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 その後、例のグループとは自然消滅的に関わらなくなっていき、俺はただひたすらに勉強に勤しんだ。

 右肩下がりだったテストも三年にもなると好調し、成績もそこそこを収めていた。

 疎遠気味だった幼馴染の協力もあってか、理想よりも少し高い志望校にも合格できたのだ。


 それから時は変遷し、俺は高校生になっていた。


 進学したからといって特段胸を躍らせるわけでもなく。中学の頃のように変化に苦しむこともなく。極々平凡に自分らしく、高校生活を満喫していく――そう思っていた。


 だが、その望みは儚く散ることになったのだ。


 幼馴染の存在によって。




「――髪、伸びたな」


 学校へ行く前の身支度の段階、歯磨きやら眠気覚ましやらで洗面所に赴き鏡を見ると、俺はポツリと呟いた。


 全体的に伸びているのはそうなのだが、特に気になるのが前髪だ。目元の方まで伸長しており、鬱陶しいったらありゃしない。


 こんな時、普通なら散髪屋やら美容院にでも行って切れば良いだけなのだが、俺にはそれができなかった。

 できない理由があったのだ。


 別に好みの髪型があるから意図的に伸ばしているなどといった訳ではない。

 有体にいえば、伸ばす事を強制させられているのだ。


 その人物こそが幼馴染なのである。


「にしても、まさかあいつが俺と同じ高校に入学してくるとはなぁ。あいつの学力ならもっと上のところにも行けたはずなのに」


 俺が変化に対して過剰に意識するようになったきっかけの人物が、他でもないこの照陽陽葵しょうようひまりなのだ。


 その人物――照陽陽葵(しょうようひまり)は苗字からも分かるように、女優の姉――照陽夏海にも負けず劣らずの可愛らしい顔立ちをしており、文武両道で成績も優秀、それはもう教師と生徒ともに評判も良く、その人気は校区だけに留まらず、校外にも及んでいた。

 ある日の部活の大会で激写されたのだ。それがSNSにアップされ、『今世紀最大の可愛すぎるスポーツ女子』として一躍時の人となったのだ。


 当然、誰しもが難関高校に行きエリート街道を進むものと思っていたのだが、よりにもよって俺と同じ高校に来た。

 全く意味が分からない。

 本人に聞けば、制服が可愛かったからという事らしいが……正直俺はそこまで可愛いと思わなかった。

 そもそも制服に興味のある男子なんて少数で、大多数は善し悪しなんて気にしないものなのだ。だからこそ、そんな下らない理由で進学校への切符を捨てて俺と同じ高校を選んだ彼女がほとほと理解できなかった。

 やはりこれが女子の……いや、彼女ほどとなれば天才の感性というやつなのだろうか?


 そんな天才的な人間を幼馴染に持つということは、到底平凡な高校生活は送れないことを意味するのだ。


 周囲から目の敵にされることは当然で、虐められなければまだ良い方だと言えるだろう。

 だったら元より関わらなければ良いやとなるのが自然なのだが、それは絶対にできなかった。


 あれは俺が勉学に精を出してすぐの頃、図書室で一年ぶりに会話を交わすことがあったのだが、その時彼女は涙を流していたのだ。なぜ落涙していたのかは分からないが、その涙は俺にとって許し難いものであると同時に、かつての決意が蘇ってきた。


『あいつに泣き顔は似合わない。だから俺が笑顔の回数を増やすんだ』


 その言葉は、幼少の頃に心に誓った俺の本心だった。


 今でこそ完璧美少女と持て囃される彼女だが、幼少期の陽葵はどちらかと言えばふくよかな方で、しばしば虐められる事があったのだ。


 そんな時に毎度の如く助けに入ってたのがこの俺……と言いたい所なのだが、幼少の頃の俺は今以上に臆病な質だったために、いじめが一通り終わった後、ただ慰めて傍にいてやることしかできなかった。


