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最高の魔術師、世界を謳歌する。  作者: 遥
第二章-第五王女リリィ・ルーズライフ
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13-参-出会いⅢ

 フェイルは、王族リリィ・ルーズライフが乗る馬車へと足を踏み入れた。


 本来なら、馬型ゴーレムに跨ったまま彼女らの後を追うつもりだった。

 だが、「客人をもてなさないわけにはいきません」というリリィの言葉に、わざわざ反発する理由も見当たらない。

 フェイルは、自ら創り出した馬型ゴーレムを空間魔術で遠く離れた土地へと転送すると、そのまま馬車へと乗り込んだ。


 一連の動作を、リリィは王族らしく、どこか観察するようなまなざしでじっと見つめていた。


 やがて馬車が動き出すと、彼女は静かに口を開いた。


「重ねて、先ほどは命をお助けいただきありがとうございました」


 リリィは改めて、深く頭を下げる。


「そんなに大したことはしてない」


 フェイルは、どこか形式的な謙遜を返した。


「そんなことはありませんよ。私の騎士たちが全滅しかけていた相手を、一瞬で打ち倒されたのですから」


 その謙遜を、リリィは優しく、けれどはっきりと否定するように言葉を重ねた。


「そうか。そう言ってもらえるなら、助けた甲斐があった」


 一度は謙遜を試みたものの、王族からの明確な礼を受けた以上、それ以上を繰り返す必要はないとフェイルは判断した。


「災難だったな。……世間知らずな質問かもしれないが、ルーズライフ王国では、王族も盗賊に襲われるのか?」


 自分がこの世界の常識に疎いことを理解したうえで、フェイルは率直に問いを投げかけた。


「そう……ですね。本来は、有り得ない話、ではあるのですけど」


 少しだけ言葉を詰まらせながら、リリィはそう答える。


「ふぅん」


 その反応と、わずかに揺れる彼女の表情を見て、フェイルはそれ以上の質問をしなかった。

 口にせずともわかる。

 ──本来、王族が盗賊に襲われるなど、あってはならない事態なのだと。


 話題を切り替えるように、リリィは一度、静かに息を吸い込んでから口を開いた。


「フェイル様は……空間魔法がお使いになれるのですか?」


 空間魔法など、彼女にとっては伝説の中に語られる力にすぎなかった。

 けれど、目の前の青年はそれを当然のように使い、まるで呼吸をするかのように、自らの“馬”を消してみせたのだ。


「使えないな」


 しかし、フェイルはあっさりと否定する。


 なぜなら、彼が扱っているのは「空間に作用する魔術」だからだ。


 “魔法”とは、人の手によって定義されていない現象を指す。

 一方、“魔術”とは、人の手で体系化された現象操作を意味する。

 似て非なるもの──それが、フェイルにとっての両者の違いだった。


 その否定の言葉を受けて、リリィはしばらく黙り込んだ。

 思い返してみても、彼が起こした現象が“空間魔法”以外の何かだとは、どうしても思えなかったからだ。


「……すみません。私の勉強不足でした。

 もし差し支えなければ、どのような技術なのか、お聞かせいただけますか?」


 素直な謝罪と、興味を隠さない問いかけ。

 それは無遠慮でも押しつけでもなく、ただ純粋に知りたいという気持ちから発せられたものだった。


「魔術って、聞いたことはあるか?」


 フェイルが視線を向けることなく、静かに問いかけた。


 彼の旅の目的には、魔術という技術をこの世界に広めることも含まれている。

 だからこそ、興味を示した相手を邪険に扱うつもりはなかった。


「……聞いたことはあります。ですが、魔法と比べると……」


 リリィの声音が僅かに揺れる。

 彼女の知識において、魔術とは魔法にすら届かない、劣った技術という印象だった。魔法の偽物という印象すらある。


「……と?」


 フェイルは顔を向けず、続きだけを促す。

 言葉を濁したところで、曖昧な意味が通じる相手ではないことを、リリィはなんとなく察していた。


「……“弱い”と言われています」


