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第七話

 私の傍らには『無敵』という呪いを受けた少女が居た。

 それはありとあらゆる戦いに措いて決して負ける事のないという呪い。

 人はそれを神を超えるほどの祝福と言うだろう。

 しかしそれは彼女にとっては間違いなく呪いだった。

 人は神を畏敬する。

 それは神が目前にいないからこそ敬えるのだ。

 だが彼女は違う。

 如何なる手段を用いても勝利する事適わぬ絶対的存在に人は畏怖する。

 彼女に抗しようとした瞬間敗北が決定するのだから彼女は人の身でありながら『恐怖』でしかなかった。

 彼女の前に全ては敗北するのである。

 どんな努力も才能も幸運も関係なく、ただ彼女と相対したがために敗北を強いられるのだ。

 だから彼女は常に孤独となった。

 誰もが彼女と触れ合う事を恐れた。

 ありとあらゆる概念において劣等感のみを与えるだけの存在に近づこうとする者など居なかった。

 孤独に喘いだ彼女は利用されても良いとさえ思っていた。

 けれども利用する、騙すという行為は挑戦に等しい。

 あらゆる嘘は彼女の前に無意味な言葉の羅列でしかなくなった。

 そして嘘のばれた人間は勝手に恐れ、そして自滅した。

 無敵であるが故の孤独。

 しかしその孤独はいとも容易く破られる。


「私に協力して。

 貴女の力がどうしても欲しいの」


 あまりにも単純な事。

 彼女の権能に誰もが目を向けてしまったがために、それを恐れてしまったがために気付く事さえできない単純すぎる解答。


「はい。

 私で良ければ」


 何一つ誤魔化さずただ願い、そして彼女が応じれば良い。

 彼女が忌むべきは権能でなく、孤独だったのだから。

 私はそうして新たな従者を手にした。


 それは悲劇へとまた一歩進む行為。


 かちりと針が進む。

 

