封印の吹き流し
**風吹流し**
村のはずれに立つ神社の境内には、奇妙な吹き流しが飾られていた。
鮮やかな赤と黒の縞模様で描かれたそれは、風が吹くたびにまるで生き物のようにのたうち回る。その不気味さから、「鬼の吹き流し」と呼ばれ、村人たちは近づこうとはしなかった。
**祭りの夜**
毎年春になると神社では「風祭り」が開かれる。村人たちは厄を祓うため、吹き流しを掲げる儀式を行うのだが、若者たちはこの祭りを嫌がっていた。
特に、今年選ばれた風太は、不気味な儀式に加わるのをひどく恐れていた。
「なんで俺がこんな役目なんだよ!」
風太は友人の陽子に愚痴をこぼした。陽子は肩をすくめ、神社の方をじっと見た。
「噂じゃ、あの吹き流しには何か封じられてるんだって。たぶん、昔の鬼とか…」
風太は冗談だと思いたかったが、陽子の震える声が妙に現実味を帯びていた。
**儀式の夜**
祭りの当日、風太は吹き流しを掲げる役を引き受けざるを得なかった。風が強く吹きつける中、境内の中心に吹き流しを設置する。
風太が吹き流しの近くに立つと、突然それが静止した。そして、異様な低い音が風太の耳元で響いた。
「…助けて…」
風太は飛びのくが、周囲には誰もいない。吹き流しが揺れるたびに音が聞こえてくる。
「…ここから出してくれ…」
彼は恐る恐る手を伸ばし、吹き流しを掴んだ。その瞬間、強烈な風が吹き荒れ、吹き流しが彼の腕に絡みつく。風太は叫び声をあげて地面に倒れ込んだ。
**消えた風太**
翌朝、村人たちは境内に吹き流しが新しい姿で立っているのを発見した。赤と黒の模様がどこか人の顔のように見える。
しかし、風太の姿はどこにも見当たらなかった。陽子は震えながら吹き流しを見つめた。風が吹くたびに、彼女にはその吹き流しが何かを叫んでいるように思えた。
「…ここから出してくれ…」
陽子は耳をふさいだが、声は止むことはなかった。
**陽子の決意**
風太が姿を消してから、陽子は毎晩吹き流しの声に悩まされていた。
「ここから出してくれ…」
その声は、まるで風太が訴えかけているようだった。だが、村の誰も彼女の話を信じようとしない。むしろ、彼の失踪が「吹き流しの神罰」だと恐れ、ますます神社に近寄らなくなった。
「このままじゃいけない…」
陽子は意を決し、神社に一人で向かうことにした。彼女は子供の頃、祖母から聞かされた話を思い出していた。
「風吹流しには鬼が封じられている。でも、本当の恐ろしさは、その鬼に『人の心』を与えてしまったときだよ」
風太を取り戻すためには、吹き流しの謎を解き明かすしかないと感じたのだ。
**禁じられた御札**
陽子は夜中に神社へ忍び込み、社務所に残された古い記録を探した。埃をかぶった巻物を開くと、「封印の儀」と題された一文が目に入った。
そこには、かつてこの地を荒らした鬼を封じるために、村人たちが人柱を捧げたことが記されていた。そして、その魂を吹き流しに宿らせることで、鬼を閉じ込め続けているという。
「風太が…人柱になったの?」
陽子は震える手で巻物を閉じると、封印を解除する方法を探した。それには、吹き流しの根元に隠された「禁じられた御札」を剥がす必要があるという。しかし、それを行うと封印が解かれ、鬼が再び解き放たれる危険があると警告されていた。
「それでも、風太を助けたい」
陽子は吹き流しの下に膝をつき、根元を掘り返した。古びた御札が出てきた瞬間、境内が突然冷たい風に包まれた。
**鬼の復活**
御札を剥がした途端、吹き流しは暴れるように揺れ始めた。その中から、巨大な赤黒い影が立ち上がる。鬼の姿だった。
「百年ぶりの解放だ…!」
鬼の低い声が響くと同時に、陽子は地面に倒れ込んだ。しかし、その影の中から風太の姿が現れた。彼は虚ろな目で陽子を見下ろす。
「…助けてくれたのか?」
「風太!」
陽子が駆け寄ろうとしたその瞬間、鬼の声が彼女を遮った。
「この男の魂はもう私の一部だ。返してほしいなら代わりの魂を捧げろ」
陽子は立ちすくんだ。鬼の赤い瞳が彼女をじっと見据える。逃げることは許されない。
**最後の選択**
陽子は震えながらも覚悟を決めた。彼女は鬼に向き直り、大声で叫んだ。
「私の魂を捧げる!だから風太を返して!」
鬼は不気味な笑い声をあげると、彼女の体を貫くように闇を伸ばした。陽子の意識が薄れゆく中、風太の声が聞こえた。
「だめだ…陽子!」
その瞬間、風太は残りの力を振り絞り、鬼に抗い始めた。鬼の体がひび割れ、吹き流しが崩れ落ちていく。
「お前たち…ただでは済まさんぞ…!」
鬼の叫びとともに、影は完全に消滅した。
**平穏な朝**
気がつくと、陽子は神社の境内に倒れていた。吹き流しは跡形もなく消え、風太が彼女の隣に横たわっていた。
「風太!」
陽子が抱き起こすと、彼は微笑んだ。
「ありがとう…助かったみたいだ」
その日以来、風吹流しは村の神社から姿を消し、二人の話を信じる者はいなかった。しかし、陽子と風太にとって、あの夜の出来事は消えない記憶として刻まれた。




