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恵まれ転生ヒロインと思いきや、好色王に嫁がされることに。嫌すぎて足を踏みつけてやったら、反乱を起こした王太子になぜか求婚されました。

 高く取った天窓からは柔らかな光が降り注いでいた。


 私はその光を仰ぎ見ながら、湯船に浸かり込む。湯船からは私が入った分のお湯が溢れ出し、浮かべられた花びらが下へと落ちた。


 私を囲む侍女たちはそんなことに気を取られる様子もなく、私が伸ばした腕にマッサージをし出す。


 自分で言うのもなんだけど、白魚のような手は何の苦労も知らない。ナイフとフォーク以外の重いものなんて、持ったこともないんだもの。


 侍女たちはその手を優しく、そして慈しむように磨き上げてくれる。


 思わず『あ゛あ゛あ゛』と出そうになる声を必死に抑えた。そんな声を出せば、完璧な王女と言われる私の名に傷がついてしまうもの。



「ああ、今日も王女様はお美しいわ」


「ふふふ。ありがとう。みんなのおかげよ」


「そんな。王女様がお美しいのは、もう生まれ持ってのものですわ」


「そうかしら」


「そうですよ。ああ、本当にお綺麗だわ。こんなにお綺麗でお優しい王女様にお仕え出来て幸せです」


「もう、おおげさねぇ」



 侍女が私の細く柔らかく伸びた金の髪を、洗い流していく。


 自分で何もしなくても、ココでは本当に至れり尽くせり。こんな幸せがあってもいいのかしら。


 美人って本当に得ね。ああ、でもただの美人じゃなくて、この国で誰よりも愛される王女様だからかな。


 本当に良かったと思うわ。


 あんなどん底の中で()()死んだ時は、神様を恨みまくったけど。これならプラスマイナス以上の話だし。


 私はこの王女となる前のことを、ぼーっとする頭で考えていた。




     ◇     ◇     ◇




「ねぇ、どうなっているのよ!」



 純白のドレスの裾を強く握りしめた。シワが跡になることも気にならないほど、私はスマホの画面を凝視する。


 何通も送ったメールも、何度鳴らした電話も全てスルーされていた。


 何で今日なの? 何で? だって今日は……。



「あの……新郎様は……」



 申し訳なさそうに近づいてきたスタッフの一人が声を上げた。


 支度に時間のかかる私よりも、彼は一時間遅れてこの会場に入る予定だった。


 付き合って三年。同棲して一年。そして今日は彼氏という立場から、夫となる予定だったのに。


 なんで? なんで電話に出ないの?


 もしかして事故に遭ってしまったとか。でもどっちにしても、最悪の状況であることには変わりなかった。


 今日のこの式の支払いのお金も彼が持ってきてくれるはずだったし。それに主役は二人揃わないと始めることは出来ない。



「なんで電話に出ないのよ!」



 泣いていいのか、怒っていいのか。それすらも分からない。


 しかしその後、自宅を見に行ってくれた真実は私にとっては諦められないものだった。


 一言で言ってしまえば結婚詐欺。それでも三年も一緒にいたのに。彼には私に対する愛情は一ミリもなかったのかな。


 家の家具も式のお金も全部持って、彼は綺麗さっぱり消えてしまっていた。



「ホント、馬鹿みたい……」



 慰めてくれる友だちたちさえ振り切り、私はドレスのまま外に飛び出した。


 私の気持ちを汲み取ったように、急に空から大粒の雨粒が降り注ぐ。



「なんで今日だったの? お金ならあげたのに。こんなに惨めな捨て方なんて酷すぎる……」



 私が何をしたというの?


 彼の色に染まりたくて、何でもずっと頑張ってきたのに。その結果がコレって終わっているでしょう。


 結婚したら家庭に入って欲しいって言った言葉はなんだったの。今日で私はお金も仕事も恋人も全部なくしてしまった。



「惨めだ……」



 この雨が涙を隠してくれることだけが、せめてもの救いだった。


 街中を足早に行き交う人たちは、私を見ては怪訝そうな表情を浮かべても誰も声をかけてはこない。


 私だけがこの世界で浮いてしまってるみたい。異物、ね。これでは。


 はははっと笑ったところで、いろんな人の悲鳴が耳に入ってきた。


 振り返ると、そこには暴走するトラック。


 全てがスローモーションのようにゆっくりとなっていたが、私にはもう逃げる気力すら残ってはいなかった。


 最低だった人生なんて、こっちから願い下げよ!