 私は隣国の王子を殺した。

 下姉が望まぬ婚姻を強要されていると信じて。

 戦場に措いて王位を継ぐための武功を立てんとした王子を亡き者にしたのだ。

 私は王───父を殺した。

 男が王位を継ぐ物とし、才気溢れる上姉を道具としか見ない男を抹殺した。

 男性優位の社会を崩すため人形に身代わりをさせ、時期がくれば上姉を王に指名するように準備を進めたのだ。

 そこに父と呼ぶべき男への感情は無かった。


 かちりと針が進む。


 無限の魔力。

 この国の象徴でもある神殿を背景としてたった一つの都市国家は周囲を飲み込んでいった。

 戦に心痛める上姉のために他国からの侵略行為に抗するという体裁を作り上げた。

 自衛のための攻撃。

 そして将来を鑑みての統治。

 隣国の王子が死んで以来伏せがちの下姉がついに部屋から出なくなってしまった頃、それでも続く戦いに上姉も心をわずらうようになってしまった。

 女性であるだけで子を産むための道具と見做された社会は確実に変わっていた。

 なのに二人の姉はそれを喜ぼうともしないことに私は深い悲しみを覚えていた。

 きっと長い時間それが正しい事だと教えられたがために移り行く世界に付いていけないのだろう。

 時間が解決してくれると信じて私は指し手を進めていく。

 自分の行いが間違っているとは思えなかった。

 革命を起こすよりもずっと静かに、平和に、周囲の国を一つにしていく。

 ただ女であるというだけで歴史の表舞台に立つ事すら嫌悪される世界を変えていく。

 それは決して批難されるようなことでないはずだと信じた。

 やがて人形に病を装わせ上姉に王位を継がせようとした時、私は数ヶ月ぶりに下姉と会う。


「スティアロウ。

 もう、やめて」


 ずぐりと心臓が軋んだ。


「サニー姉様もたぶん気付いてる……気付かないわけが無いわ。

 貴女のその目を見たら、わかるもの」


 銀嶺に例えられる安らかで神秘的な美貌は長い病床生活で心苦しい程に翳っていた。

 それでも柔らかい色を称える瞳は純粋に私の事を、


 ────哀れんでいた。


「下姉様……一体、何を」

「お母様が神の元に召された後、私が一番貴女を見てきた自負があります。

 スティアロウ。

 貴女はとても賢い子です。

 でもその知性が貴女自身を歪めてしまっている」

「私はっ!」


 それ以上の言葉を言わせてはならないと、私の心は焦燥に駆り立てられた。

 が、姉の乾いた唇は悲しげに言葉を生み出していく。


「もっと早く貴女を抱きしめてあげれば良かった。

 弱い私を許して、スティアロウ。

 もっと早く……貴女を許してあげる事ができたら、今の貴女がそんな目をすることも無かったはずなのに」


 許す

  ───巡る思考がその言葉に違和感を訴える。

 しかしそれはある予想を封じるための間違った

  ────自分を騙すための理論展開。


「スティアロウ。

 私は……」

「下姉様止めてください!」


 叫んでいた。

 恐らくこんなに感情を取り乱した事など未だかつて無いと思えるほどに。

 でもその懇願に応じる事無く、彼女は言葉を続ける。


「あの人の事を愛していたの。

 お父様に命じられたからでも、国のためでもなく。

 スティアロウ。

 私は貴女に会うのが怖かったのです。

 貴女に会ってしまったらどんな言葉を口にしてしまうかわからなかったから」

「……っ!!」

「それが貴女を追い詰めてしまった。

 本当に、ごめんなさい。

 こんなに弱い姉で」


 ぽろぽろと涙を零されて私は絶句する。

 怨まれるなら構わない。

 貶されるような事をした。

 そんな言葉はいつの間にか心に用意されていた。

 けれどもその涙は、言葉は、あくまで私を慮り、自分の不出来に悔恨したもの。


「………っ!!!」


 言葉が生まれる前に散る。

 唇が不自然に動き、口がカラカラに渇いていく。

 謝らないでくださいと競りあがってきた言葉が形にならずに口腔を彷徨う。

 『無敵』の力にもいくつか欠点がある。

 それは競争に対し勝利という結果を確定させる力だ。

 故にさかのぼって過去に確定した結果を打ち消せない。

 例えば時間を遡り結果を変えてしまえば、それまでに『無敵』という概念で確定した勝利が無かったことになってしまう。

 だが、『確定』はゼロになれない。

 この矛盾による自己否定を避けるためか『無敵』の力は過去の結果に干渉できない。

 王子の死も父親の死も最早覆る事はない。

 ふわり柔らかい香りが私を包む。

 抱きしめられていると気付くのに数秒もの時間を必要とした。

