透明な檻の中で
学校でも、家でも、友達の前でも、優花は笑っていた。
「大丈夫」
「気にしてない」
「それでいいよ」
どれも心の中の言葉じゃなかった。でも、その言葉を口に出すことに慣れきっていた。
本当は言いたかった。
「それ、悲しかった」
「無理してるかもしれない」
「私のこと、わかってほしい」
でも、言ったあとにくる沈黙や、変な空気や、誰かの困った顔が怖くて、やめた。
そんな日々を過ごしていたある日、優花は図書室のすみで、一冊の薄い本を手に取った。タイトルは『声のない鳥』。
物語の中の鳥は、透明な檻の中にいた。誰もその檻の存在に気づかず、「自由に飛び回っていていいね」と言った。
でも鳥は叫んでいた。「ここから出たい」って。
誰もその声を聞いてくれなかった。
ページをめくる手が止まった。
まるで自分のことを描かれているようだった。
その夜、優花はノートを開いた。そこに、はじめて誰にも見せない「本当の言葉」を書き出した。
「わたしは本当は、自分が何を感じているかを、知ってほしい。」
「黙っているのは、優しさじゃない。怖いから。」
「本当のわたしは、ここにいる。」
涙がにじんで文字がにじんだ。けれど、その瞬間、心の中で小さな音がした。
カラン、と。
ひとつ、檻の鍵が外れたような音。
翌日、親友の真理にほんの少しだけ、自分の気持ちを話してみた。
「最近、ちょっとしんどくて…」
真理は驚いた顔をしたけれど、すぐにうなずいた。
「話してくれてありがとう。優花にも、そういう気持ちがあるって、知れてよかった。」
それだけの会話だった。でも、優花の胸の中には、確かに風が通った。
あの透明な檻は、いつか全部なくなるかもしれない。
それは、自分の言葉で、自分を表現していくことで、少しずつ解けていくのだと——そう思えた。