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こけしの囁きの記憶

### **こけしの囁き**


 


古びた木造の家。その家の奥にある小さな物置には、埃をかぶった箱が幾つも積まれていた。その中の一つに、彼女がそれを見つけたのは偶然だった。


 


高校生の直美は、亡くなった祖母の家の片付けを手伝うため、母とともにその家を訪れた。祖母が住んでいたこの家は古く、長い間人が住んでいないせいか、湿った匂いが鼻を突いた。


 


「こっちは見なくていいわよ。汚いから。」


母のそんな言葉に逆らい、直美は物置の扉を開けた。そこにあったのは、いくつものこけしだった。大小さまざまな形のものが並べられている中で、直美の目を引いたのは、一体の特に古びたこけしだった。


 


顔には薄く描かれた表情があり、どこか寂しげな微笑みを浮かべている。そのこけしを手に取った瞬間、何かが冷たい風のように背中を撫でた。


 


「なんだろう、この感覚……。」


直美は胸のざわつきを感じつつも、そのこけしを持ち帰ることに決めた。何となく捨てるには忍びなかったのだ。


 


---


 


その夜。直美の部屋には妙な空気が漂っていた。こけしを机の上に置いたまま、直美は勉強をしていたが、視線を感じてふと顔を上げた。


 


誰もいない。だが、部屋の隅に置かれたこけしの瞳が、どこか彼女を見つめているように感じた。


 


「気のせいだよね。」


自分にそう言い聞かせ、再びノートに向かおうとしたその時。


 


「……ナオミ……」


 


声がした。


 


直美は凍りついた。部屋の中には彼女しかいないはずだ。だが、声は確かに聞こえた。それも、こけしの方向から。


 


恐る恐る振り返ると、こけしの表情が微妙に変わっていることに気づいた。微笑みがさらに深まり、瞳の中に何か光るものがあるようだった。


 


「なに、これ……。」


直美は恐怖に震えながら、こけしを手に取り窓の外に投げ捨てようとした。しかし、腕が動かない。まるで何かに阻まれているようだった。


 


「捨てないで……。」


 


再び声が聞こえた。はっきりと耳元で囁かれたかのように。


 


直美は悲鳴を上げたい衝動を抑えられず、こけしを握りしめたまま部屋を飛び出した。家族に助けを求めようとしたが、家の中はなぜか静まり返っている。


 


---


 


気づくと、直美は祖母の家の物置に立っていた。どうやってそこに来たのか覚えていない。ただ、こけしを握りしめている自分に気づいた瞬間、冷や汗が背中を流れた。


 


「ここで……何をしているの?」


 


振り返ると、祖母が立っていた。生きているはずのない祖母が。


 


「そのこけしは……返さなければいけないのよ。」


祖母の目は憂いを帯び、どこか遠くを見ているようだった。


 


「返すって……どこに?」


直美が問いかけると、祖母は微笑み、こけしを指差した。


 


「この家にはね、ずっと昔からこけしがいたの。そのこけしは、この家を守るためのものだった。でも、あの時……私が手放してしまったから……。」


 


祖母の話は意味不明だった。しかし、直美の胸には、こけしがただの物ではないという確信が湧いてきた。


 


---


 


その後、直美は祖母の指示に従い、こけしを物置の奥深くに戻した。すると、冷たい風が家中を吹き抜けたかと思うと、不気味な静寂が訪れた。


 


翌朝、直美が目を覚ますと、すべては元通りだった。こけしも物置に戻されたままだったが、その表情はどこか穏やかになっていた。


 


直美はもう二度と、そのこけしを触れないと誓った。


 


---


 


こけしは今もその家の物置に眠っている。守るべき家と、その秘密を抱えたまま。


 


---


 


数日後、直美はこけしを物置に戻したことで何かが終わったと感じていた。だが、奇妙な出来事は終わらなかった。


 


---


 


