眠りの囁き
近づいてくるのを感じるの。顔もない影が私を見つめてるのよ」
志保の話を聞いた美咲は、眉間にしわを寄せて真剣な表情を浮かべた。
「志保、それは夢じゃないわ。もしかしたら、“眠りの精”があなたに取り憑いているのかもしれない」
「眠りの精?」
美咲は頷いた。
「人間の眠りを操る霊的な存在よ。疲れ切った人間の魂を引き寄せ、夢の中で徐々に取り込んでいくの」
美咲の言葉に、志保の体が震えた。そんな話を聞くのは初めてだったが、妙に納得がいく気がした。あの夢は、彼女の精神を蝕んでいるような感覚が確かにあったからだ。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「簡単ではないけど、眠りの精が取り憑いたなら、きっと夢の中でそれに立ち向かうしかない」
その夜、志保は再び夢の中で同じ部屋に立っていた。いつものように暗く、閉塞感が漂う空間だが、今回は意を決して扉の方に向かって歩き始めた。恐怖に震える心を抑えながら、志保は扉を強く押し開けた。
扉の向こうは暗闇だったが、奥から声が聞こえた。
「お前は逃げられない……」
その声はまるで彼女の内面をえぐるような囁きで、脳裏に直接響くようだった。
「私はここから出る!」
志保は叫び、暗闇の中に踏み込んだ。すると、黒い影がすぐに現れ、彼女に手を伸ばした。影の手は冷たく、触れられただけで体が凍りつくようだった。しかし、志保は必死に抵抗し、影を振り払おうとした。
その瞬間、彼女は目を覚ました。いつものベッドの上で、息を荒げながら志保は自分が無事であることを確認した。しかし、安堵したのも束の間、腕には影の手形のような痣が残っていた。
彼女はその痣を見つめ、背筋が凍る思いをした。影は、夢だけの存在ではなかったのだ。