解放してくださるの? 嬉しいわ(にっこり)
頭空っぽにしてお読みください( ˇωˇ )
約八割がヒドイン(リリアーニャ)視点の話となります。(♡♡♡以降:リリアーニャ視点、◇◇◇以降:クリスティーナ視点)
誤字報告、ありがとうございます☆⌒(_;´꒳`;):_
「ジークフリート様はアナタから解放されるべきですわ!」
私ことヘーボンナ伯爵家の次女クリスティーナは、久方ぶりに参加した王城の夜会で、会ったこともないご令嬢から突然そんな宣言を受けました。
「ええと……どちら様でしょうか?」
天使の輪っかができるくらいツヤツヤなストロベリーブロンドの髪を白いリボンでツインテールにした小柄なご令嬢です。大きな空色の瞳はウルウルとして、アクアマリンのようなそれを縁取る睫毛はバッサバサで頬に影が落ちるくらい。美少女ですわ。ドレスもリボンがたくさん盛ってあって、とっても可愛らしいです。ああ、こんなカワイイ系のドレスにはとっても憧れます。間違いなく私には似合いませんけど。
「彼女はプリンスハント男爵令嬢のリリアーニャ嬢だよ、クリスティーナ」
まるで物語(魔法少女系)のヒロインのようなツインテール美少女を紹介したのは、私のパートナーでホワイトホース侯爵家嫡男のジークフリート様です。サラサラした銀の御髪は月の光を集めて凍らせたよう。切れ長の目に澄んだアイスブルーの瞳。冷たい色合いですけれど、そのお顔は柔和で、クールな中にも穏やかな優しさがにじみ出ています。スラリと高い背に、引き締まった体躯。絶世の美男子とは彼のためにある言葉なのでしょう。
ああ、お二人が並ぶと一幅の絵画のようです。
「リリアーニャ様でしたか。差し出がましいことを申し上げますが」
「? なによ」
眉を吊り上げて身構えるリリアーニャ様に私は言った。
「鼻の穴を膨らませてはせっかくの可愛らしいお顔が台無しですわ。ほら、深呼吸……そうです! 穏やかな微笑みで、あ、口角をあと二ミリ上げてくださいストーーップ! そのままキープ!」
あら素敵。完全無欠な絵画がいまここに。魔導カメラマンはいずこに?
「……て違う! 今日はアンタに話があって来たのよ」
リリアーニャ様が我に返って言いました。嗚呼、せっかくロマンス小説の表紙を飾れそうな絵面でしたのに。
「ジークフリート様は今日から私と暮らすことになったの。この意味がわかるかしら。わからない? フフッ。なぁら説明してさしあげますわ!」
豊満で羨ましい胸を反らしてリリアーニャ様が説明なさったのは……。地味で平凡な私はジークフリート様に相応しくない。アタシはジークフリート様に選ばれた、これこそ真実の愛よ! ……とまあ、要約するとそんな感じの内容でした。たっぷり二十分くらい喋っておられましたが、ほぼ言い換えと修飾語でしたので割愛いたします。
「ほら、リリアーニャ嬢は優しいだろう?」
ジークフリート様が穏やかな笑みで私にピラリと一枚の紙を差し出しました。そこには、ジークフリート様とリリアーニャ様が同居する旨が書かれていました。
「まあまあ! そういうことでしたの。かしこまりました。リリアーニャ様、どうかジークフリート様をよろしくお願いいたしますわね」
すべてを理解した私は、リリアーニャ様に敬愛を込めてカーテシーをいたしました。
♡♡♡
ジークフリート様は栄えあるホワイトホース侯爵家の嫡男。しかも銀髪碧眼の絶世の美男子! 誰もが羨むイケメンよイケメン! それに国立魔法研究所の所長まで勤めていらっしゃるの。顔良し地位良しの超優良物件! フンッ。クリスティーナとかいう平凡地味オンナにはもったいないわ。
私ことプリンスハント男爵令嬢リリアーニャは、その超然イケメンなジークフリート様、もうジーク様って呼んじゃおうかしら? キャッ♡……と、腕を組んで彼のお屋敷に帰ってきたの。今からここが彼とアタシのお・う・ち♡愛の巣よ♪キャーーッ♡
(あら? なにかしらアレ)
お屋敷の広い庭に妙なオブジェ(?)があるわ。遠目にはまるで……おとぎ話に出てくるウラメシヤの木みたいな、白い歪な形のモノが無数にぶら下がっている木。
「突然ごめんね。まずは家を案内するよ。ついてきて」
はうぅぅ……! イケメンスマイル!
「はい♡」
繋いだ手が温かくて、アタシはウラメシヤの木のことなんかすっかり忘れてしまったの。
ジーク(呼び捨て♡)の家にはメイドが一人もいなかった。お家の中をひと通り案内してもらって客室で寛いでいると、部屋の魔導電話が鳴った。
「はい♡ ジーク様の新妻リリアーニャですぅ」
「リリアーニャ様ごきげんよう。クリスティーナですわ」
……平凡地味オンナ、おまえかよ。お呼びでないっつーの!
……フフン。でもいいわ。ジーク様とのいろんな(これからの)ことを自慢してあげる!
