第八話
「何のことですか。決闘とか言ってましたけど」
翔の袖を引いて店の上がり框に座らせ、自分も隣に腰を下ろした。
「地元民の登と移民の石田くんが喧嘩して、石田くんが決闘状を送ってきたんだって。だからわたしがその喧嘩を預かったの」
「どうしてあなたはそうなのかな。そういうときは学校の先生に連絡しなきゃ。子供と一緒になって騒いでどうするんですか」
「だいじょうぶだよ。翔も手伝ってよ。うまくいけば、地元民とか移民とか、そんなものなくなるからさ」
「なにを考えているんですか」
「ケンカする気でいる子供たちに、仲良くする楽しさを教えてやるのよ」
ニコニコ笑っている米子を、翔はまじまじと見つめた。頭の中をカチ割って中を覗いてみたいと思った。どうやら自分とは思考の方向が違ってるようだ。でも、化粧をしていない米子の子供のような笑い顔を翔は不覚にもかわいいと思ってしまった。
「で、どうするつもりなんですか」
「おはじき大会よ」
「はあ? オハジキ?」
翔は首をかしげた。
「なんですか、それ」
「今どきの子は知らないのかな。翔も知らない? まあいいや。ネットで急いでおはじきを取り寄せてよ。足りなければ町を回って買いあさってきて。最低バケツに二杯は欲しいな。あと、ポスターも作らなきゃ。勇にスポーツセンターの体育館を予約させなきゃ。あけのにも手伝ってもらおう。忙しくなるな」
生き生きと目を耀かせる米子に、翔は「楽しそうですね」と言ってしまっていた。
おはじきなんて知らない翔はネットで検索してして初めて知ることになった。大きさは一センチちょっとの小さいものが主流だが、大きなものは四、五センチほどもある色鮮やかな平べったいガラス玉だ。それをテーブルにばらまいて指先で弾いてむこうのおはじきに当て、当たったらおはじきは自分のものになり、はずすまで続けて、はずしてしまったら相手に順番が移るというゲームだ。たくさんおはじきを獲得したほうが勝利だ。それを米子は体育館の床一面を使っておおぜいでやろうというのだ。
「ヨネ子、あんた、頭おかしいよ」
呼ばれてやってきたあけのは呆れ、電話で体育館の場所取りを命令された勇は本気で怒っていた。しかし、横で話を聞いていた徳三が笑いながら、「おもしろそうだな」といったことから風向きが変わってきた。
「おもしろいの? 徳じい」
あけのが動きを止めて徳三を振り向いた。
「おもしれえじゃねえか。ケンカを祭りにしちまおうっていうんだろ? ヨネ子」
「うん」
「ありったけの人間を巻き込んで、遊ぶんだろ?」
「そうそう」
「それじゃあ体育館だよなあ。あそこでみんなでおはじき大会をするんだろ?」
「そうだよ。そして、おおかたおはじきがなくなったら、いよいよ登と石田君の対決になるんだよ」
米子は自信たっぷりに笑った。徳三もクスクス笑いだした。
「あの広い体育館で、残ったおはじきを弾くんじゃあ、遠いものは何メートルも距離があるよなあ。当てるのが難しいぞ。当たるかなあ」
「そうなんだよ。すごいバトルになるよ」
うふふ、と顔を見合わせて笑っている米子と徳三を見て、あけのは言葉が出なかった。彼らを離れたところから醒めた目で見ていた翔も何とも言えない顔をしていた。そんなことでいいのだろうか。暴力で解決するのはもちろんよくないが、暴力沙汰まで起こして、その報復に決闘状まで突き付けてくるくらい仲の悪い生徒たちをおもちゃにしていいのだろうか。彼らを集めてよく話し合ったほうがいいのではないか。米子が計画しているおはじき大会とやらがうまくいくとは思えない。ばかげている。ありえない。
しかし、米子のすることは翔の想像を超えて派手だった。まず、圭太たちと石田の仲間たちを放課後、おでん屋に集めておでんとから揚げをふるまいながら米子が計画を話し始めた。おでんを食べながら聞いていた彼らは、はじめは険悪な雰囲気で聞く耳を持たなかったが、途中から女子高生たちがぞろぞろ店に入ってくると目の色が変わった。米子はおでん屋に来る女子高生たちにこの計画を話して協力を求めたのだ。彼女たちは面白がって携帯電話を使って瞬く間に話を広めてくれた。そして今、手に手にポスター用の画用紙とカラーペンを持ってやってきたのだ。圭太と石田たちは仲が悪いが、女子たちは別に敵対しているわけではなく、地元女子と移民女子たちがワイワイしゃべりながら男子たちの間に入ってきて座ると、翔は彼女たちに飲み物を出してやるのに追われた。そして米子のやり口に開いた口がふさがらないでいた。