学校から帰宅したある夕方、直美は再び背筋を凍らせることになる。自分の部屋に入ると、そこに戻したはずのこけしが、机の上に置かれていたのだ。


 


「なんでここに……?」


直美は震える手でこけしを手に取った。物置に戻したのは確かだ。誰かが勝手に持ち出したのか?だが、家族に聞いても誰も知らないという。


 


「返したのに……どうして?」


その夜、直美はこけしを見ないように布で包み、タンスの奥深くにしまった。これで終わりだと思いたかった。


 


---


 


しかし、夜中に目を覚ますと、奇妙なことが起きていた。どこからともなく、子供の笑い声が聞こえてくるのだ。


 


「……誰?」


 


声のする方向を探すと、タンスの中から微かな音がした。ぎしっ、ぎしっ、と木が擦れるような音だ。


 


「うそでしょ……。」


直美は布団を握りしめ、何とか朝を迎えることを願った。


 


---


 


翌朝、直美は決心した。このままでは自分がおかしくなってしまう。学校が終わった後、こけしを持って祖母の家を再び訪れた。


 


物置の扉を開け、こけしを元の場所に戻そうとしたが、どこに置けばいいのかわからない。その時、ふと物置の奥にもう一つ扉があることに気づいた。古い板で塞がれているが、何とか開けられそうだ。


 


---


 


扉をこじ開けると、そこには地下へと続く階段が現れた。


 


「こんな場所……知らなかった。」


恐る恐る階段を降りると、薄暗い空間に一体の大きな祭壇が現れた。祭壇の中央には、無数のこけしが並べられている。


 


その中で、直美が持ってきたこけしと同じデザインのものが一体だけ中央に置かれていた。祭壇に戻してほしいと言わんばかりに、そのこけしは直美の手の中で異様な温かさを帯びていた。


 


---


 


直美がそれを祭壇に置いた瞬間、周囲の空気が急に変わった。静寂が訪れ、耳鳴りのような音が消えた。だが、その時だった。


 


「ありがとう……ナオミ……。」


 


低く響く声が祭壇から聞こえた。その声に驚き振り返ると、こけしたちは一斉に微笑み、目を光らせた。そして、直美の視界は真っ暗になった。


 


---


 


直美が目を覚ましたのは翌日の朝。祖母の家の玄関で横たわっていた。周囲にはこけしもなく、地下の祭壇も存在しなかったかのように跡形もない。


 


---


 


直美はそれ以来、こけしの夢を毎晩見るようになった。その夢では、無数のこけしが直美を囲み、守るように見つめている。


 


夢の中で直美は感じる――あのこけしは、ただ恐ろしい存在ではなかった。何かを守り、伝えたかったのだと。


 


しかし、彼女の心の中に残った疑問は消えなかった。


「本当にこれで終わったの……?」


 


その答えを知ることは、二度とこけしに触れた時に訪れるだろう。


 


---


### **こけしの囁き (さらに続き)**


 


---


 


直美は夢の中でこけしたちの視線を感じながら、次第にその夢が現実と混ざり合っていくような感覚に陥っていった。目覚めるたびに冷や汗をかき、胸に強い圧迫感を感じる日々が続いた。


 


ある晩、ついに直美は決意した。自分がこの家とこけしの因縁を終わらせなければならない。誰にも相談せず、もう一度祖母の家を訪れることにした。


 


---


 


祖母の家は静まり返っていた。月明かりに照らされたその家は、どこか生き物のように息づいているように感じた。直美は懐中電灯を片手に物置へと向かった。


 


物置の扉を開けると、あの地下へと続く隠し扉は再び現れていた。前回は消えていたはずの扉が、何事もなかったかのようにそこにある。それが現実であることを確かめるために、自分の腕をつねった。痛い。夢ではない。


 


「行くしかない……。」


 