「あらぁ、クリスティーナ様? もうジーク様ったらあーんなこととかこーんなこととかなさってもうアタシ心臓が保つかなぁーって……。ほら、アタシってカワイイじゃないですかぁ」
リリアーニャはマウントを取りまくった。これ以上ないほど取りまくった。そして、クリスティーナの話は聞かずに電話を切ってしまった。
♡♡♡
ヴォンヴォンヴオオオオン!!
イエェェェェア!! ヒャッハーーー!!
「……何?! 地震? 暴走族?」
翌朝、アタシことリリアーニャは階下からの爆音で目を覚ました。
ヴォンヴォンヴオオオオン!!
ビジジブチッ!
ヘイヘイヘイヘーーイ!!
ゴットン ゴットン ゴットン
ドンドンドンドンドン!!!
ちょっとただ事ではない音がする。イヤな予感がしたアタシは下に降りようとして、服がないことに気づいた。イヤーン♡
「……あれ?」
昨日脱ぎっぱなしにしといたドレスがない。コルセットもおパンツもガーターベルトもストッキングも何もない。え? どゆこと?
部屋を見まわすと、うす汚い……本当にうす汚い、色気の欠片もないエプロンを見つけた。
(裸エプロン……)
一瞬アタシの頭にそんなワードが浮かんだけど、アレってこう……白かピンクでフリルがヒラヒラ~って盛ってあるヤツだと思うんだ。ここで萎れてるクソ汚いエプロンはなんか違う。
あ! そうだわ。シーツを巻きつけていくのはどう? 名案だわ! そうしましょう!
はりきって羽根布団をバッと捲ったら……
「シーt」
寒々しいマットレスが剥き出しのベッド。シーツは? ない……ない……ないわ!
そういえば、昨日は夜会の後で疲れていて、平凡地味オンナと長電話したあとジークによる追加のお家説明が無駄に長くて眠くなって、ベッドに入ったらうっかりそのまま寝ちゃったのよ。ジークを待つつもりだったのに! 記憶が曖昧だけど、そういえば寝心地がゴワゴワだった……気がする。
(か、かくなる上はカーテンで……)
結論から言うとカーテンもなかった。窓から部屋の中が丸見え。イヤーン♡
「………………」
アタシは無言で汚くてほんのり異臭がするエプロンを裸の上から身につけた。だってコレしかなかったんだもん!
ドキドキする胸……ではなく鼻と口を押さえて階段を下りてみると、フリフリヒラヒラの白いエプロンをしたジークが爽やかな笑顔で振り返った。
「おう、おはよう! んお? ああわりぃな、オレとしたことがアンタの着替えを用意していなかったぜ!」
バタバタと走っていくジーク。明らかに女物の白いフリフリヒラヒラエプロンでもイケメンって様になるのね。初めて知ったわ。べ、別に「オマエが着とるんかーい」とか思ってないわよ?
あと……なんか雰囲気変わってない??
「よっしゃあった! とりあえずこれを着といてくれ」
手渡されたのは大きな……
(こここ、これって彼シャツぅ?!)
「あ、ありがとうございます!!」
頭から被ると小柄なアタシの膝まで隠れちゃう。間違いない。これ、ジークのシャツだわ! 白地に大きくネコちゃんのイラストがプリントされている。ジークってネコ好きなのかしら? アタシと一緒ぉ♡とりあえずジークの匂いを胸一杯に吸いこんだ。フローラルな甘い香りにうっとり~~♡
……夢見心地なアタシは気づかなかった。クタクタのオーバーサイズシャツの裾にマジックで『クリスティーナ・ヘーボンナ』って書いてあったのを。
◇◇◇
「あら? あらまあ……パジャマを入れ忘れちゃったわね。私のネコのオーバーサイズシャツ」
私ことクリスティーナは今、仕事で隣国に出張中ですの。ホテルで旅行鞄を開けたら、お気に入りのシャツを入れるのを忘れたことに気づいたわ。
「まあ、いいわ。あれ風呂掃除用だし」
猫プリントのそのシャツはパジャマ兼風呂掃除用。布地が分厚いせいかとても頑丈で、ジークフリートが自作洗濯機に誤って放り込んでも、ほつれ一つ出ないのだ。
「そういえば私、制服の在り処をリリアーニャ様にお伝えしていたかしら?」
♡♡♡
「と、ところでジーク様、あの……あの凄まじい音は何なんですか? 私、ジーク様のことが心配で……」
彼シャツ(※ニセモノ)を着て、アタシことリリアーニャは気になっていた爆音についてジークに訊ねた。
「ああ、あれな。オレが考えた最強の洗濯機さ! 岩盤掘削機もブッ飛ぶ魔導原動機を使ったらこの通り、汚れた洗濯物なんかイチコロだぜ! フハハハハハ!!」
……なんか例えがおかしいというか、洗濯機に使う形容詞じゃない気がする。あと、やっぱりなんか雰囲気変わってない??
けど、とりあえずスルーしてアタシは微笑んだ。すごいですね、って。
「もちろん、アンタの分も洗濯しておいたぜ☆」
なるほど。だから、朝起きたら脱ぎっぱなしのドレスがなくなっていたのね。あのドレスは、有名ブランドのお気に入りの一着なの。肌着も気分をアゲアゲにするシャララーンなバタフライ刺繍の
ヴォンヴォンヴオオオオン!!