 (つんざ)くような音と、冷たくなったアスファルトに体温が奪われていく感じ。


 そして誰かの叫び声が転生前の最後の記憶だった。



     ◇     ◇     ◇



「二度と戻りたくないわね……」


「王女様、どうかされたのですか?」


「あー。なんでもないのよ。昨日読んでいた本の内容が、ね」


「王女様は博学でいらっしゃますからね」



 一瞬驚いた様な表情をした侍女が、何もなかったかのように話し出す。


 危ない、危ない。無意識だと、どうしても過去の私が出てきてしまうのよね。なんせあっちでは29年も過ごしたから。ここでの17年に比べたら半分くらしだし。


 しかも王女って思っているよりも職業としては暇。


 やることと言ったら、本を読んだり音楽を聴いたり、たまーーーーーーーに慰問に出かけたり。ほぼこの城の中で過保護に育てられているのよね。


 初めはこんなので大丈夫と思ったけど、慣れてしまえば悠々自適な生活といえる。


 だってほぼゴロゴロして好きなことしかしてないんだもの。


 イケメンの騎士を眺めて目の保養をしつつ、優しい侍女たちとおしゃべりだけでいいなんて。


 前の世界になんて死んでも戻りたくないわ。ま、死ななきゃ戻れないんだけど。



「王女様! 王女様! 大変です!」


「どうしたの、そんなに慌てて」


「王女様の御前でそんな風に取り乱すだなんて」


「で、でもこれは一刻を争うことで……」


「大丈夫よ。それで、どうしたの?」



 息も絶え絶えでなだれ込んできた侍女を叱るほど、私は心が狭くないもの。いい王女を演じるのは大切なのよ。


 何せ、いろんな人に愛された方が絶対に幸せなんだから。愛想、大事~。



「こ、国王様が王女様をお呼びでして……すぐに来るようにと」


「お父様が? 急に何かしら」



 こんな風に急に呼び出されたのは初めてね。侍女もこんな風に慌てている所を見ると、あんまりいい予感はしないんだけど。



「あなた何か聞いてる? こんな風に、急に私をお父様が呼び出すだなんて」


「あの……それは……」


「別に怒りはしないから言ってちょうだい?」



 私の言葉に侍女は膝から床に崩れ落ちた。


 

「ああ。服が濡れてしまうじゃない」



 驚く私など気にすることなく、侍女は顔を押さえさめざめと泣き出した。



「申し訳ございません……」


「な、何を謝っているの? ちゃんと言ってくれないと分からないわ」


「王女様の御結婚が決まったと……」


「んんん、け、結婚!?」



 さすがに寝耳に水とはこのことね。今まで一回だって、そんな話は出て来なかったのに。


 しかも泣きながら謝る侍女を見れば、その嫁ぎ先がマトモではないのだろう。


 私は勢いよく湯船から立ち上がると、先ほどまでマッサージや髪を洗ってくれていた侍女たちに指示を出した。



「すぐに用意してちょうだい。謁見します!」


「はい王女様」



 侍女たちは声を揃えながら素早く行動に移した。



 父である王のいる謁見の間には、すでに他の大臣たちも控えていた。皆誰もが、私の顔を見た瞬間に視線を逸らす。


 なにそれ。一応、私この国の第二王女なんですけど?


 入って来た瞬間に目を逸らすとか、さすがに失礼じゃない?