 直接助けることができなかった俺の唯一の対抗手段、それが辛酸を笑顔で塗り潰すことだった。

 何よりも、彼女には笑顔でいてほしかったのだ。

 あいつは笑顔が一番似合うから。


「とはいえ中学では疎遠になってたから、てっきりもう関わることもないと思ってたんだけどな。『アレ』ももう終わったとばかり……。まさかまだ続いてたとは――」


 とそんな所で携帯を確認してみると、もういい時間になっていた。


 やべ、急がないとまた拗ねられる。


「行ってきまーす」


 学園鞄を肩に預けながら不在を知らせる合図を送り、足早で家を出てある所に向かう。


 それは学校では無く陽葵の自宅だった。


 時刻はピッタリ七時三十分。到着してから手に持った携帯のメッセージ機能で家に着いた事を知らせるのだ。


『着きましたよ』


『直ぐ行く』


 恐らく玄関先で待機していたのだろう。返信が来てから一秒あるかないかでその少女は家から出てきた。


「おはようございます。陽葵ちゃん」


 ブラウンのストレートヘアーを優雅に風に靡かせて、まるでお嬢様の如く悠然と俺の隣まで歩いてくる彼女こそが照陽陽葵その人だ。


 陽葵は俺の顔をちらと一瞥すると、直ぐに正面へと焦点を切り替える。


「さ、行きましょう」


 そう言って自分勝手に歩き出した。


 これが俺たちの学校に行くまでの基本的な流れである。

 陽葵が俺の顔を見たのは髪の長さを確認するためだ。


 俺は陽葵の許可無しに、髪を切る事を許されていなかった。それには先ほど言った『アレ』が深く関わってくるのである。


 照陽陽葵は家庭も身分も極々平凡な一般市民でありながら、完璧美少女という誉れを持つ。だがその異名は決して自然的に発生したものではなく、彼女の才知と弛まぬ努力によって作り上げられたものだったのだ。


 過去、肥えていたことにより虐めを受けていた彼女は、友達の一人も存在せず、目を腫らす毎日を過ごしていた。

 俺はそんな彼女の笑顔が見たくて、とにかく笑わせることに注力した結果、彼女を『お嬢様扱い』することにしたのだ。


『陽葵様、今日も可愛いですね!』とか何とか気障ったらしい台詞を言ってみたりして、とにかく自己肯定感を上げさせたのだ。ちなみに今ではもうできない。


 効果があったと思いたい。

 歳を経るに連れて、陽葵は変わっていった。それこそ、本当のお嬢様のように。どんどん強く逞しく成長していき、今では引く手数多でもうモテモテ。


 対照的に、俺はずっと変われなかった。

 言ってしまえば中学のアレも不変に焦燥していたが故のものだったのだ。

 今にして思えば、もう少し関係値を深めてからでも良かったかもしれないと反省している。


 そんな訳で、そのお嬢様扱いが現在でも継続しており、俺は髪を切ることすらも、指示されなければできない人間に……。


 とはいえ中学の頃は疎遠になっていたわけだから、好き勝手やってたんだけど。

 図書室での彼女の涙を見て、俺は未だに彼女がトラウマから抜け出せていなかったことを悟ったのだ。


 俺はその涙をそっと指で拭った。


 さあそんな感じで歩き始めてから結構な時間が経っていた。とは言っても精々数分だが。


「ねぇ、また髪伸びてきたんじゃない?」


 突然、前を歩いていた陽葵が言った。

 これは、陽葵と俺の中だけに存在する暗黙の了解みたいな会話で、髪を切っても良いというお達しが下りた証左なのである。


 何故、陽葵が髪にそこまで拘るのか。


 あれは確か小学生の頃だった。陽葵のお姉さん――夏海さんが、当時高校生ながらにモデルをやっていたということで、陽葵はそんな夏海さんに憧れて、俺の髪を弄ってよく遊んでいたのだ。ちなみに夏海さんは実の所、俺の初恋の人でもある。


 そんな日の帰り、そういえば母に散髪に行くことを命じられていたのを思い出し、母の知り合いがやっている行き付けの理髪店で髪を切ってもらう事に。店から家に帰るまでの道のりで、バッタリ陽葵と出会ってしまったのだ。


