5.招き猫
「完全に寝不足だわ……」
身体の重いこと。
許されるなら一日寝屋に籠っていたくなる。
そんな怠惰が認められるわけもなく、風妹によって身支度を整えられてしまった私は、窓辺から差し込む春の陽気に大きな口を開けた。
「ふあぁ……」
「はしたないですよ四叶様」
「だって眠いものは眠いんだもの」
「朝餉もあまり召し上がっていませんでしたし、そんなことでは倒れてしまいますよ。ただでさえ四叶様は線が細くいらっしゃるのですから。どうせ昨日の飲み過ぎが原因なのでしょうけど」
ぐうの音も出ない。
風妹は、私の分までガブガブ飲むからですよ、なんて頬を膨らませて悪態をついた。
それでも身の回りのことをさっさとこなすのだから、さすがに有能と言わざるを得ない。
「それで? 昨日の夜は何を?」
「なんのこと?」
「黙って外に出たのを気付かれていないとでも?」
「気付いていたなら起きてくれればいいのに」
「眠いものは眠いので」
意趣返しをされた……なんておもしろくない気分だろうか。
「普通に散歩していただけよ」
「普通に散歩、ですか。そのわりには浮き足立ってお戻りになられた様子ですが」
眠いものは眠いと言いながら、ちゃんと起きてはいたらしい。
声をかけなかったのは、私のせいで自分が目を覚ました……という負い目を感じさせないためなのか。
慎み深いのかそうでないのか。
身を案じてくれていた侍女に説明くらいはするべきなのだろうか、けれど陛下とお逢いしたことを大っぴらにするのも憚れる。
どうしたものだろう。
「なんですか難しい顔をして。まるで夜の散歩に出かけた先で、偶然皇帝陛下にお逢いして、甘い蜜月を過ごしたかのようですよ」
「……あなたって心を読む華術が使えるわけじゃないわよね?」
なんて鋭い勘をしているんだろう。
蜜月というほどのものではないけれどと前置き、私は風妹に昨夜の出来事を話した。
すると風妹は目を輝かせた。
「まあまあ、さすがは幸運の象徴たる白詰草の華妃様。私の知らないところでそんな恋物語を繰り広げるとは」
「恋物語って、そんなべつに……」
「色気どころか浮ついた話も無いお方だと日々心配していた身としては喜ばしい限りでございます」
サラッと私を下に見過ぎでは?
「まさに運命。このまま皇帝陛下の寵愛を賜れば、正妃になるのも夢ではございませんね」
「運命ね……私にその興味が無いから無理な話でしょう。それにあれだけ美しいお方だもの。わざわざ私のような路傍の草を愛でずとも、どんな花だって選び放題よ」
「毎日油料理は胃にもたれます。たまにはさっぱりとした酢の物を食べたいときもあるでしょう」
「誰が酢の物よ」
ジトッとした目を向けてやるも、風妹は涼しい顔をした。
「しかしアレですね。皇帝陛下が一人の華妃に興味を持たれたという話は初めて耳にしました」
「そうなの?」
あれだけお顔がいいと、やっぱり世の女性が放っておかないと思うけれど。
「先帝陛下は、それはそれは性豪たるお方でしたけどね。今の陛下に代が変わってからは、華妃が寵愛を受けたという話は聞きません」
「どうして?」
「さあ」
皇帝という立場なら、多くの御子を授かろうとするのが普通なはずなのに。
「性交に興味が無いか、機能不全か。それとも男色家か。そんなところでは?」
「それ他の誰かに聞かれたら一族郎党首を刎ねられるわよ」
「この風妹、四叶様が告げ口鳥の生まれ変わりでないと信じております故」
「まったく」
たしか今の皇帝陛下が即位したのは、私が後宮入りする少し前だったか。
だとしたら公務に追われてそれどころじゃないというのが実際のところなのだろう。
何にせよこちらがとやかく考えることでもない。
「おや、どちらへ?」
私はおもむろに立ち上がり、んっ……と背中を伸ばした。
「眠気覚ましの散歩に行くわ」
「それはよろしいですね。すぐに支度いたします」
「なんであなたが楽しそうにするのよ」
いつものことながら、私に付き添うときはいつも嬉々としている。
「四叶様とお供すると何かしら良いことがありますからね」
人を招き猫と勘違いしているらしい。
いや、招き猫ならまだ幸福を呼ぶから良かったのかもしれない。
まさか出かけた先であんなことがあるなんて、このときの私は予想もしてなかったのだから。




