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似たもの兄弟

作者: 炬燵ねる

 とある和菓子屋からホクホク顔で帰宅すると、俺の家が甘い香りに満たされていた。

 「(……またか)」

 俺は、胸焼けしそうな匂いに誘われるまま、キッチンへと向かう。

 IHコンロの目の前、そこに、この匂いの元凶。俺の妹は立っていた。

 フリル付きの白いエプロンを着こなし、長い黒髪をヘアゴムでまとめ上げたポニーテール。フライパンを真剣に見つめるその姿は才色兼備な大和撫子など超越して神。

 柊萌佳ヒイラギ モカ。俺の最愛なる妹、その人である。

 長い睫毛に眠そうな垂れ目、薄い唇からヨダレが垂れているのも愛らしい! また、程よく肉づいた太ももは、神々しさを年々増しているようで、お兄ちゃんには眩し過ぎるよマイシスター!

 外見だけかと勘違いするなよ凡人ども。

 萌佳の成績は常に学年トップレベルだ! その為、必ず上位に名前が乗る秀才タイプと思われがちだが、その影で遅くまで机に向かう努力家な一面があることを、お兄ちゃんだけが知っている! 

 こんな、出来すぎた妹がいたら、誰だってシスコンになるのは普通のことだ! 


 ……しかし、そんな妹にも一つ欠点がある。


 冷静さを取り戻そうと、自分のメガネをクイッとかけ直す。

 萌佳の後ろにあるキッチンカウンター。そこに答えはあった。

 そこには、ホットケーキミックスと牛乳、卵が用意されていた。

 しかも、すべて使い切った形跡がある。

 萌佳は俺に気づいているはずだが、フライパンから目を離すことはない。

 鼻歌交じりにクリーム色の生地を薄く伸ばすことに全神経を注いでいるらしい。

 真剣な萌佳もまたいいものだ。

 いかん! 料理する妹に惑わされてはいけない!

 そうだ、もう分かっただろう諸君! つまりは、そういうことなんだ!


 『萌佳は洋菓子しか食べてくれない!』


 今日も昨日も一昨日も、その前の日も!

 萌佳のおやつは洋菓子ばかりだ!

 それがどういうことか……。

 そう!


 『萌佳は和菓子の魅力に気づいていない!』


 ……なんという事だろう。

 これは神か運命の悪戯か?

 こんな悲劇があるなんて……お兄ちゃん和菓子派なのに……。

 そこで、俺は考えた!

 萌佳がおやつを食べる時間に俺も和菓子を食べればいい。

 俺が美味そうに食っていれば、萌佳も「か、和颯かずと、それ一口もらえませんか?」っと言ってくるはずだ!

 萌佳を知り尽くした俺の作戦に失敗の二文字は絶対ありえない! いいか! 絶対にだ!


 ……どうやら、萌佳のパンケーキも出来たようだな。

 とりあえず、手を洗って準備するか。

 ………………

 …………

 ……

 「兄さん、おかえりなさい」

 「ただいま。萌佳」

 手を洗ってダイニングに戻ると、既に萌佳は食事の席に着いていた。

 俺は萌佳の正面の席に腰を落ち着ける。

 真正面からの堂々と勝負しようじゃないか。

 萌佳のおやつは予想通りのパンケーキ。

 トッピングでバニラアイスクリームと冷凍イチゴがあしらわれらたキラキラした一品だった。

 萌佳はフォークとナイフを器用に使い、丁寧に一口サイズに切り分けたあと、その小さな口でパクっと美味しいそうに頬張っている。

 目を細めて口をモグモグさせている萌佳。

 これは、また、なんとも……。

 ……………。


 いかーん! 見惚れている場合じゃなかった! 俺も和菓子を用意せねば! 

 流石だよ萌佳。この勝負を一瞬で決めにくるなんて。

 だがな、今回の俺は一味違うってところを見せてやろうじゃないか!

