2.失せ物探し
「お待ちしておりました、白詰草の華妃様」
椿の華妃の宮に到着した私を待っていたのは、侍女数名の貧相な出迎えだった。
宮に通されるどころか、日の当たらない倉に案内されるなんて。
まあ当然だ。
華妃がここにいることを、主人である華妃に知られるわけにはいかないのだから。
だからこそ私も目立たないよう髪を結い、華妃の重い衣を脱ぎ、椿の刺繍が入った侍女の仕事着に袖を通しているわけで。
「要件を」
怯えた様子の彼女たちだけど、これはけして私に対しての緊張ではない。
彼女たちが恐れるのは常に、自分たちの主にのみ。
「そ、それが……」
椿の華妃の侍女たちは、一瞬私の隣の風妹に目をやった。
本当に大丈夫なのか……口外はしないのか……罰せられたりしないのか、という疑念が存分に込められている。
「信じるに価しないのであれば、このまま踵を返すだけです。それで困るのはそちらであるからこそ、白詰草の華妃様に依頼したのでは?」
あいも変わらず冷たい言い方だ。
まあ私としても、優しい心根を持っているわけではないから、ここで庇ったりすることをしないわけだけど。
侍女たちはようやく、意を決して口を開いた。
「失礼をお許しください白詰草の華妃様。どうか私たちの話をお聞きください」
改めて頭を下げた彼女たちは、私にとある頼み事をした。
「我らが主、椿の華妃様の手鏡を探していただきたいのです」
落胆ではないけれど、やっぱりかと思ってしまった。
面白味に欠けるとは彼女たちに悪いか。
他の華妃が見つかると面倒なことになるのは間違いないし、ここはさっさと終わらせてしまおう。
「では、その手鏡を強く思い描いて。絶対に見つけたいという気持ちを強く持って」
「は、はい……」
「華精招来」
短いまじないを唱えると人差し指の先が白く光る。
ふぅっ、と息を吹きかけると、光が指から離れてどこかへ飛んでいった。
「あの光を追いなさい。そこに失せ物があるでしょう」
「は、はい!」
侍女の一人が慌てて光を追う。
しばらく経って戻ってきた侍女の手には、宝石がついた手鏡が収まっていた。
「あ、ありました! 寝所近くの茂みに落ちていました!」
根掘り葉掘りは聴くまい。
興味本位で侍女が手鏡を持ち出し、その美しさに見惚れていたはいいもの、その最中にどこかへ紛失してしまった。
椿の華妃は苛烈な性格で有名だ。……有名らしい。
もし気付かれたらとは考えたくもないはず。
そうなる前に私に頼んだと、大方そんなところだろう。
とまあ、私にはこうした依頼が度々舞い込んでくる。
以前一度、女官の探し物をピタリと見つけて以降、噂が噂を呼んでいるらしい。
白詰草の華妃は失せ物探しの名人である、と。
厳密には少し違うんだけど。
「ああ、ありがとうございます! 何とお礼を申し上げたらいいか……!」
「白詰草の華妃様は優しきお方。見返りは求めません。ですがどうしてもと言うなら、椿の華妃様の生家より送られてきている白酒を一瓶献上を。さすれば華妃様は箝口を重んじられることでしょう」
こうして風妹は……いや、私たちはちゃっかりと白酒を失敬せしめたのだった。
「最初からお酒をせしめるつもりで依頼を受けたわね?」
「椿の華妃様の生家は、西方でも指折りの杜氏の一族ですから。そこの酒は皇家御用達にして、多少の名家でさえ品卸を後に回されるほどの逸品。それをこうも簡単に手に入れてしまうのですから、さすが四叶様」
「調子がいいんだから」
まあ私も無償で働く気は更々無いけどね、なんて小さく息をついて肩を落とした。
風妹のこの軽薄めいた飄々とした態度は気楽でいいけど、どうも軽くあしらわれているような気分になる。
とはいえ、態度を改めさせない私にも問題はあるか。
「さすがと言えば、今回も見事な華術でございましたね」
「大したことじゃないわよ」
そう、本当に大したことじゃない。
華術……華精の加護を受けた者が扱える特別な才を指す言葉だが、炎を操ったり雨を降らせたりとその力は千差万別である。
それらに比べたら私の華術は地味でか細い。
失せ物探し、人探しが関の山で、この華の宮には似合わないことを常日頃思い知らされる。
「はぁ、どうしたら廃妃されるのかしら」
「皇帝陛下の御前で裸踊りでもしてみるのはどうでしょうか。もしくは華の水やりと叫びながら小水を撒き散らすとか」
「廃妃されたいとは言ったけど尊厳を捨てたいとは言ってないのよ。だいたいそんなことしたら死罪じゃない」
