第一印象、最悪
…到着したのは、とても綺麗で大きなお屋敷だった。
私…これから何させられるの?
悪い予感を必死に押し殺しながら私はシエルさんに促されるがまま屋敷に入る。
屋敷は内装までもが、見た事も無いくらい豪華だった。
豪華なシャンデリアや美しい絵画に彩られたその屋敷は、
映画に出て来るセレブの住む家そのものだ。
「あ…のう…」
私が恐る恐るシエルさんの方を見ると、彼は私の手を握り
「おいで」
とだけ言うと私を屋敷の奥へと引っ張っていく。
地下入ると、彼は大きな扉の前で立ち止まった。
「兄さん、新しい家庭教師を連れて来たよ」
と言ってドアをノックする。
…シエルさんの…お兄さん!?どんな人なんだろう、
きっとすっごくかっこいいんだろうなあ…!
…
しかし期待とは裏腹に、彼は姿さえ現さない。
「あの、無反応ですし…いないんじゃないですか?」
「いいや、それはあり得ないよ
彼はここから『動かない』からね」
「…?」
私が不思議に思っていると、シエルさんは私の体を抱え
魔法の詠唱をした。
「捕まってて」
私は言われるがままに彼の体に捕まっていると、目の前に会った大きなドアが大きな音を立てて粉々に壊れた。
「ええ!?」
私は目を疑う。
今…自分の家壊したの、この人!?
土煙舞う中、私達は部屋の中に入って行く。
中では薬の匂いが充満していて、その匂いのきつさに思わず咳込む。
「兄さん、どこにいるの?酷い匂いだな…
失礼、ちょっと換気するよ」
シエルさんが言うと、
「今窓を開けると危ないぜ」
と言う声が聞こえ、シエルさんが窓を開いた次の瞬間、
窓の付近が火の粉を上げて爆発した。
シエルさんは取り乱したような表情でシールド魔法を展開すると
「また危険なもん作ってたな!?」
と声を荒げる。
シエルさんの目線の先を追うと、
長身の男性が部屋の奥から悠々と顔を出すのが見えた。
「やあ…シエルと…誰?」
そう言って私を睨んだのは、黒髪赤眼で髪はぼさぼさ、
目の下に真っ青なクマを作った大柄な男だった。
に…似てない…!これがお兄さん…!?
「…彼女は今日から俺達の家庭教師をする事になった
『メイ・ノーラ』さんだよ
兄さんの為に連れて来たんだ、可愛いだろ?」
シエル様の紹介に合わせ私が笑顔で頭を下げると、
彼は「ふーん」と呟き私をじっと見る。
うわ…清潔感が無いのが気になったけど、この人もよく見ると整った顔立ちしてるな…!
そ、そんな真剣な顔で見られると…恥ずかしいんだけど…!
「65点 地味」
「なあ!?」
「そもそも俺はFカップ以上じゃなきゃ興味が起きないんだ」
な…!なんて最低な…!人の顔を採点するなんて何様な訳!?
それにFカップって…!邪な男!
「俺に教師が必要とは思わないね、研究の邪魔だ、クビにしてくれ」
「必要か必要じゃないかは僕が判断する、
兄さんには彼女が必要だと思うよ」
「いーや必要ない
今まで来た家庭教師だって3日と持たず辞めて行っただろ
ましてや…そんな平凡そうな女じゃ俺の役には立たないね」
彼はそう言い捨てると、部屋の奥に消えて行った。
「…」
シエルさんはそれを笑顔で見送っているが、その目は笑っていない。
「…もう出よう、薬臭くてかなわない」
彼はそう言うと再び私の手を引いて部屋を後にした。
…
次に連れてこられたのは綺麗な庭園で、
花に囲まれたテーブルに紅茶が置かれると、
「君の為に用意したんだ、どうぞ」
と言って着席を促される。
「…あの…あの方は…?」
私は先程会った男性について尋ねる。
「エーレン家長男、『エディ・エーレーン』だよ
ごめんね、彼ちょっと人見知りなとこがあって…非礼を詫びるよ」
「ああ…はは!非礼なんてそんな…!」
「…ほんと、死ねばいいのにあのオタク…」
…え?
「…今何か…?」
「いや?
…俺の兄はどうも浮世離れしていてね
常識を知らな過ぎると言うか…」
紅茶を煽りながら、彼が言う。
「だからって何で私が家庭教師になるなんて事になったんです?」
「君が普通の子だから」
彼はそう言って私に笑いかける。
「ふつ…!
…まあ…はい、そうですけど…」
「君みたいな普通の子と接してれば、
多少兄さんも常識が身に付くかなって思ったんだ
どう?やってくれる?」
シエルさんは試すように私を見る。
「わ…私…じゃあ、役不足なんじゃないでしょうか?
特待生って言っても学力ばっかで…
魔法もそこそこ出来るってだけだし…だから…」
「うちで『そこそこ出来る』だけでも大したもんだよ
それにもしやってくれたら君の為に何かしてあげたいとも思ってる
…そうだ!僕との婚約なんてどう?
もう学校で馬鹿にされなくなるよ」
「ええ!?」
シエルさんとの婚約…!?
確かにこんなかっこよくてお金持ちな婚約者がいたら学校で馬鹿にもされないしもうマウントも取られなくなる…!
だ…けど…
それじゃあまるで…アクセサリーみたいじゃない?
初めて私を認めてくれた人、平凡な私でも優秀だって言ってくれた彼を
「馬鹿にされない為の肩書」に利用するなんて、よくない…。
「だ、だめです!そんな理由で婚約しちゃ…シエルさんに悪いですから!」
「…何?断るの?」
彼はさっきまで浮かべていた笑顔を見も凍るような冷徹な表情に変える。
「ひい…!断ってるんじゃないですよ!恐れ多いって意味で…!」
「…それなら、君達『魔法植物サークル』にもう一度
ガラスの薔薇の苗をプレゼントしよう
あんなに毎日世話してたんだ…リベンジしたいんだろ?」
「…!」
ガラスの薔薇の苗…!私が失敗しちゃったあの「透明な薔薇」を
今度は赤くしてあげられるかもしれない…!
「やります!やらせてください!」
「僕の婚約には全然食いつかなかったくせに薔薇にはすぐ食いつくんだな…
まあいい、それじゃあ今日から君の家はここだ、
二階に使用人用の空き部屋があるから使うといい」
「ありがとうございます!私頑張ります!」
ガラスの薔薇のリベンジ…!
ずっとやりたかったのに高級種すぎて叶わなかったのよね!
頑張ってお兄さんと仲良くしなきゃ!
私は目を輝かせながらシエルさんを見ると、彼は少し目を伏せた後で
「なあ…聞いていいか?君は何で無色透明な薔薇を
あんなに献身的に世話してたんだ?失敗作だったんだろ…?」
と尋ねる。
「え…それは…確かに失敗しちゃいましたけど頑張って育てたし…
無色透明でも綺麗だなって思ってたし!
根気よくお世話してたら多少色も付くかなーって…思って…」
…まあ、そんな事あり得ないんだけど…
「でもほら!今日シエルさんが青くしてくれたから…!
頑張ってお世話してて良かったです!」
私が笑顔で答えるとシエルさんは驚いた顔で固まった後、
「…聞いてよかった」
と言って微笑んだ。
よし…これも薔薇のため!絶対にお兄さんと仲良くなるぞ…!