 俺は、狐のイラストが描かれている白い紙袋から本日のおやつを取り出して、萌佳に見せるようテーブルに並べた。

 萌佳の手が止まる。その目は俺のおやつを正確に捉えていた。

 「に、兄さん。それは!」

 「気付いたか。これが、ただの"どら焼き"ではないことに」

 萌佳の目は、既にパンケーキなど眼中にないと言わんばかりに"どら焼き"を凝視している。

 もとい、そのどら焼きに焼印されているイラストから目が離せなくなっているのだ。

 「……キツネ。これは、まさか!」

 ガタッ! と座っていた椅子が倒れたことも気にする様子は見せず後ずさる萌佳。

 …………本当にノリがいい。

 やっぱり俺の妹は最高だぜ。

 この反応を見れただけで、片道2時間かけて買ってきた、俺の苦労も報われるってものさ。

 ならば、俺もやるしかなかろう!

 「気づいたか萌佳。我が最愛にして、最高の妹よ」

 「あわわわわわわ!?」

 「そうだ。このどら焼きは、そんじょそこらの、皮が穴だらけになっいるような安物とは一線を画す!」

 ……せーの!


 「「おきつね堂のどら焼きだーーーー!!」」

 

 兄妹揃って万歳ポーズ! 

 和菓子の老舗『おきつね堂』。

 どら焼きと栗まんじゅうが看板メニューの有名店。

 俺が買いに行った時なんて、既に店の外にまで列を作っていたので買えるかどうかハラハラした。

 運良く、どら焼きを3つ買えたから、本当に良かったと思う。

 「兄さん、これどうしたの?」

 「ちょっと、おやつに食べたくなってね。買ってきた」

 「買ってきたって……。これ絶対高いよね?」

 「1個240円」

 「あわわわ!? 兄さん、それは贅沢すぎるよ!」

 …………いや、そうでもないと思うぞマイシスター?

 それはそれとして、これはイケるぞ! このまま畳み掛けよう!

 「ほら、萌佳の分も買ってきたから、一緒に食べよう」

 「え!? いいよ! いらない!」

 …………なにゆえ?

 「そんな、苦労して買ってきたもの貰えないよ。私は気が向いた時に買いに行くから、兄さん食べて」

 なん……だと……。

 萌佳、お前、まさか、ここに来て躱すというのか。

 「い、いやいやいやいや! 遠慮するなって! 萌佳の分くらい、全然問題ないって!」

 「うーん……」

 よし! まだイケる! このまま押せば……!

 「でも、パンケーキ食べたいから……。ごめん兄さん。また今度ね」


 …………………ごめん兄さん

 …………ごめんにいさん

 ……ゴメンニイサン

 

 完敗だよ妹よ。

 俺が和菓子派のように、萌佳もまた洋菓子派として譲れないものがあるんだね…… 。

 「(あーあ、振られちゃったなぁー妹に)」

 目の前には、椅子に座り直して美味しそうにパンケーキを頬張る萌佳がいる。

 「(……これが、NTRってやつか。なんていうか、俺、許せねぇよ、パンケーキ…… )」

 萌佳にあんな顔させやがって。

 パンケーキのくせに! パンケーキのくせに!


 …………そうだ。まだ、終わってない。


 まだ終わってなんかいない!


 「(萌佳、お前はまだ、本当に美味しいどら焼きの食べ方を、知らない!)」


 ――ガタッ!

 急に椅子から立ち上がった俺にビクッと反応する萌佳。

 その姿も可愛いが、今はやることがある。

 キツネマークのどら焼きをふたつ手に取り、俺はキッチンの奥へ駆け込んだ。

 「ちょ!? 兄さん!?」

 背後で俺の琴線に触れるような声が響く。まるで、神話に出てくるセイレーンのような美声だ。危うく心臓麻痺を起こすかもしれないが、それもまた良いだろう、悔いはない。

 悔いはないが、せめて、この味を萌佳に知ってもらうまでは! やっぱり、なんか、死にたくない!