 出来損ないとは言わなかった。

 けれど、どこか申し訳なさそうな表情で、リリィは自分の中の認識を言葉にした。


「なるほどな……」


 フェイルは、呆れを隠そうともしないまま、小さくため息をついた。

 その認識こそが、この世界における魔術水準の低さを如実に物語っていた。


「ま、知ってるなら話は早い。

 俺が使ったのは、空間に作用する魔術だ」


 認識を正そうともしなければ、魔術の可能性を強調するでもない。

 フェイルはただ淡々と、現象の説明へと話を戻した。


「魔術って……そんなことまでできるんですね……!」


 リリィは驚きの眼差しをフェイルに向けた。

 思わず身を乗り出すようにして、その言葉の続きを待つ。

 もし彼の説明が事実であるなら、彼女がこれまで常識としてきた知識とは、根本から覆ることになる。


 フェイルは一度だけ、リリィの瞳に視線を向けた。

 だが、語り口に感情が乗ることはない。彼はいつものように、淡々と口を開く。


「魔術ってのは、“現象を理解し、再現する技術”のことだ。

 炎を生む、風を操る、空間に穴を開ける──それらを感覚ではなく、論理で制御する。

 定義して、分解して、構築する。それが魔術だ」


 リリィは瞬きを一つし、神妙に頷く。

 その様子を確認することもなく、フェイルは言葉を続けた。


「魔法ってのは、現象だけが残ってる状態だ。理屈がない。偶然に頼るか、才能に依存する。

 再現性がない分、強力ではあるが……それじゃ技術にはならない。誰にも教えられないからな」


 そこで一度、言葉を切る。

 馬車の揺れが、二人の間にわずかな間を生んだ。


 リリィはフェイルの言葉を、真剣な面持ちで噛みしめていた。

 教えられる魔術。理に従って誰にでも扱える力。

 それは彼女にとって、魔法とはまったく異なる未知の概念だった。


「……それでは、魔術というのは、私のような者でも習得できるのですか?」


 躊躇いがちな声音だったが、その目には確かな光が宿っていた。

 才能や血筋ではなく、理解によって力を得られるのなら──それは、王族という立場に縛られた彼女にとって、新しい希望にも思えた。


「努力すれば、という前提ならな」


 フェイルは目を伏せることもなく、淡々と答えた。

 特別扱いをする気もなければ、否定する理由もない。

 理屈を学び、式を読み解き、構築する。その過程を踏む覚悟さえあれば、魔術は誰にでも届くものだ。


 リリィは思わず小さく息を呑んだ。

 それは、王族である自分が初めて耳にする、誰にも等しく開かれた「学び」という形の力だった。


「誰でも……ですか?」


 リリィが確認するように問い返すと、フェイルは少しだけ間を置いてから答えた。


「……いや、それは違うな。

 体内に魔力を保有している者には、大きなアドバンテージがある」


 あくまで淡々と。

 希望を与えるための返答ではない。ただ、事実を述べるだけだった。


「……魔力がない人なんて、いるんですか?」


 リリィの問いには、驚きと戸惑いが混ざっていた。

 この世界に生きる限り、誰もが当たり前に魔力を持っていると思っていたのだ。


「いるよ。珍しいが、完全にゼロという例もごく稀にある」


 フェイルは視線を外さず、淡々と返す。

 声に熱はなかったが、断言するその調子には、確かな知識の裏付けがあった。


 短い沈黙のあと、リリィはわずかに顔を上げ、フェイルを見つめた。

 躊躇するように唇が動き、それでも思い直すように、しっかりとした声で言葉を紡ぐ。


「……その、“少なすぎて気づかれない”程度の魔力でも、使えるようになるのでしょうか?」


 フェイルは即答しなかった。

 だが否定する気配もなく、ただリリィの瞳を静かに見返していた。


「私……学んでみたいのです。

 誰かに依存する力ではなく、自分の手で扱える術を、身につけてみたい」


 その声音には、年相応の不安と、それでも向き合おうとする決意があった。


「……教えては、いただけませんか?」


 その申し出に、彼は思わず目を細めた。


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