翔が注文の配達や仕入れで外に出ると、町のいたるところで女子高生たちがかいたおはじき決闘大会のポスターを見かけるようになった。主催者が田中米子になっているので米子がシゲの孫だと知っている人はみんな翔に声をかけてきた。人が集まってワイワイ何かをやるのが大好きな田舎の人間はみんなやる気満々だった。中には有志で屋台を出してやるという人もいた。米子は、楽しいことは規模が大きいほど楽しいといい、屋台でもフリーマーケットでもどんどん許可した。
翔は心配だった。何もかも翔の常識を超えていた。そもそもおはじきというものを知らないのだからイメージがまったく浮かばない。一週間は瞬く間に過ぎ、当日は朝から快晴だった。坂田川は地形としては周りを山に囲まれた中州を流れる一級河川で、川幅は広く、中州はもっと広い。坂田水辺スポーツ公園はその坂田川の涸れた広大な中州に展開する施設で、市民のレクリエーションの場になっていた。試合は午後二時から始まって四時で終了する。みんな昼食をおえてから出てくればいいと思ってその時間にしたのだが、十二時頃になるとおおぜいの人々が荷物片手にぞろぞろ集まりだした。
「なんですか、この人たちは」
その様子を見て翔が米子にきいた。
「みんな家族連れでやって来たのよ。見ていてごらん。そのうち河川敷で弁当を広げだすよ」
「えっ。ピクニックですか?」
翔の左腕にかけている手作りの腕章がずり落ちているのを見て米子が手を伸ばした。腕章にはへたくそな字で「おはじき決闘大会」と書かれている。腕章の位置を直して安全ピンで止めてやる。そして翔が着ているグリーンのジャージの肩をポンとたたいた。翔が困った顔をした。グリーンのジャージは、今日のために米子が用意したものだった。奮発した有名メーカーのジャージの上下だ。色の白い翔によく似合っている。袖丈もズボンの長さもちょうどいい。かっこいい。米子は満足して頷いた。その米子のジャージも翔とお揃いだ。米子はうきうきしながらいった。
「家族でのんびり河原で遊んで弁当食べて、午後からおはじき大会に参加するつもりなのよ。翔もきょうくらいカリカリしないで楽しもうよ」
いうだけ言って米子は屋台やフリーマーケットの荷物を広げだしている人々のほうに歩き出した。翔は米子が直してくれた腕章に手を触れた。あの人は変わったとおもった。東京で初めて会った時のあの人は最低だった。虚栄心に満ちていて、やさしさや思いやりのかけらもなく態度は悪いし口は悪いしトラックは蹴飛ばすし。でも、と翔は米子の後ろ姿を見つめた。
あのがっしりした体は働くようにできている。力はあるし体力は男並みだし、出し惜しみせずガンガン働く。重いものも軽々と運んでしまう。米子が帰ってきてからというもの、翔の負担は激減した。おかげで膝の痛みがだいぶ楽になった。周りの人は米子に対してずけずけものをいうが、本当は誰も米子を嫌っていない。そばにいるだけで安心させるものをあの人は持っているのだ。どんなことがあっても、あのバイタリティーがあれば乗り越えていけるとおもわせるものが。翔は眩しいものを見るように目を細めて米子を眺めていた。
「ヨネ子、バザーを出したいっていう人がいるんだけどよ」
腕章をつけた勇が進にまとわりつかれながら声をかけてきた。あけのは乃絵留と一緒に広げたばかりのバザー品を見ている。
「オーケー、オーケー。にぎやかでいいよ。どんどんやって」
「おはじきはどうした」
「うちの軽トラに積んであるよ。バケツに三杯」
「よく集めたな」
「翔がみんなやってくれたんだ。若いからよく働くよ」
「ババ臭いこというなよ。あんまり翔くんをこき使うなよ。あの人の足は痛むんだよ。大事にしてやれ」
「うん。わかってるよ」
