11-壱-出会い
それは、本当に突然の出来事だった。
フェイル・グランドマギは馬型ゴーレムにまたがり、深い森を抜け、草原を進み、やがて人の気配が感じられる馬車道へと辿り着いた。
その馬車道は、茶色い地面が剥き出しになっており、馬車が二台並んで通れる程度の、すれ違いに困らない幅を有していた。
馬型のゴーレムは、ある程度の悪路であれば難なく走破してしまう。だからこそ、舗装された道をあえて選ぶ必要はない。
だが、逆もまた然りだった。
わざわざ馬車道から外れ、進行を困難にする理由もなかったのだ。
ふと、甲高い金属音が耳に届いた。
金属同士がぶつかり合う、鋭く乾いた音だった。
音のした方向に、視線を向けた。
馬車道から外れた先の、森の中だった。
その一帯だけは、周囲と違って馬車道が森に比較的近くまで迫っていた。
続けざまに、悲鳴が響いた。
(……さすがに、無視はできないな)
フェイルは、指先に絡めていた魔力の糸を軽く引いた。
それは、馬型ゴーレムを制御する手綱代わりの術式。わずかな魔力の指示で、即座に進行方向を切り替える。
ゴーレムは反応よく首を振り、蹄に似せた脚で地面を蹴った。
舗装されていない土の馬車道を逸れ、低木の間を縫うようにして森の中へと入り込んでいく。
枝葉が視界を遮り、木の根が地表を覆っている。
だが、ゴーレムの脚は路面の状態を逐次解析し、最も安定した踏み出し方を選んでくれる。
フェイルは膝で軽くゴーレムの胴を挟み、重心を低く保ちながら姿勢を前傾させた。
速度は落とさず、馬車道のすぐ脇に広がる暗い森を突き進む。
空気はひんやりと湿っており、わずかに腐葉土の匂いが混じる。
そして、先ほどよりもはっきりと、甲高い金属音が響いた。誰かが戦っている。あるいは──襲われている。
やがて開けた場所に出る。そこには、数人の騎士と、二倍近い数の盗賊と思しき男たちが対峙していた。
騎士たちは高価そうな馬車を背に、懸命に防戦していたが、数で圧倒されており、すでに何人かが地に伏している。
状況を一瞥すると、フェイルは迷うことなくローブの袖口から魔力を展開した。
戦闘用に簡略化された構文、矢型の魔術を放つための即成式だ。
詠唱も構築も省かれてはいるが、制御された力が確かに収束していく。
次の瞬間、光で編まれた矢が十数本、音もなく射出された。
鋭い軌跡を描きながら、盗賊たちの身体を寸分違わず貫いていく。
ほとんどの者は、一撃で沈んだ。
仲間が次々と倒れていく様に、残された者たちは悲鳴を上げる間もなく、膝を折った。
「……な、何が……?」
騎士のひとりが呆然とつぶやく。
視線の先には、黒衣の青年がひとり、馬型ゴーレムを背に、ただ静かに立っていた。
表情に感情はなく、放たれた矢の余韻すら気にしていない。
「おい、そこの……貴様は誰だ!」
別の騎士が剣を構えたまま、声を張り上げる。
敵を一掃した直後の男に向けられたのは、感謝ではなく、むしろ露骨な警戒心だった。
「……助けたのか、それとも……」
騎士たちは混乱していた。
味方とも敵ともつかない、圧倒的な力を持った彼は、味方である以上に“脅威”として目に映っていた。
「じゃあな」
フェイルは、面倒そうな表情を隠そうともしないまま、生き残った騎士たちに背を向けた。
高まった警戒をわざわざ解いてやるほど、親切な気分にはならなかった。
馬型ゴーレムを歩かせようとした──
「お待ちくださいっ!」
だが、その声に遮られた。
ゴーレムの足は、地を踏み出す直前で静止した。




