」
もしも上手いこと華の宮から逃げ遂せたというなら、是非ともその話を聞いてみたいくらい。
「四叶様は他人に関心が無さすぎます」
「他人を気にかける度量があれば、廃妃を望んだりするものですか。きっと水仙の華妃も、私のように押し花にされるのを嫌ったのよ」
「そんなはずはないでしょう」
風妹は呆れながらもハッキリとそう言った。
「水仙の華妃様は、華妃様の中でも一、二を争う大層な浪費家です。華の宮での暮らしは誰よりも合っていたことでしょう。むしろ押し花にされることを心から望まれるような方が、四叶様のような逃避癖のある……失礼、及び腰な方と同じ考えで華の宮から消え失せるなんてありえません」
「断言は結構だけどそれ私以外に聞かれないようにしてね絶対」
「そんなヘマはいたしませんとも。不肖この風妹、適度に肩の力を抜く術は身に着けておりますれば」
威張るなそんなこと。
けど風妹の話が確かだと思えた。
理由は昨日この宮の塀沿いで拾った簪だ。
華妃は折れた簪を不要と言った。
物を大切にする人物なら間違いなく口にしない言葉だ。
ならやっぱり、水仙の華妃の失踪は妙なことになる。
もしかして何者かに拐かされた?
目的は身代金?
…………馬鹿らしい。絵空事でもあるまいし。
第一どこのどんな賊なら、厳重な警備体制を敷くこの場所で、華妃を誘拐出来るというのだろうか。
ふあぁ……とあくびをする私の横で風妹が呟く。
「そうだ、四叶様の華術で一つ行方を占ってみては?」
何を言い出すのだろうかこの侍女は。
私は無言で眉をひそめた。
「人助けだと思って一つ」
「人助けって、今現在誰も困っていないじゃない」
それは私だって、誰かに頼まれれば華術を使う。
けれどそれで便利屋扱いされるのはおもしろくないし、頼まれてないのに首を突っ込んでやっかまれるのはもっとおもしろくない。
「余計なことはしないのが上手く生きるコツよ」
「けどいつも頼まれ事はこなしてるじゃないですか」
「それはそれ。これはこれ」
第一頼まれ事でもないのにそんなことをしても、私に何の利益も無いもの。
冷血? お生憎様。
私はこれ以上なく利己的な人間であると自負しているわ。
「戻るわよ風妹。水仙の華妃が早々に見つかりますように」
心無く礼をし踵を返す。
その瞬間、鈴の音が聞こえたかのような錯覚に陥った。
あまりに凛と、その方は従者を引き連れて姿を現した。
読んでくださりありがとうございますm(_ _)m
冬の寒さが身に凍みますが、当方の小説で暖を取っていただけたら幸いです。
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