米子は振り返って翔に目をやった。十一月になったばかりの透明な陽光の中で、相変わらずのジャージ姿の翔だったが、長身ですらりとした立ち姿は若さにあふれ、談笑している横顔は明るくてさわやかだった。
「あのこにブランド物のデザインシャツとジャケットを着せたいな。都会的な子だから似合うだろうな」
口の中で呟いた。すると、その声が聞こえたかのように翔が振り向いた。にこりと笑いかけてくる。米子はびくっとした。不意を突かれたような気分だった。ぎこちない笑みを返して米子は体育館のほうに向かった。
予定の午後一時になり、人々が体育館に集まると館内は人いきれで温かくなるほどだった。米子は勇におはじきの入った三個のバケツを適当に置いてくるように言いつけてマイクを持って舞台に上っていった。
「それでは時間になりましたので、おはじき決闘大会を始めます。その前に、簡単にルールを説明しますね」
マイクをとおした米子の声はのびやかで自信にあふれていた。翔は自分とお揃いのジャージを着ている米子の姿に笑みを浮かべた。ぶっきらぼうな物言いで、押し付けるようにジャージを手渡してきて、ついでに買ったんだけどさ、とぼそりと言って背中を向けた米子は、いま壇上で輝いていた。
「このルールは皆さんが知っているルールと違うかもしれませんが、こうです。まず、ばらまかれたおはじき一つを指で弾いて、狙ったおはじきに当てます。次に弾けあったおはじきの間に指で線を引きます。指がおはじきに触れたらアウトです。相手に替わってください。指でも爪の先でもいいですから、触れずに線を引けたら弾けあったおはじきが二つ、自分のものになります。おはじきを弾くのに失敗したり、力余って弾けたおはじきがほかのおはじきに当たってしまったり、線を引くときに触れてしまったらアウトです。アウトになるまで続けて下さい」
次に米子は登と石田を壇上に呼んだ。二人とも紅潮した顔つきで上がってきて、体育館に詰めかけたおおぜいの人々に呼吸を早めた。米子は二人の真ん中に立ってポンと彼らの肩に手を置いた。
「みなさん、本日の主役はこの二人です。二時間の前半一時間は、皆さんがおはじきを楽しんでください。後半の一時間はこの二人が対決します。登と石田君です。この二人は先週ケンカをしました。原因は地元民とか移民とかくだらないことです。殴られた登はやり返して石田君の指を骨折させてしまいました。怒った石田君が決闘状を送ってきました。しかし、暴力に暴力はいけません。そこで、おはじきで決闘することにしました。どっちが勝っても負けても、おはじきならどちらも怪我はしません。そして、地元民も移民もありません。みんなこの土地で暮らす友達です。そういうわけで、みんな、楽しく遊びましょう! では、皆さん、おはじきを全部ばらまいてください!」
いっせいに人々がバケツに集まりおはじきをばらまき始めた。子供や男子たちは雪合戦のように投げつけあっている。騒がしい音や笑い声が響きあう。登と石田も下に戻って自分たちの仲間のところに走り寄り、対戦相手に向かって激しくおはじきを投げつけあった。
おはじきは年齢、体力を問わず誰でもできる遊びだ。体育館が人々の笑い声や話し声でいっぱいになる。大きな声で怒鳴りあっているのは地元民代表格の圭太や登たちと移民代表の石田と仲間たちだ。しかし、なんといっても女子たちがおおぜいいるので、ヒートアップすると女子たちからガンガンいわれておとなしくなってしまう。最後には純粋におはじきを楽しみはじめた。三十分を過ぎたあたりで大人たちはしゃがむのに疲れて壁側に移動して観戦するがわに回り、さらに十五分も過ぎると、あれほど床を埋め尽くしていたおはじきがだいぶまばらになってきた。そうなると、おはじきの間隔が広がりだし、徳三がいっていたように小さな標的に当てるのが難しく、指の力の弱い子供たちが脱落していった。残ったのは米子の思惑通り中学生と高校生あたりだったが、一時間という制約は瞬く間で、壇上に上がった米子が力強くホイッスルを吹いた。
「時間になりました。登と石田君を除いた皆さんは場所を開けてください。これから二人の一騎打ちです。みなさん、応援してください。では、どうぞ!」
