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夕暮れの赤い空の下、古びたアパートのドアに手をかけると、いつもの鍵がないことに気がついた。ポケットを探り、カバンをひっくり返し、あり得る場所をすべて確認したが、見つからない。ここ最近の疲れから、どこかに置き忘れたのかもしれないと思った。


「どうしよう……」


ドアの前で途方に暮れていると、ふと視線を感じた。振り返ると、隣の部屋に住む中年の男性がこちらをじっと見ていた。彼の名前は佐藤さん。普段は挨拶程度の付き合いだが、その目は何かを言いたげだった。


「鍵、なくしたのかい?」

佐藤さんが声をかけてきた。


「はい、どこかに置き忘れたみたいで……」


彼は少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。

「君の部屋の鍵なら、ここにあるよ」


驚いて彼の手元を見ると、確かに私の部屋の鍵が握られていた。暗がりの中でも、鈍く光るあの形状に間違いはなかった。


「どうしてそれを……?」


佐藤さんはニヤリと笑い、こう答えた。

「君が落としたんだよ。数日前にね。でも渡すタイミングを逃してしまったんだ」


その答えに不自然なものを感じながらも、背に腹は代えられない。鍵を受け取り、礼を言って自室のドアを開けた。


---


部屋に入ると、なぜか背筋に冷たいものが走った。見慣れたはずの家具や雑貨が、わずかに位置を変えているような気がする。特に、机の上に置いておいたはずの小物入れが開いていたのが目についた。


「気のせいかな……」


自分にそう言い聞かせながら、部屋の隅々を確認してみたが、異常は見当たらない。気味の悪さを振り払うように、シャワーを浴びることにした。


---


その夜、何かの物音で目が覚めた。かすかな音が耳に届く。それは、玄関のドアノブがカチカチと回される音だった。


「誰……?」


心臓が鼓動を早める中、布団の中で息を潜めた。しばらくすると音は止んだが、代わりに足音が部屋の中を歩き回る音が聞こえてきた。


玄関の鍵は閉めたはずだ。それなのに、誰かがいる――。


勇気を振り絞り、スマートフォンのライトをつけた瞬間、目の前に人影が立っていた。それは佐藤さんだった。


「どうして……!」


私が叫ぶと、彼は冷たい笑みを浮かべてこう言った。

「君の鍵が欲しかったんだよ。ずっとね」


そう言うと、彼は懐からもうひとつの鍵を取り出した。それは見たことのない形状をしており、不気味に輝いていた。


「この鍵はね、君の"心"を開ける鍵だ」


彼の言葉の意味が理解できないまま、意識がふっと遠のいていく。最後に聞こえたのは、佐藤さんの低い笑い声だった。


---


翌朝、部屋は静まり返っていた。だが、私はもうそこにはいなかった。隣人たちは奇妙な噂をし始めた。佐藤さんの部屋から、誰かの鍵束が見つかったという話だ。その中には、私の部屋の鍵も含まれていたという。


しかし、私の姿はどこにも見つからなかった。


---

#### **終わり**


この話の結末は、読者の想像に委ねられる。現実と非現実が交錯する中、佐藤さんの持っていた「もうひとつの鍵」が何を象徴していたのか――それを知るのは、物語の中で消えた「私」だけかもしれない。


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