 行くぞ! 準備はいいか!


 バタン! ――ピッピッ! ヴォォォオォォオオォ!


 「あとは、時間を稼ぐだけだ!」

 「ちょっと!? 兄さん、何してるの!?」

 あぁ、萌佳。追いかけて来てくれたのかい。

 「もうちょっとだ、あと30秒で、萌佳を救い出せる」

 「兄さん!? わたし、兄さんが何を行っているのか、全然わからないよ!?」

 「大丈夫。俺は正気だ」

 「嘘だーッ!」

 

 ――――チーン!


 そんな音が響くと同時くらい。

 俺はその箱の扉を開けて、中身を確認する。

 「……完璧だ」

 「兄さん、それって」

 「あぁ」

 俺の手から湯気を出している、ちょっと厚みのある楕円形の和菓子。

 「どら焼きだよ。しかも、アッツアツのな!」

 「に、兄さん……どうして、どうしてそんな事を!」

 膝から崩れ落ちる萌佳。

 口元には両手を当て、涙を溜めた目は信じられないものでも見たかのように見開かれている。

 己の衝動を抑えるかのように、何度も喉を鳴らし、溢れんばかりの唾液を堪えている姿はまるで、パブロフの犬のようだった。

 「……萌佳に知ってほしかったんだ。洋菓子ばかりじゃなくて、和菓子だって美味いんだぞって……」

 「兄さん……! わたし!」

 「ほら、見てごらん萌佳」

 湯気を上げるどら焼き。

 その皮は穴ひとつ見当たらず、色合いはトパーズのように美しい。

 持っているだけで分かる。この上品な皮の質感を愛でるように、両手で優しく包み込むと、ふわっした奥ゆかしい弾力が指先に呼応する。

 「あわわわわわ!?」

 ……流石は柊萌佳。

 俺がこのあと何をするのか、既に見当がついているらしい。

 「やめてぇぇぇぇえぇえええ!」

 「その目を見開きよく見ておけ! これが!」

 まだ、熱を感じるどら焼きの中央。

 そこに、両手の親指をかけて真っ二つに割ってやった!

 「うわぁぁぁぁぁぁ!?」

 萌佳の絶叫とともに、勢いよく噴き出す湯気!

 お前のやせ我慢に終止符を打とう!

 「ほら、萌佳も食べてみろよ」

 既に呆然自失といった様子ではあったが、この鼻腔をくすぐる和の香りを前に気絶などしていられるわけがない。

 「…………ッ!?」

 差し出した、どら焼きから噴出する小豆餡の上品な香り。先程の皮とはまた違った味わいを魅せつけてくれる。

 正直、俺も辛抱たまらなくなってきた。

 先にアツアッツのどら焼き頂いてしまおう。

 ……………。

 これは、もう、どら焼きの上位に存在する別のなにかとしか言いようがない。

 皮はしっとり、かつ、火照ったようなモチモチ食感。それが包み込む小豆餡は、まるで、おしるこのように熱を帯びてトロットロな溶岩のそれである。恐る恐る、かぶりつくと口の中を火傷しそうなくらいの熱が襲ってきたが、噛みしめるほどに広がる香りに心酔して、痛みも時を忘れるのである。


 あぁ、良きかな。良きかな……。


 そういえば、萌佳はどうしているだろう?

 まぁ、確認するまでもないか。

 大方、あまりの美味しさに、口の中を火傷しているに違いな…………!?

