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最高の魔術師、世界を謳歌する。  作者: 遥
第二章-第五王女リリィ・ルーズライフ
11/15

11-壱-出会い

 

 それは、本当に突然の出来事だった。



 フェイル・グランドマギは馬型ゴーレムにまたがり、深い森を抜け、草原を進み、やがて人の気配が感じられる馬車道へと辿り着いた。


 その馬車道は、茶色い地面が剥き出しになっており、馬車が二台並んで通れる程度の、すれ違いに困らない幅を有していた。


 馬型のゴーレムは、ある程度の悪路であれば難なく走破してしまう。だからこそ、舗装された道をあえて選ぶ必要はない。


 だが、逆もまた然りだった。


 わざわざ馬車道から外れ、進行を困難にする理由もなかったのだ。


 ふと、甲高い金属音が耳に届いた。

 金属同士がぶつかり合う、鋭く乾いた音だった。


 音のした方向に、視線を向けた。

 馬車道から外れた先の、森の中だった。

 その一帯だけは、周囲と違って馬車道が森に比較的近くまで迫っていた。


 続けざまに、悲鳴が響いた。


(……さすがに、無視はできないな)


 フェイルは、指先に絡めていた魔力の糸を軽く引いた。

 それは、馬型ゴーレムを制御する手綱代わりの術式。わずかな魔力の指示で、即座に進行方向を切り替える。


 ゴーレムは反応よく首を振り、蹄に似せた脚で地面を蹴った。

 舗装されていない土の馬車道を逸れ、低木の間を縫うようにして森の中へと入り込んでいく。


 枝葉が視界を遮り、木の根が地表を覆っている。

 だが、ゴーレムの脚は路面の状態を逐次解析し、最も安定した踏み出し方を選んでくれる。

 フェイルは膝で軽くゴーレムの胴を挟み、重心を低く保ちながら姿勢を前傾させた。


 速度は落とさず、馬車道のすぐ脇に広がる暗い森を突き進む。

 空気はひんやりと湿っており、わずかに腐葉土の匂いが混じる。

 そして、先ほどよりもはっきりと、甲高い金属音が響いた。誰かが戦っている。あるいは──襲われている。


 やがて開けた場所に出る。そこには、数人の騎士と、二倍近い数の盗賊と思しき男たちが対峙していた。

 騎士たちは高価そうな馬車を背に、懸命に防戦していたが、数で圧倒されており、すでに何人かが地に伏している。


 状況を一瞥すると、フェイルは迷うことなくローブの袖口から魔力を展開した。

 戦闘用に簡略化された構文、矢型の魔術を放つための即成式だ。

 詠唱も構築も省かれてはいるが、制御された力が確かに収束していく。


 次の瞬間、光で編まれた矢が十数本、音もなく射出された。

 鋭い軌跡を描きながら、盗賊たちの身体を寸分違わず貫いていく。


 ほとんどの者は、一撃で沈んだ。

 仲間が次々と倒れていく様に、残された者たちは悲鳴を上げる間もなく、膝を折った。


「……な、何が……?」


 騎士のひとりが呆然とつぶやく。


 視線の先には、黒衣の青年がひとり、馬型ゴーレムを背に、ただ静かに立っていた。

 表情に感情はなく、放たれた矢の余韻すら気にしていない。


「おい、そこの……貴様は誰だ!」


 別の騎士が剣を構えたまま、声を張り上げる。

 敵を一掃した直後の男に向けられたのは、感謝ではなく、むしろ露骨な警戒心だった。


「……助けたのか、それとも……」


 騎士たちは混乱していた。

 味方とも敵ともつかない、圧倒的な力を持った彼は、味方である以上に“脅威”として目に映っていた。


「じゃあな」


 フェイルは、面倒そうな表情を隠そうともしないまま、生き残った騎士たちに背を向けた。

 高まった警戒をわざわざ解いてやるほど、親切な気分にはならなかった。


 馬型ゴーレムを歩かせようとした──


「お待ちくださいっ!」


 だが、その声に遮られた。

 ゴーレムの足は、地を踏み出す直前で静止した。


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