苦戦
翌朝、私の心は燃えていた。
ーシエルさんに告げられたミッションは3つ!
1、エディさんを部屋から出す事!
2、夜更かしを辞めさせる事!
3、話して仲良くなる事!
やってやる…!絶対成功させてガラスの薔薇をプレゼントして貰うんだから!
私は何となくあれからずっと持っていた青いガラスの薔薇に目をやる。
青い薔薇の花言葉は「夢叶う」だ。
ゲン担ぎに薔薇を髪に結わすと、私は意を決して使用人専用の部屋から出た。
地下の扉の前まで来ると、私は驚愕する。
…あんなに粉々になってたのに、もう治ってる…
「エディさぁーーーーん!出てきてください、お話しましょうーー!」
私は扉の前で目一杯叫ぶ。
すると間もなくして扉が開き、エディさんがだるそうに顔を見せる。
「…何なの、うるさいな…
研究してるんだから静かにしてくれる?」
「静かにして欲しかったら私と一日一回は話して下さい!
エディさんの事知りたいんです」
私の言葉を聞いてエディさんは失笑すると、
「知りたいのはシエルの事なんだろ?
はいはい、いつものパターンね
どうせまた家庭教師やってくれたら
僕が婚約者になってあげりゅーとか
言われたんでしょ」
と答える。
「あ…言われました」
「やっぱりな!シエル目的なら残念でした!
あいつどうせ君と結婚する気なんかないよ
わかったらどっかに…」
「私もシエルさんと結婚する気ないですよ」
「…は?」
「私、ガラスの薔薇が欲しくて家庭教師を引き受けたんです!
だからシエルさんはあんまり関係ありません!」
私が言うと、彼は動揺したような表情で私を見る。
…そんなにシエルさん目的じゃないのに驚いたのかな?
「へー…変な奴
じゃ…じゃあ…さ」
彼はもじもじしながら私を見て
「シエルと俺なら…どっちがかっこいいと思う?」
と尋ねる。
「シエルさん」
答えると、勢いよく扉が閉まる。
「ちょっと!開けて下さい!まだ全然話せてないじゃないですか!」
「うるさいな!シエルの信奉者は帰れ!」
信奉者って…私はただ素直に答えただけなのに…
―その後も私は毎日に彼の部屋の前に行ってはドアを叩き、
声を上げる。
…しかし、全く出て来てくれる様子は無く、
私の心は折れかけてしまっていた。
一筋縄じゃいかないと思ってたけど…
こんなに気難しいなんて!
私がドアの前でしょぼくれていると、シエルさんが通りかかる。
「やあ、今日も頑張ってるね!
上手く行ってる…様子じゃないか
僕で良ければ話を聞くよ」
「シエルさぁん…」
ーーー
「もー!どうやったら部屋から出て来るんですかあの人!」
「あはは、兄さんらしいね…
君もさすがの根気じゃないか!
既に家庭教師最長記録を更新してるよ」
私の報告を聞いてシエルさんが笑う。
「…エディさん、なんでシエルさんの事褒めると怒るんでしょう?」
「兄さんは俺の事が嫌いで…勝手に劣等感を持たれているようだ
おまけに研究バカ
あの調子だから屋敷には使用人すらいないんだ、笑っちゃうだろ?」
ギリギリ笑えませんけど…
「兄さんと話す時は、絶対に僕を立てちゃだめだよ、兄さんの方がすごいって言い続けるんだ
大変だと思うけど頑張って!
君の根気ならいつかきっと彼も心を開くさ」
「シエルさん…!あのお兄さんを見た後だとシエルさんが女神の様に見えます!」
「女神って…僕男なんだけど
…でもそうだね、あの人に比べたら…
僕はかなり平凡だ」
「平凡…?」
どこが?常識があるようには思うけど。
「例えば…君が付けてるその青いバラ」
「へっ…あ、ああ…!気付かれてたんですね!
そう、髪飾りにしてみたんです…!」
彼は私の髪に触れると
「『花の色を変える魔法』
…普通なら誰も覚えようとしないトンチキな魔術だけど
…僕は知識の一つとして覚えた」
と失笑混じりに呟く。
「素敵な魔法だと思いますよ?」
「君にとってはそうかもね
…でもほら、特に役には立たないだろ」
彼は庭園の花にまた魔法をかけると、花たちは一斉歌い出す。
「わあ…!面白い!」
「僕には魔術の才能が無かったから…
せめて色々な魔術を使える様にと
古今東西あらゆる魔法を覚えた」
色んな魔術が使えるだけで、才能あるんだと思うけど…
「それに、兄にない社交術も身につけたけど
…ただの現実逃避さ、
彼に勝てないことへのね
…なのにあいつは…」
彼は唇を噛むと、美しい笑顔を見せ
「まあ…引き続きよろしくね」
彼はそう言って庭園を後にする。
あ、まずい!そろそろ学校に行く時間だ!
私は急りながら自室に鞄を取りに戻った。
ーーー
「ノーラさん!無事でよかったー!」
放課後、サークルに顔を見せるなり部長が私に飛びつく。
いつもクールな彼の目には、涙が滲んでいた。
心配…してくれてたんだ、嬉しい…!
「昨日急に黒スーツの男達に連れて行かれたんだもん、俺気が気でなくて…!
あの後、大丈夫だった!?」
「大丈夫でしたよ、あの後シエルさんのお屋敷に行って…お兄さんに会ったんです!」
私が言うと、部長は顔を顰める。
「ああ…エーレーンの長男…」
「知ってるんですか?」
「そりゃ…有名人だからね
かつて神童と謳われた天才だったけど
『森の魔女』の息子って解って、
誰も近づかなくなったんだ」
森の魔女…?
「うぃーす!お疲れっす!
あれ?メイ、お前あの後大丈夫だったん?」
私が森の魔女について聞こうとすると、タイミング悪くダミアン先輩が顔を覗かせる。
「だ、大丈夫です…ご心配どうも」
「お前、あのシエル様に気に入られたとか思ってる?
勘違いだぜ!あの人噂によると
『自分との婚約をチラつかせて女子生徒に兄の世話をさせてる』らしい
お前も気をつけろよ?」
婚約…確かに持ちかけられたしエディさんも言ってたな。
シエルさん、お兄さんの事嫌いそうだったのにどうしてそこまでするんだろう?
「しゃーねー、俺も忙しいんだけど?
今日はお前の事家まで送ってやるよ!」
「え、いいですよそんな!」
この人とあんまり一緒にいたくないし!
「いいからいいから!家どこよ?」
彼は私にしつこく詰め寄るので、私は渋々ダミアン先輩と帰宅する羽目になってしまった。
「…ダミアンたら、小学生男子じゃないんだから…」