うわあぁー、という歓声と拍手の中、登は恥ずかしそうに肩をすぼめ、石田のほうは包帯を巻いた左手を振り上げて意気込みを表した。
はじめはおはじきとおはじきが接近しているところから攻めていったが、たちまちそういう距離のおはじきはなくなってしまい、二人は苦戦しはじめた。身を屈め、顔を床にくっつくほど下げて狙ったおはじきの直線距離を目測する。頭の中で、その距離に見合うだけの指の力加減を予測する。力が足りなかったら途中で玉は止まってしまうし、力が強かったら弾きすぎて近くの玉に当たってしまう。うまく当たっても力が足りなければ十分反発できなくて指で線を引けない。人差し指、あるいは親指を使って攻略していく。二メートル先の玉にうまく当てれば歓声が起こり、外しても歓声が上がった。あらかた玉がなくなり、残っているのは五メートル先とか、遠いところでは十メートル先というものもある。外してしまえば相手に順番が回るのだが、外れた玉は的に近くなるので対戦相手の有利になる。単純なゲームだが単純なだけに面白かった。
登も石田もよく健闘していた。はじめは要領を得なかったが、たちまちコツを会得してあらかた近くの玉は取りつくし、残っているのは三メートル先、遠いものは八メートル先にあり、失敗すれば相手方に有利になるため慎重になっていく。周りで観戦しているギャラリーは暢気にヤジったりからかったりして楽しんでいるが二人は真剣で、額に汗を浮かべていた。
体育館の舞台の中央に腰かけて観戦していた米子は、体育館の出入り口のところで携帯電話を耳に当てている翔のようすに目がいった。それまで、のびやかな表情で対戦を楽しんでいた翔の表情が険しいものに変化していたからだ。翔は携帯電話を耳に当てたまま体育館を出て行った。米子は翔の出て行った方向に急いだ。胸騒ぎがした。
坂田スポーツ公園の河川敷は広くて、芝生が広がっているスペースの中に野球やサッカーのグランドがあり、坂田川の本流から遡ってくる魚のための魚道もある。建物は体育館のほかにそれらを管理する管理棟があって、翔は管理棟のほうに向かっていた
桜並木の細い枝が晩秋の風に揺れている遊歩道を歩いて行く翔の身体は大きく揺れた。あの足は痛いのだ。若いのに、かわいそうにと米子の心は痛んだ。あの足は治らないのだろうか。あのこは、一生あの痛む足と生きていかなくてはいけないのだろうか。そんなことをぼんやり考えながら翔を目で追って歩いていたら、その先に二人の女性が翔を迎えるように立っていた。
年のころなら翔より三、四歳下の女子大生といった感じの女性たちだった。一人はショートカットで活動的な印象だ。顔立ちや雰囲気が翔に似ていた。妹ではないだろうかと思った。その人が翔に小走りで走り寄り、話し始めた。しゃべるのは彼女のほうで、翔は返事もせず、頷いたりもせず、黙って聞いているだけだ。だが、翔の視線はもう一人の髪の長い女性のほうに向いていた。見つめあっている二人の様子に米子の胸が波だった。指の先がチリチリしびれてくる。恋人だった手塚から別れを切り出されたときも不安で指先がしびれた。米子は無意識に指を口にもっていって爪を噛みはじめた
見つめあっていた髪の長い人が動いた。背中まである艶やかな髪が晩秋の冷たい風に巻き上げられる。髪に隠れていた細くて長い首筋が現れた。思わずその首にスカーフを巻いて北風から守ってやりたくなる美しい人だった。彼女が静かに翔に歩み寄った。話していたほうのショートカットの女性が場所を譲るように離れていく。米子の顎に力が入り爪を噛む音が大きくなった。そして、その人が翔の正面で立ち止まり、ゆっくりとしゃがみこんで翔の曲がったまま伸びない膝に両手を当てて泣き出したとき、切りつけられたような痛みが米子の胸に走った。
米子は強く胸のあたりの服を掴んだ。その痛みは、手塚から別れを切り出された時の痛みと同じだった。身体が震えだした。耳の中で血液が流れる音が滝のようだ。米子は翔と彼女から目を逸らすことができないでいた。
米子が食い入るように見つめていると、おもむろに身を屈めた翔が彼女の両肩に手を置いて立ち上がらせた。静かな、やさしさと悲しみに満ちた動きだった。