 別に上から目線で説教する気なんてさらさらないけど、フツーに人としてダメでしょう。


 まったくもぅ。



「参りましたお父様」



 内心とは裏腹に、あくまで優雅に私は微笑む。




「来たかエリザ」


「はい。何やらお急ぎとのことで……」


「うむ」



 父は私の顔を見るなり、何かを言いかけたまま下を向いた。そして、自慢の白い顎髭を何度も触っている。


 基本、父は今までこれでもかというほど私を甘やかせてきた。


 それもそう、私はこの父譲りのハニーブロンドの長い髪にブルーの瞳。


 父はどちらかといえば、自分によく似てそして美人な私のことを愛していたと思う。だからこそ、一応結婚適齢期であっても婚約者すらいない箱入り娘なわけだし。



「なにやら、私の結婚が決まったとかなんとか?」



 このままではらちが明かないため、こちらから切り出す。


 そして父の周りの大臣たちの顔を見れば、益々目線を合わせようとはしなかった。



「お父様?」


「うむ……」


「誰か、状況を説明出来ないのですか?」


「いや、わしからしよう」


「はい、お父様」


「お前の結婚が決まったんだ」


「お相手はどなたなのですの?」



 王女と言う立場上、政略結婚は免れないなぁとは薄々思ってはいたけど。


 普通だと、婚約期間を経てからの結婚となるハズ。それがいきなり結婚だなんて……。



「隣国のアゼル王だ」


「は?」



 我ながら、らしくない言葉だと思う。でも思わず素が出てしまうほどの、それは爆弾発言だった。


 隣国アゼルは戦の好きな好色王が治める国。確か王様は齢60を過ぎていたハズ。しかも王妃はすでに12人ほどいたんじゃないかしら。


 そんな人のところに嫁げですって? 冗談でしょう。



「よりによって、60過ぎの狒々爺(ひひじじい)の13番目の王妃にだなんて」



 こっちは初婚なのよ。それにまだ17歳。中身は違うけど。しかもこの国一番の美女と言ってもいいくらいなのに、じいさんロリコンすぎでしょう。 向こうの世界だったら、絶対に捕まる案件だからね。


 うわぁ、ないわ。うん、絶対にない。


 でも、こんなに言いにくそうに切り出すってことは相当のことがあったってことよね。


 一応、聞くだけは聞くけど。



「エリザ、すまない」


「お父様、すまないでは分かりません。きちんと経緯を説明なさって下さい」



 もちろん納得できない内容なら、絶対に破棄させてやるんだから。


 内心息巻く自分を抑えつつ、あくまでも可憐で儚げな王女の表情を私は浮かべた。


 父は申し訳なさそうに、うつむきがちになりなから、組んだ手をモソモソと落ち着きなく動かしていた。


 我が国は、資源豊かなもののあまり大きくはない。


 元々、いろんな国からの脅威に晒されることは多かったものの、冒険者や傭兵を雇うことで事なきを得てきた。


 しかし隣国の戦好きな好色王に目をつけられてしまう。


 奴の目的は他でもない私だったらしい。


 そりゃあね、ぱっちりお目目に薔薇色の唇。お金をかけまくってる、スベスベのお肌。そして宝石のように輝くブルーの瞳に、艶やかなハニーブロンドの髪。惹かれるのも惚れてしまうのも、自分でも分かる。分かるけどさぁ。


 すでにいろんなトコから集めた美人な王妃が12人もいるのよ?