ビジジブチッ! ビリリリリーーー!!
……なんか今、布地が引きちぎれるというか裂けるような音がしたような? ハハハ。まさかね。
「オイ、シッテルカ? シッテルカ?」
その時、ダイニングテーブル横から何かがたどたどしく話しかけてきた。
「アノ洗濯機ハナ、今朝マタ一着美味シクイタダイタンダゼ?」
魔法植物、シッテル花――昨夜お家を案内してもらったとき、ジークから紹介を受けた花よ。アタシをしっかり認識しているらしく、しきりに話しかけてくるの。
「シッテルカ? シッテルカ? 今瞬殺モードデ運転中ダゼ? シッテルカ?」
♡♡♡
「今日は僕が腕によりをかけて朝食を作ったよ☆」
洗濯機の爆音を尻目に、ジークはにっこりと天使も誑し込めそうな微笑みでダイニングテーブルを指したの。
「ジーク様は料理もできますの? ふわぁ……素敵ですわぁ」
料理ができる男性って素敵よね! アタシは純粋な気持ちでジークを褒めた。ジークってイケメンで侯爵家嫡男でエリートで高給取りで、さらに家事もできるなんて……完璧じゃない?
ところで今気がついたんだけど、彼のフリフリヒラヒラエプロンに赤い飛沫が点々と飛び散っているわ。ケチャップかしら?
「僕の得意料理、激辛デカ盛り鍋だよ☆」
「エ」
彼が誇らしげに指したテーブルの上には、炊き出しに使うような寸胴鍋(特大)。その縁からややオレンジ色に近い赤いスープが溢れかけている。まさかの鍋に山盛り。
「あの……一応聞くんですけど、具材は何を?」
「具材? ダイコーンとオーク肉とアーティチョークと栗、プリンだよ。少ないなぁと思ったからパスタで嵩増ししたよ☆」
独創性が過ぎる組み合わせだわ。あと絶対鍋に入れちゃいけないモノが混じってる。それを嵩増し? クレイジーだわ。
「僕、辛いものが好きなんだよね。あ? 具材? マルシェで半額以下で安かったんだよ。全部買っちゃった☆」
ううぅ……まさかジークが料理男子の皮を被ったメシマズ男子だったなんて。でも……。
♡♡♡
「うぅぅ……グオォォ……」
ジークの激辛デカ盛り鍋を食べたら……予想はしていたけど…………お腹が痛くなったわ。なんとなく、だけど………………オーク肉が古かったか……生煮えだった気がする…………の。
ジークの前では根性で笑顔でいたけど、もう……無理。部屋で寝るわウウゥ……。
ベッド(相変わらずシーツはない)で丸くなっていると、また電話がかかってきた。
「も、もしもし? 営業ならお断り……する、わ……」
「ごきげんようリリアーニャ様!」
……平凡地味オンナからだった。
「…………なによ」
「大切なことを伝え忘れておりましたのよ。ジークフリート様はお料理が好きなのですけど、マルシェで投げ売りされている質の悪いものをお得だと大人買いして、隙あらば激辛デカ盛り鍋を作ろうとしますの。何かあったら、二階の階段前のドロワーに万能薬が入っていますの。一粒でてきめんに効きますわ」
に、二階…………。
ドロワー………………。
アタシは痛むお腹を押さえ、なんとか階段前のドロワーまで這っていき、見つけた瓶詰めの薬を一粒飲み込んだ。しばらくすると、あれほど辛かった腹痛が引いた。し……死ぬかと思ったわ。
◇◇◇
「ん~~~! プッハァーー!」
冷えたビールって最高ね!
あら失礼。
私ことクリスティーナは、ホテルの部屋で冷たいビールで乾杯したところですの。ああ、出張……お仕事をしないでお酒を飲んでいいのか、ですか?
大丈夫大丈夫。お仕事は明日からですもの。時間に余裕を持つって大事でしょう? ビジネスの基本ですわ。
嗚呼、それにしても朝からビールを飲むってなんて背徳的なんでしょう! 家事もしなくていいし、最高ですわぁ~。
私、普段はとってもとっても早起きですのよ。だってジークフリート様より遅く起きると、あの魔改造洗濯機で私の大切な服を洗われてしまいますもの。ジークフリート様は普段はとっても穏やかな方なんですけど、洗濯機の前に立った時だけ性格が変わりますの。そうそう! ハンドルを握ったら性格が変わるスピード狂の洗濯機版ですわ! わかりやすい例えをありがとう。
え? あの洗濯機にまともな洗濯は無理だろうって?
