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リンのてがみ  作者: 橘高 有紀
工芸と迷宮の街
8/16

02

 あごが外れんばかりに口を開き、凝視してくるエドへ、丸めがねのリンは首をかしげていた。

 ヒト族のリンは十歳ほどの子どもで、この少年を表すなら『極貧民』という言葉がふさわしい。身につけている何もかもが、埃をかぶった廃棄寸前の代物だからだ。丸めがねの奥の青い瞳が、彼の持つ一番のお気に入りである。

 もう一人の少年はネコ族で、歳ならリンとそう変わりないが、『極貧民』とは対照的な『貴族』然としていた。リンの『王子さまみたい』という言葉がすべてを語っているような少年だ。鮮やかな青の、猫のような容姿。リンは、彼のキラキラした金に緑がかった瞳が大好きだ。

 ふたりの出会いは置いて、現在リンは、エドが『王子さま』の枠から外れるような顔をしていて困惑した。

「え? ちょっと待って」

 ぽかんとしたエドの顔が、ひきつったものへ変化していく。

「今キミ、なんて言ったの。手紙ってほんとうに紙の手紙を言ってるわけ」

 リンは顔を赤くして困った笑顔を乗せた。

「やっぱり手紙じゃなくて、ハガキのほうがよかったかなぁ。でも書きたいことがたくさんあったんだ。それでいっぱいになっちゃって」

「そうじゃなくて! 紙なの。紙の手紙なの。本当に」

 リンの襟を締め上げる勢いで、エドが食ってかかる。

「手紙って……これ以外にあるんだっけ」

 エドが絶句したのは、言うまでもない。

 ここは工芸の街、ヴィーグエングの小さな国際郵便局だ。現在停車中のクィダズ行きの列車は出発時刻まで五時間とかかる。正午にヴィーグエングへ到着したので、ちょうど五時に出発だ。そのあいだ、観光と銘打ってふたりは列車を降りたのだった。ヴィーグエングはタイミングよく祭りだったので。

 リンの手紙を出すために郵便局へ訪れたが、ここまで混雑しているのは祭りのせいだ。誰も彼もが小包を手にしている。恐らく、祭りのみやげ物を配達してもらうためだ。その順番待ちでリンが「切手代どれぐらいすると思う」と訊いたために、エドがあんな反応を示したのだ。

 リンは唖然としたエドの袖を引っ張って、耳打ちした。

「ねえ、どうしたの、エド。変だよ」

「変にもなるよ。キミの住んでたとこってどれだけ辺境なのさ。アナログすぎる」

「え、手紙届かないかな。第三星海の」

「そうじゃなくてね」

 今にも頭をかき回しそうなエドは、ぐりんと首を回した。リンに詰め寄って、金色の瞳を光らせる。

「メール。メールって手段を考えないわけ? 通信デンワとかさ。非効率で手間ばかりかかって、ナンセンスだよ手紙なんて! ああ、それとも高級感を出したいの? 手紙なんて出すヒトが、今どきいるなんて!」

 立てられたエドの人差し指がリンの鼻を押す。リンは圧倒されながら、ずり落ちた丸眼鏡を押し上げた。

「めーる……?」

 リンの返答によって、エドが固まった。ピンと立っていた耳が下がり、ふさふさのしっぽも下がる。

「ご、ごめんね。よくわからないんだけどめーるって何? どうやったらお家まで届くのかな」

 すると、オーバーに凹んでいたエドがやおら顔を上げた。思案顔のままリンを引っ張り、

「さっき――第三星海の、どこって」

「え、第三惑星『フォーグル』だよ」

 ついにエドの膝まで折れ曲がった。窓口へと続く長蛇の列のど真ん中で。声はうめくように絞り出される。

「『フォーグル』……! キミ、『フォーグル』から来たの。よりにもよって、あんな星から」

 エドは眩暈がする、と眉間に指を当てる。リンが不安になって声をひそめた。

「『フォーグル』だって言ってなかった?」

「聞いてないよ。聞いてない。じゃあ『中立都市エンジャーグル』まで一月ほどかかってない? 特急を使っても二週間じゃなかった?」

「それがどうかしたの? 乗り換えもなかったし……そんなにビックリするほど変じゃなかったけど」

「キミ、ほんとうにあの星から……」

 戸惑い混じりにうなずくリンをまじまじ見やったあと、エドが再び嘆息した。

 エドが肩を落とすのも無理はない。第三星海第三惑星『フォーグル』は、長期にわたって戦争を繰り返してきた星のひとつだ。戦争の核となった星ではないが、主導権を握っている強国ビザノールは強硬派で響いている。軍事介入にだって積極的にしている反面、平和主義者の一党も多いアンバランスな星としても知られている。