 さらには私と同じくらいの歳の王子や王女も何人かいたはず。



「もうあの国には12人もの王妃がいるではないですか!」


「それはワシも分かっておる。だから何度も断ってきたのだ」


「それならなぜ今、相手の要求を飲むのですか」



 目の中に入れても痛くない娘のために、頑張ってよ、もぅ。


 私だって父が決めた人のところに嫁に行くのが嫌なわけではない。


 それが王女の役目と言われたら、諦めるけど。それとこれとは、次元が違いすぎるわ。



「向こうが国境まで兵を出してきたのだ……。要求に応じなければ、このままココに攻め込むと……」


「兵を、ですか」



 差し出さないのなら、力ずくでってことね。しかも国境から、この王都までは馬車で数時間ほど。


 急襲されれば、傭兵も冒険者も間に合いはしない。自国の騎士たちだけでは、向こうの兵力の半分にも満たないでしょうね。


 たかが嫁を得るためだけに、ここまで実力行使してくるなんて。狂ってる。頭がおかしいとしか、思えないわ。私、そんなところに嫁がされるのね……。


 急激に重くなる現実に、私は目眩を覚えた。


 そしてあれほど戻りたくないと思った向こうの世界が急に恋しくなる。



「逃げてしまいたいわね」


「王女様!」



 私がもらした言葉に、大臣たちは蒼白な顔をしながら声を上げた。


 私が逃げてしまえば、その先の結果は目に見えてるものね。その気持ちは分かる。


 フツーの王女様だったら『分かりました。この国のためになら』と言う場面なんだろうなぁ。



「だいたい、たった17歳の王女に国の命運を任せて恥ずかしくないのですか? それはこの国だけではなく、他の国もです」


「それは……だなぁ」


「それはではありません。どの国も娘を差し出すことであの王を付け上がらせてるだけではないですか!」



 誰も彼の顔色を伺うだけで、何の対策も取ってこなかったことが今回の原因なんじゃないかな。


 私で13人目よ? こんな数になる前にどうして誰も止めようと思わないのよ。


 暴君は排除するって、鉄則でしょうに。


 どうせ変えられない運命ならと、私はすべての思いを吐き出すことにした。



「今までどの国においても、誰も何も思わなかったのですか? 抵抗もせずに、ただ差し出すだけで疑問にも思われなかったのですか」


「それは、そうだが」


「そうだがではありません。かの王に全てを支配させるおつもりなのですか?」


「……」


「あの王が大きな顔をする要因は、それに屈してきた者たちしかいなかったということですよ。このままでは、あの国の良い様にされるだけです」


「ではどうしろと言うのだ」


「それを考えるのはお父様を始め、他の諸外国の王たちの役目ではないのですか?」



 私一人の問題ではない。すでに人質とも言える妃たちが12人もいるのに、誰も手を打たないなんて。


 このまま実質的な支配のようなものが広がっていけば、もうこれはうちのような小国だけの問題ではないはず。


 いずれその力は他国との影響ともなる。


 今は私を差し出すことでどうにかなったとしても、結局将来的に自分たちの首を絞めて行くのに。


 どうしてそんなことも分からないのかしら。



「でも拒否すればこの国は滅ぼされるのだぞ?」


「そうは申してはいないではないですか。私を差し出しただけで終わるとお思いですか? きっとあの王は私をダシにしてこの国の国政にも口を出してくるでしょう」



 そしておそらく、私を溺愛している父はきっと断れない。


 そうしてうちの国や他の国にも、その影響力を増やしていく未来しかないじゃないの。



「今はそこで黙っている大臣たち(あなた方)も、娘をと言われる日が来るのですからね!」



 私の言葉で集まった大臣たちはハッとするように、顔を更に青くさせた。


 

「私はこの身可愛さに申しているわけではありません。この先の未来のために言ってるんです!」



 そうは言っても、自分の身はかわいいんだけど。こんな形で、不幸せになるとか絶対に嫌だし。


 二回目の人生……それも一回目が散々過ぎたんだから、私は幸せになりたいの!


 諦めるのとか、あんなに惨めになるのはもう懲り懲りなのよ。


 

「だが、どうしろと……」


「今回はこのまま向こうの要求通り、結婚をいたしましょう。その先のことは私が自分でどうにかいたします。しかしこの先のことは必ず、他の諸外国の方とご協力をなさってください」



 ここまで煽れば、打倒を目指してくれるんじゃないいかな。


 王女としては泣く泣くのが可愛げがあっただろうけど、元の性格上そうはならないから仕方ないわよね。


 しかも王女の仮面のまま過ごせるほどの事柄でもないし。


 私が言いたい放題なことに若干みんな引いてはいるけど、今の私にはそんなことを気にするような心など微塵もなかった。


「あああ、もーーーー行きたくない」


「お、王女さま!」


「大丈夫よ、そんな顔しなくても行くには行くから……」


「も、申し訳ございません」



 一旦部屋へと戻された私は、ベッドに腰かけると大きくため息と本音を漏らした。


 そんな様子を侍女たちが遠巻きに、顔色を伺いながら見ている。


 まったく情報が回るのが早いことね。人の口に戸は立てられぬ、か……。


 まぁ、でも彼女たちが心配する気持ちは分かる。だって私が行かなければ、この国は間違いなく滅ぼされてしまうもの。


 あれほど私を甘やかし、大切にしてくれていた人たちはもう誰もいない。むしろ17年は幸せに生きられたのだから、諦めろってことね。


 こんな時は大丈夫よって言ってあげるのが模範解答なんだろうけど。でも、嫌なものは嫌なんだもん。 


 17歳の娘を差し出せという爺なんて、ロリコン通り過ぎて頭おかしいでしょう。あああああ、行きたくない……。


 だけどある国では王妃を指名され激昂した国王が決闘の末、惨殺されたんだっけ。


 今までに大小様々な国からすでに12人の女性を娶っている。


 御年64のはずだが元気なことだ。こういう人ってどこの世でも長生きしそうね。



「はぁ」



 ホントなら泣き叫んで、嫌だとのたうち回りたいくらいよ。


 ただ、どこかこの状況を冷めて見ている自分がいる。世の中、そうもうまい話はないのだと。


 前回だって、尽くした人に結婚式の前にお金を持って逃げられたくらいだ。生まれ変わっても結婚には運がないと諦めるしかないのだろう。


 ただそれにしても、なんだかなぁ。二度目の人生ぐらい、もっとこう……なにかないの?