 突き放したい衝動も非力な私でも折れそうなほどにやせ細っている腕に気付いて触るに触れなかった。

 耳元で繰り返される「ごめんなさい」という言葉。

 それは間違いなく今の私には呪詛だった。

 その謝罪を受け入れる事も否定する事も私にはできない。

 してしまえば私の歩いてきた道が、信念が崩れ去る事は火を見るより明らかだったから。

 だから何一つ言えないままに自問する。

 自分は自分のためだけでなく、姉たちの自由のために事を為してきた。

 なのに、何を間違ってしまったのだろうか。

 呪詛を可能な限り意識の外に出すために、私は延々とその問いに苦悩する。


◇ ◇ ◇


「……はぁ」


 深々と溜息。

 シンとジュダーク。

 二人が歩くのはアイリーン北のスラム街だ。

 その道すがら大体の事実を聞き終えたシンは暗澹たる気分になっていた。


「隊長は不器用なんだから、別の人間にやらせればよかったものを」

「僕である意味は理解しているさ」

「だがお嬢が絡んでるなら充分すぎるでしょうに」

「木蘭派であることに意味がある」


 否定はできないが、割に合う行いではないとしか言いようが無い。

 にゃぁと鳴き声一つ。

 二人は足を止めて視線を彷徨わせる。


「っ!?」


 酒場でいつの間にか席に座っているのは流石に慣れたがいきなり目の前に居るのはあまりに心臓に悪い。

 体が過剰に反応するのを何とか押し留める。


「む?」


 女性なら誰もがうらやむようなメリハリのある肢体と顔立ちなのに一度知覚しても僅かなりに意識から外すとすぐわからなくなってしまうような妙な焦燥感。

 目立つはずなのに目立たない少女が何を考えて居るのかわからない表情で二人をぼんやり見ている。


「クルル、お前に聞きたい事がある」

「ナに?」


 ぽやっと視線はどこを向いているかわからないが、応じるつもりはあるらしい。


「数日前、夜のことだ。

 この辺りで黒に所属する軍人が殺された。

 心当たりはあるか?」

「あル」


 躊躇いのない回答に脱力感すら覚える。


「お前がやったのか?」

「ソう。

 子供達ニ襲い掛カったかラ止メた」


 止めたにしては乱暴なやり口だが子供とでも腕相撲に勝てそうにない細い手足を見れば仮にも軍人である男を止める手段など限られている。


「子供の前ニ立っテ、ナイフを構えタだケ」


 それだけで気配を持たぬ少女は凶悪なトラップに変貌する。


「どうして子供達を?

 子供が何かやったのですか?」


 ジュダークの問いかけに彼女はゆっくりと首を横に振る。


「剣を寄越セとか、言っテた」

「剣?

 ……まさかあのマジックアイテムか?

 だがあれは……」

「ええ。

 アイリン大神殿で封印処理をしています」


 あまりにも凶悪なカースアイテムのため手を焼いているという報告はシンも聞いていた。


「もう1本あるってことか?」

「何ノ事か知らナいけド、剣なラこれノ事」


 すいと切っ先が目の前にあって息を呑む。

 野放しにしていいのかこんな天然暗殺者と毒付いてからそれを受け取る。


「これを欲しがったんですか?」

「そウ。

 返セって叫んデた」


 どう見てもあの剣とは似ても似つかない。

 それどころか刃こぼれも酷く売ろうにも鉄くず扱いがいいところだろう。


「気が狂って剣を奪われた物と思い込んでしまった。

 そして子供達に切りかかろうとしてクルルさんに返り討ちに遭ってしまった……。

 リオス中佐の事件についてはこれが真相のようですね」


 ジュダークの言葉にシンは黙考。

 しかしそれ以上の最適解が見えてこない。

 クルルという自称魔女が駆け引きとは無縁の性格だと知っているからあらゆる予想が潰えていく。


「……なんつー厄介な」


 予想を諦め頭を抱える。

 もしこれが普通の市民相手であれば正当防衛だのなんだのと言えるが、スラムの子供や身元不明の魔女に殺された貴族という構図は油をたっぷり撒いた火薬庫だ。


「シリングのヤツもめんどくさい状態だからな……」


 妙な鎧着て一人欝に入っている上に妙な力を持ってきている。

 この混乱している状況で暴れられると厄介この上ない。


「ついでにこの事を知れば間違いなく口を出してくるだろうしな」


 誰とは言わずに呟く。

 そうなれば尚更だと嘆息。


「では、最近狙われている。

 恨みを買っているという覚えは?」


 タレコミの事に関する問いに魔女は理解すらしていないかのように小首を傾げる。

 そもそも存在を認識される事が稀なこの女性を怨む事がまず難しい。


「……こうなってくると犯人を別にでっち上げるか?

