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09-給-森を歩いてⅡ

 森を進んでいると、腹の奥から「ギューッ」と情けない音が鳴った。


(……そういえば、腹減ったな)


 果てしなく青く濃い森林が、いつまで進んでも開けた大地の姿を見せる気配はない。

 そんな中で、腹の虫を鳴らしている自分を想像して、フェイルはわずかに顔をしかめた。


 緊張感の欠片もない。

 魔物に襲われた直後とは思えないほど、今の自分はのんきだ。


(さっきの動物、上手く料理したら……食えたのか?)


 思い出すのは、氷の槍で貫いたあの異形。

 筋肉の付き方も毛並みも、“食材”という言葉からは程遠い代物だった。


 無理だ。味以前に、食べたくない。


 フェイルは小さく首を横に振り、ゴーレムの背に深く腰を落ち着けた。


(そもそも、魔術しかやってこなかった俺が、あんな化け物を上手く調理できるとは思えない)


 皮肉と自嘲をないまぜにしながら、自分の経験のなさに静かに悪態をつく。

 生きるための術など、これまで考えたこともなかった。

 魔術のこと以外は、ほとんど手をつけずに生きてきたのだ。


(……というか、俺みたいな生活力ゼロの人間は、この森すら抜けられるんだろうか)


 呆れにも似た感情が、胸の奥にじわりと広がった。


(腹減ったなぁ……)


 ぼんやりと上空を見上げる。

 けれど、視界は緑に遮られて、空の青はどこにも見えなかった。

 尻の下にいるゴーレムが森を進むたび、頭上の葉がスクロールされるように模様を変えていく。


(食べられそうなもの、探さないと)


 自宅から小道具を取り寄せることは可能だ。

 だが、そもそも家に食材はない。

 魔術のことしか考えていなかったせいで、空腹になってから調達する──そんな生活をずっと繰り返してきた。


(……自堕落すぎて何も言えないな)


 ほとほとに呆れながら、フェイルは軽くため息をついた。


 そういえば、交界国でも「野菜」とやらが売られていた気がする。

 あまり美味しいとは思わなかったが、人として生きるうえで必要だと聞いて、フェイルも渋々口にしていた。


(あれ、ただの草だったよな……)


 そう思いながら、彼はゴーレムから軽く飛び降りると、足元に生えていた雑草のひとつに手を伸ばした。


(これ、食べられるのか?)


 葉をひっくり返し、茎の太さや表面の産毛を観察する。

 見覚えはない。だが、雑草なんて大体みんな似たようなものだ。


 一口、口に放り込んだ。


 ──辛い。苦い。しんどい。


 舌の上で、何かが跳ねた気がした。

 渋み、えぐみ、酸味、どれか一つでも主張すればまだしも、すべてが中途半端に襲ってくる。

 あらゆる不快感が薄く、だが確実に口内を支配していた。


「……草、なめてたわ」


 思わず呻くように漏れた声は、まるで敗北宣言だった。


 水を飲んで誤魔化そうとするが、後味はしぶとく喉の奥に残る。

 草のクセに、主張だけは一人前。


(野菜って、あれか……文明の技術と調味料の結晶だったのか)


 今さらになって、交界国の食堂で食べていた“ただの野菜”に感謝の念が湧いてくる。

 塩すら偉大だったと、胃が訴えていた。


 フェイルは黙って口を拭い、恨みがましい目で手にした草を睨みつけた。到底食えるものではなかった。


 すると──


 ────

 名前:なし

 種族:アクミドリ

 種別:雑草

 補足:適切な処理をすれば食べられる。

 ────


 まるで獣と戦ったときと同じように、草に関する簡易な情報が頭の中へと流れ込んできた。


(……いや、説明、雑すぎるだろ)


 “種別:雑草”の時点で不安しかない。

 さらに補足の「適切な処理をすれば食べられる」という曖昧すぎる文言が、まるで役に立たない。


(その適切な処理って何だよ……)


 ため息が漏れた。その瞬間だった。


 ────

 一般的な調理法:十分ほど煮沸する。

 ────


 遅れて、脳内に追記のような情報が流れ込んでくる。

 そこで、フェイルはようやく気がついた。

 この頭の中に現れる文章は、自分が“気になった物”に対する解説なのだと。


 交界国にいたころ、こんな能力はなかった。

 心当たりがあるとすれば──ああ、あの光の球か。


 フェイルは脳内に流れる情報を思い返しながら、その出所に思い当たる。

 あのとき、何の説明もなくミレイに押しつけられた、あの謎の球体。

 今となっては、あれが“これ”の原因と考えるのが自然だった。


(生活力がないことも、想定済みってわけか……)


 再びため息がこぼれる。


(……とりあえず、煮沸して食べてみるか)


 フェイルは地べたに腰を据えた。お得意の魔術で、遠い自宅から調理器具を取り寄せた。空間魔術と呼ばれる類の術式だ。

 鍋に水を満たし、簡易の加熱術式を使って火にかける。

 水が沸騰するのを確認してから、手元の“齧りかけの草”を放り込んだ。


 十分ほど待ち、火を止める。

 再び、煮上がった草を口に運んだ。


(……うん、やっぱり美味くはねえな)


 もともと野菜すら「必要だから食べるもの」と認識していた男だ。

 ただの雑草を多少煮ただけで、美味しいと感じるはずがない。


 いや、そもそも期待していたわけでもない。


(……まあ、腹は減ってるし。とりあえず満たすだけ満たしておくか)


 淡々と、黙々と、草を口に運び続ける。

 幸か不幸か、魔術以外に目が無かったからか、美味しくもない草を、腹八分まで食えるくらいの無頓着さは持ち合わせていた。


 草を平らげ、湯の残る鍋を傾けて口をすすぐ。

 野草の後味はしぶとく舌に残っていたが、水気で多少は和らいだ。


 フェイルは鍋を洗浄用の術式で処理し、空間魔術で器具一式を元の位置に戻した。

 火を落とし、片膝をついて地面を軽く叩く。そこにあった即席の加熱具の術式が霧散した。


 小さく息をつく。


(……一食確保。とりあえず、今日中に少しでも前に進まないとな)


 地面に生えていた草の根元に、彼が座っていた跡がうっすら残る。

 それを踏まないように避けながら立ち上がると、再び馬型のゴーレムの背にまたがった。

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