 なんかさ、もっとこう力があったりしたらなぁ。チートとか授けてくれてもよかったのに、神様。


 この世界に魔法とかチート能力がないのが残念過ぎる。


 でもただ言いなりになるのは癪なのよね。だから絶対結婚したって、爺さんの思い通りになんてさせないんだから。


 一人ガッツポーズを決める私に、さらに侍女たちは不安がっていた。




     ◇     ◇     ◇




「よ、よろしいですか王女様、そろそろ出発のお時間です」



 翌日びくびくとしながら、侍女の一人が声をかけてきた。


 どうやら向こうからの条件として、この国からは何ひとつ持ち出すことは許されないと先ほど聞かされた。


 向こうの用意した馬車に乗り、一人で向かうのだ。そう、侍女すらも連れていけない。


 ある意味、本当に捕虜のような扱いね。


 私が泣き崩れ、弱らせてから手に入れようなんて魂胆が透けて見える。


 なんという性格の悪い王なのだろう。あああ、殴りたい。一回殴りたい。


 しかし、元30歳でトータル47の私はそんなぐらいで泣く気なんてあるわけないじゃない。


 そう考えると、60と47なら大差ない気もするわね。かといって、嫁ぎたいかどうかは別の話だけど。



「で、お父様は?」


「それが……この件で体調を崩されて」


「は? つまりは、見送りすら来ないと?」


「……」


「そう」



 殴りたいヤツが増えたわね。


 危ない、危ない。思わず本音を吐き出しそうになり、思い留まる。


 王女として、最低限の言葉遣いと行動は気を付けないと。王女が喧嘩

っ早いとか、短気とか絶対にダメでしょう。


 いや、王女の前にダメね。短気はダメダメ。



「はぁ……」


「も、申し訳ございません!」



 侍女はよほど私が怖いのか、目に涙を溜めている。


 こうなると私、悪役みたいじゃない。えええ。さすがに悪役は嫌なんですけど。


 ごめんね、でもこっちが素なのよねー。今までは優雅で優しい王女を演じてきたが、ここまで来るとソレすら無意味で、ついつい素が出てしまったわ。



「いいのよ、あなたのせいではないのだから」


「王女様」



 私は下を向き、盛大にため息を吐いたあと、立ち上がった。部屋にいた侍女たちがほっとしたような顔をしている。


 それがとてつもなく腹が立つのと同時に、仕方ないとまた諦めた。だけど露骨すぎると思うのよね。


 私はお気に入りのドレスに靴、そして装飾品たちを付け支度が終わると部屋を出た。


 そして誰にも見送られることもなく、無言のまま一人向こうが用意した馬車に乗り込む。


 馬車は明らかに王族が乗るようなそれではなく、簡素なものだった。


 それが余計に惨めさを誘う。


 

「はぁ」



 かの国まではここから一日はかかるだろう。それなのにこの馬車って失礼すぎでしょう。クッションもぺったんこだし。せんべい座布団って表現がむしろぴったりよ。


 今時ここまで使い古されたのとか、ある?


 絶対にお尻も腰も痛くなるし。嫌がらせもここまでくると極まれりね。


 おまけに御者は愛想もなく、一人で馬車に乗りこまなきゃいけなかったし。あり得なさすぎ。これは私じゃなければ心折れてるわ。んで、こっからの俺の心は寛大だとかやっちゃう系かしら。


 落としてから優しくするとかって常套手段だけど、イマイチ古臭いのよね。



「どこかで休憩をはさむのですか?」



 安定に私の質問はスルーなのね。ホント、雇い主が雇い主なら、その下も同じようなものね。


 考えるのはやめよう。どうせ泣き叫ぶの待ってるだけだろうし。馬が疲れたら休憩しないわけにもいなかいから、それまで寝ちゃおう。残念ね、私は思い通りには動かない女なのよ!