ノンノン! それが大丈夫なんですの。
私がジークフリート様におねだりしてデリケート洗いモードを足して貰いましたの。
懐かしいですわぁ。ジークフリート様に「このポテチを粉砕することなく、ポテチに染み込んだケチャップだけを落とす機能を作るなんて、アナタ程度の頭脳じゃ無理よね」って煽って。負けず嫌いな彼は試行錯誤を重ねて、ポテチ一袋分ピッタリの実験回数で見事ケチャップだけ落とすのに成功したんですの。ウフフ。我が家の自慢ですわ♡
♡♡♡
「こ、れ……は……」
どうも。リリアーニャよ。腹痛がおさまった昼過ぎ、気分転換に庭を散歩しようと外に出たらソレはあった。そう、昨日の夜に見たウラメシヤの木っぽいオブジェよ。
シワも伸ばさずに引っ掛けただけのタオルや裏っ返しのままのシャツ、袖が内側に引っ込んだままのブラウスに、組み合わせを無視して干してある靴下たち……。秩序も何もなく、ハンガーでもS字フックでも限界まで繋いで引っ掛けてギッチギチの飽和状態な物干し竿がそこにはあった。
ちなみに洗濯バサミは一切使われていなかった。
いやコレ乾かないでしょう!! タオル重なってるし、シワが伸びてなくて団子になっちゃってるもの! 誰? こんなめちゃくちゃな干し方した人は!?
「………………」
…………そうよね。一人しかいないわよね。ジークだわ(絶望)。
「……干し直しましょう」
このままじゃいつまで経っても乾きゃしないわ。放置してたらナマ乾きでクサくなるに決まってる。アタシは腕まくりして物干しに近づいた。
ああ、そうそう。万能薬の入っていたドロワーには、メイド服と新品の下着がそれぞれ二組入っていたのでありがたく使わせてもらった。さすがに下着ナシでお外に出るのは……ねぇ。
すごいバランスで引っ掛けてあるハンガーやらS字フックやらを解体して、干し直し作業をしていたところに、不意に突風がピュウ!
そしたら、まるで木の葉が舞い上げられるように風に乗ったのは――
「アタシのパンツ!!」
なんで乙女のパンツを竿の端っこに干したのぉぉぉ!!
「ま、待ってぇ~」
空飛ぶパンツを必死に追いかけたけど、軽やかなビキニパンツはふわりふわりと風に乗り、やがてお隣の家の庭木に不時着した。
アタシは辺りに誰もいないことを何度も確認して、木の天辺で風に揺れるパンツを睨んだ。あんなものがご近所の目に触れたら婚約破棄よりひどい醜聞だわ!
「だ、大丈夫……。アタシ、子供の頃は田舎の領地で木登り名人だったんだから」
深呼吸を何度もして気分を落ち着けて、アタシはおっかなびっくりパンツを取りに木に足をかけたの。アアアア木登りってこんなにスリリングだったっけぇ(涙目)
木に爪を立てて両手でしがみついて、あ、あ、あと少しィィ~~
「おい! そこの君!」
「ピャッ」
突然の野太い声に振り返ると、お庭の前に制服を来た憲兵のオジサンがいた。な、なんてことなの……。
「何をしているんだ。ただちに降りてきなさい!」
「で、でもぉ」
「不法侵入で現行犯逮捕をお望みか?」
「嫌ですぅ」
憲兵のオジサンに、アタシは詰め所まで連行されて、取り調べ室に入れられた。
「それで? どうして余所の家の庭木になんか登ったんだ?」
「そ、それはぁ……」
まさかパンツが木に引っかかりました、なんて男性の憲兵になんか言えるわけないわ。無言の時間だけが過ぎていく。
「ほら、これでも食べろ」
あんまりにアタシが泣きそうな顔をしていたからか、憲兵さんが取り調べ室にカツ丼の出前を取ってくれた。
「あ゛、あ゛ああっ」
「おい、お嬢ちゃんどうした?!」
「もう、もう、このありふれているというか、何の変哲もないというか」
「……おおう?」
「どこにでもあるというか、平々凡々というか」
「……貶してんの?」
「もうめっちゃフツーな味で」
「…………」
「美味ひぃよぉぉぉ~~~!」
「ええっ?!」
そのカツ丼ったら……もうあんまりにも、普通の、安心できる味で。ジークの激辛デカ盛り鍋に比べたら百億倍マシよ!
アタシは一口食べて、二時間も号泣して憲兵さんを困らせた。庭木に引っかかったパンツは、取り調べを代わった女騎士さんに頼んで取ってもらったわ。
♡♡♡
取り戻したパンツを抱きしめてお家に帰ると、エントランスに誰かが立っていた。お客様かしら?
「アンタかい! 戸締まりを忘れて害悪な魔法生物どもを野放しにしたのは!」
「……へ?」
お客様――町内会長のドールアおばちゃんによると、ジークの研究室から逃げ出したと思しき魔法生物、歌うマンドラゴラモドキが、町内のあちこちでイタズラをしては逃げ回っているらしい。マジで?
「シッテルカ? シッテルカ?」
いつのまにかエントランス前に移動していた魔法植物シッテル花が、ここぞとばかりにしゃしゃり出てきた。
「シッテルカ? マンドラゴラモドキ、全部デ四十八匹イルンダゼ? シッテルカ?」
よ、四十八匹ィィーー?!
し、しかもマンドラゴラってアレでしょ? 叫び声を聞いたら死んじゃうっていう。危険生物じゃない!
「シッテルカ? アイツラ、パチモンダカラ、歌ヲ聞イテモ、変顔ニナッテ三時間戻ラナイダケナンダゾ? シッテルカ?」
いいい、イヤよ変顔が三時間も戻らないなんて!
