5話 社長面接
「被野さん、被野さん、起きてくださーい」
ここ株式会社仮面商事が誇る3人の敏腕面接官『面s-3』3番手のロンドが寝袋で寝ている男の肩を揺すっている。
「え? ⋯⋯おはようございます⋯⋯え? ⋯⋯ああ! 私面接中に眠ってしまったんですね⋯⋯あの、面接どうなりました!?」
「合格ですよ。今から社長面接です」
「やったー! ありがとうございます⋯⋯あれ? あなた方3人の面接の後、社長面接までには2週間あるはずでは?」
「あなたは2週間ずっと面接会場の隅っこで寝てたんですよ」
そう、第2話で合格を勝ち取った被野 拷はこの部屋で焚き火をした後、眠気に耐えきれず寝袋に入って眠ってしまったのだ。次の応募者の邪魔になるということでロンドが彼を部屋の隅にずらし、そのままずっと放置していた。
「入るよ〜」
面接会場の外から男とも女ともつかぬ声が聞こえた。その声に反応したロンドがドアの方へ駆け寄る。
「お疲れ様です、社長」
ドアを開け、外にいた人物に挨拶するロンド。ロンドに案内され会場に入り、面接官の椅子に座った人物の顔は能面によく似ていた。
「あなたが被野さんですね、社長の『オタフク』です。よろしくお願いしますね」
にこやかな笑顔で応募者に語りかけるオタフク社長。
「は、はい! よろしくお願いいたします!」
被野は寝袋のまま立ち上がり、挨拶を返した。
「まあいくつか質問をさせていただくんですけれども、正直なところ面s-3の面接を乗り越えた時点でほぼ採用確定なんですよね。なので私からは簡単なことしか聞きません」
「はい、よろしくお願いします!」
オタフク社長の言葉で緊張がほぐれたようで、彼の顔の強ばりも幾分かマシになったように見える。
「えー、では簡単な質問1つ目行きますね。うちの先月の売上高と営業利益、あと、今従業員が何人いるかお答えください。Webページに記載されていることばかりです」
今日は6月11日。2週間眠っていた被野が先月分の情報を知っているわけもなく、ただただ彼の寝袋は濡れてゆく。
「質問を変えましょうか。私の見た目、どう思います?」
能面を被っているように見えるその顔は、正真正銘本人の顔であり、いつもニッコリと笑っている。大学時代のあだ名は『おかめ』だったという。
「そうですね、非常に個性的というか、でも接しやすそうで、ウスターソースをかけて食べると美味しそうだなと思いました」
「そうですか」
そう言うとオタフクはペンを持ち、書類に何かを記入し始めた。
「顔以外の感想もございます! オタフク社長のもう1つの特徴であるその衣装は、和服のようでありながら、非常にスパイシーな香りを放っており、どこか中東を感じさせる素敵な衣装だと思いました」
「は? くさいってこと?」
オタフクは少し不満そうな顔をしている。
「くさいってことです!」
「分かりました」
ペンを走らせるオタフク。しばらく何かを書いた後、顔を上げ応募者の方を見てこう言った。
「あのですね。うちは黒魔術で創り出した面接官とか死神とか雇ってますけど、ごく普通の会社なんですよ」
「はい、存じております」
「じゃああなた、びちゃびちゃの寝袋に入ったまま面接受けてる人って見たことあります?」
「ありません⋯⋯」
少しずつしょんぼりしていく応募者の被野。
「あと、面接してもらってる社長にくさいって言わないですよね、普通」
「いや、くさいものはくさいんで⋯⋯」
「そうですか、なかなか自分を曲げない人のようですね。気に入りました。今から私の部屋に来てください」
そう言うとオタフクは額からツノを生やし、背中から赤き刃を出し、衣装を変えてくると言って部屋から出ていった。
「ふーっ、緊張したぁ〜」
タバコに火をつけ、一服する被野。足もとにポイ捨てし、寝袋で踏んで火を消す。それを25回繰り返した頃、部屋の電気が消え、真っ暗になった。
「お待たせしました」
背後からオタフクの声が聞こえる。被野が振り返り、目を凝らしてよく見てみると、そこには変わり果てたオタフクの姿があった。
「さぁ、私の部屋に行きましょうね〜」
滑るようにして被野のもとへ近づいていくオタフクだが、目が笑っていない。被野は生命の危機を感じ、必死に寝袋のままピョンピョン逃げた。
ドアを開けようとするが、開かない。ここには窓もないので、逃げるとしたらこのドアしかないのだ。
「捕まえたぁ」
オタフクは被野をツノで挟み、クワガタのように持ち上げてみせた。異空間へと繋がる穴を出現させ、そのまま穴の中へ入っていった。
この被野さんのお話には続きや後日談などはありません。