「まあまあ。たとえ首と胴体が別れても、四叶様の首は私が愛でてあげますから」
「怖いこと言わないでくれる?! だいたい首だけって何よ!」
「私四叶様のお顔が好きで仕えているところがありまして。身体もまあ、もう少し胸が大きければ欲情の対象になったかと」
失礼極まりないのだけど。
何こいつ。
「あなた私が主人じゃなかったら鞭打ちくらいは罰せられてるわよ」
「敬愛する四叶様の前だからこれだけ態度を崩してるんですよ」
侍女にしても何故後宮入りを許されたのか不思議に思える。
きっと侍女は仮の姿で、正体は皇族直属の影に違いない。
こうして侍女にまぎれ、華妃たちの素行を調査しているのだ……なんて、我ながら間の抜けたことを考えたものだ。
「じゃあ、このお酒は敬愛する主人への捧げ物として受け取っておくわね」
「ああっ、そんな殺生な!」
「今日の夕餉にでもいただきましょう。一仕事終えた後のお酒はさぞおいしいのでしょうね。思わず独り占めしてしまうかも」
「四叶様ぁ! せめて一口! 一口だけ!」
「クスクス、さあてどうしようかしら」
たまにこうしてからかうのが楽しいだなんて、やっぱり私は華妃には似つかわしくないみたいだ。
「四叶様の意地悪! 悪女! 恋人無し!」
「ぐふッ?!」
た、たしかに恋人はいたことないけど……今は皇帝陛下の華妃だし……出逢いが無いだけで作ろうと思えばいつでも作れるし……というかそもそもべつに恋人とか興味無いし……
悪態をつかれたとか関係は無いけれど、とりあえずこの白酒が風妹の口に入ることはなさそうだ。
と、そんな風に軽い足取りで宮へ戻っていた折。
「……風妹、こっちへ」
私は、ふと風妹の袖を引いた。
瓦に何かが跳ねた音に一拍置いて、塀の向こうから今しがた風妹が立っていた場所にそれが落ちてきた。
「簪……?」
派手な飾りの銀製のものだ。
落下の衝撃で先が折れてしまっているけれど、こんな上等な簪は華妃の持ち物以外にはありえない。
「ここはどなたの宮だったかしら?」
「こちらは水仙の華妃様の宮でございます」
水仙……と聞いても他の華妃に詳しいわけでないから顔は思い浮かばない。
四人の上級華妃ならいざ知らず、たかだか一度や二度園遊会で見かけただけの華妃を印象に残せという方が難しいだろう。
互いを牽制し合うのが常の華妃同士、横の繋がりは稀有に等しい。
それに自慢ではないけれど、私は知人が少ないことだし。
自慢ではないけれど。
「手違いで投げてしまったのでしょうか?」
「こんな上等なものを?」
華妃本人がそうしたのならよほどの癇癪があったのだろうし、侍女がやったとしたら手違いだとしてもその後の罰は計り知れない。
思わず拾ってしまったけれど、どうしようか。
「もし、どなたかいらっしゃいますか?」
塀の向こうに声をかけるが返事は無い。
塀から顔を覗かせる柳が風に揺れただけだ。
「侍女に言って届けさせますか?」
「そちらの宮の塀の向こうから簪が降ってきたのですがって? 事実だけど信じてもらえないわよ」
「まあ、そうでしょうね」
あなた私の簪を盗んだわね、なんてあらぬ疑いをかけられてもおもしろくない。
かと言ってこの場に放置するのもどうなのだろう。
「では塀をよじ登ってみましょうか。今なら誰かいるやもしれません」
「やめなさい」
危ないし、はしたない。
面倒事は持ち帰りたくないと、私は誰かが反応してくれることを期待してもう一度声をかけた。
「もし、どなたか」
「はい」
声……女性だ。
「塀越しに失礼。先程そちらから」
「申し訳ございません。私の侍女が粗相をしましたの」
私の……ということは、この声の主は華妃か。
「お怪我はありませんでしたか?」
「はい。それで、この簪は」
「もう必要ありません。お手数ですがそちらで処分していただいても?」
「はぁ……それは構いませんが」
直せばまだ使えるのに。
宝石だけでも大層な価値になるけれど、この華妃は相当な浪費家らしい。
「それではよろしくお願いします。どこのどなたか存じませぬが、我が宮の恥を晒すのは憚れます。どうかくれぐれもこのことは内密にお願いいたします」
「あの……」
それ以上返事は返ってこなかった。
「どうしよう……」
「処分しろと言うならそれでいいのでは? もしくは四叶様のものにしてしまうとか」
そういうわけにもいかないでしょう、とため息をつき、私は折れた簪を懐にしまったのだった。
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