7 照陽陽葵の内省・恋情
陽葵視点から時は進み、時系列では2話の後です。
『あ、あのさっ、その髪……さ? 私が切ってもいい?』
優人にそんなことを提案して、受け入れてもらえた嬉しさと緊張のあまり思わず走り出してしまった私は、これまでの苦労を回顧していた。
この数年間、私はお姉ちゃんの友人兼専属理容師の方にカットの流儀を伝授してもらい日夜特訓に明け暮れていたのだ。
この髪型というのは、私にとって物凄く意味のあるものだった。
あれは忘れもしない小学生の時、醜い容姿からの脱却を果たし、優人の隣に立っても恥ずかしくなくなった私は、自然と友達が増えていった。
お姉ちゃんがモデルということも相まって、色んな髪型を見ていた私はクラス内で髪型を作るのに定評があったのだ。
「陽葵ちゃん、三つ編みやって!」
「えー良いなー! 私はお団子が良い!」
「良いわよ! 任せなさい!!」
意気揚々と受諾して、たくさん髪型を作ってきた。
みんな喜んでくれて、私も嬉しくなり自信がついていた。
そんな時の休日である。
私はいつものように自室に優人を誘って、一緒にゲームをして遊んでいた。ゲームに飽きたら本を読んだり、優人の髪型を弄って遊んだり。
優人は普通の男の子と比べて髪が少し長めだった。とはいえ男の子と女の子では違うから、髪型のバリエーションも少なくてかなり難しかったのだ。
作っては戻して作っては戻しての繰り返し。
優人が怒ることはなかったから、きっと喜んでくれているのだろうと思っていた。
その時は、たまたま上手くできたのだ。
これまでで一番の出来であり、会心の一作を優人にプレゼントしてあげた。
ところがその数時間後には、髪型は崩され見事にバッサリと切り捨てられてしまっていたのだ。
私はあまりのショックで大泣きしてしまった。
何よりもあの優人が、私のやること成すこと全てを笑って受け入れてくれていたあの優人が、そんな無情なことをするなんて信じられなかったのだ。
私はその時、初めて彼にも嫌いなものがあったことを知り、これまでやってきた事が全部ただの独り善がりの自己満足だったのだと思い知って、それはもう滝のように涙を流した。
優人はそんな大泣きする私を見ても嫌な顔一つせず、頭を撫でて慰めてくれた。そして終いには、全部私の言う通りにするとまで言ってくれた。
全部私が悪いのに、何処までいっても優しい彼に、私はただ相応しくありたかったんだ。
それから私は猛勉強した。優人に一番似合う髪型を片っ端から探索して、マネキンでいっぱい練習したのだ。先生(お姉ちゃんの専属理容師)にも、天才とまで言われた。
大丈夫、私ならできる。
これまでもそうやって何度も乗り越えてきた。
それでも、やっぱり心配の種は取り除けなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ハァ……ハァ……」
全力で走った反動から、乱れる息を整える。
「それにしてもあいつ……私の想いに気付いてくれるかな……? ああ見えて、ちょっと鈍感なところあるからなぁ〜」
まぁそこが良いところでもあるんだけど――とは思いつつも、やっぱり関係が進展しないことに少し不満もあった。
私が優人に対して秘めている感情が、明確に恋心だと認知したのは、中学時代の疎遠がきっかけだった。
中学に進学してから、優人はどんどん変わっていった。
ガラの悪い人達と付き合うようになり、私との会話も減っていったのだ。
小学生の頃は、あの関係のままこれからもずっと一緒に過ごしていくんだろうなと思ってたからかなり驚いた。
……正直、怖かったんだ。
あれだけ優しい彼が、何処か遠くへ行ってしまったような気がして。
私には絶対に見せないような悪い微笑みに、哀しくなってしまった。
優人もあんな顔するんだ――。
その日、家に帰った私はずっと涙を流していたように思う。
これまで楽しかった彼との思い出が、泡となって消えていくように感じたのだ。
これからも私との思い出がその悪い友達に上書きされていくんだと思うと辛くて、苦しくて耐えられなかった。
私は彼に嫌な記憶を上書きしてもらったのに、私は彼に何もできない。
そんな自分の無力感で、全身の力が抜けていくような虚脱感に襲われた。
戻りたい、戻りたいよ、あの頃に……。
でも現実は酷く残酷で、私の感情なんてお構い無しに選択を迫ってくるのだ。
私も割り切って、変わらなきゃいけない時なのかな……。
それからは、彼を忘れようと努力した。
勉強に励む事で成績の近い人と競い合って、のめり込むように没頭した。
少しでも彼のことを忘れられるように――。
自分が悲しくならないように――。
彼がいなくても、大丈夫なように――。
気付くと私は学年トップの得点を挙げていた。
「今回も負けたよ照陽さん。でも次は僕が勝つ」
「陽葵ちゃん、私に勉強教えて!」
周りは優秀な人たちで溢れた。
楽しくなかったといえば嘘になる。けどそれでも、頭の片隅には常に彼がいたのだ。
優人と一緒に競い合ったりしてたら、きっともっと楽しいんだろうな――。
私の人生を救ってくれた恩人を、私に生きる楽しさを与えてくれた彼を、どんな理由があっても決して忘れる事なんてできなかったのだ。
優人のことを考える度に、胸がぎゅっと締め付けられる。
この感覚は一体何?
優人を見ていると、何故だか痛くて、苦しくて……。
でも、悪い感じは一切しなかった。
――あぁそうか。
私はこの時、ハッキリとこの胸痛が何なのかを悟った。
私はあの時――。
彼に救けられた時からずっと――。
真田優人に、恋をしていたんだ――。
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