直美は深呼吸をして扉を開けた。地下の階段を降りると、前回と同じように祭壇が姿を現した。ただ、今回は祭壇の上に奇妙なものが置かれていた。古びた木の板に掘られた文字――それはまるで彼女に語りかけるような文様だった。


 


---


 


**「ナオミ オマエモ ワタシタチニ」**


 


「私も……?」


直美は思わず呟いた。視線を上げると、周囲のこけしが微妙に動いているように見えた。さっきまで静止していたはずのこけしたちが、少しずつ直美の方を向いている。


 


足元から冷たい風が吹き上がり、空間全体が歪むような感覚に包まれた。こけしたちが奏でるような木の擦れる音が鳴り響き、まるで直美を祭壇に導こうとしているかのようだった。


 


---


 


「どうすればいいの……。」


直美の問いかけに応えるように、こけしの一つが倒れ、祭壇の中央に向かって転がっていった。その動きに導かれるように、直美は一歩、また一歩と進んだ。気づけば、自分の手の中にはいつの間にか一体のこけしが握られていた。それは、最初に見つけたこけしだった。


 


「おばあちゃん……これ、どういうことなの……。」


涙を浮かべながらこけしを見つめると、ふいにその表面にひびが入り始めた。ひびは細かな網目模様となり、やがてパキンと音を立てて割れた。


 


中から現れたのは――小さな人形。木彫りの小さな赤ん坊のような形をしていた。


 


その瞬間、祖母の声が聞こえた。


 


---


 


「ナオミ、この家はお前に託されたのよ。」


 


直美は辺りを見回したが、祖母の姿はどこにもない。声だけが静かに響いている。


 


「この家を守るため、こけしたちは犠牲を払ったの。でも、お前なら……。」


 


「私なら?何をすればいいの?」


声は答えなかった。ただ、直美の手の中にある小さな人形が微かに温かくなり、その表面に文字が浮かび上がった。


 


---


 


**「ウケツギシモノ」**


 


「受け継ぐ……?」


その言葉が意味するものが何なのか、直美にはわからなかった。しかし、ふと目の前の祭壇に浮かび上がる光の輪を見た瞬間、彼女の意識は暗闇へと吸い込まれていった。


 


---


 


数日後、直美の母が祖母の家を訪れたが、直美の姿はどこにもなかった。ただ、物置の中にあるこけしたちが新たに一体増えていることに気づいた。


 


そのこけしの顔――それは直美にそっくりだった。


 


---


### **こけしの囁き (さらに続き)**


 


---


 


**直美の帰還**


 


直美の母・恵美は娘が祖母の家に向かうことを知っていたが、連絡が取れなくなったことで不安が募り始めた。娘を探しに向かったものの、物置で見つけたのは一体の新しいこけしだけ。どうしても胸騒ぎが収まらず、そのこけしを持ち帰った。


 


家に戻った恵美は、こけしをじっと見つめた。確かに娘の面影を感じる表情に、嫌な予感が押し寄せてきた。直美の身に何が起きたのか。なぜ突然消えたのか――答えを求め、恵美は再び祖母の家へ向かう決意をする。


 


---


 


**祖母の記録**


 


祖母の家の物置で手がかりを探していると、恵美は古い日記帳を見つけた。祖母が生前に記していたもので、ページをめくると、家にまつわる不気味な記録が綴られていた。


 


---


 


「この家は代々“守り手”を必要としている。守り手は家族の中から選ばれるが、その代償は大きい。守り手となった者は、こけしに宿り、この地を守り続ける宿命を負う。」


 


「一度その役目を果たした後も、次の守り手が選ばれるまで、こけしは新たな者を呼び寄せる。」


 


「直美が選ばれることになるとは……。あの子を救う方法はもうないのだろうか。」


 


---


 


恵美は日記の内容に震え上がった。直美が「守り手」として選ばれたというのだろうか。彼女が感じた嫌な予感は現実のものとなっていた。


 


