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帽子の囁き

**プロローグ**

村の外れにある古びた帽子店「ラ・シャポー」は、何十年もの間閉じたままだった。灰色の外壁に絡まる蔦と、汚れた窓ガラスは、そこが長らく人の手から離れていることを物語っていた。しかし、村人たちは決して近づこうとしなかった。子供たちは店の前を通るたびに走って逃げ、年配者たちは忌々しい目でその場所を見つめた。


「呪われた帽子店」。それが村人たちの間で囁かれる呼び名だった。


この帽子店には、いわくつきの逸話がある。かつて、この店を営んでいた帽子職人エルモンドは、村でも評判の高い職人だった。彼の作る帽子は、美しさと機能性を兼ね備え、どれも一つひとつ丁寧に仕立てられていた。しかし、エルモンドはある日突然、家族も店も放り出し、村を去った。それ以来、彼の行方を知る者はいない。


店は閉ざされ、時折、薄暗い夜に窓の奥で「何か」が動くという噂だけが残った。そして最も恐ろしいのは、エルモンドが最後に作ったと言われる帽子――黒い絹糸で縫われた、不気味なまでに美しい帽子だった。その帽子を手にした者は、必ず数日のうちに命を落とすと噂されていた。


**第一章:再開**

20年後のある秋の日、村の静寂を破るように、再び「ラ・シャポー」の扉が開いた。新しい所有者は、街から引っ越してきた若い女性、リサだった。


「こんなに素敵な店が放置されているなんて、もったいないわ。」


リサは帽子が好きだった。彼女が村に越してきたのも、夢だった帽子店を開くためだった。しかし、村人たちは新しい住人を歓迎するどころか、彼女に警告した。


「やめたほうがいい。あの店には悪い霊が宿っているんだ。」


けれどリサは迷信だと笑い飛ばし、店を改装し始めた。埃を払い、棚を磨き、古びた帽子の数々を片付けるうちに、彼女は店の奥に一つの大きな箱を見つけた。


その箱には、封を閉じるように赤い紐が巻かれ、表には一言、「触れるな」と書かれていた。しかし、好奇心に勝てなかったリサは、そっと箱を開けてしまった。


中にあったのは、一つの黒い帽子だった。


**第二章:囁き**


リサは黒い帽子を手に取り、驚くほどの美しさに目を奪われた。それはどこか不気味な魅力を持っていた。黒絹で覆われたその表面は光を吸い込むように暗く、触れるとまるで生き物の肌のような柔らかさを感じた。


「これ、すごいわ…一体誰が作ったの?」


彼女は思わず頭にかぶってみた。鏡の中の自分の姿が、まるで違う人のように見えた。帽子が醸し出す威厳と高貴さが、リサの心に小さな自信と陶酔を生んだ。しかし、鏡を見つめる彼女の耳に、不意に低い声が届いた。


「見つけた…」


彼女は驚いて後ろを振り返ったが、店の中には誰もいない。ただ、風が吹き抜ける音だけが耳に残った。


その晩、リサは奇妙な夢を見た。暗闇の中、彼女は広い草原に立っていた。どこからともなく低い声が囁いていた。


「返せ…私のものを…」


声の主は見えなかったが、背筋に冷たいものが走るのを感じた。目が覚めたとき、額には冷や汗が滲んでいた。


**第三章:異変**


翌日、リサは帽子を店の目立つ場所に飾ることにした。村の人々が店に来てくれるなら、この不気味だけれども美しい帽子は目玉商品になると考えたからだ。しかし、その日から奇妙な出来事が立て続けに起こり始めた。


最初に異変に気づいたのは、隣人の老婦人だった。彼女はリサの店の前を通りかかり、窓越しに黒い帽子を目にした瞬間、悲鳴を上げて逃げ出した。


「見た…見たんだよ!あの帽子が私を睨んでいた!」


彼女の話を聞いた村人たちは、次第にリサの店を避けるようになった。やがて、リサ自身も奇妙な現象に悩まされ始めた。夜中になると、帽子の置かれた場所から何かが動くような音が聞こえ、店の奥から低い囁き声がするのだ。


「返せ…返せ…」


リサは恐怖を感じながらも、帽子に触れると安心する自分に気づいた。まるでその帽子が、彼女を魅了し、支配しているかのようだった。


**第四章:帽子の記憶**


村の図書館でリサは帽子店の過去を調べることにした。埃をかぶった古い記録の中で、彼女はエルモンドという名前の帽子職人の話を見つけた。エルモンドは、ある夜、村の人々を招いた舞踏会の後に忽然と姿を消したという。そして、その舞踏会の前に、彼が「黒い帽子」を作り、それをかぶった女性がその場で倒れて命を落としたという記述があった。


さらに記録を読み進めると、その帽子には「魂を封じる力」があると書かれていた。帽子をかぶった者は、帽子に囚われた魂と繋がり、その魂が宿ることで「力」を得るが、その代償として自らの命を奪われるという。


リサは震える手で本を閉じた。


「私…何をしてしまったの?」


**第五章:取引**


その夜、リサは再び悪夢に苛まれた。夢の中で彼女は、黒い帽子をかぶったエルモンドの姿を見た。彼の目は真っ黒で、声が直接彼女の頭に響いた。


「返せ…帽子を…そうしなければお前も同じ運命を辿る。」


目が覚めたリサは、店に向かい帽子を手に取った。返せと言われても、どこに返せばいいのかわからない。しかし、帽子を手放すことに恐怖を覚えた。まるでそれが自分の一部になってしまったかのように感じたのだ。