 通り魔の犯行とかで」


 もちろんジュダークがいい顔しないのは承知の上だ。

 ついでに言えば安易な嘘は自分の首を絞めるだけの結果にしかならない。


「……そう言えば。

 その時リオス中佐……貴女が止めた人は一人だったのですか?」

「うン」

「彼にこのスラム以外で遭った覚えは?」

「ナい」


 ん?と眉根を寄せて、やがてジュダークの疑問を察する。


「そうか、リオスを逃がしたヤツがまだ不明だな」

「ええ。

 無手で、しかも事務方の彼に牢の鍵を内側から開けて守衛を殺すだけの実力があるとは思えません」


 当然その見解で捜査は動いている。

 大方の考えは手引きした者が何らかの理由でここで殺害したのだろうという物だ。

 しかし殺害の実行者であるクルルはあくまで襲われそうになった子供を助けただけだと言う。


「守衛をあっさりと殺害している手腕を持ちながら片手落ちに過ぎます」

「……リオスのヤツが剣を見間違えて勝手にはぐれたとかじゃないのか?」


 確かにそう考える事もできる。

 しかし─────


「……最近毒薬を売った覚えはありますか?

 黒色で剣に塗るようなものです」

「あル」

「常連ですか?」

「ちガう。

 初メて見タ」

「40がらみの男性か?」


 シンが意図を悟って質問を継ぐが「男ダった」とだけクルルは応じる。

 ハーフエルフでしかもその大半を森の中で母親とだけ暮らした彼女に人間の正しい年齢を量るのは難しいらしい。


「何か特徴を覚えてないか?」

「……」


 長い沈黙。

 もしかして寝てるんじゃないかと疑い始めた頃、彼女はおもむろに首を横に振る。


「何も覚えてないのかよ」

「たダ、ウィルクスプリンの名前を知っテた」

「うぃる……?