第一! アタシがお家を出た時、ジークは家の中にいたのよ? だから、戸締まりを忘れたのは私じゃなくてジークで……。
「そんなのアタシにゃ関係ないね! アンタしかいないんだからアンタが探しな!」
「そ、そんなぁ」
「シッテルカ? アイツラ、群レナラ、原付モ運転デキルンダゼ? シッテルカ?」
アンタは黙ってて!
「いいからさっさとしな! 四十秒ありゃ支度はできるね?!」
「ヒイィ~~」
アタシは町内を駆けずり回ってマンドラゴラモドキを探したわ。だって四十八匹も逃げたのよ?
三匹捕まえて限界を感じて、さっきカツ丼をご馳走してくれた憲兵詰め所で事情を話して憲兵さんと乗り物を借りて、かくれんぼ気分の五匹におちょくられ、盗んだ原付魔導バイクで爆走する七匹とカーチェイスを繰り広げ、崖っぷちでサスペンスドラマごっこをしたがる四匹につきあって、幼稚園児に紛れて歌ってお遊戯会を阿鼻叫喚の嵐にした六匹をかっさらい、エトセトラエトセトラで……。
ようやくおイタなマンドラゴラモドキたちを四十八匹捕まえた時には、とっぷり日が暮れていた。疲れた……。もう、今日は夕食なんか要らないから、泥のように眠りたいわ……。あ、お家に灯りがついてる。
「おかえりリリアーニャ嬢。ごめんね。僕がうっかりしていたせいで大変だっただろう?」
背中と両腕にひしめくマンドラゴラモドキたちを見たジークが、疲労困憊で変顔のアタシの頭をよしよしと優しく撫でて労ってくれた。彼も反省はしているみたい。
「疲れているだろう? 今日は夕食は作らなくていいよ。僕が出来あいの物を買ってきてあげたからね」
嗚呼、市販品の安心感。だったら、ちょびっとなら食べてもいいかしら……。
「君は若いし、たくさん運動したからたくさん食べたいだろうと思って」
「エ゛」
スマートなエスコートで導かれたダイニングテーブルを、ちょっと……いいえ、到底二人では食べきれない量のお惣菜が埋め尽くしていた。しかも、そのすべてに三割引以上の赤い値引きシールが貼ってある。呆然とするアタシに、ジークがさらに追加情報をくれた。
「マルシェのフィービーちゃんがね、『いつもたくさん買ってくださってあ•り•が•と♡値引きしておくわ♡』ってサービスしてくれたんだよ」
ちょっと待てフィービーって誰! どこのオンナよ!
「たんとお食べ。賞味期限は今日までだよ☆」
◇◇◇
「お待たせいたしました。こちら本日のメインディッシュ、鴨肉のポワレでございます。つけあわせはプレリテ産イチジクのローストと、マッシュポテト、フレッシュチーズをご用意いたしました」
夜景を望むホテル最上階のレストランでディナーをいただくってなんて贅沢なのかしら!
ああ、ごきげんよう! 隣国からクリスティーナがお届けしますわ。
昼間はほろ酔いで隣国の首都を少し観光しまして、遊覧船に乗ったり、動物園で可愛らしいカワウソちゃんたちを見て癒されたり、名物のバザーで掘り出し物を探したり、とっても楽しく過ごしましたの! 明日からお仕事ですが、気力も十分ですし、はりきって臨めそうですわ。
隣国のお料理の中には家でも作れそうなものがたくさんありますわ。今度レシピを調べておきましょ♪
そうそう。ジークフリート様はお料理が大好きなのですけど、レパートリーは激辛デカ盛り鍋オンリー。もし作られると、悲惨なことになりますわ。
フフフ。でも、意外と簡単にポイズンクッキングは阻止できますのよ?
ジークフリート様の大好きな特大寸胴鍋は家に一つしかありません。加えて彼は洗い物やお片づけが苦手ですの。ですからね? 先手を打って寸胴鍋を使ってしまえばよろしいの。例えお野菜を茹でただけでも、使用済みの鍋にジークフリート様は手出しをなさいません。意外と潔癖症ですの。
あ! お肉が冷めてしまいますわね。いただきましょう。
「ンンッ! 鴨肉柔らかっ! 嗚呼ッ、赤ワインに合う……!」
♡♡♡
深夜にごめんあそばせ、リリアーニャよ。
結局、ジークと二人で食べてもテーブルいっぱいのお惣菜はなくならなかったわ。
「も、もう……無理。油がしつこすぎる……」
だってね? 七割引よ? もう捨てる直前の揚げ物なんて、油がまわりまくってギットギトなのよ? 煮物なんか、煮崩れしすぎてて具だったのか、汁だったのかもうわかんないペースト状だし。
「おのれぇフィービー、おまえいつかブッk」
え? ジークはどうしたのかって?
