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リンのてがみ  作者: 橘高 有紀
星をわたる列車
2/16

02

 踊るようにして、リンは空いているコンパートメントをさがした。外側からでは確認できなかったが、結構ヒトが乗っている。後ろの方まで行ってようやく空いているのを見つけると、うれしくなった。ゆっくりスライドしていく扉から、そっと中に入った。宝物を独占できたような幸福感でいっぱいだ。

 赤っぽいビロードに似たシートへそっと腰を下ろすと、軽く数センチも沈んで驚いた。ドキドキした。こんなにふっくらしたシートに座ってもいいのかなぁと思う。まるでベッドのようだ、とシートをなでたときだ。コンコンというノックが耳に飛び込んできた。

「失礼。ここ、空いてる?」

 突然の乱入に、リンは肩を跳ね上げさせた。憐れになるほどの驚きようだったのか、来訪者が戸惑って、

「どうかしたの? もしかして驚かせちゃったのかな」

 リンは胸を押さえてゆっくりと振り返り――凍りついた。来訪者は自分と年頃の変わらない少年だったからだ。ネコのような容姿をしたヒトで、身奇麗な格好をしていたけども。

 ネコ族の少年のきりっとした眼差しは、意志の強さを感じさせた。猫のキャッツアイは碧の混ざった黄金色だ。異種族のことはよくわからないが、存在感に目が離せない。きっと、こういうヒトは「きれい」だと称されるのではなかろうか。

「……あの?」

「え、わ!? あ、ううん、何でもないの。勝手にぼくが驚いただけだから。えーっと、空いてるよ、どうぞ」

「ありがとう」

 颯爽と笑みを返され、リンの心臓は再びどっくんどっくん主張を始めた。緊張で顔が熱くなる。向かい側の席を勧めると、来訪者はごく普通にシートについた。それがさも当然という風だったので、リンもドキドキしてはいたが意を決して腰を落とす。シートはさわり心地も座り心地も抜群によかったが、いきなり一人ではなくなってホッとする反面少し残念だ。夢の世界から現実へ、引き戻されたようで。

 しかし同い年ぐらいの来訪者が、リンは嬉しかった。故郷を出てから同年代の子どもとしゃべったのは、『彼』が初めてなのだ。

 ちらりと窺えば、『彼』は帽子を取っていた。青い艶やかな髪が流れ、ピンとたった耳があらわになる。煩わしそうに猫の少年は髪をかきあげた。ああ、やっぱり奇麗な少年だ。彼はコートも脱いで、見つけたハンガーにかけてしまった。コートの下は、スーツのようなきっちりとした服装だ。少年の華やかな雰囲気をよく引き立てるレースの付いたブラウスが、リンに「王子さま」だと連想させる。

 髪と同じ、青いふさふさしたしっぽが揺れて、ネコ族の少年は振り返った。

「キミはどこまで行くの」

「え? あ……えーっとね。クィダズまでだよ」

「やっぱりね。そうだと思った」

 リンはあんぐりと口を開け、身を乗り出した。

「もしかして――あなたもクィダズに?」

 こくん、とネコ族の少年がうなずく。車掌さんから行くヒトはそういない、と聞いてきたところだったのに!

 リンも薄汚れたコートを脱ぎながら、ふと、自分のみすぼらしさに気づいた。よれよれのシャツが途端にはずかしくなる。目を何度も自分と『彼』の上をいったりきたりさせ、コートをぎゅっと抱きしめた。自分の姿を、ネコ族の少年に見られたくなかった。しかし、

「じゃあ列車を降りるまでは一緒だね。どれほど一緒かわからないけど、よろしく」

 ネコ族の少年は、手をすっと差し出すのだ。真っ白な手袋をした手にリンは触れようとして、気まずそうに引っ込める。『彼』に不思議そうな表情をされたので、しどろもどろ口を開いた。

「汚れちゃうかも……」

 ぴしっとした服を着た身奇麗な少年は、白いブラウスが鮮やかに映えて、どこかの王子さまのようだ。それに比べ、リンの身なりはどれほど貧相か。不釣合いだ、と肩を落とすリンに『彼』は笑った。少し高慢そうで、皮肉めいた笑みだった。