---


 


**こけしとの対峙**


 


その夜、恵美は娘を取り戻すために行動を起こすことを決意した。こけしを手に、再び祖母の家の物置に向かった。暗闇の中、懐中電灯の光がこけしの表面を照らすと、不意にその瞳が光り始めた。


 


「直美……そこにいるの?」


 


恵美が問いかけると、こけしはかすかに揺れ始めた。そして低い声が響いた――それは直美の声だった。


 


「お母さん、来ないで……。」


 


「直美!あなたを助けに来たのよ!」


 


「だめ……私が選ばれたの……お母さんも巻き込まれる……。」


 


直美の声は途切れ途切れに聞こえたが、確かに彼女の意識がそこにあることがわかった。恵美は恐怖に耐えながらも、娘を解放する方法を探ろうと決めた。


 


---


 


**守り手の解放**


 


日記の最後のページには、守り手を解放する唯一の方法が書かれていた。それは「こけしを祭壇に戻し、家の全てを閉じること」。しかし、それは同時に、家族がその家との縁を完全に断つことを意味していた。


 


恵美は迷った。この家は長い歴史を持ち、祖母や直美の存在そのものと深く結びついている。しかし、娘を取り戻すためには手段を選んでいる場合ではない。


 


「直美、今助けるからね。」


 


祭壇に向かい、こけしを中央に置くと、周囲の空気が一変した。こけしは一斉に揺れ始め、木の擦れる音が響き渡る。その中で直美の声が再び聞こえた。


 


「お母さん……ありがとう……。」


 


直美の声が消えた瞬間、すべてのこけしが崩れ落ち、静寂が訪れた。恵美はその場に膝をつき、涙を流した。


 


---


 


**終わりと始まり**


 


それから数年後、直美は家族のもとに戻ることはなかった。しかし、祖母の家を訪れた人々の間で、奇妙な噂が囁かれている。


 


「物置の奥に、ひとつだけ残ったこけしがある。そのこけしは、誰かをじっと見つめているようだ。」


 


恵美はその後も時折、直美の声を夢で聞くことがある。


 


「お母さん、大丈夫だよ。私はここで家族を守っているから。」


 


直美が守り手として生き続けているという実感に、恵美は小さく頷くのだった。


 


 


---


 


**直美の気配**


 


時間が経つにつれて、恵美は直美の声を夢で聞く頻度が増していった。それはただの夢というにはあまりにも生々しく、まるで直美が傍にいるかのようだった。


 


ある晩、夢の中で直美がこう囁いた。


 


「お母さん、この家にはまだ秘密がある。私を守るために、最後までそれを見つけて……。」


 


目を覚ました恵美は、心に決意を固めた。直美が何かを訴えようとしている。彼女を守りたい一心で、再び祖母の家を訪れることにした。


 


---


 


**隠された真実**


 


物置の奥に再び足を踏み入れた恵美は、地下の祭壇の場所へ向かった。しかし、驚いたことに、祭壇は崩れ落ち、地下室全体が瓦礫に覆われていた。


 


「これでは手がかりを探せない……。」


 


恵美が諦めかけたその時、壁際に何かが光った。近づいてみると、そこには古びた鍵がかけられた木箱があった。鍵は錆びていて使えそうになかったが、力を込めて箱を開けると、中から一冊の古文書が現れた。


 


---


 


古文書にはこう書かれていた。


 


「こけしはただの守り手ではない。それは、人々の想いや怨念が込められた器だ。この家を守るために犠牲となった魂が、こけしとして存在している。その力が均衡を保つ限り、家は安泰である。しかし、その均衡が崩れるとき、守り手は新たな力を求めるだろう。」


 


さらに読み進めると、直美の名前が記されている一節があった。


 


「選ばれし者、直美。この家の秘密を完全に解き明かしたとき、新たな守り手の苦しみは終わる。」


 