寝たわよとっくに。明日お仕事で早いんですって。
「オイ、オイ、シッテルカ?」
アタシが胃もたれでげっそりしていたら、またあのシッテル花がしゃしゃり出てきたわ。アイツの植木鉢を乗せてる台って、下に車輪がついてるの。ヤツは葉っぱで床を蹴って好き勝手に移動してくるの。頭いいわね……。
「フィービーハ、マルシェノ看板娘ナンダゼ? ジーク、ゾッコンナンダゼ? シッテルカ?」
その話、詳しく教えなさい。
「ジーク、フィービーヲ応援シタクテ、タクサン買ッテアゲルンダ。フィービーノ店ノ惣菜捨テタラ、モッタイナイッテ、ジーク、メチャンコ怒ルンダ」
ふうーん。応援ねぇ……。
「フィービーハ、七人ノ子持チノシングルマザーデ、子供タチノタメニ、毎日汗水タラシテ働イテイルンダ。オ惣菜モ、子供ヤオ年寄リガ食ベテモ安心ナ栄養バランス抜群、減塩旨味重視」
……苦労してるのね、フィービーさん。それに営業努力だってされているなんて。アタシ、ジーンときたわ。
「チナミニ、七回結婚シテ七回離婚シテルケド、全部フィービーノ浮気ガ原因ナンダゼ? ジークハ、八人目候補ナンダゼ? シッテルカ?」
……フィービー、オマエやっぱ生かしちゃおけないわ。
♡♡♡
アタシは奮闘したわ。
キッチンには朝の激辛デカ盛り鍋を作るのに使った調理器具や夕食で使った食器が手つかずで山盛り。ジークは作るのは好きだけど、片づけるのは苦手みたい。汚れ物を片づけながら、モテるために身につけた女子力を駆使してお惣菜をアレンジ&リメイクして……
「で、できた……! パッと見には昨日のお惣菜には見えないし、火も通したから賞味期限も延びたはず。……たぶん」
油でギトギトの揚げ物だって、ギトギトの衣を剥がして中身だけ再利用すればなんとかなるの…………嗚呼、朝日が眩しい。剥がした衣はシッテル花の肥料――鉢に埋めた――にしといたわ!
「シッテルカ? シッテルカ? フライノ衣ト油カスハ別物ナンダゼ? コレ、証拠隠滅ッテイウンダゼ? シッテルカ?」
アタシはシッテル花は無視して、大急ぎで特大サイズのお重にアレンジおかずを詰めて風呂敷に包み、近所の冒険者ギルドへ急いだ。
「差し入れ? いやぁ、助かるよ。ダンジョン帰りでみんな腹減っててさぁ」
タイミングよくダンジョン帰りの冒険者パーティーがいたので、アタシはお重を押し付けた。
「だけど嬢ちゃん、目の下のクマがすごいけど大丈夫か?」
ウフフ♡帰ったら寝るので大丈夫ですわぁ。なんてったってジークは朝早くから仕事ですもの。アタシは昼寝よ昼寝! ……もう、精も根も尽き果てたわよ。
♡♡♡
寝て起きたら夕方だった。もう外は薄暗い。窓にカーテンがかかっていないから一目でわかったわ。
ジークのお家は大通りに面した一等地にあるの。アタシが目を覚ました時間はちょうど帰宅ラッシュの時間らしく、大通りを仕事帰りのたくさんの人が行き交っていた。
ジークは……帰ってきているみたい。浴室からシャワーの音が聞こえるわ。
ハッ! 急がなきゃ!
アタシだって学習するのよ。ジークはお料理大好きメシマズ男子だもの。うかうかしてたらまたポイズンクッキングを味わう羽目になるわ!
アタシは大急ぎでメイド服を着ると、階下に降りて……あら? なんだか外が騒がしいわ。あと魔導救急車のサイレンが聞こえる。ご近所で急病人かしら?
「エ」
アタシが見たのは、お風呂上がりのジーク……の全裸の後ろ姿。深紅の薔薇が舞うエフェクトが見えるわ。そしてカーテンのかかっていない窓越しに、大通りの人だかりが見えた。そのうちの何人かが、こっちを見たり指さしたりしている。
外は夕方で薄暗い。そしてお家の中は魔石照明でとっても明るくて、きっと中でウロウロする全裸の……絶世の細マッチョ美男子なジークの姿がよく見えることだろう。
「アバババババババ!!」
な、何か! 何か隠すものはないの?!
「シッテルカ? シッテルカ?」
「あ! アンタいいところに。葉っぱ一枚寄越しなさい!」
「シ、シラナイ、シラナイ、シラナーイ」
逃げ回るシッテル花を追いかけていると、電話がかかってきた。
「もしもし今取り込み中よ!」
「まあ大変! エントランス横の物入れにコートがありますわ」
聞き覚えのある声だったけどまあいいわ。エントランス横の物入れね!
アタシは物入れにあった冬物のコートを引っ張り出して、いまだ薔薇エフェクトを撒き散らしながら全裸でウロウロしていたジークに頭から被せた。ああぁ……心臓に悪いわぁ。
◇◇◇
もう、ジークフリート様ったら、またお風呂上がりに全裸でウロウロしていたのね。リリアーニャ様がいるのに困った人だわ。
ああ、こちらクリスティーナですわ。出張先からこんばんは。
そうそう。ジークフリート様は絶世の美男子なんて言われますけど、とてもズボラで身なりに無頓着ですの。コートを着せたら着せたでそのままお外に出かけるから困りものですわよね。
♡♡♡
「しまった。魔石灯が一個切れてる。僕、買ってくるよ」
息を潜めて大通りの人だかりがこっちに来ないか見つめていたアタシことリリアーニャは、ジークの一言に振り返った。
「すぐそこの魔道具店を往復するだけだから、五分で戻るよ」
「そ、そうですの。いってらっしゃいませ」
さすがに外に出るときはちゃんとした服を着るわよね? あ、人だかりがいなくなったわ。今のうちに干しっぱなしのカーテンを取り込まなきゃ。
それにジークがいない今がチャンスよ。彼より先に夕食を作ってしまいましょ。アタシはテキパキと洗濯物を取り込んで夕食を作って……
「………………帰ってこない」
夕食ができあがって一時間経ったけど、まだジークは帰ってこない。え? 五分で戻るって言ったのは空耳だったの? 魔道具店ってウチから三軒隣な超ご近所なんだけど?
