5 照陽陽葵の苦悶
――私は醜い。
それを自覚することになったのは、ある日突然言われた一言の罵倒がきっかけだった。
「似合わねぇよ、デブ!!」
公園で花を愛でていた私を、そんな悪声が口撃した。
その子とは特別関わりがあったわけじゃなかった。
喋ったことはおろか、顔を合わせたことだってこれまでに一度もなかったのだ。
その時初めて遭遇し、初めて言われた。
最初は自分に言われているなんて思っていなかった。
だって公園には私以外にも人がいたし、きっと声が大きかったから私と被っただけで、その真意は別の人物にあるのだろうと、そう思っていた。
次の日、私はまた公園に向かった。
あんなことがあっての今日。少し不安が進行していた。
それでもその公園に赴いたのは、お花に水をやりたかったからだ。
館長さんに無理を言って、大好きなお姉ちゃんと三人で行った種蒔き。雨の日も風の日も、欠かさず様子を見に来るようにしていたのだ。生育した花々は私にとって特別だった。
その日も、いつものようにお花に朝の挨拶を交わそうと、公園に来ていたのだ。
――でも、お花は死んでいた。
綺麗に咲いたお顔は土に埋もれていて、顔を支える体は茎からポッキリと折れていた。
土には誰かの足跡が残されていた。
涙が溢れて止まらなかった。
昨日までは元気に太陽を仰いでいた花が、雨にも風にも雷にも負けることのなかった強い花々が、我が子のように愛していた花が、人間の所業によって、たった一日で無惨な姿へと変貌していたのだ。
――許せなかった。
――怒りが湧いた。
――犯人を見つけたいと思った。
――私はただ、ひたすらに待った。
ちょうど花壇が見える位置だが、自分の姿は木々で隠れていて、花壇側からは分からないようになっている。潜伏するのに最適な場所だった。
そして数時間が経った頃、その人物はやってきた。
私を罵倒した男の子だった。
辺りをキョロキョロと見回しながら、誰もいないことを確認すると、勢いよくジャンプをして花壇に飛び込んでいた。
「――!」
私は目を見開いた。
何度も何度も花を踏みつけに、死体蹴りをするその姿は、人の形をした悪魔だった。
花が泣いているような気がして見ていられなくなった。
本当は怖いのに、関わりたくないのに、私は居ても立っても居られなくなって、ついぞ飛び出してしまったのだ。
「や、やめてよ!! 何でそんなことするの!?」
その男の子は、いきなりの私の声に肩を跳ねさせこちらを向く。そして悪辣に笑って言うのだ。
「気持ち悪いんだよ。この豚バラ!!」
「――!!」
そんなこと初めて言われた。
私は固まってしまって声が出なかった。
少年は走って逃げ出した。
突き出たお腹に肉づいた顎。これまで自分の容姿を気にしたことがなかったと言われれば嘘になる。
お姉ちゃんは細くて綺麗なのに対して、自分は実の妹でありながら姉に似通った部分が一つもない。本当は拾い子では無いのかと不安になって、両親に相談したこともあった。
それでもありのままで居られたのは、家族や親戚の皆から、陽葵はそのままで良いと言われたからなのだ。
暴言を聞いて初めて知った。身内が見る目と世間の見る目は違うのだと。
私は途端に恥ずかしくなって、顔を紅潮させた。
もしかすると、これまで会ってきた人達みんな、心のどこかでは私のことを、デブだの豚だのと口汚く罵っていたんじゃないか?
それを思っていながら、私にバレないように接していたんじゃないか??
それどころか、私のことを笑ってすらいたんじゃないか????
人間という生き物に対して疑心暗鬼になってしまう。
そんなことはないと分かっているのに。
――その時、私は初めて自分の容姿を憎んだ。
その日から、露骨な虐めが多くなった。
普通に遊んでいただけなのに砂を投げつけられたり、ダイエットだと言って無理やり虫を近付けてきたり。終いにはその姿を見て他の人達も真似しだして、一対多の構図になっていたのだ。
痛い。辛い。悲しい。やめて。
誰か助けて……。
ある時、お姉ちゃんがスカウトを受けてモデルになった。
女性の間では人気のファッション誌だったので、その名は直ぐに轟いた。
大好きなお姉ちゃんが有名になって、私は嬉しかった。家族みんなで喜んだ。
それでも何処かにモヤモヤとした気持ちがあった。
――何で私は。
家の空気が嫌になったというよりかは、少し歩きたい気分だったのだ。私は外に飛び出していた。
あんなことがあってずっと家に篭っていたからか、太陽の光は容赦なく私を攻撃している。
少し目が痛い。
気が付けば公園の花壇の前まで来ていた。
そこにあった花々は、もういないのだ。
どうして――。
そんな時、悲嘆に暮れていた私を、ある声が遮った。
「ねぇねぇ、あそこにいる子ってそう言えば……」
大人の会話だった。
ヒソヒソと喋っているようだが、全然聴こえてしまうのだ。
「あぁ、照陽さん家の。お姉さんはモデルなんですってね」
「そうそう。それにしても残念な子よね。お姉ちゃんに良いところ全部持っていかれちゃって」
「そうねぇ、あんなにでっぷり太っちゃって。力士にでもなるのかしら?」
それは紛れもなく大人の本音だった。
やめて、やめてよ……。
もう私を虐めないでよ……!!
いくら耳を塞いでも、声が聞こえてくるのだ。
「あの子はダメ」、「姉と違って〜」、「可哀想」、「残念な子供」、「欲張りな姉」、「少しくらい分けてあげればいいのに」……。
これ以上、お姉ちゃんを嫌いにさせないでよ……っ!!
塞ぎ込んで、もういっそ死んでしまいたいと思っていた。
その時だった。
「――大丈夫?」
一人の男の子が、私にそう声を掛けてきたのだ。