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旅立ち

水平線の先の向こう、夕暮れの隣の島々の灯りがともり始める。仕事が終わり、夕食の時間が始まって、きっと家族の時間が始まるのだろう。___僕には永遠に失われた時間だ。


「みんな元気にしてるかな」


ぼんやりと眺めながら、この時間はいつもかつての側近達のことを想う。この島で復活してからというもの十年。あれからもう十年が経った。ようやく最近になってこんな風にぼんやりと堤防から夕陽を眺める心の余裕が出来てきた。最初の数年は廃人みたいだったけど、それからようやく体を忙しくしてなんとかやってこれた。自分の生き方もようやくになって向き合うことが出来てきた。コツはよく働くこと。良くないことを考えてしまわないように体を思いっきり動かすこと。そしてもう疲れてぐったりしてるところでベッドに向かって倒れ込む。そうするともれなく最高の生活がついてきた。


「おーい。ご飯だよー!!」


エルノアお嬢様とは光の無い闇の森で出会った。一目見て理解が出来た。その魂の性質がどれほどまでに邪悪なものなのかを。そしてお嬢様に世界を、法を、なすべき人生を教えるために僕はここにいるのだとも理解した。わずかな夜光虫の照らす湖のきらめきに見えた、剥き出しの体にはベッタリとした返り血、口周りはドス黒い赤色で汚れていた。体を纏う魔力は見たこともない臓物の色をしていた。今ではその天賦の才が多くの人間の幸福に寄与できると確信している。教えられるものはこの三年で全てを教えた。今では貴族の名家の名に恥じぬ立派な淑女に成長なされた。


「今行きます!」


浜地に突き立つ大きなモノリスを見る。真っ黒な、まるで巨大な釘のような物体オブジェクト。昔から存在し、これがなんなのか分かってないらしい。古の魔法大戦時代の遺物であるとも言われている。僕はその隣、ここでぷかぷか浮いていたらしい。介抱してくれたのが、このマーベリー家である。


「ご飯かぁ」


家に入って食卓へと向かう。この十年で手に入れた日常である。ご飯か、とか言ってしまえるようにはもう当たり前の日常になってしまった。家へ入るとテーブルには既にエルノア様と旦那様が席についていた。そして見知らぬ白衣をまとっている明らかにピリついてる冒険者。凄い装備を整えてるな。体外循環魔力オーラの密度が極濃。勇者パーティクラス。すごーい、まるで魔王討伐みたいだ。食事が始まるところで旦那様から話が始まった。


「今日でもう17か。エルナ」


人間の古から続く偉大なる貴族ナイトオブラウンドの一角。マーベリー家の長女エルノアお嬢様。


「ええ。お父様。誕プレはキャンプ道具がいいです」


誕生日プレゼントか。以前に貯めていた給金全てを注ぎ込んだ目覚まし時計を贈ってからは金のかからない贈り物を所望されていたな。今年も肩叩きになるのだろうか。


「セブルスは、今年も全身マッサージをお願いしますね」


お嬢様に対しては今後どれほど残酷な願いだろうと、可能な限り倫理的に許される限りは全てを叶えるつもりではある。が、そろそろ肩叩きの延長がヤバくなってきてるような気がする。


「はぁ。セブルス。悪いが何でも聞いてやってくれ」


「かしこまりました」


そういうと旦那様は水を一気に飲んで語気を強めて言われた。


「実はお前に頼みがあるのだ」


お嬢様にそう言って旦那様は一つの封書をテーブルに置いた。王家紋印の魔術刻印。魔力を込められた封蝋でロックされている手紙。


「この手紙を王都まで届けてほしいのだ」


旦那様の何とも言えない顔。珍しい顔だ。おそらく封書の中身は領主としての仕事か。それにしても改めて人間の駆使する魔術には驚かされる。僕にも破れない。繊細さと優美と気品に満ちた美しい魔術の刻印。


「セブルスも頼む。君も行ってくれるね?」


もう一人の居候へと旦那様が目を向ける。僕の後にせわしなく椅子についた男。賭博ギャンブル中毒者ジャンキー


「もちろん大丈夫っすよ。首都まで徒歩半年ぐらいでしたっけ?」


「従来のルート通りならな。今回は公務のためなので普段は使用できないルートが使用できる。おそらくその半分相当にはなるだろう」


「まーじすか。それで借金チャラですよね?ぁっつぅー!」


前から話がまとまっていたのだろう。それにしても、王都までの長旅か。たくさん思い出を作らなきゃな。いや違う、まるで籠の鳥を育てるように育てていた旦那様がお嬢様に対して長旅?


