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影の秘密の物語

  ある日、僕のもとに一通の手紙が届いた。差出人の名前はなく、真っ白な封筒にただ僕の名前と住所が書かれていた。封筒を開けると、中からは古びた紙が一枚だけ出てきた。それはまるで時間が経ちすぎて黄ばんでしまったかのようで、端はぼろぼろと崩れ落ちそうだった。紙には、汚れたインクで奇妙な文字がびっしりと書かれている。その文字は一見日本語のようだが、どこか違和感があった。例えば、「し」のような形なのに少しだけ歪んでいるとか、「は」と思いきや、それは「ほ」でもあるように見えるとか。まるで僕が知っているはずの言語が、何かおかしな形で現れているようだった。


恐る恐る手紙を読み進めると、文字が徐々に意味を持ち始めた。そこにはこう書かれていた。


---


「お前の影を見ろ。影は何も語らないが、すべてを見ている。お前が過去にしたこと、今していること、そして未来にしようとしていることすらも、影はすでに知っている。影はお前に寄り添い、お前の秘密を隠してくれる。だが、もし影が離れるときが来たなら、その瞬間こそがお前の終わりだ。」


---


背筋が寒くなる。影がすべてを知っている?そんな馬鹿な話があるはずがない。僕はただの平凡な会社員で、秘密なんてない。ただ、やはりその言葉には何か得体の知れない力があるように感じた。影が…僕の秘密を知っている?


その晩、どうにも影のことが頭から離れなかった。僕の影はただ僕に寄り添い、何の変哲もなく壁や床に映っているはずなのに、いつもより重く、冷たい何かに感じられた。


翌朝、僕は仕事に向かう途中、何度も自分の影を確かめた。ふとした瞬間に、影がほんの少しだけ遅れてついてくるように感じたのだ。無意識に歩調を速めても、影は追ってくる。後ろを振り返るたびに、影はそこにいる。それでもなぜか不安が募り、気づけば走り出していた。振り返り、確認して、また走り出す。影は、どこまでも僕についてくる。


その日はどうにか一日を終え、家に戻ったが、夜が来るのが怖かった。影が僕の秘密を知っているとすれば、それは一体何だ?僕には何もやましいことはない、そう信じたかったが、過去の記憶がうずき始める。忘れたはずの、あの日の記憶が。


---


あれは十年前、まだ僕が学生だった頃のことだ。ある夜、大学の友人たちと集まって、ふざけて「心霊スポット」に行くことになった。誰も本気ではなかった。ただの肝試しのつもりだった。でも、そこで起きたことは、ただの遊びでは済まされないものだった。


あの夜、僕たちは森の中で何かに遭遇した。何かはわからない。ただ、暗闇の中で低い唸り声と共に現れた影のようなものが、僕たちを襲ったのだ。その場にいた全員が逃げ出し、どうにか助かったが、あの「影」のことは誰も口にしなかった。僕も忘れようと必死だった。だが、その影は僕の記憶に焼き付いて離れなかった。


---


再びその記憶が蘇るたび、僕の影は重くなり、冷たくなっていった。そして、それは単なる錯覚ではなくなった。ある晩、ふと鏡に映る自分の姿を見て、言葉を失った。鏡の中の影は、僕のものではなかったのだ。形も大きさも、全く違う。


じっとその影を見つめていると、影の口元がわずかに動いた。まるで笑っているかのように。そして、次の瞬間、影が言葉を発した。


「お前も影になる時が来たのだ」


驚いて後ずさると、影もその動きに合わせて歪んでいく。僕は叫び声をあげて後ろを振り返ったが、そこには何もいない。ただ、壁に映る僕の影が、なぜか僕の背後に迫っているような気がした。


何も見えない部屋の中で、ただ影だけが存在感を放っていた。その影がまるで意志を持つかのように揺れ、次第に僕の形から離れ始めた。影が僕を見下ろすように立ち上がり、そのまま近づいてくる。


「お前は影の一部となる。逃れられぬ罪を抱えたものよ」


そう言い終わると、影は僕に覆いかぶさり、すべてが真っ暗になった。そして最後に耳元で、あの日、心霊スポットで出会った影の唸り声が聞こえた。


目が覚めたとき、僕は見知らぬ場所にいた。光がなく、周りにはただ黒い影がゆらゆらと漂っている。そこで僕は気づいた。僕はもう「僕」ではなく、ただの影になってしまったのだと。


そして今、誰かの影として付き従い、彼が気づくことのない秘密を見守っている。

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