恵美は息を飲んだ。直美がただ守り手となったのではなく、まだ解かれていない秘密があるのだ。そして、その秘密を解明することで、直美を救える可能性が残されている。


 


---


 


**導きの光**


 


その夜、恵美は家で古文書をじっくりと読み解いた。内容は複雑で、解読には時間がかかったが、一つの記述が鍵となることに気づいた。


 


「地下祭壇のさらに奥に、もう一つの空間がある。その空間こそ、守り手の魂を鎮める場所。」


 


翌日、恵美は再び祖母の家に向かい、地下祭壇を再び調べ始めた。崩れた瓦礫を掘り起こすと、確かに小さな扉が隠されていた。その扉の先には、狭い通路が続いている。


 


通路を進むと、そこには新たな空間が広がっていた。壁一面に描かれた文様と、中央に置かれた巨大なこけし。そのこけしは他のものとは明らかに違い、全体が漆黒に染まっていた。


 


---


 


**直美との再会**


 


その空間に足を踏み入れた瞬間、恵美の耳に直美の声が響いた。


 


「お母さん……ここまで来てくれてありがとう。でも、近づかないで……!」


 


声が消えた瞬間、漆黒のこけしがゆっくりと動き出し、まるで生き物のように恵美を見つめた。


 


「あなたがこの家のすべてを知る覚悟があるのなら、直美を解放することができる。しかし、それには代償が必要だ。」


 


漆黒のこけしから発せられた声は低く、どこか人間離れしていた。


 


「代償……?それは何なの?」


恵美が問いかけると、こけしは静かに答えた。


 


「あなたがここに残ること。この家の新たな守り手として。」


 


---


 


**母の選択**


 


恵美は静かに目を閉じ、深く息を吸った。直美を救うためには自分が犠牲になる――その選択に迷いはなかった。


 


「わかりました。私が守り手になります。」


 


その言葉と同時に、漆黒のこけしがゆっくりと砕け散り、眩い光が空間を包み込んだ。その中で、直美の姿がはっきりと現れた。


 


「お母さん!だめだよ、そんなことしちゃ!」


 


直美が泣きながら叫ぶ中、恵美は優しく微笑んだ。


 


「大丈夫。お母さんは、あなたが幸せになれるならそれでいいの。」


 


---


 


 


その後、直美は元の生活に戻ったが、祖母の家の物置には二度と近づくことはなかった。母が選んだ道は、決して彼女の記憶から消えることはない。


 


しかし、夜が更けると、風に乗って聞こえる声があった。


 


「直美、私はここであなたを見守っているから……。」


 


直美はその声を聞くたび、母への感謝と愛を胸に抱き続けた。


 


 


 


---


 


**時間の歪み**


 


恵美が祖母の家の守り手となってから数年が過ぎた。直美は母を救えなかった後悔を抱えつつ、大学進学を機に祖母の家から離れることを決めた。しかし、不思議なことに、どれだけ遠く離れても、時折聞こえる母の声や、夢の中で現れるこけしの姿が彼女を追い続けた。


 


ある晩、直美は大学の寮で奇妙な夢を見た。夢の中で、祖母の家が燃えていた。火の中、母の声が聞こえる。


 


「直美、家を守るのよ。時間がない……!」


 


直美が火の中へ走り出そうとした瞬間、目が覚めた。全身汗だくだったが、その夢はただの幻想ではないと確信した。急いで祖母の家へ戻ると、そこには信じがたい光景が広がっていた。


 


---


 


**過去との遭遇**


 


祖母の家は燃えてはいなかった。しかし、家全体が異様な雰囲気に包まれている。外観は変わらないが、家の中に足を踏み入れると時間が歪んでいるような感覚に襲われた。


 


「お母さん……?」


 


直美が呼びかけると、薄暗い廊下の奥から母の声が応えた。


 


「直美……来てしまったのね。でも、もう引き返せないわ。」


 