翌朝、リサは決心して村の外れの教会に帽子を持っていき、司祭に助けを求めた。司祭は目を見開いて帽子を見つめ、静かに言った。


「この帽子は邪悪な力を宿している。焼き払わなければならない。」


リサは涙を流しながら頷いた。しかし、帽子が炎に包まれた瞬間、あたり一帯に悲鳴のような音が響き渡り、黒い煙が空に吸い込まれていった。そしてその中で、エルモンドの顔が一瞬だけ浮かび上がった。


帽子が消えた後、村には平穏が戻った。リサも再び店を開き、村人たちは次第に彼女の店に足を運ぶようになった。


しかし、リサは時々、夢の中で黒い帽子の囁きを聞くのだった。


「まだ終わっていない…」


**第六章:新たな兆候**


黒い帽子が焼き払われてから数週間が経過し、リサは日常を取り戻したかに見えた。しかし、夢の中に響く囁き声は以前よりも頻繁に現れるようになっていた。


「終わっていない…まだ…私を…」


最初は夢だと思っていた声が、次第に現実と夢の境を曖昧にし始めた。昼間でも背後で誰かが囁くような感覚に苛まれ、夜になると店内の奥から微かな音が聞こえた。


リサは自分の精神が壊れつつあるのではないかと恐れ、再び村の司祭を訪ねることにした。


**第七章:失われた契約**


司祭に相談すると、彼は厳かな表情でリサに言った。


「黒い帽子を焼いたことで邪悪な力の一部を解放してしまったのかもしれない。この店には、まだ何かが残っている。真実を知るには、エルモンドが消えた理由を探るしかない。」


リサはためらいながらも、再び村の図書館に足を運んだ。そしてさらに詳しい資料を掘り起こすうち、エルモンドが消える直前に、村の近くの洞窟で奇妙な儀式を行っていたという記述を見つけた。その儀式には、彼の妻と娘が関わっており、二人ともその夜以来姿を消していたという。


リサは洞窟を訪れることを決意した。


**第八章:洞窟の秘密**


夜明け前、リサはランプを手に村の外れにある洞窟に向かった。村人たちはその洞窟を「呪いの巣」と呼び、近づく者はいなかった。洞窟の中はひんやりとしていて、空気が湿っていた。


奥へ進むにつれて、古びた帽子の型や裁縫道具が散乱しているのを見つけた。それらは埃をかぶり、誰かが長い間使っていないことを示していた。しかし、さらに奥に進むと、奇妙な祭壇が現れた。そこには黒い糸で縫われた布が広げられ、中央には焦げた帽子の形をした跡が残っていた。


その瞬間、ランプの光が一瞬揺れ、洞窟の奥から低い声が響いた。


「娘よ…やっと来たのか…」


リサは心臓が止まりそうなほどの恐怖を感じた。振り返ると、そこには黒いシルエットが立っていた。それはエルモンドだった。


**第九章:契約の代償**


「あなたが…エルモンドなの?」


リサの声は震えていた。


「私は…帽子と共に生き、帽子と共に滅びた存在だ。」


エルモンドは静かに語り始めた。帽子はただの装飾品ではなく、「魂を宿す器」として作られていたのだという。彼は最愛の家族を失った悲しみから、禁忌の魔術に手を出し、彼らの魂を帽子に宿そうとした。だが、儀式は失敗し、代わりに彼自身の魂が帽子に縛られることになったのだ。


「私の魂はあの帽子に囚われていたが、お前がそれを焼いたことで、私は完全にこの地に留まる存在となった。」


エルモンドの声には怒りと哀しみが混ざっていた。そして彼は続けた。


「だが、まだチャンスはある。私を解放する方法がひとつだけ残っている。それは…お前の魂を代わりに捧げることだ。」


**第十章:最後の選択**


リサは目を見開き、後ずさった。


「そんなの嫌よ!どうして私が…」


「お前が帽子をかぶった瞬間に、その運命は決まっていたのだ。」


エルモンドが一歩近づくたびに洞窟の空気が重くなり、リサの頭に激しい痛みが走った。


「さあ選べ。自らの命を差し出すか、それともこの村全体を呪いに巻き込むか。」


リサは涙を流しながら考えた。このままでは自分も村人たちも取り返しのつかない運命に巻き込まれてしまう。


「…わかった。」


リサは小さな声で言った。


「私が捧げるわ。でも、村にはもう二度と手を出さないで。」


エルモンドは満足そうに頷き、リサに手を差し伸べた。その手を取った瞬間、彼女の体は眩い光に包まれた。


**エピローグ:新たな伝説**


翌朝、村の人々はリサの姿が消えたことに気づいた。帽子店には誰もおらず、店内に飾られていた品々もすべて消えていた。ただ、店の奥に一つの黒い帽子が置かれていた。


その帽子には、まるで何かが囁いているかのような静けさが漂っていた。村人たちは決してその帽子に触れず、「ラ・シャポー」は再び封印された。


時折、村の夜空には黒い帽子の影のようなものが浮かび上がると噂される。そのたびに村人たちは囁き合うのだった。


「リサの魂はまだ、帽子と共にあるのだろう…」

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