もしかしたら、このロウソクは
あるところに、本を読むのが好きな一人の青年がいた。青年は食事を切り詰めてでも本を買う金を作り、寝る時間を惜しんでも貪るように本を読んだ。
そんな青年には一つの悩みがあった。それは夜に本を読むときに使う灯りのことである。
月のある明るい夜であればそれで本を読むことが出来る。しかし、そうでないときは自ら灯りを用意しなければならないのだ。
油だってけして安くはない。もしこの灯りにかかる代金をなくすことができれば、もっと多くの本が買えるというのに。
しかし現実にはどうしようもなく、仕方なしに油を消費する日々だった。
そんなある日、仕事を終えた青年が家に帰ろうと足早に街を歩いていると、ふと妙な出店が目に留まった。
その店には大小さまざまなロウソクが並んでおり、暗い夜道を照らしていた。
そうか、値段によっては油ではなくロウソクを使うのも良いか。
そう考えた青年はその店に近付いてみる。そして店に並ぶたくさんのロウソクを見る内に、一本の平凡なロウソクに目を奪われた。なんのこともないロウソクではあるが、色も形も大きさも、まるで青年の好みに合わせてあつらえたような、そんなロウソクだった。
「あの、これ」
青年はそのロウソクの方を指さすと店の主人に声をかける。
主人はどこか不吉な雰囲気を漂わせる、不気味な老年の男性だった。その老人はロウソクと青年を見比べるとヒヒと薄気味悪く笑い、お目が高いねと言った。
「うちのロウソクは特別性さ。風が吹こうが、水にぬれようが、けして火が消えないんだ。ほれ」
言うが早いか、老人は自分の手元にあるコップの中身を、青年が指さしたロウソクにかけた。突然のことに青年は驚くが、しかし確かに老人の言うようにロウソクの火は全く消えていない。
「でもそれじゃあ、気を付けないと火事になりそうだね」
青年は心配そうな声をあげる。しかし老人はゆるゆると首を振ると、その心配も無用さと言って手元にあった紙をロウソクの火に近付けた。しかし紙は一向に燃えない。
「うちのロウソクは特別性なのさ。自分から消さない限りは、燃え尽きない限りは消えないし、その火がどこかに燃え移ることもない。便利な便利な灯りさ」
なにがおかしいのかヒヒヒと笑いながら、老人はそう言う。
結局青年は一日分の油とほぼ同額の値段を支払うとそのロウソクを買った。
ロウソクを包みながら、老人は思い出したようにこう言った。
「ああ、そうそう。もしロウソクの火を消したかったら水に沈めな。そうすりゃ消えるからね」
家に帰った青年は、確かにそのロウソクの火はなにをしても消えることはなく、またなにかに燃え移ったりもしないことを確かめた。恐る恐る火に指を近づけてもみたが、火傷一つしなかった。
そのことが確認できた青年は喜び、夜ごとに心ゆくまで本を読みふけった。
それから数か月後、青年の心にはまた別の悩みが浮かんでいた。
けして消えないそのロウソクは、青年が眠ろうとしてもちろちろと揺れる光を部屋中に投げかけ、眠るのを邪魔するのだ。
眠りを邪魔されるたびに青年は老人が言っていた方法でロウソクの火を消そうとするのだが、そのたびに思いとどまった。
この不思議なロウソクが、話に聞く人の寿命を示すロウソクだとしたら、と考えると、怖くて消すことが出来ないのだ。
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