 毒薬の名前ですか?」


 こっくり頷くのを見てシンはジュダークに視線をやる。


「遭ったのは何処でですか?」

「……市場?」


 記憶力があまり良さそうではない彼女は疑問系で応じる。


「心当たりが?」

「……ええ。

 乱暴な推測ですが」


 一人の女性の顔が脳裏に浮かぶ。

 未来を予知する能力があるという彼女の顔が。

 魔女の秘薬の名を知り、この天然暗殺者の魔女と市場という場所で出会う事の出来る力の持ち主。


「大尉は引き続き逃亡補助の犯人を追ってください」

「……了解。

 だが無茶するなよ。

 赤の仕事ならお前には部下が居るんだからな」

「わかっています」


 釘を刺されてジュダークは失笑。

 いつの間にかクルルの姿が無い事にも苦笑いを浮かべつつ、行くべき場所へと歩き始めた。


◇ ◇ ◇


「ちょっとやりすぎじゃないかな」


 何時もは二枚目を崩すような笑みを浮かべている大魔道師も今日ばかりは真剣な面持ちのまま苦言を口にする。


「そうかの?」


 何食わぬ顔え応じるのは無論ティアロットだ。

 彼女は先日回収した魔眼を禁書庫に預けるためにルーンを訪れていた。


「ルーンとしても魔術師ギルドとしてもこれ以上好き勝手に暴れられると困るって事くらいわかるでしょ?」

「じゃが同時にどちらもわしの首に縄をつけておるわけでない」


 どの国にも属さず、また古代の独特な魔術を操る彼女は魔術師ギルドに正式加盟していない。


「先代殺しの時に僕預かりになった件は忘れてないよね?」

「無論じゃて。

 しかしそれが誰なのかは皆知らぬし、知る者はわしの立ち位置も知っておる」


 ああ言えばこう言うと苦虫を噛み潰す。


「場合によっては僕はティアちゃんを捕縛しなきゃいけないんだよ」

「じゃろうな」


 だが今は出来ない。

 アイリン内部での話にルーン国や魔術師ギルドを動員するなど唯でさえアイリンの属国と陰口を叩かれているのにそれを増長させかねない。


「……」


 ふうと溜息を一つ、隣に座る女性に視線を送る。


「ティア。

 貴女の最終目的は何処?」


 ルーン女王エカチェリーナが涼やかに問う。

 そこには妹扱いするような何時もの親しさは無く一国の王としての凛とした空気がある。


「憎悪の対象じゃな」

「……魔王になりたいってアレかい?」


 呆れ果てた口ぶりでフウザーが問う。


「然様。

 世界は魔王の脅威に晒され、人は魔王を憎悪する。

 人は魔王に抗うために力を生み出し、人と人は戦わぬ」

「それは平和な世界なのですか?」

「閉塞せぬ世界、じゃな」


 ちらりと視線を夫へ。


「神にでもなるつもりかい?」

「魔王じゃよ。

 神にこの仕事は勤まらぬ」

「ティア、閉塞しない世界の意味は何ですか?」


 魔法使いという人種は余計なところは説明が長く、必要なところは当然だと決め付けて端折る。

 その辺りを批難する響きを滲ませて声に出して問う。


「平和な世界で人は何をすべきかや?」

「質問を質問で返すのも魔法使いの悪癖です。

 普通に生きていけば良いのではないかしら」

「では聖戦でザッガリアが倒れてから世界は平和と呼べたかえ?」


 女王は応じることができず口ごもる。

 間違っても言えない。

 幾多の争いがこの大陸の上で巻き起こった。

 その死者の総計は果たして聖戦よりも少ないだろうか。


「平和な世界には様々な定義がある。

 その類似点は『争いの無い世界』というところじゃろう。

 しかし人は必ず争いを起こす」

「必ず……とは言い過ぎではないかしら」

「いや、必然じゃよ」


 諌めるような物言いを一刀両断に切り伏せる。


「優劣がある事で人はそれを覆そうとし技術を磨く。

 今の文明はそれが数多起こった結果じゃ。

 その技術の中には戦術や武術、武器や兵器の開発技術も含まれる」

「ティアちゃんの理想はそれらの破壊的な技術が人同士に向けられる事無く、しかし発展だけはさせるという一つの平和のスタイルだよ」


 フォローする言葉は苦々しい。


「だが、はっきり言って無理だよ。

 ザッガリアは人が数万集まっても倒せない存在だったから魔王を名乗れた。

 不意打ちでも受ければあっさり死に掛けないティアちゃんができる事じゃない」

「人は神を殺せぬ。

 その摂理を利用すればよい」


 さしものフウザーも言葉の意味を推し量ろうと黙りこくる。


「最初の質問に答えてもらっていませんが?」

「ああ、そうだったね。

 争いの無い平和な世界は『閉塞した世界』とも揶揄されているんだ。


 競争はより上を目指す事。

 つまり争いの無い世界は進化を完全に止めた世界」


「文明の閉塞、ですか」

「そう。

 そしてティアちゃんが言っているのは外敵を定める事で争いの刃を一方に向け、進化を留める事無く無用な争いを消し去るという案だ。

 聖戦に措いて五大王国はひとつになり魔王軍に相対した。

 国家間の争いは聖戦が終わって激化していったのだ。