「え? ホワイトホースさんなら、一時間くらい前に魔石灯一個買って帰ったよ」
心配になってお店のご主人に聞きにいったら、確かに買物には来たみたい。
「けど今日ってそんなに寒いかなぁ。冬物のコートなんか着て」
「エ゛」
まままま、まさか、全裸にコート一丁で出かけたの……? それで一時間も戻ってこないって……。
今は季節でいうと春の終わり。そこそこ気温もあるのよ。というか、そろそろ長袖をしまいたい時期。
まままま、まさか、暑いからってコートの前を開けてたりしない……わよね?
その夜、アタシは眠れない夜を過ごしたわ。ちなみに翌朝、
「いやぁ、気持ちのいい夜だったから隣町までジョギングしていたんだ~」
ってジークは晴れやかな顔でのたまった。五時間も戻ってこないならせめて一度連絡をして欲しかったわ……。
♡♡♡
そんなことがあった次の日。アタシは、ベッド下に隠してジークの魔の手を逃れたメイド服をタライで手洗いして、すでにウラメシヤの木化していた物干しに干して、ついでにめちゃくちゃに干された洗濯物もシワを伸ばして干し直した。さすがのアタシも学習するのよ。
ジークは今日もお仕事。大丈夫、今日はちゃんと服を着て行ったわ。
そろそろマルシェが開く時間ね。出かけようとしたらまたアイツがしゃしゃり出てきた。
「シッテルカ? シッテルカ? 今日ジークノママガ来ルンダゼ? シッテルカ?」
「エッ!」
そんなのジークは一言も言ってなかったわよ!
「シッテルカ? アイツ、予定ハコッチカラ聞カナキャ言ワナインダゼ? 抜キ打チデ、オ義母サント一緒ダゼ? シッテルカ?」
「…………そーね。そーゆー人よね」
……ええ。アタシだって学習するわよ(怒)。
とにかく家の掃除をした方がよさそうね。そう思ってアタシが家に入ると、ジークの研究室のドアが開けっ放しになっているのを見つけた。おい!
アタシの脳裏に歌うマンドラゴラモドキ四十八匹大脱走の悪夢がフラッシュバックした。もうあんな目に合うのなんか御免よぉ。ううっ、考えるのよリリアーニャ。あのおイタな魔法生物をお家から出さない方法は――。
「 働き者の魔王さま~♪
週五でバイト~ ワンオペ育児~♪
あと内職が十種類~ ラ~ララ~♪
奥さんクラブで 朝帰り~ ヘイヘ~イ♪
魔王さま~ 魔王さま~♪
勇者がきたけど~♪
残念だけど~週末はァ♪
いか釣り漁船でバイト中だよぉー!」
「あらぁ♡とっても上手!」
女子力アップの一環でピアノをやってて本当に良かったわ。テキトーに子供ウケしそうなメロディーを弾いていたら、マンドラゴラモドキたちがゾロゾロと集まってきて歌い出したの。一二三……二十六匹。よし! ダイニングでお絵描きしている九匹とバスタブで水遊びしている七匹と、研究室で寝ていた六匹しめて四十八匹みんなお家の中よ! アタシって優秀!
フッフッフ。耳栓しているから歌を聞いてもへっちゃらよ!
そこへ葉っぱをヒラヒラさせながらシッテル花がやってきた。あらかじめ決めておいた、お義母様襲来の合図よ。
「来た! シッテル花、この子たちを見てるのよ!」
アタシはシッテル花に言いつけて、急いで耳栓をポケットにしまってエントランスに向かった。
「ようこそいらっしゃいませ~」
笑顔を崩さなかったアタシってばエラいわ! だって……
「…………お邪魔するわよ」
ジークのお母様、お顔が渋面過ぎてすごい迫力なの。眉間のシワが亀裂になっちゃってる。とにかく応接室へ。
「家族だもの。ダイニングでいいわ」
「エッ」
ダイニングは今マンドラゴラモドキたちがお絵描き中なのよ? なのにお母様ったらスタスタ迷いなく歩いて……
「この家は元々私たちが使っていたのよ」
「そ、そうなんですねぇ」
「ええ。若い頃の思い出がたくさん」
と、話しながらダイニングのドアをオープン
「ある…………の」
ええ。もう、ここは犠牲にするって決めていたもの。ダイニングは壁まで絵の具とクレヨンでどえらいことになっていたわ。これ、壁紙ごと変えなきゃダメっぽい。
そして、黙りこくるアタシとお母様の目の前を濡れたままタタタタ! と駆けていく七匹。水遊びに飽きたのかしら。ビキィ! と隣から異音が聞こえた。ヒィッ!