声を辿っていくと、物置の扉が半開きになっていた。中に入ると、そこには母が立っていた――ただし、以前とは少し違う。母の姿は薄い霧に包まれており、どこか実体がないようだった。


 


「お母さん……助けに来たの。」


 


直美がそう言うと、恵美は悲しげに首を振った。


 


「私はもう戻れない。でも、あなたがここに来たのは運命よ。この家の本当の秘密を明らかにする時が来た。」


 


---


 


**守り手の秘密**


 


恵美は直美を再び地下の祭壇へ案内した。しかし、以前と違い、祭壇は完全に崩壊しており、代わりにその奥に新たな空間が広がっていた。壁には奇怪な模様が浮かび上がり、中央には新たな漆黒のこけしが鎮座している。


 


「この家の本当の秘密は、守り手が犠牲になることではないの。」


 


恵美の声は静かだったが、そこには強い決意があった。


 


「この家を縛りつけている呪いを解くには、こけしに込められた魂を完全に解放しなければならない。そのためには、最後の守り手であるあなたの力が必要なの。」


 


「私の力……?」


 


恵美は微笑んだ。


 


「ええ、あなたにはこの家と繋がる特別な力がある。だからこそ、選ばれたのよ。」


 


直美はその言葉を受け止めると、漆黒のこけしに近づいた。すると、こけしが突然光を放ち、直美の意識が引き込まれるように暗転した。


 


---


 


**こけしの中の世界**


 


直美が目を覚ました場所は、まるで異世界のようだった。広がる真っ白な空間の中に、無数のこけしが宙に浮かび、静かに揺れていた。その中央には、幼い頃の直美と恵美が笑顔で過ごしている記憶のような光景が浮かんでいる。


 


「これは……私たちの記憶?」


 


すると、一体のこけしが声を発した。


 


「そうだ。この家はお前たちのような家族の愛と悲しみを糧にして存在している。」


 


その声は冷たく、どこか機械的だった。


 


「しかし、その絆が強ければ強いほど、この家は新たな守り手を必要とする。」


 


直美は叫んだ。


 


「そんなの間違ってる!家族を犠牲にしてまで守る意味なんてない!」


 


---


 


**終焉の選択**


 


直美はこけしたちを見渡しながら、涙を流した。


 


「お母さんを、私を、この家に縛りつけないで!」


 


すると、空間全体が揺れ、こけしたちが一斉に砕け始めた。漆黒のこけしが最後の力を振り絞るように語りかけてきた。


 


「お前はすべてを壊す覚悟があるのか?その代償は……家の消滅だ。」


 


直美は迷わず頷いた。


 


「構わない!お母さんを自由にするなら、それでいい!」


 


その瞬間、空間は激しく砕け散り、全てが消え去った。直美の意識が戻ると、目の前には再び母が立っていた。


 


---


 


**新たな未来**


 


「直美……ありがとう。」


 


恵美は優しく微笑み、娘を抱きしめた。その温もりは確かに実体のあるものだった。守り手の呪いは解かれ、祖母の家は静かに崩壊していった。


 


その後、直美と恵美は新たな場所で平穏な生活を始めた。祖母の家の跡地には何も残らず、ただ風が吹き抜ける草原が広がっている。


 


直美は時折、母と二人でその場所を訪れる。そしてそっと祈るのだ。


 


「もう誰もこの家に囚われることがありませんように。」


 


風が吹くたび、どこかで小さな木が擦れる音が聞こえた気がした――まるで、自由になった魂たちが微笑んでいるかのように。


 


 


---


 


**平穏の中の違和感**


 


直美と恵美が新たな生活を始めてから数ヶ月が経った。二人は平穏を取り戻し、これまでの出来事は夢だったかのように日常が過ぎていった。しかし、直美の心の奥底には、あの日のことがくっきりと残っていた。


 