「……ああ、そういうことか」


 フウザーはやおら呟く。


「魔王は確かに存在する。

 そしてティアちゃん。

 君は腹心でも演じるつもりなんだね」


 また話が飛んだと思いつつ、エカチェリーナは話を脳裏でまとめる。

 彼の回答は恐らく神を殺せぬ節理という設問に対する物。


「魔王を虚像とし、貴女はその代行者として害意を魔王に向ける……?」


 神を殺すには神に刃を届かせねばならない。

 しかし体無く目の前に居ない神を殺す事はできない。


「暫くわしは魔王の腹心達となんとかコンタクトを取ろうとしておった。

 本物の腹心が誰か一人でも手に入るならば説得力もある」


 正気を疑われても仕方ない言葉に二人は唖然としつつも笑わない。

 笑えない。

 その瞳は正気を保っている。

 フウザーに関しては本当にそれをしようとしていたことも知っている。


「死者の宮殿にやたら固執したのはそのためか」

「魔王の威を示す力は必要じゃからな。

 そして虚像の魔王さえ世界に君臨してしまえばもうその魔王を殺す事叶わぬ」

「しかしルーン神は虚偽をお認めになりません」


 引けない一線に触れ、王女は強く言う。


「じゃが、如何してこの嘘を破る。

 なにしろ魔王という単語が指し示す先は別にも存在するんじゃぞ」

「……確かに。

 魔王も魔王の腹心も本物が居る。

 そして君がそれを演じるのであれば君もまた確かに『魔王』という概念に対する腹心に他ならない」


 ルーン神への問いは魔王を見定めるために知識を欲する願いはすべてザッガリアの分体を、強いては魔王ザッガリアを指し示す


「っ、それは……ルーン神が嘘を許容すると言っているも同然ではありませんか!」


 祭神を批難されて王女は口調を強くするが、少女の応じる言葉は対極のように冷静だ。


「如何にも」


 これが他人の口からならばすぐさま処罰も辞さないだろう。

 ルーンという国の、そして王として知識の神を冒涜されたままにしては置けない。

 だがこの少女は確たる論があって頷いている。


「現にルーン神は2つの事を神代の時代より伏せている。

 1つはザガルという神のこと。

 1つはアイルがその身を隠した理由」


「……っ!」

「木蘭の持つ七宝聖剣。

 その七のうち1つの石は永久に失われておる。

 その理由はルーンの王女ならば、察せられよう。

 だがそれは推測であり事実ではない。

 何故なら神代の時代を知る者は神々しかおらぬからじゃ。

 語れるのは神々と、その時代に生み出された者のみ。

 そうであろ?」


 王女の視線がフウザーへと彷徨うが、彼はそれに応じず───応じられずに黙するばかりだ。


「神の啓示を授かる神術。

 されどその答えが示されたと聞いたことは無い。

 まさか、それを今まで誰一人問わなかったとは思えぬがの」


 多少なりとも神学を志したならばアイルに対する疑問は当然の如く沸いてくるだろう。

 そしてより深く研究すれば神代の時代に消えた1柱の姿も見えてくる。


「オリー、貴方も同じ考えなの?」

「……あくまで個人的な考えとして言うならばティアちゃんの推察には賛同できる部分がある。

 それが事実とするならば秘する理由は明白だからね」


 言うまでもない。

 エカチェリーナは呆然とぎゅっと組み合わせた手を見つめる。


「その秘密がザッガリアの半消滅という奇妙な自体で揺らいでおる。

 わしはその空いた席に腰掛けさせようとしておるに過ぎん」


「仮説の通りなら神々にとっても都合のいい穴埋めだね。

 けれどもティアちゃん。

 君は神でも魔族でも、聖騎士でも、そして代行者でもない。

 例えその推測の全てが事実だとしても神々はその椅子を許さないんじゃないかな」

「やもしれぬ」


 平然と少女は同意を示す。


「じゃが、ザッガリアを世界が失うことを神々は考えて居ったのかの?

 そを倒滅せんとした聖戦においてもかの魔王は封印されただけじゃったが」

「……封印に、半消滅ですか」


 多くの者は聖戦の時に魔王が『倒された』と信じているだろう。


「ああ。

 いくつかに分かたれたザッガリアの力、その一部を有した人間を知っている。

 ついでにその子は別の分体とやりあって他の分体を消滅させて居るんだ」

「勢ぞろいした聖騎士ですら滅ぼすに至らぬ、滅んではいかん存在が欠けておるのじゃよ。

 この世界には」

「……話が飛躍しすぎです」


 女王は信仰の上では理解してはいけない話に一旦静止を掛ける。


「その突飛な最終目標と今回の件はどう繋がるの?」

「魔王を僭称するであれば、その足がかりは大きい方が良い」


 今までで最も深い沈黙が舞い降りる。


「ティア」


 やがて、いろんな感情が混ざったような震える声が引っかくようにそれを破って表に出る。


「それは花木蘭を殺すという意味ですか?」

「然様」


 感情に揺れる言葉に対し、ティアは当然と応じる。


「どうしてそこまでするんだい?