 現在、第三星海は沈黙しているが、いつか再び戦争は始まるだろう。そのとき『フォーグル』が音頭をとっても、不思議ではないとされていた。

「手紙、切手はあの表で確認できるよ。ここからだと五百リオからって書いてあるから、値段は確認したほうがいいかも。キミの言う通りだ。メールなんて多分無理」

『フォーグル』は星全体が電磁干渉を起こしているため、機械系が滅法弱い。長い戦争は、そこに住む住民へ機械という恩恵を奪ったのだ。仮初の休戦宣言から早七年が経過した現在も、いまだ一部の地域では復興のめどが立たない欠陥惑星だった。大国ビザノール周辺のみ、電磁干渉をキャンセルできるシステムが働いているため、貧富の差も拡大の一途を辿っている。ビザノールが『フォーグル』を代表する国までのし上がったのは、技術の独占という影があった。

 難民が『フォーグル』を含む第三星海を逃れ、あちこちに避難を開始したのはもう十年も前の話である。

 エドが「だから機械音痴なんだ、まったくもう」と苦った。リンは瞬きながらも順番が回ってきたので、カウンターへ向かう。エドの態度は気にかかるが、手紙は出したかった。背伸びしてえっちらおっちら交渉をはじめる少年を、エドが叩く。

「ねえ、向こうで通信デンワしてくるから、終わったら待っててくれる?」

 うん、とリンは屈託なく笑顔をみせ、手紙を出そうと悪戦苦闘する。エドは苦渋を隠しきれないまま、ふらりとヒトごみに消えた。――どうしたんだろう。何かおかしなことあったのかな。だが、エドのことを考える間は与えられなかった。受付のヒトに話しかけられたので。

 一番安く、一番届くのに時間のかかる方法でなんとか、手紙は出せた。共通語での説明に手間取ったが、一人でできたのだ。受付待ちのシートに座ってリンは、安堵した。この程度で四苦八苦したとアニエスが聞いたら笑うだろうか。それともよくやった、と誉めてくれるだろうか。

 財布の中身を思って、リンは苦笑する。手紙ひとつがどうしてあんなにも高いのだろう。この先もどんどん高くなっていくはずだ。

 途中教えてもらった『メール』のほうが格段に安いとは、知っていた。しかし、『フォーグル』に通信機だなんて文明の利器を期待できなかった。なんせリン自身が触ったことも、見たこともない。無事に内容を送信できても、家族が見るには、今リンが払った倍以上の代金を請求されるだろう。

「……アニエス」

 自分の姉代わり、母親代わりの女性を思い出した。大切な家族の一人で、リンが旅に出ることになったとき、最後まで反対し、最後には背中を押してくれた存在だ。


 しっかりね、気をつけていくのよ。


 今でも別れ際の言葉が、耳の奥に残っている。誇りを持っていきなさい、と言ってくれたアニエスが力強くて、励まされた。知らないことは恥ずかしいことじゃない……アニエスが教えてくれたことだ。

「しっかりしなきゃ」

 こんなことで凹んでいられない。まだまだ旅は続くのだ。

 リンが涙をぬぐったそのとき、こつ、とヒールが床を叩く足音が止まった。背後に誰かが立ったのだ。

「わあ、まさかこんなところで同族に出会えるなんて!」

 突然リンは誰かに抱きすくめられていた。シートの後ろから羽交い絞めにされたのだ。突然の出来事に思考が吹っ飛ぶ。誰かの手が胸の前で交差されていた。仰天して抵抗したが、抜け出せない。すると、くすくす笑う気配が背後からした。

「あら、困った顔もかわいい」

 抱きしめてくる誰かは、耳元で囁いてリンの頬にキスをする。「な、え!?」、と驚きに一瞬で頬が上気した。とりあえず、抱きついているヒトは女性だ推測する。だが、どうして抱きしめられてるのか。なぜキスされたのかわからない。しかもガッチリ捕まったせいで、逃げようともがいても、抜け出せない。