泣きながら彼女が何か話し出した。
――二年たちました――
風の流れに乗って彼女の声がかすかに聞こえた。
――帰ってきて――
ああ、恋人が、迎えに来たのだ、とおもった。翔を迎えに、迎えに……。
いきなり涙が目の中に膨れ上がった。翔が去っていく……。あの人に泣かれたら、やさしい翔は抗えない。そう思った。不意に翔がこちらを向いた。米子はハッとした。束の間、翔が険しい表情で米子を見つめた。米子はビクンと震えると逃げ出していた。体育館に向かって遊歩道を夢中で走っていた。見てはいけないもの、見られてはいけない自分を見られたと思った。逃げなくては。隠れなくては。翔の前から姿を消してしまわなくては。意味もなくそうおもった。
体育館に入ると、勝負の決着がつきそうだった。
「ヨネ子、どこに行ってたんだよ。そろそろ終わるぞ」
勇が声をかけてきた。うわの空で返事をして舞台に上がった。最後に残ったおはじきを取ったのは石田だった。石田と登を舞台に呼んだ。そして、勝ち取ったおはじきを一つずつ投げて数を数えた。体育館の中が、数を数えるおおぜいの人たちの声で膨れ上がる。楽し気な声が数を数えるたびに笑顔も大きくなる。勝負がついて石田が勝ち、登が負けたが、二人からも、彼らの仲間からも笑顔が消えることはなかった。
「勝負は石田君の勝ちです。負けた登は悔しいですか?」
米子は動揺が収まらないまま登に尋ねてマイクを向けた。上気して顔を赤くした登がマイクを取った。
「悔しいけど、そうでもないかな。面白かったし」
そう答えたら笑い声が盛り上がった。
「では、石田君。これからも移民組として頑張りますか?」
今度は石田にマイクを向けた。うっすら額に汗を浮かべた石田が照れたように髪をかきあげた。
「移民組だなんて、嫌だな。おれ、初めからそんなふうに思ったことないし」
「思ってただろ。俺ら地元民をバカにしてよ」
「してないよ。お前らのひがみだろ」
「なんだと、いつも移民組でこそこそしてるじゃないか」
「してないよ。これだから地元民は嫌なんだよ」
「なんだと!」
米子は二人を分けて、思い切りげんこつで二人の頭を叩いた。
「いい加減にしろ! いつまでも移民組とか地元民とか言って突っ張っているんじゃない。移住してきた人たちも、この、同じ土地で生きる人たちだ。古くからいるからって、縄張り張るみたいに意固地になってどうする。みんな、この土地で生活しているんだから一緒なんだよ。そうでしょ、皆さん!」
うぉー、という声が上がり、そうだ、そうだ、という声が沸き起こった。あっちからもこっちからも石田と登を叱る声が飛び交う。石田と登は困ったように肩を竦めた。
「わかったな? これからは、移民も地元民もないからな? けんか、するなよ?」
米子に言われて二人は頷いた。それほど嫌そうな顔ではなかった。拍手が割れるようにおこると二人は笑顔になった。米子も笑みを浮かべたが、その笑みは憂いに満ちていた。
おはじき大会は無事に終了し、後片付けをはじめても翔は戻ってこなかった。勇たちがお疲れ会をしようと騒いでいたが米子にその元気はなかった。
美しいひとだった。米子のように、ごり押しの都会人を無理やり演出していたのとは全く違う、本物の都会の女性だった。何もせず、そこに立っているだけで洗練されていて華やかだった。それに、あの若さ。翔にふさわしい若さ。
米子は一人で軽トラを運転して家に帰った。郷里に帰ってくる回数が増えたため、車の運転はペーパードライバーのための出張教習を受けて運転できるようになっていた。自分で運転できるのはやはり便利だった。舗装されているだけの狭い県道を運転しながら米子はため息をついた。
わたしは何に傷ついているのだろうとおもった。あの人と自分を比べてかなわないと思ったからだろうか。若さに負けたとおもったからだろうか。そうではない、と思いなおした。翔があの人に見せたやさしさに傷ついたのだと思った。特別なやさしさを目撃してショックを受けたのだとおもった。わたしに気が付いて、目が合った時の翔のきつい表情に狼狽えたのだとおもった。このことは、米子の心に深く刻まれたのだった。