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【3】老騎士グレン(1)

 エルムリッジ山脈の中腹の渓谷に潜むように、空路の補給基地が建っている。

 空路は国家によって厳重に管理されている。飛行生物による人や物資の運搬は、主に軍事と民間の輸送に利用されているが、旧ヴェルサリヤ領、現ヴァルディス領内に生息する大型の飛行生物のうち、人に飼い慣らされているのはグリフォンだけだった。一方、セリオン教国の領土にはワイバーンの生息地がある。飛竜は独立心が強く、決して人に懐かないが、魔術を用いて一時的に従わせることは可能だった。飛竜の飛行高度はグリフォンよりも遙かに高く、移動速度も速かった。補給基地の見張り塔には魔術強化を施されたバリスタが配備されているが、それらを用いてもワイバーンを撃ち落とすことは困難だった。

 数年前、帝国内で反乱が勃発するよりも前のこと。飛竜の一隊が国境を越えてヴェルサリア帝国領内に侵入したことがある。その数日後、ヴェルサリヤ統治下の地方都市、帝国に滅ぼされた小王国のかつての首都に、セリオン教国の聖騎士団長セオドリックが現れた──そんな話を後になって耳にした。セリオン教国の聖騎士団『セリオン・テンプラーズ』は、教皇直属の精鋭部隊であり、神の意志を執行する役割を持つ。教皇の右腕として知られる聖騎士団長セオドリックが何のために無名の廃都を訪れたのかは分からない。彼がいつ国に戻ったのか、そもそも彼は本当にセオドリックだったのか、補給基地で働く兵士に真相を知るすべはない。

 見張り塔の兵士がグリフォンの接近を告げる。

 騎手を乗せたグリフォンが、基地に向かって降下する。

 帝都より北の農村地帯は反乱軍の進路ではなかったため、補給基地の兵士にとって敵と言えばセリオン教国だった。カイウス帝が反乱軍に討たれ、ヴェルサリヤ帝国に滅ぼされた小王国ヴァルディスの王子セレスタンが王位に就き、名門シュアフェルド家の令嬢アリシアが王妃になることは伝え聞いているが、お上の頭がすげ変わっても、仕事の内容は変わらない。彼らの視線の先は常に、国境付近の空だった。救国の聖女ミーシャの顔など、誰一人として知らなかった。

 兵士はバリスタの狙いをグリフォンに定めたまま、遠見の魔術で飛行獣の識別旗を確認する。グリフォンの首にかけられた前掛け状の識別旗には、旧ヴェルサリヤ帝国軍の紋章が織り込まれている。しかし今は反乱による政権交代の混乱期、不正に入手したものである可能性は否めない。兵士は識別結界の展開を部下に命じた。補給基地全体がまばゆい光に包まれる。光は収縮し、一本の柱となってグリフォンを騎手もろとも貫いた。グリフォンが青い光を発する。出発前に軍の施設で施された魔術刻印が、識別結界に反応したのだった。魔術刻印の持続時間は短く、偽造は極めて困難とされている。

「よし、通せ」

 兵士が魔術灯でグリフォンを誘導する。

 グリフォンに騎乗していたのは、赤毛の娘だった。一本に編んだ長い髪が長旅で乱れている。グリフォンから降りた彼女は途端によろめいたが、可憐な見た目に反して筋力があるのだろう、即座に踏みとどまり、体勢を立て直した。それでも彼女の疲労が限界に達しつつあることは、その場に居合わせた誰の目にも明らかだった。彼女は胸の上で片手を握りしめる。恐らく、首から下げた何かを服の上から掴み、心を支えているのだろう。

 彼女は王妃の発行した許可証を兵士に提示した。

「……随分と厳重なのね」

「皇帝陛下が若い女に殺されるような国だからな」

 冗談めかした兵士の答えに彼女は寂しげな笑みを返した。

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