「あの、ちょっと、あの」

「ねえ、抱き上げていいかしら。同族なんて久しぶりなのよ。何だか安心するわ、ヒトってこんなだったわね」

 リンの返事さえ聞かず、胸の前で交差された手が脇へと入った。そのまま引っ張りあげられて、少年は目を白黒する。シートから体が浮いて、誰かの腕の中にすっぽり納まっていた。ふわり、と香水の匂いがする。誰かの体温を感じ、ふとリンは懐かしくなった。そうだ、列車に乗る直前も、アニエスに抱きしめられた――

「ねぇ、坊やのママやパパはどちらに?」

 冷水をかけられた思いで、リンは相手の顔をやっと直視した。続いて目を丸くする。自分と同じヒト族だったのだ。

 想像通り、女性だった。分厚い唇に真っ赤な紅を塗った、目鼻立ちのくっきりした女の『ヒト』、いや女の人だ。じっと見つめられて、再び顔が赤くなり、リンは目をそらした。キスされた頬をこすると、手に赤い色がついて情けなくなる。

 彼女は藤色のスーツ姿だった。太ももがむき出しのタイトスカートにはぎょっとしたが(リンの生まれ故郷では、女性は長いスカート姿が多かった。足を見せたりしないのだ)、ピアスや指輪、チョーカーがとても似合っている。派手な格好だったが、きれいな人だった。

 しかも力持ちで、赤ん坊よりははるかに大きなリンをひょいと抱き上げいる。身長はアニエスより少し高いぐらいか。

「もしかしてあなた、迷子なの? ああ、お祭りですごいヒトだもの、はぐれちゃっても無理ないわね。警察へ行ったほうがいいかもしれないわ。今ごろご両親は心配なさっているはずよ」

 話が妙な方向に向かって、リンは慌てた。連れは一人だけで、しかも同じぐらいの少年だ。警察へお世話になったら、街を回れなくなる可能性がある。下手をしたら列車に乗り遅れるかもしれない。

「あの、ぼく、友だちと来てて、その、お父さんとかお母さんは来てなくて」

「まぁ、この街の子? 早とちりしてしまったわ。でも大荷物ね?」

 ちらりとリンの丸いリュックサックを女性が一瞥する。リンは更に慌てた。

「え、その……ここで友だちを待ってて、あの、だから」

「とにかく、ヒトの多いところで一人でいてはいけないわ。この街はヒト族に対する偏見がないけど、観光客がすべてそうだとは限らないの。保護者の方がいらっしゃらないなら、なおさらよ」

 今日は祭りなのだから、と女性が言う。

「あ、でも、エドが――」

 警察なんて行ったらエドが困る。リンだって困る。しかし、女性はリンを心配してくれているのだ。彼女はリンの手を引いて歩き出した。かつかつとヒールを鳴らしながら、ポケットからサングラスを取り出した。

「ああ、これ? 私の目は光に弱くて、昼間はつけているのよ」

 薄い紫の入ったメガネがきらりと輝いた。外へ出てしまったら、エドとはぐれてしまう。ゆったりとした歩調でも、大人の一歩は大きい。リンは引かれるまま小走りになって、ちらちらと周りを見やった。エドはどこまで行ってしまったのだろう。

「坊や、名前を教えてちょうだい。私はアベルよ」

 リンが、なんとか決意をこめ立ち止まった。

「あ、あの! ぼく、エドを待たないといけなくて」

 振り返ったアベルがん? とかがみこんで小首を傾げた。艶やかに微笑まれると何故か強く主張できない。うう、とリンは目をそらした。目のやり場に困ってしまうのは、華やかな女性がこれまで周りにいなかったからか。

「……ぼく、リン・ユイです」

「そう、リンくん」

 アベルがにっこりと華やかに笑んだ。そうじゃなくって!

「あ、ああのぼく……」

 エド、助けて。早く戻ってきて!

 リンが内心で泣きそうな悲鳴をあげたときだ。

「あ! 貴様は昨日の! こんなところにいたのか、ってうおわああああ!?」

 どんがらがっしゃん、と派手な音と悲鳴と怒号が木霊する。振り返ったリンの目がまん丸に見開かれた。

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