 そんなことをぶつぶつと一人呟きながら、私はせんべい座布団を丸めて枕にし、横になった。


 どれだけお腹が空いても、馬車は休むことなく走り続けた。日が傾きかける頃にはすでに街並みはどこにもなく、見えるのは鬱蒼と茂った木々だけ。


 城から出たことがない王女には、さぞ心細いことだろう。ああ、可哀そうな私。


 そろそろさすがに喉も乾いたけど、飲むとトイレ問題が発生するのよね。でもそれは私だけではないはず。


 御者だって人間だもの。そろそろだと思うのよね。


 すると、ガタガタという大きな音を立てながら馬車が止まる。



「いったーい!」



 その勢いで座席から滑り落ち、尻もちをついた。無防備に寝っ転がって私も悪いのだが、さすがにこれはない。


 打ち付けたのが尻だけだったからいいものの、顔などに傷が付いていたらシャレにならないし。



「止まるなら止まるって、言いなさいよ、ホントになんなのよまったく。いくら扱い雑でいいって言われてたってねぇ、物事のは限度があると思うんだけど?」



 これでも貢物なのよ、貢物。プレゼントは丁重にって言葉はあの国にはないのかしら。 


 腹に据えかねた私は自分で馬車の扉を開け、外に出る。逃げ足が速いのか、よほど用を足すのを我慢していたのか御者はその席にいなかった。


 不安がらせようとしているのでしょうね。こんなところでも。


 真っ暗な闇深い森の中に一人残されるわけだもの。たった17歳で国から出たこともない王女だったら……。



「ああ、可愛そうな私」



 お水探しに行きたいところだけど、さすがにトイレ我慢できなくなっちゃうからやめとこう。


 それにきっとそのうち戻って来るでしょう。だって私はあの王の大切な貢物なんだから。


 気配はないものの、きっとどこか遠くから騎士か何かが監視している。そんな気がしてならなかった。




     ◇     ◇     ◇




「ずいぶんとしつけがなっていない姫が来たものだ」



 赤と金で統一された謁見の間で、ふんぞり返るこの国の王は大変ご立腹のようだった。


 まぁそれもそのはずだ。


 怯え、衰弱しきった姫が送り届けられると思っていたのだろうが、私は勝手知ったるとばかりに馬車が到着するとすぐにそこから飛び出したのだから。


 目的はお手洗いとお水。


 城の造りというのは、構造上どこも似たような造りになっている。


 だからその場にいた者たちを無視し、強引にでも場所を見つけることが出来た。


 そして散々国王を待たせた挙句、今に至るという。


 だってねぇ。私、我慢とか嫌いだし? それに全部が思い通りに行くとか思ってるあたりが許せないのよね。


 

「あら、お待たせしてしまって申し訳ありません。ですが王よ、女と言うものは支度に時間がかかる生き物なのですよ? そうですわよね、王妃様方」



 私は国王の両横にずらりと並ぶ王妃様たちに声をかけた。


 総勢12名。結構な顔ぶれね。みんな今日出るように言われたのだろうけど。どの王妃たちも国王の顔意ををちらちらと窺っているだけだし。


 そうみると、関係性が良く分かる気がする。


 まぁ初めから良好な夫婦関係なんて無理だとは分かっていたけど。ホント大概だなぁ。




「ここにいる王妃たちはどれもお前と違って従順な者たちしかおらぬわ」


「まぁ。では私は毛色の違う猫という感じなのですね」


「よく回る口だな」


「そうですか? 知っていて娶りたいとおっしゃられていたのかとお思いでしたわ。これは申し訳ございません」



 中身を知りもしないで、強引に娶ろうとするからでしょう。自業自得よ。当面、扱いずらいくらいに思っていただかないと。


 簡単に屈してあげたりなんてしないんだから。



「これは本格的に慣らさないとダメだな。どこに嫁いできたのかと言うことを」



 こっちだって嫁ぎたくて嫁いできたわけじゃないのよ。そんな風に睨んだところで、私には効果はないから。


 ただ涼やかな顔で微笑み返せば、ますます国王の顔は赤くなっていった。


 青筋まで立てる様子に、王妃たちはソワソワし始める。


 