特に、あの最後の瞬間に聞こえた風の音。それは決して自然の音ではなく、こけしたちが彼女に何かを伝えようとしているようだった。


 


ある夜、直美はその風の音に導かれるように夢の中で祖母の家の跡地を訪れた。草原には何もないはずなのに、夢の中では一体の小さなこけしがぽつんと置かれていた。


 


「また戻ってきたのね……。」


 


直美はその言葉に驚き振り返った。そこには祖母の姿があった。


 


---


 


**祖母の真実**


 


「おばあちゃん……?」


 


祖母は静かに頷き、優しい目で直美を見つめた。


 


「直美、あなたはよくやったわ。でもね、この土地にはまだ一つだけ、解き明かされていない秘密があるの。」


 


「秘密……?」


 


祖母はゆっくりと草原を指差した。その指先には、かすかに光る模様が地面に浮かび上がっていた。まるで巨大な紋様のように広がるその光景に、直美は言葉を失った。


 


「この土地はね、昔から人々の感情を吸い上げる特別な場所だったの。だからこそ、こけしが守り手として存在していたのよ。でも、その力を完全に消すことはできない。それを封じるためには、最後の役割を果たさなければならないの。」


 


「最後の役割……?」


 


祖母は悲しそうに微笑んだ。


 


「それは、この土地そのものを沈めること。人が二度と足を踏み入れられないようにするの。」


 


---


 


**土地を沈める儀式**


 


目を覚ました直美は、その夢がただの幻想ではないと直感した。母に話すべきか迷ったが、あの草原に何かが残っているなら、彼女自身で確かめなければならないと感じた。


 


翌日、直美は祖母の家の跡地へ向かった。そこには夢で見た通りの模様がかすかに浮かび上がっていた。手をかざすと、地面から冷たい風が吹き上がり、彼女の耳元で再び風の音が囁いた。


 


「ナオミ……最後の一歩を……。」


 


それは、どこか懐かしいこけしたちの声だった。


 


地面に浮かぶ模様の中央に立つと、直美の足元がわずかに震えた。そして、彼女の目の前に一冊の古びた本が現れた。それは、守り手の儀式を記したものであり、その中には土地を沈める方法が記されていた。


 


---


 


**恵美との協力**


 


直美は本を手に持ちながら家へ帰り、恵美にすべてを打ち明けた。母は驚きながらも、直美の話を信じてくれた。


 


「これが本当に最後なら、一緒にやりましょう。二人でこの土地を見届けるの。」


 


母娘は翌日、再び草原を訪れ、儀式の準備を始めた。本に記されたとおり、草原の中央に小さな円を描き、その中にろうそくを立てた。そして、漆黒のこけしの破片を集め、祭壇の代わりに置いた。


 


---


 


**儀式の開始**


 


二人が呪文を唱えると、草原全体が揺れ始めた。地面がひび割れ、模様が光を放ちながら沈んでいく。風が激しく吹き荒れる中、直美はこけしの破片を手に取り、最後の言葉を告げた。


 


「これで終わりにする……!もう誰も犠牲にしない!」


 


その瞬間、草原全体が静寂に包まれ、地面が完全に崩れ落ちた。直美と恵美は光に包まれ、気を失った。


 


---


 


**すべての終わり**


 


目を覚ますと、草原は消え、そこにはただの静かな森が広がっていた。土地の力は完全に封じられ、二人はその場所から何の異変も感じなくなっていた。


 


直美は母と手を取り合いながら、静かに呟いた。


 


「これで、本当に終わったのかな……。」


 


恵美は微笑んで答えた。


 


「きっとそうよ。この土地はもう、私たちを苦しめない。」


 


---


 


**こけしの囁きの記憶**


 


その後、直美と恵美は平穏な生活を続けたが、時折ふとした瞬間に、こけしたちの優しい囁きが聞こえる気がした。


 


それは、感謝の言葉だったのかもしれない。

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