「構わないよ」

『彼』が頓着せずにリンの手を取る。あ、と思う間もなく握られた手は力強かった。満面の笑みにリンの表情が塗りかわる。

「あのね、ぼくはリン。リン・ユイです。よろしくね」

 リンもぎゅっと握り返してぺこりと頭を下げた。対照的に『彼』は少し頭を傾けただけだ。

「僕はエトムント。ネコ族のエトムント・エスツェット。呼びにくかったら、好きなように呼んで」

「じゃあエド! エドって呼んでもいい?」

 エトムントは答えずににこっと笑った。それを了承と取ってリンも笑う。

 丁度ビーっと列車発車前のブザーが鳴った。後に響くのは列車のアナウンスだ。メガネの少年は慌てて窓にかじりついた。瞳をキラキラと輝かせて。

「出発か……結構ギリギリだったんだ。ところで、僕は同じコンパートメントの連れを探しているんだけど……」

 銀の懐中時計で時間を確認したエドが、固まった。ぱちん、と時計を閉じながら眉を寄せている。

「…………何してるの」

 リンはシートの上によじ登って、外を覗き込んでいたのだ。行儀悪いわね、とここにアニエスがいたら笑ったかもしれない。リンは上気した頬で、くるりと振り返った。

「だって列車が出発するんだよ!」

 そう、星間列車がこれから発車する! だがエドはますます訝しげになった。

「わかってるよ、アナウンスあったもの。じゃなくて、キミ、何してるの? 危ないからちゃんとシートつきなよ」

「え? 外見てるんだよ?」

 きょとんとした表情で、見ないの? と問いかければ、エドがつまらなそうにぷいっと視線を逸らした。足と腕を組んで「なんでそんなこと」とでも言いたげだ。リンは微かに首を傾げたが、再び聞こえたアナウンスに窓へへばりついた。

 外でわぁ! と歓声があがる。エンジャーグルは始発だった。花束やリボン、紙ふぶきが発車を祝福してくれている。これから宇宙を旅する君への、はなむけとして。

「ああ、そっか。ここ、エンジャーグルだから……」

 つまらなそうに、エドがつぶやく。

 そこへコンコン、と窓を叩く音が響いた。へ、とリンが瞬くと、列車の外に笑顔のお姉さんたちがいる。透き通ったガラスのような身体をしたヒトや、蛍光グリーンやピンクの羽毛を身にまとったようなヒトたちだ。花でいっぱいのかごを持っていて、こちらに向かって何かしゃべっている。

「窓あけてって言ってるんじゃない?」

 リンがびっくりして窓を開けた。(窓は最初開け方がわからなかったが、お姉さんたちがジェスチャーで教えてくれた。)そのリンの眼前に、小さな花束とテープが差し出される。

「これ、あげるわ。エンジャーグルの記念に」

「気をつけてね。よい旅を!」

「あ、ありがとう!」

 うれしくてリンがぶんぶん手を振れば、お姉さんたちも手を振り返してくれた。知っているヒトのいない出発が、彩られていく。どうしようもなくわくわくした。列車の発着するこの瞬間が、リンは一等好きなのだ。エンジャーグルの到着には眠っていて見られなかった分、ばっちり目に焼きつけておきたい。

 最後のアナウンスが響いた。開けていた窓が自動(オート)で閉まっていく。渡されたテープが窓の外でひらひらゆれた。

「もしかして、列車初めて?」

 こちらも一応花束を受け取ったエドが呆れた目をすれば、リンは窓の外を見つめながらううん、と答えた。

「さっきまで乗ってた奴があるからこれで二回目。これじゃない奴にも乗ったことはあるよ。何回かは忘れたけど」

 はぁん? とエドは納得がいったようで口の端を上げた。

「カッコイイよね。ね?」

「そうだね」

 素っ気ないエドの返事だったが、にーっと歯を見せてリンは笑う。

 列車が動き出した。振動で、前後に軽く揺れる。リンは息を呑んだ。視界を惑わす紙ふぶきがどんどん流れていく。色とりどりのテープも千切れていく。急な加速を受けた。同時に慣性を緩和するシステムが働いて、身体に受ける負担が徐々に軽くなって、消える。

 場を切り裂く汽笛の音は、冒険への合図に思えた。先の先、列車の走るレールは空に向かって途切れている。これから列車は飛ぶのだ。星と星をつなぐ夢の列車は、どんどんどんどん加速していく。列車がレールを駆け上る。リンが額まで押しつけて窓の外を覗き込んだ。ココからだ。

(ここから!)

 だんだん遠くなる景色を見る。世界がどんどん小さくなる。列車はぐんぐん空に上っていく。

 リンは勢い良く立ち上がると、荷物もそのままにコンパートメントを飛び出した。手に花束だけ持って。

「ちょ、どこ行くの?」

「ちょっと!」

 エドの待ったも聞かず、一番の特等席に向かってリンは走る。

 廊下へ出るころには車体が斜めに傾いていた。けれど重力制御装置が働いているせいか、平らな場所を走っているのと変わらない。少し感覚が変になりそうだ。坂を転がるように駆けているけど、普通に平面走っているのと全く変わらないのだ。赤い絨毯の上を、赤い長靴(ブーツ)が走っていく。