「お、王女様、この方は夫となるお方なのですよ。そんな風にわざと怒らせるような真似はおやめください」



 いたたまれなくなったのか、王のすぐ隣にいた王妃の一人が声を上げる。震えているものの、明らかにその目はやめた方がいいと私に訴えかけていた。


 私だって別にこの王を刺激したいわけではないし、このままこの国で生きていくのなら怒らすのが得策じゃないことなど分かってはいる。


 でも無理して結婚した先に、不幸しかないのにそのまま生きていたくなんてない。そう思えてしまうのだもの。


 もちろん前回みたいに次があるなんて限らないし、私は私でしかないから出来れば長生きはしたいけど。


 苦痛の中で長生きしても楽しくないんだもん。



「私は私として思ったままを口にしていたのですが、不快にさせてしまったのならば謝りますわ」


「本当に分からないようだな」



 玉座からずかずかと音がしそうなほど大股で、国王は私に近づいてきた。


 背は私の頭一つ分ほど大きく、ガタイもいい。齢60を超えていると思えないほど、茶色く焼けた肌は艶やかだ。


 しかしその赤い瞳はかけらも笑ってなどいない。


 そしてその太い腕を振り上げ、私の頬をそのまま叩いた。


 大きな、そしてやや高い音が室内に響き渡る。



「いっっっつつたぁーーーい」



 しびれるような感覚に、耳の奥にキーンという甲高い音が鳴り響く。


 私はそのまま横に吹き飛ぶように倒れ込む。


 焼けつくような、と表現がぴったりくるほど叩かれた頬が痛い。


 頬だけじゃなく頭もだ。


 最低。本当に最低。よりによって手を上げるだなんて。


 私は国王を見上げ、睨みつけた。


「まだそんな目が出来るとは大したものだ。だが気に食わぬな」



 叩かれて、泣き叫び許しを乞うとでも思っていたのだろう。まだ怒りが収まらない国王は倒れた私に近づいてくる。


 金を持ち逃げして人の人生を台無しにした男も最悪だと思ったけど、この男はそれ以下ね。人としても最低すぎる。


 なんでも自分の思い通りにならなければ気が済まない。そんな男を国王にしている時点で、この国も終わっているわ。



「……サイテー」


「なんだと! 今おまえ、何と言った!」



 国王は私の髪を引っ張りながら、無理やり立ち上がらせる。



「いったい。離して!」


「自分の立場と言うものを分からせてやる!」


「父上、そこまでです!」



 激高する国王と取っ組み合いになりかけた時、玉座の間の扉が開かれた。


 一人の青年を先頭に、騎士たちも部屋に流れ込む。


 よく見れば騎士たちの鎧にはこの国のシンボルである赤い瞳の獅子が描かれていた。



「きゃーーーー」



 後ろから甲高い王妃たちの声が聞こえたかと思うと、王妃たちはそのまま雲のように玉座の間から散っていく。


 反乱だ。いや、この場合は謀反とでも言うのかしら。


 よく見れば短く黒い髪のその整った顔の青年も、赤い瞳だ。



「貴様どういうつもりだーーー!」



 国王が先ほどよりもさらに大きな声で叫ぶ。


 