 彼女は君にとっても特に親しい人じゃないのかい?」


 二人からの厳しい視線。

 それを真っ向から受け止めて少女は小さな唇を動かす。


「おかしな話じゃな。

 わしの方が歴史の流れからすればずうっと先に生まれ、しかし今とあってはあれの方が何倍も年上じゃ。

 けれども、この流れはわしの方が400年も前に歩んでおる」


 遠い昔の事を幻視する。

 影指す因習を打ち壊し、光差す道を作ろうと力を振るった過去を。

 そうして得た悔恨を。


「わしは気付いた。

 気付かせてもらえた。

 それでも取り戻せぬと知ったよ。

 ……けれども、あれは……花木蘭は気付く事さえせず光という名の猛毒をばら撒いて死ぬのじゃろう。

 それは果たしてわしよりも幸せなことなのかえ?」


 ハーフエルフであるフウザーはそれこそ人の一生分をゆうに生き、様々な人の顔、表情を見てきた。

 ────その彼でさえ、息に詰まる。

 賢人の空虚な瞳を常に保持した彼女を見慣れてしまったからかもしれない。

 あまりにも子供らしからぬ彼女を当たり前だと思っていたかもしれない。

 慟哭。

 声も無く表情も無く、ただ瞳が魂を食い散らさんとするほどの悲しみを孕んで泣く。

 遥か彼方、手を飛ばしても届かぬ過去。

 誰も知らない、誰も覚えていない過去への悔恨。

 それをたった一人で忘れる事もせず抱く少女はそれを隠すように瞼を伏せた。


「わしは木蘭を討つよ。

 あれが人に愛された英雄のまま死ねるように」

「不毛です。

 ティア、それは誰も救えない。

 貴女は木蘭に怨まれ、そして人々に怨まれるだけではありませんか!」

「じゃが、人が他人を、他国を怨む回数は減っていくじゃろう。

 わしはようやく願った世界を作れる」

「本当に……本当に貴女はそんな世界を望んだのですか?」


 永遠に怨まれるだけの存在となる。

 常に悪意を注がれ、正義の刃を向けられる存在になる。

 そんなおぞましい代償を背景にした平和な世界。


「望むとも。

 王は手にあまる人を殺せぬ。

 例え食料が無くとも民を切り捨てられず、それが侵略のきっかけとなる。

 王は知恵を手放せぬ。

 いつ隣国が敵に回るやもしれぬ故。

 例えそれが隣国で起きている病や飢餓を解決できると知っても手放す事が出来ぬ。

 王は他者を助けられぬ。

 そのために手薄になった国を脅かす者が居るかも知れぬから。

 王は手を取り合えぬ。

 国という記号と、地図の上に描かれた線に固執しなければならないから。

 ───なれば」


 そこまでを一息で紡ぎ、ティアロットは吐息を漏らすように継ぐ言葉を口にする。


「その全ては魔王の手により為されれば良い」


 おぞましい。

 何よりも先んじた想いに体の震えを知る。

 そしてこの少女は人を辞めたのだろうと思う。

 それはまさしくチェス盤の指し手だ。

 駒の死を気にしては勝利できず、駒の感情など考えもしない。

 ただ効率よくただ合理的に平穏と畏怖を維持し続けるという狂った意志がそこにある。

 その最適解に生かされた者は指し手の指先に気付かぬまま敵のキングを憎み、手を取り合うのだろう。

 すぐ脇にあったポーンが無造作に前へと放り出され消え去った事を悲劇だと信じて。


「ティア……貴女がその世界を作り出したとしても、私はその舞台で仮面を被り、踊る事などできません」

「じゃろうな」


 当然とばかりに少女は応じる。


「唯々諾々と従えと言うつもりは毛頭無い。

 より良い方法があるのならわしはそれに従おう」


 今度こそルーン女王は言葉を失った。

 より良い方法があるなら。

 その言葉を紡ぐ少女は、むしろその「方法」を渇望しているように見えたのだ。


「されどそれが示されぬのであれば、わしはわしの道を往こう」