 「嘘だ……」

 萌佳の姿がキッチンに見当たらない。

 あるのは、皿の上で半分になったどら焼きだけ。

 ダイニングの方から人の気配を感じて、俺はふらつく足を叱りつけながら一歩、また一歩を踏み出していく。

 そこに、あるはずが無いと、信じたくないと願っていた光景が、満面の笑顔で出迎えてくれた。

 「あら、兄さん。おかえりなさい」

 柊萌佳はパンケーキを食べていた。

 トッピングでバニラアイスクリームと冷凍イチゴがあしらわれらたキラキラした一品。

 もう、半分以上食べ尽くしているが、ちょっとだけ、変わっている。

 「萌佳、それは……」

 「あぁ、これですか」

 萌佳のパンケーキには、先程なかったはずのトッピングがひとつ増えていた。

 「これも、美味しいですよね。バニラアイスともよく合うんですよ。兄さんも一口いかがですか?」

 その、トッピングは和のテイストを取り入れた、和菓子派を堕とす甘美な罠であり邪道のそれである。

 なぜなら、その菓子の主役はパンケーキであり、言うなれば、『和の威を借るパンケーキ』。これを邪道と言わずして、なんと呼ぶ。

 「あぁ、美味しいです。ゆであずき増し増し。和風パンケーキ」

 俺の妹が、墜ちたというのか……。

 よくわからない虚無感に襲われる俺のことを知ってか知らずか、萌佳はさらに続ける。

 「そういえば、さっき兄さんが作っていた。ホットどら焼きの味にそっくりですよね。ゆであずき増し増し和風パンケーキって」

 「! そんな、そんなことあるものか!?」

 すかさず、俺の目の前にスッっと差し出されるスプーン。

 はたから見れば、萌佳が俺に「はい、あ〜ん」している状況だ。

 「食べたことないんですよね? ゆであずき増し増し和風パンケーキ」

 「!」

 「食べてもいないのに、否定をされてしまうのは、妹としては少し寂しい感じもします」

 ……たしかに、それは、なんか、すまん。

 「兄さん。はい、あ〜ん」

 「いや、萌佳それは……」

 「やっぱり、どら焼きよりも、パンケーキの方が美味しいですよね?」

 「…………」

 「どうぞ。和颯兄さん」

 いや、別に、どら焼きと同じくらい美味しいのかって疑っているわけじゃない。

 あまりにも、萌佳が言うから、仕方なく食べるのであって、別に洋菓子なんか……。

 「和颯兄さ〜ん。早くしないと全部なくなっちゃいますよ〜」

 「……わかった。絶対、どら焼きの方が、そんな『和風』などという邪道より、美味しいと断言してみせよう!」

 「それでこそ、私の好きな和颯兄さんです」

 「それじゃ、どうぞ」っと差し出される、邪道パンケーキ。

 ………… 食べると言ってしまった手前、もう後戻りはできない。

 俺は覚悟を決めて、パクっと一気に食べてみる。

 「(……うん? 俺のどら焼きと全然、味わいが違う気がする?)」

 なんというか、バニラアイスクリームの甘さやいちごの酸味も相まって、まったく別の食べ物というか。

 これと、どら焼きの味が似ていると言うには少し無理があるような。

 「兄さん」

 「うん?」

 なぜか不敵な笑みを浮かべる萌佳。

 はじめて観る顔だが、なんというかゾクッとする中に甘さを感じるいい笑顔だとお兄ちゃんは思うぞ。うん。

 でも、どうゆうこと?

 なんで、そんな愉快そうなの?

 「洋菓子、食べてくれましたね。兄さん」

 「……え?」

 「和菓子ばっかり、食べて。全然、私の作ったパンケーキもカヌレも食べてくれない兄さんに、洋菓子の魅力教えて差し上げようかと一計を案じました」

 「萌佳、お前……!」

 「美味しいでしょう兄さん。和菓子なんかよりもずっと。次はアップルパイを作る予定なんです。一緒に食べましょうね。和颯兄さん」

 この日、俺は萌佳にわからせられたのであった。


end


―――――――――――――――――――――――――

別の執筆してたら、疲れて来たので、息抜きに書きはじめたら、書き上げてしまった……ってやつ。設定も何も考えてなかったけど、こういうバカ話大好きです!


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