「わしを誰だと思っている!」


「狂王ですよ、父上」


「なんだと! 誰のおかげでここまで、この国を大きくしてきたと思っておる」


「大きければいいという問題でもありません。あなたは母上たちを手に入れるためだけに、残虐の限りを尽くしてきた。そろそろそれも終わりにしましょう」


「生意気な! 貴様ごときに何が出来るというのだ」


「この国の兵力を掌握し、あとはあなたをとらえるだけとなっています。あなたは敵を作りすぎたのですよ。中にも外にも、ね」



 青年は剣を構えたまま、ゆっくりと近づいてくる。


 偶然なのか何なのか。どちらにしろ助かったことには変わりない。もしかしたらあれだけお父様に言ったから、他国からの圧力がかかったのかもしれないわね。


 でも良かった。出戻りでもなんでもいいから、これでまた恵まれヒロインポジに戻れるし。


 すごくすごーーーーく痛かったけど、体を張ったかいがあったってことね。



「ふざけるな! そんなこと認めん!」



 この期に及んでと言うように、武器を持たぬ王はただ叫んでいた。


 巻き込まれたら大変だとばかりに、私はゆっくり青年の方へ歩み寄ろうとした時、背中から国王に羽交い絞めにされる。



「ちょっと、離して!」



 人を盾にしないでよ。あんたの盾になるほど仲良くもなければ、そんな趣味なんて私にはないですから。


 もぞもぞと体を動かそうとしても、国王も必死に私を離そうとはしなかった。



「まったく無駄な抵抗を」



 そう言いながら青年はゆっくり距離を縮めてくる。


 いやいや、その剣は私にも危険ですけど。まさかと思うけど、父が父なら子も子ってことはないでしょうね。


 いやよ。さすがに一緒に刺されたら、恨む以上だからね。


 どうにかしてこの状況をと考えた時、私の頭にふと昔見た映像が浮かんできた。


 私は首に回される腕をわざと力を入れて掴みつつ、意識を下に集中する。


 そして私の頭の上で口論する彼らの意識が私から離れた瞬間、私は思い切りヒールを履いた足で国王の足を踏みつけた。



「ぐぁぁぁぁぁぁ! な、な、にをする!」



 急に訪れた痛みから私を締める腕を緩めた瞬間、今度はみぞおちに、肘を食らわせる。



「ごっふぉっ! がっ、がっっっ」



 国王がよろけたのを確認すると、私はその場から這いつくばって転げるように逃げ出す。



「今だ! 狂王を捕獲しろ!」



 剣を高く掲げた王太子の言葉に呼応した騎士たちが、一気に国王の元へとなだれ込んだ。


 さすがの数に抵抗は無理だと理解した王は腕を上げ、項垂れるように肩を落とした。



「大丈夫か、王女様」


「大丈夫に見えますか? 手を貸していただけるとありがたいのですが王太子殿下」


「カミル。もう今日から国王だがな」



 不敵な笑みを浮かべながら、私に手を差し伸べた。


 今日から王か。まぁそうよね。これだけの騎士を動かし、現国王を倒しちゃったんだから。


 あ、でも、ということは私はこのままお役御免って感じじゃない?


 やだー。またあのぬくぬく生活に復活できるし。やっぱり今世はついてる~。



「んで、あんたが王妃だ」


「は?」



 思わず真顔で私は言葉を返した。



「あはははは、おい、その顔。さすがに不敬罪だと思うぞ」



 顔と言われても、鏡ないし知りません。


 もっとも、鏡なんてなくても今自分がどれだけ嫌そうな顔をしてしまったかは分かるけど。


 だって、この人何言ってるの状態なんだもの。仕方ないでしょう。


 好色王の王妃という最悪の展開から外れたっていうのに、誰が好き好んでこの人の王妃になんてならなきゃいけないのよ。


 ぜーーーーーーったいに嫌だし。



「元々、殿下のお父上であらせられる方と婚姻を結ぶ予定だった私と婚約をするおつもりなのですか?」



 要約。あなたの義母になる予定だったのに、なんで私と結婚するとか言ってるのよ。って、意味通じるわよね。


 しかしどれだけ言葉を返しても、まるで珍獣でも見るかのような目で、カミルは私を見ている。



「どーせ、どこかに嫁ぐとこになるんだ。それなら俺にしとけ」


「メリットは?」


「あははは。お前、本当に面白いな。あのジジイを踏みつけたとこからして最高だよ」



 殿下という身分を感じさせないほど、感情のままに笑うカミルを見ていると、そんなに嫌いではない自分がいるのも確かだった。


 どうせどこかに嫁ぐ。確かに、それはそうだ。


 いつかなんて、今回みたいにあっという間に来てしまうだろうし、その時もきっと自分での選択肢はないのよね。


 それなら少しでもいい方がいいに決まっている。



「側妃を持たず、正妃として迎える。あんなジジイみたいなことはしないさ」


「結構、好き勝手させてもらいますけど?」


「まぁ、王妃としての務めさえ果たしてくれれば構わない」


「……」


「不自由はさせないさ」


「裏切るのはナシですよ」


「あはははは。あんなに大胆な攻撃をされたら困るからな。裏切らないさ」


「な、も。もう」



 攻撃って。あの場面では仕方ないでしょう。だいたい、それのおかげでこうして簡単に国王を捕らえることが出来たのに。


 もっと褒めてくれたっていいのに。



「でもだからこそ俺の王妃にしたい。こんないい女、他には見たことないからな」


「な、な、な!」



 カミルの言葉に、顔が火照っていくのが分かる。


 褒めて欲しかったけど、こんな風にストレートに言われることには慣れてないのよ。


 しかも女性っぽさじゃなくて、強さを褒められるだなんて……。なんか、いろいろ反則だわ。


 こういうのも吊り橋効果って言うのかしらね。



「あなたの王妃となりましょう」



 この手を取ることが良き未来なのかどうかは分からない。


 大体、結婚運とか一ミリもなかったわけだし。でも分からないからこそ、賭けてみることにした。


 この王らしからぬ王となる彼に。


 それに私は自分の幸せを諦める気などまったくないから――


 

お読みいただく皆様に激感謝。


この度はこの作品をお読みいただきまして、ありがとうございます。




ブクマ・感想・評価などいただけますと作者は激喜び庭駆け回りますので、ぜひぜひよろしくお願いいたします(庭はありませんけど)|ω・)



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