【9】異教の祈り(3)
城門の見張り塔から聖騎士が降りてきた。柔らかそうなライトブラウンの長い髪をした女騎士で、コケティッシュな美人だが、その顔立ちはヴィクトールにどことなく似ていた。ヴィクトールは彼女の姿を認めると、ミーシャとグレンから受け取った推薦状をひらひらと振った。
「おう、姉貴。ちょっとこれを調べてくれねえかな」
「いいわよ」
茶髪の女聖騎士は、ヴィクトールの差し出した推薦状に片手を添え、もう一方の手を推薦状にかざしながらミーシャの知らない呪文を唱えた。たちまちのうちに推薦状から黒い霧が溢れ出す。ヴィクトールはにやりと笑い、配下の兵士に目配せした。その場に居合わせた兵士たちがミーシャとグレンを取り囲む。女聖騎士はもう一枚の推薦状にも同様の術を使ったが、結果の方も同じだった。
ヴィクトールは顎を上げ、勝ち誇るようにミーシャに告げた。
「この推薦状は偽物だな。本物なら、教皇庁の魔術刻印が浮かび上がる」
ミーシャは絶望的な気分になりつつも、ヴィクトールに抗議する。
「他の関所では、こんな検査はしなかったわ」
「当たり前だ。この魔術は一部の上位聖騎士と枢機卿しか修得できないんだからな」
そう答えたヴィクトールの口調は、先ほどまでの虚勢じみたものとは異なり、どこか誇らしげだった。俺の姉貴はそこらの騎士とは違う、と言いたいのだろう。当の女聖騎士は、ヴィクトールの遠回しな自慢にいい顔も悪い顔もせず、ミーシャとグレンを交互に見ながら淡々と告げた。
「貴方たちを密入国の疑いで連行します。ここで抵抗すれば死刑は免れない。ですが取り調べに応じ、我々に協力するのであれば、助命されることもあるでしょう」
連れて行きなさい、と女聖騎士は兵士に命じる。
「……カタリーナ様、お待ちください!」
不意に男の声が聞こえた。女聖騎士が声の方を見る。つられてミーシャもそちらを見ると、魔獣に襲われた一家の父親が兵士に支えられながらこちらに手を伸ばしていた。
「カタリーナ様、その方は私の子供を助けてくださったのです。その方の魔術は異教徒のもの……私にも一目で分かりました。ですが、この国に害をなすつもりで不正に入国した者が、あのような状況で魔術を使うとは思えません。自分本位な理由で密入国した者についても同様です。カタリーナ様、どうかご慈悲を。己の危険を顧みず他者の命を救った者を、異教徒だからという理由で罪人とすることが、神のご意志なのでしょうか」
カタリーナと呼ばれた女聖騎士は一呼吸置いてから答えた。
「ダリオ殿、おっしゃる通りです。彼女が魔術を行使したのは、貴方たちご一家を助けるため……私も見張り塔から見ておりました。ですが本件に対する決定権は私にはないのです。彼女の身柄は聖騎士団の上層部に委ねなければなりません」
カタリーナの口調は同情的だったが、その声には有無を言わせぬ強さがあった。
ミーシャとグレンはエルンガルトの聖騎士団駐屯地に拘留された。ミーシャの行使した神聖魔術が高位の術だったことと、グレンの物腰が歴戦の戦士を思わせるものだったことから、ヴァルトハイム家の姉弟は二人を重要人物と判断。すぐさま教皇庁に報告書を提出した。
一方、聖騎士団長セオドリックは旧ヴェルサリヤ帝国領内に潜入させたスパイを通じて救国の聖女ミーシャの容姿や、彼女が新王妃アリシアから実質的な追放命令を受けたことを把握していた。