 最後尾にある扉をくぐり――リンは呼吸を止めた。目が、窓に釘付けになる。夢中になって、集まっていた大人をかきわけた。

「……っわあ」

 パノラマの世界だった。邪魔するもののない景色の独占に、胸が苦しくなる。これから列車は真っ黒な海を渡るのだ。

 ここから景色を見たのは二度目だった。一度目は故郷の星を出たときに。

 ここは知らない世界だけど、自分がいたのはたった十数分だけど。もう見送ってくれるヒトなんていないけれど。あのときは、ちゃんと見られなかった光景を。

 最後尾の分厚いガラスにびたっと手のひらを当てて、少年はただただ声を出す。街が、山が、小さくなって広がっていく。豆粒みたいにヒトも建物も、あっという間に見えなくなっていく。列車が雲を抜けた。きらりと輝く青は海だ。刹那せつなで目まぐるしく変わっていく景色に、瞬きをするのも惜しくなる。

 ふと横に、少し遅れて出発した列車があった。窓から地上を見ている子どもが見えた。リンが手を振れば、気づいて手を振り返してくれる。嬉しくなってリンは、周りのヒトなどお構いなしにぶんぶんと手を振った。向こうにいる子も、リンと同じように景色を見て、旅をするのだ。

「よい旅を!」

 そう口いっぱい言葉を乗せた。たくさんの幸せが溢れるよう、願いを込めて。

 そして列車は散り散りに、それぞれの目的地へと走り出す。

 数え切れないたくさんの夢や希望を乗せて。




 星全体が見えたのは一体いつだろう。

 だんだん遠ざかっていく星。

 集まっていたヒトビトも、やがて自分の席へ戻っていく。

 小さなその場所に響いていた歓声が、いつしか止んだ。リンはひとり、小さくなっていく世界を見ていた。自分のてのひらにおさまってしまうような、小さな世界を。


 本当はね、行って欲しくないの……。ねえリン、行かなくて、いいのよ?


 リンの笑顔にふと陰りが生まれた。笑顔のまま凍りついて、びったり張りついていた両手のひらも、やがて落ちていく。

「大丈夫だよ、アニエス、みんな。ぼくは、ここまできたよ」

 最果ての駅と呼ばれたエンジャーグルも飛び出して、異種族たちのあふれる世界へと。

 ぽつっと落ちた言葉を聞いたのは、この部屋の揺れる明かりのみだ。

 見えなくなるまで星を眺め、名残惜しそうに小部屋を出たのはもうしばらくしてからのことだった。目に浮かんだ涙を拭いて、リンは元のコンパートメントへ足を向ける。

「エド、とーっても綺麗だったよ。だんだん街が小さくなって、わぶ!?」

 突然なにかが飛んできて、リンの顔面にヒットした。吹っ飛んできたのは、リンのリュックサックだ。目を白黒させているリンに、エドが仁王立ちしてふさがった。

「荷物放り出してどこに行ってるわけ」

 怒りを含んだ声だった。

「まったく信じられないよ。よくそれで旅ができているね」

 大またで近づいてくるエドの剣幕にリンは尻込みしつつ、でもね、と続けようとした。それをエドが許さない。鋭い金色の瞳がリンを睨みつける。

「キミ、一人なんでしょう?」

 低い声でそう問われ、リンはかくかくと首を縦に振る。

「だったら荷物の管理くらいしっかりしなきゃ! 当たり前でしょこんなこと。僕がドロボウだったらどうするの? もっと慎重に動けないの? ねえ、自分がなにをしたか、ほんとうにわかってる? 下手したら列車から追い出されるんだよ」

 人差し指をたてたエドに間近で凄まれ、リンは縮み上がった。エドのほうが背は高いので、余計に迫力がある。

「ご……ごご、ごめんなさい……」

 肩をすくめ、上目遣いになったリンの目に涙が浮かんでいる。エドがそれを見てとると大仰にため息をついた。やってられない、という呟きが耳をかすめ、リンはぐっと歯を食いしばる。

 そんなふうに言わなくても、と思うのに言葉が出ない。そうだ。エドの言うことは正しい。この鞄をなくしてしまったら正真正銘、お終いだ。アニエスやローラおばあちゃんにも言い含められていた。エンジャーグルの到着に浮かれ過ぎたのだ。

「もういいよ。荷物がなくなって困るのは、キミなんだし」

 エドは興味をなくしたように元の席へついた。足を組んで、今ではなにも変わらない景色へ、視線を投げ出している。リンは泣きそうなまま、入り口のところで棒立ちしていた。ぎゅっと感触を確かめるように、鞄を抱き締める。

(そうだよね。気をつけなきゃ)

(大切なものがいっぱいあるんだから)

 瞼を強く下ろして、泣きたい気持ちを押さえ込んだ。泣いてはいけない。まず、荷物の確認をするのだ。乗車券やお金、そして女王さまからの手紙がちゃんとあるのか、自分の目で確かめないと。

 固い表情のまま、リンが席についてバッグをあさる。震える指先が、冗談のように冷たく感じた。荷物は、片時も離しちゃいけないものだったのだ。

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