 すくりと立ち上がり、少女は部屋を後にする。


「オリー」


 動けないまま一人の女王は問いかける。


「あの子を救う手段はないのですか?」

「救う、か。

 なるほどね」


 稀代の魔術師は自分の頭に無かった言葉に感心し、閉ざされた扉の向こうを見つめる。


「何から救うって言うんだい?」

「……孤独」


 それが全てだ。

 ティアロットの方法が数字の上で今よりも安定した世界を生み出す事は理解できる。

 けれどもそれを受け入れられない理由は『切り捨てる数字』を思ってしまうからだ。

 その数字に含まれる人のつながりを、思いを。


「ティアが残酷でも無慈悲でもないのはわかってる。

 でもあの子は……この世界をちゃんと見ていない……

 ……違うわ。

 あの子はこの世界に居ない」

「神の視点、かな」


 神という言葉に批難の色を瞳に浮かべつつ、しかし他の適当な言葉が見つからないために苦しげに表情を歪める。


「ティアちゃんは結局誰とも繋がらなかった。

 女神亭じゃ何時も離れた所で本を読んでたしね」

「姿に合わない知識の深さがそのまま溝となったのですね」

「あの子を最後まで賢者と見做さず、ただの女の子として接した人間は居なかった。

 もしあの子が誰かと心を通わせ、この時代に生きようとしたならこんな結論には至らなかったんだろうね」

「もう、遅いのでしょうか」


 フウザーはその答えを出せぬまま紅茶が冷めていくのをただ眺めた。


◇ ◇ ◇


「面白い状況ですね」


 ぽつり、彼女は呟きを漏らす。

 目を通してるのはアイリーンで巻き起こっている事件の報告書である。

 先ほどアイリーンにあるセムリナ大使館から送られてきたばかりである。


「他国の反応は?」

「静観ですね。

 しかしバールとルーン間で首脳会議を開催するという噂があります」


 外交官の一人が応じると彼女は壁に飾られている地図へ視線を向けた。


「バールはようやく国交が安定し、ルーンはアイリンの属国。

 ドイルはいつも通りの日和見。

 わかりやすいとは言え折角の機会に寂しいものですね」


 ガズリストが健在であれば間違いなく出兵の準備を命じていることだろうと少し懐かしく思う。

 その有事が逆にアイリンを1つに纏め上げてしまうと悟りながらも期を逃す事ができない男だった。

 ある意味バールの帝王として最もふさわしいのが彼だったのかもしれない。


「少々いたずらをしてみましょうか。

 アイリン王に書状を」

「……文面は?」

「セムリナは正統王家の支援要請がありし時には応ずる用意あり」


 外交官は目を見開いて苦笑する。


「マーツ王か、木蘭か……。

 どちらを相手にしたくないと聞かれれば間違いなく私は木蘭を選びます」


 その書面は直接王に届けられる事はない。

 必ず外交官を通じ、様々な者の目に触れてから王へと届くのだ。


「それからバール、ドイルとの通商条約も見直しましょうか。

 ドイルから小麦を大量に仕入れられるようにね。

 なにしろここ最近ドイルはアイリンに買い叩かれているようですし」

「これからアイリンで値上がりするから、ですね」


 通商担当官の言葉に満足そうに頷く。

 国内情勢が不穏になれば食料品の値段が上がるのは当然の事だ。


「代わりにバールからは武具を多めに仕入れて。

 平和志向に切り替えた事でその辺りが暴落していますからね。

 そして、それらの納入先を」


 それ以上は口を閉ざす。

 だが誰もが頷き頭を下げて部屋を後にする。


「さて、どうしますか?」


 目の前に居ない誰かに問いかけるように。

 SSSの名を冠する1人の女傑が唇を笑みの形に動かした。

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