 遊んでいた時と髪型が違う事に気付いた陽葵は途端に大声で泣き喚き、それはもう面倒くさかった。思わず俺が口にした「今度からは陽葵様の言う通りにしますから」という発言が仇となって、俺は髪を切ることもろくに許されなくなってしまったのだ。


「確かに伸びてきましたね。では休日にでも美容院に――」


 俺は前髪の毛先を弄りながら、散髪の権利を得る。

 これが何時もの流れ――、


「あ、あのさっ、その髪……さ? 私が切ってもいい?」


 何時もの流れのはずだった。そう、この時までは。


「――は?」


 前を歩いていた陽葵が、くるっと俺の方へ向き直りながら言ったのだ。

 フワッと香る高級感増し増しのフレグランスな匂いが、鼻腔を刺激する。


 ……ふぅ、いったん落ち着け、先ずは理由を聞こう。


「一体全体またどうして?」


「えっ?? あー、ほらっ、私のお姉ちゃんって、女優やってるじゃない? だからね、私も少しでもお姉ちゃんの役に立てたらなーなんて思って……。だからね、お願い!!」


 手のひらを合わせて上目遣いで懇願する陽葵。

 女優の姉を持つことも相まって、その遺伝子は凄まじく、顔面の破壊力は抜群に可愛いといえるが、彼女に対して様々な感情を孕んだ幼馴染の俺が相手では、流石に分が悪すぎる。


 なるほど、要するに俺は、ただの実験体というわけだ。

 嫌な予感しかしないから、できれば丁重にお断りしたいのだが。


「……拒否権は?」


「べ、別に嫌ならそういえばいいじゃないっ!」


 燃えるように顔が赤くなる陽葵。

 俺の幼馴染センサーが危険指数に達している。


 ――あ、これ絶対面倒くさくなるやつだ。


「い、いえいえ、決してそういうわけでは。もちろん喜んで」


 長年の付き合いから自分が折れる事で穏便に済むことを学んでいた俺は、あっさりと受け入れてしまった。否、受け入れるしか無かったのだ。


 かつては虐められていた少女も、今ではその面影すらなくしている。

 その事に俺は、昔から変わっていない自分の意思の弱さをまじまじと痛感させられ、改めて彼女の変化に対する凄さを思い知ってしまう。


 ――ていうか、男なんて向こうから寄ってくるんだから、わざわざ俺なんかを使わなくても。


 結局俺は彼女にとって、ご機嫌を取るだけの実験動物でしかないのだ。その事実に何処か胸がザワつく。

 いいように操られている自分にムカつく。


 俺と陽葵の関係なんて、平たく言えばただの幼馴染でしかないのだ。


 完璧美少女と持て囃される彼女が、幼馴染というだけで、こんな俺と仲良くしてくれている。それは普通の人間からすれば、優しさ以外の何物でもないのだろう。

 だが幼少の頃から彼女を深く知り、彼女が変わっていく様を間近で見せつけられてきた俺からすれば、自分の不変が大罪のように思えて、辛くなってしまうのだ。


 つくづく分不相応。周りからとやかく言われることにはもう慣れてしまったが、自分の無能さを実感させられる時は、どうしても目を逸らしたくなる。俺は俺、陽葵は陽葵。そんなことは分かっているのに。


 やはりあれだな、長く付き合うってのも、難儀なものだな。


「――じゃ、休日時間開けときなさいよね」


 それだけ言うと、返事を待たずに陽葵は走って先に行ってしまった。


 まただ、また物のように扱われた。

 俺はいつになれば、彼女の所有物から解放され、一人の人間として認識されるのだろうか? 


 俺は、学園鞄から携帯を取り出し時間を確認すると、まだ七時四十五分だった。


 よし、まだ運行まで時間はあるな。


 俺は何か疲れたので歩いて追った。それは俺の、少しばかりの自分らしさであり、彼女に対する反抗だった。

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