「ギャン中君が了承してくれるなら助かるよ」


ギャン中とはギャンブル中毒者の略である。あだ名であり、おそらくこの男を最短で最も分かりやすく表現した品名。名は体を表すというが、まさしくその通りである。ただ、冒険者としては有能である。


「それから冒険者ギルドからおいで頂いた最高戦力、魔王討伐がパーティ筆頭。白魔導士アルフィリアさんだ」


チラチラと僕を見てる。気付いてるな。どうやら今日でひなたぼっこも終わりらしい。最重要警戒人物である勇者パーティ五名のうちの一人、エルフとホビットのハーフであるアルフィリア。最終決戦場だった大橋ビッグブリッジではお目通しはかなわなかったが。白のチビエルフとは聞いていたが、想像よりも遥かにホビット寄りだ。


「よろしくお願いします」


短く言われた。よろしくお願いしますか。対戦よろしくお願いしますってことだろうか。そんなつもりで来られても困るな。


「さぁ。今日は食べてくれ!」


かなりの豪華絢爛な夕食だった。質素倹約を心掛けているこの家がここまでのご飯代を出すとは。まるで最期の晩餐みたいだ。本土からの出前である。


「セブルスさん。少しお話宜しいですか?」


「ええ」


大切なゆうげの時間も終わり、僕は家の外に誘われた。夏の盛りを予感させる良い匂い。風はいでる。もう少しで虫たちのフルオーケストラが始まってくな。


「右手の人差し指の爪をください」


いきなり言われた。そういうしきたりや流儀スタイルなのだろうか。


「どうぞ」


血がしたたっている爪を渡した。


「予想外です。もっと抵抗されるかと思いましたが」


「先の戦争の責任は魔王である私一人の責任です。全てのわが国であったゼルゾアの良き民のため、全ての英霊達への慰みとなるのなら喜んでこの命を差し出しましょう」


「第一印象とは全くは違いますね」


感想を言われても困るんだけどな。


「ちゃんと抵抗するとばかり思ってました」


「責任を求めるなら果たしますよ」


無駄な話はしてると辛くなるな。これはもう、復活した後にすぐに決めていたことだ。


「今から連行しますか?」


「…」


白魔はパイプを取り出して草木を詰め火を起こしてプカプカやり始めた。


「初めて魔王を見た時はゾッとしましたよ。異形この上ない。人であるはずのイデアを解放し、ぶくぶくに膨れ上がった肉塊は橋を圧壊しかねないほどでした。あの時意識はありましたか?」


あの時か。


「少しだけ。不明瞭に。あの時」


あの時。メルニアが。メルニアが僕を止めようと。


「僕を最も愛してくれた子を巻き添えにしてしまった」


思いが記憶が感情が、沸騰してきた。涙と鼻水が噴き出た挙句、声すらも我慢できない。


『でもずっと一緒だから!死んでも一緒だから!!』


何度も繰り返したかつての魔王の叫びが、僕の魂にいまだに残響の影を落としている。ずっと。


「死の瞬間を思い出すとこうなんですよ。申し訳ないですね、ほんとに。ちなみにこれはその時に巻き添えで吸収してしまった彼女への罪滅しの証ですよ」


右手の薬指を見せた。


「私の知ってる魔王じゃない…あなたは誰?」


白魔のオーラが波打った。いざもうこの生活が無くなり、僕たちの魂がなくなってしまうのだと考えるとどうしようもない。どうしようもないほどに、魔力が身体中から湧き起こる。でも、決めていたことだった。抵抗はしない。こうなるのなら、そうなってしまう。そのような運命だとしたら、きっとそういうものなのだろうと。


魔王だったと証言する男と魔王討伐パーティの白魔導士が揉めてる。マーベリー家の敷地、テリトリーでの揉め事を起こすとは。英雄ともてはやされてる魔王討伐パーティだからといって、舐め過ぎではないだろうか?


「セブルスとの初めての共同作業としては十分な獲物だな」


エルノアは初めての戦闘応酬、殺人行為を前に胸が高鳴った。

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