「おおお、お母様。お任せくださいませ。今、片づけますわ」
アタシは無理やり笑顔を張りつけた。
「可愛いマンドラゴラモドキちゃんたち、他のみんなとお歌を歌いましょう。こっちにいらっしゃい」
歌という単語に惹かれたのか、トテトテと集まってくるマンドラゴラモドキたち。よし、いい子ね。このまま研究室に誘導するわ。ポケットには耳栓もある。大丈夫、アタシはやれるわ。
だけど――。
プシュゥゥゥ
シュン シュン シュンシュンシュンシュン……
なんか……不穏な音がするわ。研究室の方から。え? ドアからモクモクとけむr
ドッカーーーン!!!
目の前で扉と天井が木っ端微塵に吹き飛んだ。そして遮る物のなくなった昼間の空に毒々しいピンク色のキノコ雲が大きな傘を広げた。
呆然とするアタシとお母様の前で、綺麗に三列に並んだマンドラゴラモドキたちが歌いだした。
「劇薬 爆薬 混ーぜ混ぜの混ーぜ混ぜ♪
今流行ってるよ全部盛り♪
科学反応 ブークブクのゴッポゴポ♪
パッチパチのバッチバチ♪
導火線着火で 煙がモークモク♪
シュルシュルシュル ドッカーーン!」
「耳栓が……」
「思い出の家が……」
その後ジークが帰ってくるまで、応接室で二人変顔で向き合っていた時間は、永遠のように長く感じられたわ……。
◇◇◇
「ただいま戻りましたわぁ」
お久しぶりです。隣国の出張から戻って参りました、クリスティーナですわ! ああ、お仕事も遊びもとっても充実した一週間でした。最終日のお疲れカラオケ会はつい熱が入って……ああ楽しかった!
「やあ、おかえりティー……」
「遅いわよぅ! 待ってたんだからぁ!」
笑顔で私を迎えるジークフリート様を押しのけて、タックルよろしくすっ飛んできたのはヨレヨレのメイド服を着たリリアーニャ様でした。
「ごめんなさいね。魔導列車が線路トラブルで遅れちゃったの」
「魔導列車のバカァァァ!!」
エグエグ泣くリリアーニャ様の頭を私はよしよしと撫でました。私が留守にしていた一週間、相当苦労なさったみたいね。
それにしても。家を半壊させるなんて、今回はいったい何をなさったのかしら。まあ、高給取りな旦那様ですから、半壊程度痛くも痒くもないのだけど。
「大丈夫。大丈夫ですわ、リリアーニャ様。これで本当のおうちに帰れますわ。貴女は解放されるの」
そう言いながら、私はリリアーニャ様の頭越しにジークフリート様から受け取った魔法誓約書を燃やしました。ええ、夜会でリリアーニャ様を紹介される前に、ジークフリート様が彼女にサインさせた、『一週間、ジークフリート様と共同生活をする誓約書』です。リリアーニャ様は婚姻誓約書と勘違いなさったようですけれど。
ジークフリート様は絶世の美男子。籍を入れてからも、粉をかけてくる羽虫が絶えませんの。だから私、愛する旦那様にちょっかいをかけた子には現実を教えて差し上げることにしていますのよ?
ジークフリート様は神をも誑し込めそうな絶世の美男子ですけれど、家事がド下手なくせに全力でやりたがり、他人への気遣いがイマイチ足りなくて、 お風呂上がりに全裸で家の中をうろつき、しょーもない理由で突然遠くへ出かけて帰ってこず、他人の注意はのらりくらりとかわして聞かない、さらに研究室のドアを開けっ放しにするウッカリさんですの。ええ。彼の本性を知るとヒロイン気取りも相談女も、王女殿下だってみーんな逃げていきますわ。
一週間のお試し同居は嫌がらせではありませんわ。彼女たちは現実を知って引き返せますし、私は家事から解放されてリフレッシュできますもの。ウィンウィンじゃなくて?
え? こんな男のどこがいいのかって?
あらあらまあまあ……。
私、とっても地味で平凡な容姿をしておりますの。群衆に紛れれば見つからない――それが私、クリスティーナ・ヘーボンナ・ホワイトホースですの。
ですけど、ジークフリート様はそんな私を蕩けるような笑顔で「綺麗だ、愛している」って言ってくれますの。些細なことにも「ありがとう」を欠かさず、「君に似合うと思って」と服やアクセサリーを買ってくれ、私が疲れたりイライラしていたら「君の好物だよ」ってケーキを買ってきてくださるの。私以外の他の誰にも見向きはしません。だから私はとっても幸せですのよ?
百点満点の完璧超人なんておりませんわ。人には長所と短所がございますの。その両方を知って寄り添えてこそ、真実の愛って言えるんじゃありませんこと?
おしみゃい
頑張れリリアーニャ、負けるなリリアーニャ、ジークはアタシが調教してあげるわ! その鴨肉を私にお寄越し! と思った方は下の☆☆☆☆☆を★★★★★にしていただけると作者が喜びます☆⌒(_;´꒳`;):_